第5話 一日の終わり

文字数 1,002文字

「あそこに建物が見えるやろ。あれはプールで、ずっと右の方にあるのが総合公園や」
「総合公園?」
「体育館やテニスコートやグランドがあって、あと山の上に公園があるんよ。自転車貸してやるけん、行ったらええわい」
「行ってみます」
 祖父の指した方を見ていると、前の方から人が歩いてきた。バスの中の、あの二人だ。シュンは少しドギマギしてしまった。ベンが急に立ち止まって尻尾を振っている。すれちがうときに、女の子がやっぱりにっこりと笑った。
「どうした、シュン?」
「い、いいえ、なんでもありません」
 赤くなっているはずの顔を、なるべく祖父に見られないようにしながら、散歩の続きをした。

「うまいかね」
「はい、おいしいです」
「今日着いた宇和島は、日本でも指折りの魚の養殖が盛んなところやけん、いろんな魚が食べられるんよ」
 焼酎で真っ赤になった顔で、祖父はシュンに夕食のご馳走を勧めてくれた。実際、こんなおいしいお刺身は食べたことがないと思った。祖父の話によると、白身で赤い模様があるのが鯛、同じく白身で脂が乗っているように見えるのがシマアジ、それと最近盛んになったと言う養殖鮪、色とりどりの貝殻を持つ緋扇貝。
「シュンは体が弱いけん、しっかりと食べな」
「そうよ、シュンちゃん。ここに居るうちに、野菜も食べるようにならんと」
「おじいちゃんが作った野菜は、野菜嫌いのシュンでも食べられらい」
「がんばります」
「おお、がんばれ」
 祖父母に笑われながら、シュンは箸を進めた。こんなおいしいものを毎日食べてれば、少しは体も強くなるかな、と考えた。
「シュンちゃん、お風呂に入んさいや」
「はい」
 食後に祖母に言われ、お風呂に入った。とても広いお風呂で、横浜のマンションのお風呂の三倍はありそうだった。湯船に入ると、ほんのりと木の香りがした。
 シュンは、今日の出来事を思い出してみた。出掛けに家の近所でガシャポンをして、羽田空港まで母に送ってもらい、早めの食事をしたこと。初めて一人で飛行機に乗り、松山空港では都市伝説的なみかんジュースの出る蛇口を体験できたこと。そして…
 そこまで考えて、シュンはお湯の中に潜った。そう、あの女の子のことを思い出したからだ。
「かわいかったよな」
 声に出して言って、また潜った。
こうして、祖父の家での一日目が終わった。何かいつもの四、五日分を体験したような、シュンの初めての一人旅だった。後はぐっすりと寝るだけだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み