第37話

文字数 1,039文字

 ぽんっ、とモバイルをベッドに放り投げ、その脇にごろりと転がって目を閉じた。モバイルの使い過ぎだろうか、閉じた目の奥がしんしんと痛い。ついつい、ネットに山と掲載されている『信用』に関する人間劇場的な投稿を延々読み耽ってしまった。

「あ~あ」
 ため息が漏れる。チャットでも浮上できない。落ち込んだ時は自分を褒めて褒めて奮い立たせるのが幼いころから培ってきた対処法。なんだけど、それもできないほど落ち込むときもある。今が、まさにそれ。
 …もう寝よう、寝て忘れよう、そう自分に言い聞かせながらベッドに潜り込んだ。

        ***

「待って! 行かないでジョリー! ごめんなさい!」
 自分の叫び声で、飛び起きる。…ああ、夢か。夕べ散々考えていたせいか、随分と長い間見なかった、子どものころに大好きだった大きなクマのぬいぐるみの夢を見た。この夢を見るときは大抵、心が疲れすぎているとき。つまり、私の黄信号。気を付けなくちゃね。
 クマのジョリーは1メートル近い大きさで、お母さんが帰らない独りぼっちの夜に一緒にいてくれた、大事な“家族”。そう、幼い私の親であり兄姉であり弟妹だった。もふもふのお腹に顔を埋めて、延ばした右手でジョリーの左手を掴んで自分の頭をポンポンと叩く。
『いい子、いい子。だいじょうぶ。僕がいるよ。ずっとそばにいるよ』
 そう自分で呟きながら。

 だけど、お母さんがいよいよ帰ってこなくなり、施設に入ることになったあの日。迎えに来た職員の人が言った。これは施設には持って行けないわ、と。そして2つの選択肢を示した。捨てるか、バザーに出すか。
 私は、バザーに出すことに同意した。捨てるのはどうしても嫌だったから。とはいえ、バザーに出しても、売れ残ってしまったら結局は粗大ごみ。その可能性は高い。あのころから、それはわかっていた。見知らぬ女の子(=私)の涎や涙が染みついた薄汚れて図体のでかいぬいぐるみなんて、よっぽど酔狂な人でもない限り、どんなに安くても買おうとは思わないだろう。それからというもの、火にくべられ溶けるジョリーのガラスの瞳を、何度も、何度も夢に見た。それは涙のようで、その都度、泣きながら飛び起きた。それでも、年を追うごとにだんだんその回数は減って行って、ここ数年はまったく見ることがなくなっていたのに。

「とっくに忘れたと思っていたのになあ」
 まったく嫌になる。まだ夜は明けない。再びベッドに潜り込み、寝返りを打った。気持ちを、切り替えなくては。早く、早く―。
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