第20話

文字数 1,025文字

「ごちそうさま。朝食の準備ご苦労さまでした。だからね、朝はパンでいいのよ、本当に。随分とがんばったようだけど、かなり時間がかかったんじゃなくて? いつから準備していたの?」

 食卓から調理台まで、ぐるりと見渡して問う貴禰に、依里子は言葉を詰まらせた。片付けまでは手が回らなかったため流し台には使い終えた調理器具が積み上がり、コンロ周りも何かがいろいろ飛び散って、ものすごい有様だった。
「…1時間ほど前でしょうか」
 その答えに、貴禰は内心ため息を吐いた。
 本当を言うと、キッチンの防犯カメラが作動したので(覗くつもりはなかったんだけれど)、あの子が2時間以上も料理に奮闘していたのはわかっている。要領が悪いと思われたくなくて、思わず見栄を張ったというところかしら。
 奮闘を知っていたことはおくびにも出さず、さも驚いた風を装って言う。

「1時間!? 毎日のことなのに、そんなに時間をかけていたら、すぐに嫌になってしまうわよ。もっとね、ちゃちゃっとやっていいの。ね?」
 その言葉に、依里子の目が丸くなった。
「ちゃちゃっと?」
「そうよ。私が作っていたときなんか、せいぜい15分だったわ」
「たった15分!? でも、パンとコーヒーだけならともかく和食はそうはいかないですよね」
「あら、でも、今日みたいな内容なら、そうね、20分で十分よ。ご飯はセットしておいて、お味噌汁は出汁入り味噌使ってね。後は手順と慣れよ。慣れてくれば、その時間内にできるはずだわ。最初はたいへんかもしれないけれど」
「…はい」
「まあ、とにかく、あなたがお料理に向く舌を持っていて、やる気も十分ということはわかったわ。これから、楽しみにしていますからね」
「楽しみに?」
「ええ、そうよ。誰かが成長すること、その助けになれることは、楽しく、喜ばしいことだもの。そうそう、あなた、今日はこれから夜勤だったわよね? 夕飯は、宅配サービスがあるから心配しないでね」
「ありがとうございます。あの、お昼食は…?」
「ああ、私、お昼はいただかないの。代りに、2時半ごろティータイムを設けて、お茶とお菓子をいただいているわ。あとは、夜7時ごろにお夕食ね」
「そうなんですね」
 つまり、現状、がんばるべきは朝食のみということか。これなら何とかなる、かも? 認めてもらえるようになるにはまだまだいろいろ勉強するべきことがありそうで、やっていけるかしらと落ち込みそうな気持ちを何とか慰めたくて、依里子は自分にそう言い聞かせた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み