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文字数 2,004文字
いい加減、雨に対して諦めが出てくる。
バケツをひっくり返すみたいに一気に流れきったらいいのに、なぜ小さな粒になって長時間降り続けるのだろうか。どこかに大きな穴でも開けたら一気に降り終えて、太陽が見えてきたりはしないものだろうか。
僕はビニール傘を使っている。傘は盗られやすいので、盗られてもそんなに傷つかないこれを重用しているのだ。半透明のそれには、付着した雨が流れていくのが見える。僕は憂鬱になりながら、学校までの道のりを歩いた。
「あ、えっと三木本くん、おはよう」
「え、あ、うん」
昇降口でクラスメイトに出会うと、僕はろくに返事も出来なかった。
こういうところは相変わらずだ。僕は体も心も成長が遅い。ほとほと嫌になる。
雨で憂鬱になっているのも災いしていたと思う。ちゃんとした返事ができなかったという些細なことがショックで、そのくらいのことでショックを受けることもショックだ。悪循環。
僕はクラスに溶け込むのが遅いほうだった。
それはきっと、同じ中学出身の人がクラスにいないこともあるが、僕の性質的な部分が大きい。無難に対応することはできるが、その無難さゆえなのか、距離を詰める方法をよく知らないのだ。
しかし、これでもマシになっていた。それこそ小学生の頃は、女みたいだとからかわれては心を閉ざしてしまっていた。今ならとりあえずは受け答えができる。これは姉さんがあの三人を連れてきてくれたおかげだと思う。
「よーう、三木本」
「…………」
ああ、こういう人もいたっけ。唯一軽口を叩けるのがこの末なんとかくんだということが、余計に自身を惨めにさせた。
僕は目を細めながら、末なんとかくんをまじまじと見つめた。
「どした?」
「何か末……くんに話しかけられると悲しい気持ちになる」
「どういうことだよ!?」
何が悲しいって、ちょっとホッとしていることだった。人と関わるのが苦手なくせに、人がいないと不安になる。
「で、末……くんは僕に何の用?」
僕は決して名前を忘れているわけではない。しっかり、彼が末松くんだということは理解できている。ちょっと自信がないからごまかしているだけだ。
末松くんは、僕のそれには特に疑問を持っていないようだった。
「なんか、竹原さんがピリピリしててよお、こえーべ」
コエーベってどこの国の言葉だろうか。
そんなことより、紅ちゃんの様子が気になる。この前に家に来たときは、そんな印象を持たなかったのに。
「ピリピリ? また何かしたの?」
「またって何だよ!? いや、俺関係ねーべ。なんか怒ってるように見えたんだよ。おめーは何かしらねーの?」
怒っているように見える。紅ちゃんのことだから、寝不足とかそんなオチだろうか。あるいは末松くんが見えたからイライラしたとか。あまり末松くんのことを信用していないので、僕としては判断しかねた。
「知らないけど」
「あれはなんかあんべ? こえーよこえーよ」
まあなんにしても後で様子を見に行ってみよう。紅ちゃんも僕と同じで、雨が嫌なだけかもしれないけれど。
四つの授業が終わり、昼休みになった。僕は二年生の教室がある四階へと移動する。
紅ちゃんのクラスはD組だったはずだ。三人は見事にバラバラで、唯奈がE組、麗がA組に在籍していた。
階段を上がったところから遠目に各教室を視認する。こっち側の端がFだから、こちらから見て三つ目がD組だ。
あまりおいそれと近づくことのできる場所ではないので、僕は運良く出てくれないものかと様子を窺っていた。
「ハジメ?」
出てきたのは、運悪く唯奈だった。僕のことを見つけると一瞬驚いたような表情を見せた。ここにいることを不審に思ったのだろう。
「唯奈か」
「なんだよそれ。……そだ、一緒にメシ食おうよ」
この前のことで気まずく感じていた僕に対して、唯奈はいつも通りだった。むしろ、普段学校であまり関わらないのに、今日は昼食にまで誘ってくる。
「紅ちゃんに用があるんだ」
僕がそう言うと、唯奈は動揺の色を見せた。しかし、それはすぐに隠される。
「じゃあ、あたしとメシ食おう」
「じゃあって何だよ」
「ハジメはあたしのほうが良いでしょ? さ、さ」
唯奈は僕の体を反対方向に向かせて、背中を押してきた。今日は妙に強引な感じがする。
「紅ちゃんに用があるって言っているのに……」
「いいじゃん、あたしとメシ食おうよ! それからでもいいでしょ!」
僕は唯奈が押してくることに大した抵抗が出来なかった。それは、この前のことがあったのに唯奈がこうして接してくることに安心しているからだ。
