第16話

文字数 1,294文字

 そう、朝食はパンで、と言われてはいた。にもかかわらず、あえて和食に決めたのには、チャットルームでも話したとおり、ちょっとした魂胆があった。
 『老人 朝食 好み』で検索した依里子は、老人は和食が多数派であり、最近の健康志向から昔の食生活が再び脚光を浴びていて、和食回帰が起きていることを知った。そして思った。
 つまり、ばあさんも、手間が無いから洋食にしているというだけで、本当は和食派の可能性大(何となく、パンでいいわ、という口ぶりだったし)? もしもこの読みが当たっていたなら、意表をついて和食を用意したら好感度と評価がぐーんと上がるはずよね? これまでの失地回復のためにも、これはトライする価値があるわ。
 そうして、朝食開始時間の2時間半も前から、彼女は調理に取り掛かった。

 お米を量って水を入れて(さすがにちゃんと、炊飯器がある(笑))、お味噌汁用にお湯を沸かして。お味噌汁なんてインスタントしか知らないけど、ここではちゃんと出汁を取って作らないと。ここまで調べて、寝落ちしちゃったんだけど…出汁って、あれよね、沸騰したら、鰹節とか昆布とか入れりゃいいのよね? でもって、そこに味噌を溶いて入れて具を投入、と。
 卵焼きとお浸し。これもまあ、大体想像つくわ。卵は、混ぜてフライパンで焼く。お浸しは、冷凍じゃない生のほうれん草があったから、これを使う。作ったことはないけれど、お浸しって言うくらいだから、切って熱湯に浸して、その後で集めて絞って…総菜売り場のお浸しも、そんな感じに見えるし。もしかして、意外と簡単?

 そう、お察しのとおり。そんなこんなを考えながら忙しなく動き回る依里子には、『ちゃんとした朝食』の知識が、壊滅的に無い。子どものころ、彼女の食事の大部分はスーパーの総菜の見切品だった。それすらも割高ということで、大人になってからは食材の見切品に変えたが、作るものなんてレンチンの簡単料理ばかり。介護施設で出される朝食は、中央調理センターから配膳されてくる。大部分が、噛む力が弱い人でも食べられる、一度どろどろにして再び固めたもの、嚥下障害回避のためなんでもかんでもとろみを付けたもの。到底参考にはならなかった。

「まあ、考えたってしょうがないわ。案ずるより生むが易しって言うしね」
 気を取り直して、調理を開始した。

 鍋に水を入れて火を付ける。湯が沸きはじめたら昆布と鰹節を入れて、ぐらぐらと煮立てた。沸騰せんばかりに煮立つと、火を止めて昆布と鰹節を取り出し、味噌を投入。さらに煮立てる間に大根を切り、これも投入! 大根の冷たさで吹きこぼれそうだった鍋は一気に沈静化した。
 これを再び煮立てて行けば、大根も軟らかくなるでしょう。乾燥ワカメ入れて、ネギも刻んで入れたら、いい感じになりそうよね。

「じゃあ、次、卵焼き。卵を溶いて、フライパンで焼くだけよね、楽勝楽勝! と、その前に、お浸し用のお湯を別の鍋で沸かして準備、フライパンも温めなきゃね。
 同時進行で調理なんて、私ってば、ちょっとできる子じゃない?」
 誰もいないキッチンで自分自身を褒めながら、依里子は調理を進めて行った。
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