6-8
文字数 1,979文字
母さんと僕はみんなを送っていくことになった。全然方向の違う麗がいるのは、車で迎えに来てくれる場所を紅ちゃんのマンションの前に設定したからだ。これは、紅ちゃんはみんなで送らないと、とみんなが思ったからだった。
「あれが芳香!」
母さんが突然上を指差しながら叫ぶと、みんなは空を見上げた。空には雲がほとんど無く、しっかりと星が見えた。
「どれかわかんないよ」
呆れたように言うと、母さんは不満そうな顔で僕の方を見てくる。
「ハジメのそういう反応って、本当につまんないよね」
「しょうがないですよ、冷めた現代っ子ですから」
麗までバカにするように言ってくる。僕は麗を睨みつけた。
「星を見たときに、一番綺麗だって思うのを芳香って呼んでるの」
僕はまた空を見る。地上が明るいからか、見える星の数は少ない。それでも、いくつかの星はちゃんと輝いていた。
「じゃああれ」
「どれよ?」
「あれかな?」
各々がそう言って、ああだこうだと言い始める。
「私はあれよ! ハジメちゃん! どれ指してるかわかるでしょ?」
「あれは金星だよ。いたっ」
僕が言うと、母さんは僕の耳を引っ張った。まだ体が痛いというのに容赦がない。みんなが僕らを見て笑う。
「そういうことを言う子はこうよ」
「……暴力反対」
「春香さん、ハジメに絶交されますよ」
紅ちゃんは苦笑いしながらそう言った。僕は照れくさくなる。
「やだー、それは困っちゃうなー」
「もういいっての」
母さんの言うことはともかく、確かに姉さんは今でも見てくれていると思う。
そして、きっと喜んでいる。また昔みたいにみんないること、新しい出会い、新しい命のことを。
「……なんで子どもを作ったの?」
不躾な質問だと思う。僕は、この歳になって兄になる自分が想像もつかなかった。僕にとって兄弟は、姉さんだけだったから。
「何でって……そりゃそういうことをしたからなんだけど……。母親にそういうこと言わせるの? エッチねぇ」
「作り方じゃないよ! なんで今さらなのかと思っただけだよ!」
僕が顔を赤くしてそう言うと、みんながバカにしたような顔で笑う。
でも、僕の質問自体に興味があるのか、すぐにまた母さんに注目する。母さんはそれに気づくと、咳払いをしてから話し始めた。
「私が芳香を産んだのが十六、ハジメが二十歳なの。経済的なことを考えてそこでおしまいってなったんだけど、私はずっともう一人か二人くらい欲しいって目論んでたわ。大家族は私の夢だったもの」
うちの家計は平均的か少し低めか。父さんがそう言っていたような気がする。
「十六で産んだものだから、芳香が十四になると私は三十。歳が近いものだから、舐められてたまるかって思ってたら、案の定ぶつかっちゃってね。……なんでこんな子を産んじゃったのかなって思ったこともあったわ。
芳香の失敗をハジメちゃんにはしないように、とか思っていると、よりそれが芳香にとっては腹立たしかったんと思う。芳香とぶつかっちゃったことで自信をなくして、欲しいって気持ちも薄れてたのよね」
母さんは寂しそうに笑った。
「でもね、ハジメちゃんに対して優しい芳香を見てわかったのよ。芳香は、本当はとっても優しい子なんだって。私が母親として未熟だったから、悪いところを出させちゃっただけだったんだって。
私が芳香とちゃんと向き合えるようになったのは芳香が高校生になってからだった。そして、その頃に思ったんだ。芳香と一緒に子育てがしたいって。守りたい相手がいるとがんばり屋さんになる芳香なら強力なパートナーだし、芳香も喜んでくれるってね。でもそう思ってるときに、芳香はいなくなっちゃった」
みんなが歩くペースを落としている。みんな、母さんの話を聞き入っていた。
「なんか、何もかも失ったような気持ちになった。ずっと落ち込んで、落ち込んで落ち込んで。
そして最近、やっと未来のことを考えられるようになった。芳香と一緒に育てることはできないけど、ハジメちゃんがいるしね。ちゃんと前を向いて生きていかないとって思ったから、まだ大丈夫なうちにもう一人子どもを作ろうってことになったの」
母さんはみんなの顔を見回した。僕と目が合うと、小さく微笑む。
「芳香の分、みんなが代わりをしてくれるなら、私の願いは間接的に叶えられるわ。みんなは協力してくれるかな?」
「もちろん!」
「私も!」
唯奈と千愛莉ちゃんが間髪を入れずに返事をした。紅ちゃんと麗も頷いて返す。