唯奈の言うとおり、紅ちゃんには後で話しかければいいか。徐々に抵抗を弱めると、大人しく唯奈と一緒に昼食へ向かった。
バケツをひっくり返すみたいに一気に流れきったらいいのに、なぜ小さな粒になって長時間降り続けるのだろうか。どこかに大きな穴でも開けたら一気に降り終えて、太陽が見えてきたりはしないものだろうか。
僕はビニール傘を使っている。傘は盗られやすいので、盗られてもそんなに傷つかないこれを重用しているのだ。半透明のそれには、付着した雨が流れていくのが見える。僕は憂鬱になりながら、学校までの道のりを歩いた。
「あ、えっと三木本くん、おはよう」
「え、あ、うん」
昇降口でクラスメイトに出会うと、僕はろくに返事も出来なかった。
こういうところは相変わらずだ。僕は体も心も成長が遅い。ほとほと嫌になる。
雨で憂鬱になっているのも災いしていたと思う。ちゃんとした返事ができなかったという些細なことがショックで、そのくらいのことでショックを受けることもショックだ。悪循環。
僕はクラスに溶け込むのが遅いほうだった。
それはきっと、同じ中学出身の人がクラスにいないこともあるが、僕の性質的な部分が大きい。無難に対応することはできるが、その無難さゆえなのか、距離を詰める方法をよく知らないのだ。
しかし、これでもマシになっていた。それこそ小学生の頃は、女みたいだとからかわれては心を閉ざしてしまっていた。今ならとりあえずは受け答えができる。これは姉さんがあの三人を連れてきてくれたおかげだと思う。
「よーう、三木本」
「…………」
ああ、こういう人もいたっけ。唯一軽口を叩けるのがこの末なんとかくんだということが、余計に自身を惨めにさせた。
僕は目を細めながら、末なんとかくんをまじまじと見つめた。
「どした?」
「何か末……くんに話しかけられると悲しい気持ちになる」
「どういうことだよ!?」
何が悲しいって、ちょっとホッとしていることだった。人と関わるのが苦手なくせに、人がいないと不安になる。
「で、末……くんは僕に何の用?」
僕は決して名前を忘れているわけではない。しっかり、彼が末松くんだということは理解できている。ちょっと自信がないからごまかしているだけだ。
末松くんは、僕のそれには特に疑問を持っていないようだった。
「なんか、竹原さんがピリピリしててよお、こえーべ」
コエーベってどこの国の言葉だろうか。
そんなことより、紅ちゃんの様子が気になる。この前に家に来たときは、そんな印象を持たなかったのに。
「ピリピリ? また何かしたの?」
「またって何だよ!? いや、俺関係ねーべ。なんか怒ってるように見えたんだよ。おめーは何かしらねーの?」
怒っているように見える。紅ちゃんのことだから、寝不足とかそんなオチだろうか。あるいは末松くんが見えたからイライラしたとか。あまり末松くんのことを信用していないので、僕としては判断しかねた。
「知らないけど」
「あれはなんかあんべ? こえーよこえーよ」
まあなんにしても後で様子を見に行ってみよう。紅ちゃんも僕と同じで、雨が嫌なだけかもしれないけれど。
四つの授業が終わり、昼休みになった。僕は二年生の教室がある四階へと移動する。
紅ちゃんのクラスはD組だったはずだ。三人は見事にバラバラで、唯奈がE組、麗がA組に在籍していた。
階段を上がったところから遠目に各教室を視認する。こっち側の端がFだから、こちらから見て三つ目がD組だ。
あまりおいそれと近づくことのできる場所ではないので、僕は運良く出てくれないものかと様子を窺っていた。
「ハジメ?」
出てきたのは、運悪く唯奈だった。僕のことを見つけると一瞬驚いたような表情を見せた。ここにいることを不審に思ったのだろう。
「唯奈か」
「なんだよそれ。……そだ、一緒にメシ食おうよ」
この前のことで気まずく感じていた僕に対して、唯奈はいつも通りだった。むしろ、普段学校であまり関わらないのに、今日は昼食にまで誘ってくる。
「紅ちゃんに用があるんだ」
僕がそう言うと、唯奈は動揺の色を見せた。しかし、それはすぐに隠される。
「じゃあ、あたしとメシ食おう」
「じゃあって何だよ」
「ハジメはあたしのほうが良いでしょ? さ、さ」
唯奈は僕の体を反対方向に向かせて、背中を押してきた。今日は妙に強引な感じがする。
「紅ちゃんに用があるって言っているのに……」
「いいじゃん、あたしとメシ食おうよ! それからでもいいでしょ!」
僕は唯奈が押してくることに大した抵抗が出来なかった。それは、この前のことがあったのに唯奈がこうして接してくることに安心しているからだ。
唯奈の言うとおり、紅ちゃんには後で話しかければいいか。徐々に抵抗を弱めると、大人しく唯奈と一緒に昼食へ向かった。