2-7
文字数 4,177文字
結局、話はまとまらなかったが、とりあえず唯奈からどうにかしようということとだけは、曖昧ながらも決定した。結局、最も懐柔しやすそうであり、立ち位置としても中間にいるはずの唯奈が一番適しているのだ。
帰り道、僕は千愛莉ちゃんを送っていくことにした。と言っても、帰る方向が同じなので、ほんの少しだけの遠回りだ。
「うちの高校のほうが近いんじゃない?」
「うん。でもね、お母さんがこっちにしなさいって。制服がかわいいから」
やっぱりその理由は汲んでいたらしい。千愛莉ちゃんは少し胸を張りながら、ブレザーやスカートを指で摘まんで伸ばした。僕はその意外と大きい胸にドキッとして、目を逸らした。
「あと、そっちは不良が多いからって……」
「ごめんなさい」
まさか、結局不良と関わるようになるとは思わなかっただろう。千愛莉ちゃんに悪さをするような不良ではないので、なんとか許してもらいたい。
不良の多いこの地域において、学力の低めな公立であるうちの高校には、それらが集まりやすいのだ。
「でも私、今はそっちに行きたいって思ってるよ。紅輝さんやハジメちゃんがいるもん」
そう言ってにっこりと笑う。夕陽に照らされたその顔からは母性みたいなものを感じる。千愛莉ちゃんには妙な包容力があるように思う。
「千愛莉ちゃんなら、どこでだって誰かと仲良くなれただろうね」
「うーん。私は寂しがり屋だから、それはあるかもだけど」
駅の近くの商店街を、二人並んで抜けていく。この時間は商店街の端にあるスーパーに主婦が多く来ているようで、とても賑わっていた。
商店街を抜けると、少し大きめの道路が広がる。そこには一台の見覚えのある黒い車が止まっていた。
「あ。ちょっとごめん」
「どうしたの?」
ひょっとしたら麗がいるかもしれない。千愛莉ちゃんに麗を紹介するいい機会と思い、僕はそこに近づいていく。すると、中からはとても体の大きい男性が出てきた。
「ハジメちゃん?」
どう見ても怖い人に近づいていく僕を不審に思ってか、千愛莉ちゃんは後で立ち止まっていた。僕は男性に話しかけた。
「こんばんは」
「ん? おお、ハジメくんか。あんまり俺らに話しかけるもんじゃねえぞ。怖がられるからな。ハハハッ!」
この人は麗のお目付け役である、皆川真二郎さんだ。真二郎さんは、僕の後ろにいる千愛莉ちゃんを見て言ったようだ。
「麗、いますか?」
「麗さんはもう家だよ。俺は別の仕事。麗さんを探していたのか?」
「いえ、急ぎではないので」
僕はそう言って頭を下げた。
真二郎さんは強面だし、実際極道の人なのだが、僕にはとても親切だ。麗の取り巻きの中でも特別話しかけやすい人なのだ。
「……後ろのお嬢ちゃん、なんかフォローしといたほうがいいか?」
それは、自身が極道の身ではないフリをして、千愛莉ちゃんを安心させたほうがいいんじゃないか、という僕への気遣いだった。
「大丈夫ですよ。麗と会わせたかったから、どのみち嘘をつく必要がないので」
「ハハハッ! そうかそうか! いつかばれちゃうもんな!」
真二郎さんは大げさなくらいに笑う。彼は自分の特殊な立ち位置を楽しむ傾向があった。
「それより、あの子はハジメくんの彼女か? 駄目だぞ、麗さんと結婚してもらわなきゃなんないんだから」
「どっちもそういうんじゃないです……。それじゃあまた」
真二郎さんにもう一度挨拶をしてから、僕は千愛莉ちゃんのほうへと戻っていく。
千愛莉ちゃんはポカンとした表情で突っ立っていたが、ふと僕を跨いだ先に頭を下げた。どうやら、真二郎さんが手を振っていたらしい。
「びっくりしたー。お知り合いなの?」
「あの人は麗の側近なんだ。麗って極道の娘だから」
「ほえー……」
さすがに千愛莉ちゃんも少し引いているようだ。それでも、千愛莉ちゃんなら大丈夫だと信じてみる。
