6-3

文字数 2,305文字

 僕はその家の扉に手をかけた。鍵はかかっていない。静かに中へ進入すると、忍び足で奥へと進んでいく。

 一つだけ明るい部屋があった。中を覗くと、この光がぶら下げられている電球からのものだとわかる。そこには、男達に囲まれて一人の女の人が寝そべっていた。

 紅ちゃんだ。やっぱり、紅ちゃんにとって、この場所は良くなかった。

「手こずらせやがってさぁ」

 紅ちゃんはかなり抵抗したようだ。男達には、さっき見なかった傷が見受けられた。

「いってぇな、くそっ!」

 そう言って、男の一人が寝ている紅ちゃんを蹴った。僕は拳を握り締めた。落ち着かないと。チャンスを窺うんだ。

「やめろ」

 男の一人がそう言った。それが、鼻が折れている関谷という男だった。

「綺麗なほうがいいだろ。顔は絶対殴んなよ」

 決して、止めてくれるわけではない。むしろ一番野蛮に感じる。この男には、紅ちゃんに倒された恨みがあるのだ。

「やっべー、興奮してきた」
「早くしよーぜ。俺、先にしていい?」

 僕は呼吸が荒くなってきてしまう。何か武器はないかと探すが、暗くて見えなかった。

「うるせーよ。俺が一番先だって言ってんだろ」
「なんだよ偉そうに? こいつにぼこぼこにされたくせに」

 関谷は、そう悪態をついた男を蹴り飛ばした。

「なんだよてめー!」
「邪魔すんなよ! 美味しいところだけもってこうとしてんじゃねえよ!」

 どうやら、全く統率の取れていないグループらしく、いとも簡単に内紛が起こってしまっていた。このままなんとか時間が過ぎて、助けがこないだろうか。

「まあまあ、関谷にやらせてやれよ」
「その鼻見てたらかわいそうだしな」

 他の二人の男があざ笑った。関谷は紅ちゃんの顔へと顔を近づけていく。

「くあ、やべー。匂い嗅いでやがる」
「関谷、マジ変態じゃん」
「うるせーな――っ!?」

 紅ちゃんは、顔を近づけた関谷を噛み付こうとした。関谷は間一髪でそれを避け、怒りを露わにして紅ちゃんの腰のほうを力いっぱいに蹴った。紅ちゃんは、痛みによって体を丸めた。

「あぶねーなこいつ! ほらっ! こっちに向くんだよ!!」

 もう限界だった。関谷が紅ちゃんに掴みかかろうとしたときに、僕は部屋へと入っていった。

 男達は一瞬驚いた後、関谷以外の三人は笑い出した。関谷だけは、僕のことを睨みつけていた。

「おめーにはもう用ないんだけど」
「紅ちゃんを離してください」

 過剰に反応したのは、紅ちゃんだった。僕のことを見ると、絶望的な顔になり、ついには涙を流した。

「なんで……」
「おお、こう見ると竹原マジ美人だな」
「やべー、早くやりてー」

 連中の言葉に、僕は目でけん制する。当然、彼らはそんなことで怯んだりはしなかった。

「警察、呼んでますから。すぐに来ます。これは犯罪ですから、みんな捕まりますよ」

 僕は怯えながらも、淡々と脅しをかけた。いつ来るのか、本当に来るのかもわからないそれが、彼らに効果があるのだろうか。

「なんだ? 脅してんのか?」

 関谷が立ち上がり、僕の方へと歩いてきた。僕は、今度は怯えないで関谷のことを睨みつける。

「さっきみたいに震えないんだ。三木本くん」

 もちろん今でも怖い。でも、それよりも紅ちゃんに対してしたことを許せなくて、僕は怒っていた。

「本当にすぐに来ますよ」

 僕はたっぷりの敵意を込めて言った。関谷はそんな僕を見てニヤッと笑う。

「ハジメに、ハジメに何かするのだけはやめて……」

 紅ちゃんの声に、彼らはより楽しそうな笑みを浮かべた。残念ながら、紅ちゃんの懇願は彼らを喜ばせるものだった。

「姫が見てるほうが興奮しそうだよな」
「わかるわー。これはやべーな」

 下品な笑い声が部屋に響く。僕は殴りかかりたい衝動を抑える。僕は自分の弱さを知っているから、怒りに任せて行動することだけはあってはならないことだ。

 一番必要なのは時間を稼ぐこと。情けない話だけれど、僕だけでは紅ちゃんを救うことなどできない。きっと助けは来る。待つしかない。

 不意に後ろから声が聞こえた。僕は期待を込めて振り返った。

「はーい、鍵はちゃんと閉めたからね」

 いつの間にか、一人が玄関へ行っていたようだ。僕は絶望感に打ちひしがれる。

「こんな空き家に、警察はこねーだろ」
「どう考えても、そんな通報は悪戯だと思うよな」

 男達はけらけらと笑う。彼らはバカだ。警戒心の薄いバカだからこそ、こんなことができるのだ。

「電気を消せば、ここに誰か来ることはねーだろ」
「それじゃ、もっと暗くなる頃には裸が見れなくなるじゃん。早く脱がさないとさ」

 もう外は薄暗くなっている。暗くなるごとに、僕の不安は増していく。暗がりに敵だらけ。こんな状況なんて漫画でしか見たことがない。
 相手が時間について焦りだすのが一番まずい。何か言って時間を稼ごうとしても、逆上して返って悪い方向にむかうかもしれない。

 僕は必死に考える。この状況の中で、紅ちゃんを救う方法を。

「で、こいつどうするの?」
「なんなら、一緒にやるか?」
「やっぱりホモかよ」
「そういう意味じゃねえよ」

 もうこいつらの下品な笑い声は聞きたくない。僕は構えた。

「なんだ? こいつ、俺らに殴りかかる気じゃね?」
「やべー、かっこいー」

 僕はその笑い声を切り裂くように、飛びかかった。関谷をすり抜けて、紅ちゃんの脇にいる男達に目もくれず、飛び込んだのは紅ちゃんにだった。
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登場人物紹介

・三木本一(みきもとはじめ)
 幼く、女の子みたいなルックスの男子高校生。人見知りで大人しいが、三人の不良娘にだけは強気で、その真面目さで時に彼女たちを説教する。三人を敬愛しているがツンデレなところがある。

・梅木唯奈(うめきゆいな)
 ぼさっとした髪と短いスカート、眉間にしわを寄せながら歩く様はどう見ても小物な不良。それは一種の背伸び行為であり、子供っぽく見られることを嫌がっている。普通にしていると無邪気さとその童顔によってかなり可愛い。馬鹿だが人情味のある人。

・竹原紅輝(たけはらこうき)
 黒髪ショートで、中性的なほど整った顔立ちをしているが、喧嘩が強い一番の問題児。その凛とした美しさとは対照的に、過去には数々の暴力で問題を起こしている。普段は大人しく、ハジメにとってはただの優しい年上の女性。ちょっと天然ボケ。

・松坂麗(まつざかれい)
 ウェーブした髪で、上品そうな見た目をしている。背は唯奈よりも少し高いくらいだが、雰囲気から年上に見える。場所によってはクールビューティーという感じで過ごしているが、ハジメたちの前では時に子供っぽくキーキー怒る。三人の中では一番の常識人。極道の娘ということを利用しつつも負い目を感じている。

・佐久間千愛莉(さくまちえり)
 紅輝の子分を自称する元気っこ。同じく年下の兄弟の居る唯奈と気が合う。その純粋さは敵を作らず、三人の橋渡し役を買って出る。

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