そして、僕も頷いた。姉さんがいた場所に、その子が自然に入ってこれるように。そうすれば誰も寂しい思いをしない。
風が通り抜けた。僕は姉さんに頭を撫でられた気がした。
「あれが芳香!」
母さんが突然上を指差しながら叫ぶと、みんなは空を見上げた。空には雲がほとんど無く、しっかりと星が見えた。
「どれかわかんないよ」
呆れたように言うと、母さんは不満そうな顔で僕の方を見てくる。
「ハジメのそういう反応って、本当につまんないよね」
「しょうがないですよ、冷めた現代っ子ですから」
麗までバカにするように言ってくる。僕は麗を睨みつけた。
「星を見たときに、一番綺麗だって思うのを芳香って呼んでるの」
僕はまた空を見る。地上が明るいからか、見える星の数は少ない。それでも、いくつかの星はちゃんと輝いていた。
「じゃああれ」
「どれよ?」
「あれかな?」
各々がそう言って、ああだこうだと言い始める。
「私はあれよ! ハジメちゃん! どれ指してるかわかるでしょ?」
「あれは金星だよ。いたっ」
僕が言うと、母さんは僕の耳を引っ張った。まだ体が痛いというのに容赦がない。みんなが僕らを見て笑う。
「そういうことを言う子はこうよ」
「……暴力反対」
「春香さん、ハジメに絶交されますよ」
紅ちゃんは苦笑いしながらそう言った。僕は照れくさくなる。
「やだー、それは困っちゃうなー」
「もういいっての」
母さんの言うことはともかく、確かに姉さんは今でも見てくれていると思う。
そして、きっと喜んでいる。また昔みたいにみんないること、新しい出会い、新しい命のことを。
「……なんで子どもを作ったの?」
不躾な質問だと思う。僕は、この歳になって兄になる自分が想像もつかなかった。僕にとって兄弟は、姉さんだけだったから。
「何でって……そりゃそういうことをしたからなんだけど……。母親にそういうこと言わせるの? エッチねぇ」
「作り方じゃないよ! なんで今さらなのかと思っただけだよ!」
僕が顔を赤くしてそう言うと、みんながバカにしたような顔で笑う。
でも、僕の質問自体に興味があるのか、すぐにまた母さんに注目する。母さんはそれに気づくと、咳払いをしてから話し始めた。
「私が芳香を産んだのが十六、ハジメが二十歳なの。経済的なことを考えてそこでおしまいってなったんだけど、私はずっともう一人か二人くらい欲しいって目論んでたわ。大家族は私の夢だったもの」
うちの家計は平均的か少し低めか。父さんがそう言っていたような気がする。
「十六で産んだものだから、芳香が十四になると私は三十。歳が近いものだから、舐められてたまるかって思ってたら、案の定ぶつかっちゃってね。……なんでこんな子を産んじゃったのかなって思ったこともあったわ。
芳香の失敗をハジメちゃんにはしないように、とか思っていると、よりそれが芳香にとっては腹立たしかったんと思う。芳香とぶつかっちゃったことで自信をなくして、欲しいって気持ちも薄れてたのよね」
母さんは寂しそうに笑った。
「でもね、ハジメちゃんに対して優しい芳香を見てわかったのよ。芳香は、本当はとっても優しい子なんだって。私が母親として未熟だったから、悪いところを出させちゃっただけだったんだって。
私が芳香とちゃんと向き合えるようになったのは芳香が高校生になってからだった。そして、その頃に思ったんだ。芳香と一緒に子育てがしたいって。守りたい相手がいるとがんばり屋さんになる芳香なら強力なパートナーだし、芳香も喜んでくれるってね。でもそう思ってるときに、芳香はいなくなっちゃった」
みんなが歩くペースを落としている。みんな、母さんの話を聞き入っていた。
「なんか、何もかも失ったような気持ちになった。ずっと落ち込んで、落ち込んで落ち込んで。
そして最近、やっと未来のことを考えられるようになった。芳香と一緒に育てることはできないけど、ハジメちゃんがいるしね。ちゃんと前を向いて生きていかないとって思ったから、まだ大丈夫なうちにもう一人子どもを作ろうってことになったの」
母さんはみんなの顔を見回した。僕と目が合うと、小さく微笑む。
「芳香の分、みんなが代わりをしてくれるなら、私の願いは間接的に叶えられるわ。みんなは協力してくれるかな?」
「もちろん!」
「私も!」
唯奈と千愛莉ちゃんが間髪を入れずに返事をした。紅ちゃんと麗も頷いて返す。
そして、僕も頷いた。姉さんがいた場所に、その子が自然に入ってこれるように。そうすれば誰も寂しい思いをしない。
風が通り抜けた。僕は姉さんに頭を撫でられた気がした。