「麗自身は怖くないよ。ちょっと偉そうなだけで、千愛莉ちゃんみたいな子には優しいと思うし。麗とも友達になってほしいんだけど、やっぱり怖いかな?」
「え? ううん、怖くはないよ。さっきの人も、優しそうな人だったし」
そう言って千愛莉ちゃんはにっこりと笑う。僕はホッと一安心。
「……三人って、どんな感じだったの?」
麗のイメージが膨らんだのか、千愛莉ちゃんはそんな質問をしてきた。
「いつも一緒にいたよ。ケンカばかりしてたけど」
「でも、今のもケンカだよ?」
「今のとは全く違うケンカだったんだよ。罵りあいという名のボケとツッコミ合戦。お互いをバカにし合っているんだけど、皆それぞれどこか抜けているから、そこを突かれちゃうっていう」
バカな唯奈、すぐ怒る麗、普段は天然ボケな紅ちゃん。それが綺麗にはまって、三すくみという風にはならずに、色んな形で二対一の構図になる。思い出すと、僕は少し笑えた。
「紅輝さんのそういうとこ、見てみたいなー」
あの頃の紅ちゃんはよく笑っていた。一番姉さんに懐いていたから、家に来る回数も一番多かった。
「そうだね」
「絶対仲直りさせようね!」
グッと両手の拳を握り締めた。心強いかぎりだ。
千愛莉ちゃんの家は、僕の家の近くの閑静な住宅街の中にあった。僕の家よりずっと新しくて綺麗な一軒家だ。
「送ってくれてありがとう! バイバーイ!」
「また今度ね」
千愛莉ちゃんと別れると、今度は自分の家へと歩いていく。一つ角を曲がると、そこに見知った顔があった。
「千愛莉ちゃんと会うの?」
紅ちゃんは少し意表を付かれたような反応をするが、すぐにいつもの落ち着いた感じに戻った。
制服姿のままの紅ちゃんは、唯奈みたいに着崩さず、スカートの下にはスパッツを履いている。靴もスニーカーで、動きやすいことが重要だというような格好だった。
心なしか、そのスニーカーは湿っているように見えた。こんなに天気が良いのになぜだろうか。
紅ちゃんは小さく首を横に振った。
「ハジメ、千愛莉といたのか?」
「うん」
嘘をつく必要もないので、僕はそう返した。紅ちゃんは小さく笑う。
「そうか。よかった、二人は仲良くなれると思ってたんだ」
相性のことを言っているのだろうその言葉は、まるでその中に紅ちゃん自身が含まれないかのようだった。
「紅ちゃんにとって、千愛莉ちゃんといるのはいいことだと思うよ。千愛莉ちゃんはなんだかんだでしっかりしてるし。引っ張ってくれる感じが、紅ちゃんには合ってる。普段から一緒にいればいいのに」
僕はそう言って笑う。どうしても紅ちゃんに対しては、唯奈や麗よりもぎこちなくなってしまう。
紅ちゃんは、落ち込んだときに立ち直るのが人よりも遅い。だから遠慮がちになってしまうのだ。
「あまり普段から私といるのは良くない。私を見るだけで、絡んでくるような奴もいるから」
紅ちゃんは不安定な頃、大なり小なり悪事というものを目撃すれば、暴力的な人間へと変貌した。部分的に善行ではあるのだけれど、紅ちゃんのそれはやり過ぎだし、紅ちゃんがする必要はない。
そして、それによって紅ちゃんは昔から注目を集め、敵を作っていた。
その頃でも、紅ちゃんの見た目には、ケンカをした爪あとというのは残らなかった。ただし、心のほうは傷がいっぱいで、それは簡単に見抜くことができた。
僕はその頃、紅ちゃんを探していつも外を走り回っていた。見つけると、紅ちゃんはいつもなんでもないフリをするのだけれど、限界まですり減らしたような笑みだから、余計に心配だった。
「まだ、絡まれたりするの?」
「うん。でもちゃんと逃げてるよ」
紅ちゃんは、僕の顔のどこかを見て言った。あまり目が合わないのはいつものことだ。
逃げてほしい、というのは、僕が昔から何度もお願いしたことだった。女の子なんだから、とか、敵を作るから、とか言って。
