第11話 楽しい晩御飯

文字数 1,137文字

「疲れたろ。でもかわいいやろ」
「はい、かわいいです。横浜ではぼくより小さないとこはいないから、ほんとにかわいいです」
「そうやろ、シュンもそうやけど、自慢の孫やけん」
 祖父はそれこそ食べてしまうんじゃないかと思う位、いとおしそうにアンリの頬をなでている。
「あら、寝ちゃったの」
 おばさんが食器を持って居間に入ってきた。晩ご飯の準備ができたらしい。祖父は今寝たところだから、寝かしておいたらどうだと言ったが、おばさんはそれでは変な時間に食事をすることになる、とアンリを起こしにかかった。案の定、アンリはぐずりだしたが、シュンを見かけるとトコトコと近づいてきた。そしてシュンのTシャツの袖を引っ張った。
「おしっこ」
「ええっ!」
 当然、シュンは小さい女の子をトイレに連れて行ったことはない。当惑していると、笑いながらおばさんが言った。笑い方は、鼻先を持ち上げるように折り曲げた人差し指を当てた、あの笑いだ。
「自分でできるから、トイレまでつれてってあげてね」
「わかりました、行ってきます」
 トイレに連れて行くと、アンリは自分で子供用便器をセットして、なにやら鼻歌を歌いながら用を足し始めた。そんな様子もかわいらしい。用が済むと、アンリはちゃんと手を洗った。
「よくできたね」 
「だって、吉永先生にちゃんと手を洗うのよ、って言われるもん」
 ほめられて、アンリは得意そうな顔をした。吉永先生とは、幼稚園の先生らしい。
 居間に戻ると、晩ご飯の用意がすっかり出来上がっていた。今日は二人が来たからか、昨日とがらりと違ったメニューだ。シチューに鶏とエビの唐揚げ、ささみとポテトのチーズ焼き。一人ずつ皿に盛ってあり、真ん中にも大きな皿に揚げ物が乗っている。当然、付け合せの野菜が、シュンの皿にも盛ってある。
「いとこの前やけん、野菜残せんなあ」
「シュンちゃん野菜嫌いなの?」
「いやあ、おじいちゃんちの野菜は好きですよ、多分」
 五人の視線を感じながら、ドレッシングがたっぷりかかったレタスをほおばった。あれっ、なんか食べられるぞ。
 小さないとこたちに、大きな瞳でじっと見つめられると、野菜が食べられないなんて恥ずかしくて言えない。そう思って食べてみると、レタスもグリーンリーフも、なんだかおいしいような気がしてきた。よし、カリフラワーもOK。ゆでたスナックエンドウも甘いぞ。ゆでたにんじんは少しにおいがあるかな。
「何だ、食べられるやないか」
「ほんと、大丈夫やない」
 シュンは今までただの食わず嫌いだったのかな、と思った。そして、無謀にもトマトをつまみあげた。
「ぷっ」
 つるっと口から出てしまった。やっぱりだめだった。テーブルは笑いの渦に取り巻かれた。晩ご飯は実際の味よりも、何割かおいしくなったようだ。
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