第57話 アンドロイド、“悩む”

文字数 1,482文字

 久しぶりに戻った古巣の介護施設の現場で依里子は大歓迎を受け、やっぱり、落ち着くわあ、といった趣旨の発言を浴び続けた。

「どうも、あんざいさんだと落ち着かなくて。美人で親切でお仕事も丁寧なんだけど、そうね、何か、美人過ぎて怖いっていうか」
「しぐさやしゃべり方、表情も、別に普通なのよ? でもね、なぜか、何か変って、そんな気がしてしまうの」

 前者は、認知機能がだいぶ衰えてアンドロイドを普通の人間の介護人と誤認した入居者の発言(アンドロイドを『あんざい』という名前と思い込んだらしい)、後者は、アンドロイドであると認識している入居者の発言だ。そつなく丁寧に、お年寄りたちに接している、動きも滑らかだと思ったが、違和感を察知する人間の感覚はそれよりずっと鋭いということか。

『彼女は美人過ぎて落ち着かない、私は落ち着くって、ちょっとアレだけど…』

 そう思いつつ、正直悪い気はしない。だが、アイはどうだろう? 自分がアイの立場だったら随分悩むと思うけれど、アイ自身はこのことをどう思っているのか? というか、アンドロイドって、何か思い悩むことってあるのかしら??

        ***

 アイと仕事で一緒になったとき、依里子はさりげなく、こっちの施設でも働くことになったの、おかげで少し収入が増えたわ、と告げた。すると、アイは口角を上げ、それはよかったですねと言い、それからふいに黙り込んだ。その表情に心なしか陰りがある気がして(アンドロイドなのに?)、依里子は思わずどうしたの? 悩み事でも? と訊ねてしまった。
 その言葉に、アイはゆっくりと俯けた顔をこちらに向け、じっと見つめてきた。現実感が無いほどに整った美貌で間近に見つめられ、依里子は思わずたじろぐ。何となく怖いと言っていた、入居者の言葉の意味がわかる気がする。と思ったが、そんなことには気づかぬ風でアイは視線を正面に戻し、ゆっくりと口を開いた。

「実は、入居者の皆さんに、快く思われていないのです。私は、医療的な措置可能なように設計されているので、入居者の皆様の処置をすることも可能なのですがそれを拒否されてしまって」
「そうなの?」

 素知らぬふりでそう応えると、アイはさらに憂いを深めて(アンドロイドなのry、だってどうしてもそんな気がする、こちらがそう考えているから?)頷いた。

「はい。ですので、今はバックヤードの仕事がメインとなっています。せっかくの機能が活かせなくて、残念です」
「拒否される、ってどうして?」
「人間ではないから怖い、と、言われてしまいます」
「そう…」
 人間でないと認識してなお怖いと言われたら、対応は容易ではなさそう。だけど。
「けど、あなたのことを、人間と思っていた方もいたわよね? そういう人のお世話は? それならだいじょうぶなんじゃないの?」
「最初はそう思ったのです。業務も、そのように割り振っていただきました。でも、だめでした。何か違う、嫌だ、と、拒絶されてしまいました」
「…ふーん」
 どう応えればいいのか分からず、依里子は曖昧に相槌を打った。アイは、ええ、と再び頷き、遠い目をしながら口を開いた。
「そうした方々も、最初は歓迎してくださったのです。お人形を作ってあげると、おっしゃってくださった方もいました」

 依里子の脳裏に、あの老婦人の穏やかな笑顔が浮かんだ。孫娘の名で自分を呼ぶ、優しい声。久々に行ってあいさつをしたら、やっぱり間違えられて、でも握ったカサカサの手は温かくて、そして、何だか体が一回り小さくなったよで、なぜか鼻の奥がつんと痛くなったんだった。

 アイの話は、なおも続く。
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