そして、僕が疲れ果てて限界が来た時に約束をした。今度暴力をしたら縁を切る、と。それから、紅ちゃんは自分から敵を作るようなことはしていないはずだ。
「そっか、よかった。ご飯はちゃんと食べてる?」
「うん。……ふふふ、ハジメはお母さんみたいだな」
そう言ってクスクスと笑う。
僕はそれを見て、自分の顔が熱くなってくるのが分かった。紅ちゃんは、僕の初恋の人でもある。
「こ、紅ちゃんは今から帰るの? 送っていくよ」
「いいよ」
「ううん。紅ちゃんは女の子なんだから」
僕はそう言って強引に家へとついていこうとする。
実際、誰かに絡まれたりしたら、僕が守ってもらう側になるのは明白だけれど、男のプライドが捨てられないのだ。
「じゃあそうしてもらおうかな」
「うん」
紅ちゃんと横並びで歩いていくのは久しぶりのことだった。紅ちゃんの住むマンションまでは、それほどの距離はない。僕は話題を探していた。
「千愛莉と、どうして会ってたんだ?」
そうしていると、紅ちゃんのほうから話しかけてくれた。
「たまたま駅のほうで会って、それでお茶してた」
嘘をついた。待ち合わせをした、なんて言ったら、紅ちゃんが関わっているとバレバレだからだ。
「そうか」
紅ちゃんは僕よりも十センチほど背が高い。その横顔は、やっぱりどこか寂しそうに見える。昔から変わっていない。
「ハジメと千愛莉は何だか似ているんだ」
「どこが?」
「私を追いかけてくるところとか」
それは似てるというのか。腑に落ちない。
「あと、女の子らしい感じとか」
「……それ、僕にケンカを売ってたりする?」
「あ……ご、ごめん」
どうやら、素で考えていたらしい。紅ちゃんまで、僕のコンプレックスを突いてきますか。
そういえば姉さんに連れられて来た紅ちゃんは、最初僕のことを妹だと信じて疑わなかった。
姉さんがそう教え込んだらしく、僕が何度男だって言っても、紅ちゃんはそれを僕の見栄みたいに捉えて楽しんでいた。
よくよく考えれば、僕のコンプレックスの原因は全て紅ちゃんなのだった。
帰り道、僕は千愛莉ちゃんを送っていくことにした。と言っても、帰る方向が同じなので、ほんの少しだけの遠回りだ。
「うちの高校のほうが近いんじゃない?」
「うん。でもね、お母さんがこっちにしなさいって。制服がかわいいから」
やっぱりその理由は汲んでいたらしい。千愛莉ちゃんは少し胸を張りながら、ブレザーやスカートを指で摘まんで伸ばした。僕はその意外と大きい胸にドキッとして、目を逸らした。
「あと、そっちは不良が多いからって……」
「ごめんなさい」
まさか、結局不良と関わるようになるとは思わなかっただろう。千愛莉ちゃんに悪さをするような不良ではないので、なんとか許してもらいたい。
不良の多いこの地域において、学力の低めな公立であるうちの高校には、それらが集まりやすいのだ。
「でも私、今はそっちに行きたいって思ってるよ。紅輝さんやハジメちゃんがいるもん」
そう言ってにっこりと笑う。夕陽に照らされたその顔からは母性みたいなものを感じる。千愛莉ちゃんには妙な包容力があるように思う。
「千愛莉ちゃんなら、どこでだって誰かと仲良くなれただろうね」
「うーん。私は寂しがり屋だから、それはあるかもだけど」
駅の近くの商店街を、二人並んで抜けていく。この時間は商店街の端にあるスーパーに主婦が多く来ているようで、とても賑わっていた。
商店街を抜けると、少し大きめの道路が広がる。そこには一台の見覚えのある黒い車が止まっていた。
「あ。ちょっとごめん」
「どうしたの?」
ひょっとしたら麗がいるかもしれない。千愛莉ちゃんに麗を紹介するいい機会と思い、僕はそこに近づいていく。すると、中からはとても体の大きい男性が出てきた。
「ハジメちゃん?」
