第66話

文字数 1,421文字

「養子制度、知ってるでしょ? 自然妊娠以外の出産に、義務付けられる」
「子どもを人工的に授かったら、同じ人数の養子を養育せよっていう?」
「そう、それ」
 当然みな知っている。30年ほど前にできたこの制度のことは。
 不妊治療や体外受精など、自然妊娠以外で子どもを持った家族に、そうして得た実子と同人数の、家族を必要とする子どもの養育を義務付けるこの制度は、家族の愛情を必要とする、養育者のいない子どもを養子にさせる政策が一向に進まないことに業を煮やした政府が半ば強引に導入したと聞いている。当時、養親の大部分は外国人で、この国から連れ出される子どもを減らそうという思惑があったとも言われていた。
 導入前は、随分と揉めたらしい。癌治療のための精子や卵子の凍結までもここに含めるのか、とか、ただでさえ子どもを持つ努力にお金がかかるのに、そこへ持ってきて、もう1人育てろなんて、実質、金持ち以外は実の子を持つことを諦めろと言っているも同然で、差別じゃないか、とか。
 制度の導入後もいろいろあったのよね確か、と依里子は思い出した。養子が子守りや召使いのように扱われた事例があってからは、引き取る子が実子よりも年上ではいけない、といった追加規定ができたり、また、本当は養子は要らないという“両親”や“家族”とのトラブルを避けるため、 受け入れ家族は1ヵ月おきの面談や毎月のレポート提出等の義務が課されたり(この辺は、生涯後見人制度に似ている)。非常に煩雑で評判は芳しくないけれど、それでも実子がほしいという家族はこの手間さえもものともせずに努力をする。…そうか、“ゆみちゃん”は養子、実子ではない方の子どもなのね。

「別に、虐待とか、いじわるされたとかじゃないよ。お父さんもお母さんも、離れて暮らしているおじいちゃんおばあちゃんもよくしてくれて、それこそ実子の姉とほとんど変わらないように扱ってくれているもの」
「ほとんど?」
 強い口調に引っ掛かりを覚えてそう言うと、”ゆみちゃん”は依里子を振り向いた。

「そう、ほとんど。つまり、そういうこと」
 ほんのちょっと、ちょっとだけ、姉との扱いに差があると感じる。可愛がられるのは実子。もちろん、みんなわざとそうした差を付けているわけじゃない、というか、そのことに自分たちでは気付いていない。だから何も言えない。けど、だからこそ、自分を一番に愛してくれる存在がほしかった―。

「姉は、植物の麻に実りと書く、あさみという名前。お母さんとお父さんの名前を、一文字ずつ取ってね。家族みんなが『麻実はいい子、麻実は可愛い』って言う。それからとってつけたように『まゆみもいい子』って。
 とうやまさんは、孫と間違えてはいたけれど、でも、自分のことまっすぐに見ながら、可愛い大事な孫って、呼んだ。自分のことじゃないとわかってはいたけど、だけど、まっすぐに向けられた言葉は、視線は…何て言うか、心が熱くなった」
 病みつきになる、まるで麻薬みたい。苦い笑いを浮かべて言う。だから、何度も何度も、来てしまった―。

「…この人形だって、本当は本物のゆみちゃんのため。返す義務はない、と言ったけど、違うよね。…だから返すよ。あなたが、正当な持ち主だもの」
 そう言いながら、“ゆみちゃん”は鞄から人形を外し、つかに差し出した。
 え? どういうこと??
 混乱する依里子を尻目に、つかはただ静かに、『どうして?』と言った。そうよ、どうして? どうことよ?
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