第74話

文字数 1,656文字

『そんなこと…! あなたは人間よ、人間と変わらないわ!』
 あの時、そう返すべきだった? いえ、それも変な感じ。それって人間のほうがアンドロイドよりも上の存在と言っているようなものだもの。実際には、入居者の方のウケは別として、仕事的にはアイさんの方が圧倒的に有能だし。

「どう言うのが正解だったんでしょう?」
「知りませんよ!」
 お茶のお稽古を終え片付けをしながら貴禰に経緯を説明し、最後にそう尋ねた依里子に、間髪入れずそんな返事が飛んできた。ごもっとも。ですよね、と返すと、貴禰は思案顔になった。
「…ま、確かに、あなたは人間と変わらないというのは、上からの言いようだわね。うーん…。事実、そのアイさんの言うとおり、“彼女”は機械なのよね。心のある機械? それも変かしら。大切な同僚、仲間、無くてはならない戦力」
「ああ、そうですね。大切な仲間で、無くてはならない戦力かもしれません」
「じゃあ、たとえばですけどね。アイさんが“故障”して、別のロボットに交換します、となったらどうかしら?」
「え?」
「普通の機械なら、故障して修理が効かないとなったら、買い替えよね」
「…そうですね」
 そう応えながらも、それはどうもピンと来ない、と依里子は思う。これはつまり、自分がアイさんを単なる機械と考えていないということだわ。自分の考えが少しクリアになった気がした。最初はどうあれ、今はアイさんを自分の仕事を脅かすロボットとは見做していない。“故障”して交換なんてことにはなってほしくない、と思っている。適切なオーバーホールをして、長く働いてもらわないと。
 そう言えば、どう“活用”するのが適切か(こんな表現も、どうかと思うけれど)、所長はもちろん私も、考えていなかった。まずはそこからかしら?
「アイさんに訊いてみたら?」
「え? 本人(?)にですか?」
「そういう管理情報がインプットされていると考えるほうが、自然よね?」
「あ、確かにそうですね」
 そうだ。アイさんなら、アイさん自身も含め、職員みんなの勤務、収入バランスを考えて最適な提案ができるんじゃないの? 答えが明確で、考えれば結論が出るものに関しては、最適解は出せない、とは言われないはずよね。

        ***

 翌日。職場でこの話をすると、アイは首を傾げて言った。
「誰にとってのベストの案を、お求めなのでしょう? そしてそのベストとは?」
「え? どういう意味?」
「金銭面だけで考えれば、施設にとって好ましいのは人件費削減です。一方、働く側にすれば、仕事、つまり収入が減らないことが好ましい方、収入は減っても働く時間帯のご都合がよいほうがよい方など、さまざまです」
「あ、そうね」
「そうしたデータがあれば、あるいはお役に立てるかもしれませんが…」
「ああ、うん。確かにそうよね」

「アンケートを取ってみたらどうかしら?」
 この話をつかさに伝えると、そんな応えが返ってきた。確かに、各人で異なる働く時間帯と日数、必要な収入などの情報をアンケートで集めたなら、アイはそれを元にベストの在り方を提案できるだろう。でも―。
「このアンケートは、実名で回答することが必須になりますけど、それでも、応じてもらえるかしら?」
 依里子の懸念に、つかさはちょっと考えてから答えた。
「そうね、嫌がる人もいるかも。でも、回答してくれる人の分だけでも参考になるんじゃない? 将来設計まで含めた内容なら、興味がある人は結構いそうだし」
「将来設計?」
「そう、今後、どんな風になりたいのか。日々の仕事をこなして一定の給与があればいい、とか、勉強して資格を取得してキャリアアップを目指したい、とか。
 現状は、あまり余裕が持てなくてただ毎日働くだけみたいな状況だから、ちゃんとしたステップアッププランがあれば、上を目指したい人にはやりがいになるし、業務の振り分けもより適切にできるわ。施設には、資格取得者雇用助成金が入るから損にはならない。むしろ、業務の質が上がるんだから、両者にメリットがあると思うの」
「なるほど!」
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