どう見ても怖い人に近づいていく僕を不審に思ってか、千愛莉ちゃんは後で立ち止まっていた。僕は男性に話しかけた。
「こんばんは」
「ん? おお、ハジメくんか。あんまり俺らに話しかけるもんじゃねえぞ。怖がられるからな。ハハハッ!」
この人は麗のお目付け役である、皆川真二郎さんだ。真二郎さんは、僕の後ろにいる千愛莉ちゃんを見て言ったようだ。
「麗、いますか?」
「麗さんはもう家だよ。俺は別の仕事。麗さんを探していたのか?」
「いえ、急ぎではないので」
僕はそう言って頭を下げた。
真二郎さんは強面だし、実際極道の人なのだが、僕にはとても親切だ。麗の取り巻きの中でも特別話しかけやすい人なのだ。
「……後ろのお嬢ちゃん、なんかフォローしといたほうがいいか?」
それは、自身が極道の身ではないフリをして、千愛莉ちゃんを安心させたほうがいいんじゃないか、という僕への気遣いだった。
「大丈夫ですよ。麗と会わせたかったから、どのみち嘘をつく必要がないので」
「ハハハッ! そうかそうか! いつかばれちゃうもんな!」
真二郎さんは大げさなくらいに笑う。彼は自分の特殊な立ち位置を楽しむ傾向があった。
「それより、あの子はハジメくんの彼女か? 駄目だぞ、麗さんと結婚してもらわなきゃなんないんだから」
「どっちもそういうんじゃないです……。それじゃあまた」
真二郎さんにもう一度挨拶をしてから、僕は千愛莉ちゃんのほうへと戻っていく。
千愛莉ちゃんはポカンとした表情で突っ立っていたが、ふと僕を跨いだ先に頭を下げた。どうやら、真二郎さんが手を振っていたらしい。
「びっくりしたー。お知り合いなの?」
「あの人は麗の側近なんだ。麗って極道の娘だから」
「ほえー……」
さすがに千愛莉ちゃんも少し引いているようだ。それでも、千愛莉ちゃんなら大丈夫だと信じてみる。
「麗自身は怖くないよ。ちょっと偉そうなだけで、千愛莉ちゃんみたいな子には優しいと思うし。麗とも友達になってほしいんだけど、やっぱり怖いかな?」
「え? ううん、怖くはないよ。さっきの人も、優しそうな人だったし」
そう言って千愛莉ちゃんはにっこりと笑う。僕はホッと一安心。
「……三人って、どんな感じだったの?」
麗のイメージが膨らんだのか、千愛莉ちゃんはそんな質問をしてきた。
「いつも一緒にいたよ。ケンカばかりしてたけど」
「でも、今のもケンカだよ?」
「今のとは全く違うケンカだったんだよ。罵りあいという名のボケとツッコミ合戦。お互いをバカにし合っているんだけど、皆それぞれどこか抜けているから、そこを突かれちゃうっていう」
バカな唯奈、すぐ怒る麗、普段は天然ボケな紅ちゃん。それが綺麗にはまって、三すくみという風にはならずに、色んな形で二対一の構図になる。思い出すと、僕は少し笑えた。
「紅輝さんのそういうとこ、見てみたいなー」
あの頃の紅ちゃんはよく笑っていた。一番姉さんに懐いていたから、家に来る回数も一番多かった。
「そうだね」
「絶対仲直りさせようね!」
グッと両手の拳を握り締めた。心強いかぎりだ。
千愛莉ちゃんの家は、僕の家の近くの閑静な住宅街の中にあった。僕の家よりずっと新しくて綺麗な一軒家だ。
「送ってくれてありがとう! バイバーイ!」
「また今度ね」
千愛莉ちゃんと別れると、今度は自分の家へと歩いていく。一つ角を曲がると、そこに見知った顔があった。
「千愛莉ちゃんと会うの?」
紅ちゃんは少し意表を付かれたような反応をするが、すぐにいつもの落ち着いた感じに戻った。
制服姿のままの紅ちゃんは、唯奈みたいに着崩さず、スカートの下にはスパッツを履いている。靴もスニーカーで、動きやすいことが重要だというような格好だった。
心なしか、そのスニーカーは湿っているように見えた。こんなに天気が良いのになぜだろうか。
紅ちゃんは小さく首を横に振った。
「ハジメ、千愛莉といたのか?」
「うん」
嘘をつく必要もないので、僕はそう返した。紅ちゃんは小さく笑う。
「そうか。よかった、二人は仲良くなれると思ってたんだ」
相性のことを言っているのだろうその言葉は、まるでその中に紅ちゃん自身が含まれないかのようだった。
「紅ちゃんにとって、千愛莉ちゃんといるのはいいことだと思うよ。千愛莉ちゃんはなんだかんだでしっかりしてるし。引っ張ってくれる感じが、紅ちゃんには合ってる。普段から一緒にいればいいのに」
僕はそう言って笑う。どうしても紅ちゃんに対しては、唯奈や麗よりもぎこちなくなってしまう。
紅ちゃんは、落ち込んだときに立ち直るのが人よりも遅い。だから遠慮がちになってしまうのだ。
「あまり普段から私といるのは良くない。私を見るだけで、絡んでくるような奴もいるから」
紅ちゃんは不安定な頃、大なり小なり悪事というものを目撃すれば、暴力的な人間へと変貌した。部分的に善行ではあるのだけれど、紅ちゃんのそれはやり過ぎだし、紅ちゃんがする必要はない。
そして、それによって紅ちゃんは昔から注目を集め、敵を作っていた。
その頃でも、紅ちゃんの見た目には、ケンカをした爪あとというのは残らなかった。ただし、心のほうは傷がいっぱいで、それは簡単に見抜くことができた。
僕はその頃、紅ちゃんを探していつも外を走り回っていた。見つけると、紅ちゃんはいつもなんでもないフリをするのだけれど、限界まですり減らしたような笑みだから、余計に心配だった。
「まだ、絡まれたりするの?」
「うん。でもちゃんと逃げてるよ」
紅ちゃんは、僕の顔のどこかを見て言った。あまり目が合わないのはいつものことだ。
逃げてほしい、というのは、僕が昔から何度もお願いしたことだった。女の子なんだから、とか、敵を作るから、とか言って。
そして、僕が疲れ果てて限界が来た時に約束をした。今度暴力をしたら縁を切る、と。それから、紅ちゃんは自分から敵を作るようなことはしていないはずだ。
「そっか、よかった。ご飯はちゃんと食べてる?」
「うん。……ふふふ、ハジメはお母さんみたいだな」
そう言ってクスクスと笑う。
僕はそれを見て、自分の顔が熱くなってくるのが分かった。紅ちゃんは、僕の初恋の人でもある。
「こ、紅ちゃんは今から帰るの? 送っていくよ」
「いいよ」
「ううん。紅ちゃんは女の子なんだから」
僕はそう言って強引に家へとついていこうとする。
実際、誰かに絡まれたりしたら、僕が守ってもらう側になるのは明白だけれど、男のプライドが捨てられないのだ。
「じゃあそうしてもらおうかな」
「うん」
紅ちゃんと横並びで歩いていくのは久しぶりのことだった。紅ちゃんの住むマンションまでは、それほどの距離はない。僕は話題を探していた。
「千愛莉と、どうして会ってたんだ?」
そうしていると、紅ちゃんのほうから話しかけてくれた。
「たまたま駅のほうで会って、それでお茶してた」
嘘をついた。待ち合わせをした、なんて言ったら、紅ちゃんが関わっているとバレバレだからだ。
「そうか」
紅ちゃんは僕よりも十センチほど背が高い。その横顔は、やっぱりどこか寂しそうに見える。昔から変わっていない。
「ハジメと千愛莉は何だか似ているんだ」
「どこが?」
「私を追いかけてくるところとか」
それは似てるというのか。腑に落ちない。
「あと、女の子らしい感じとか」
「……それ、僕にケンカを売ってたりする?」
「あ……ご、ごめん」
どうやら、素で考えていたらしい。紅ちゃんまで、僕のコンプレックスを突いてきますか。
そういえば姉さんに連れられて来た紅ちゃんは、最初僕のことを妹だと信じて疑わなかった。
姉さんがそう教え込んだらしく、僕が何度男だって言っても、紅ちゃんはそれを僕の見栄みたいに捉えて楽しんでいた。
よくよく考えれば、僕のコンプレックスの原因は全て紅ちゃんなのだった。