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文字数 3,575文字
千愛莉ちゃんに連絡をすると、すぐに行く、という積極的な返事がきた。
そして、本当にすぐに千愛莉ちゃんはやって来た。
「おじゃましまーす」
「早かったね。急がなくてもよかったのに」
千愛莉ちゃんは制服のままだった。家に帰らずにここに来てくれたのだろう、少し悪い気がしてしまう。
「ううん。正装のほうが良いかと思って。極道だし」
「……そっか」
なるほど、確かにスーツとかちゃんと着てるイメージがあるから、制服が正しいのかもしれない。
しかし、決して麗自身が極道であるわけではないので、若干飛躍しているとも言える。なんにしても、千愛莉ちゃんの発想につっこむのも無粋なものだ。そう納得しておこう。
しばらくすると、家の前にベンツが乗り付けられた。麗の登場だ。車から降りて、僕の家を睨むように見ると、インターホンを押した。
そういえば、麗も外での目つきが悪い。麗は基本的に、外では大人ぶった感じで表情の変化に乏しい。感情豊かな麗は、僕らの小さなコミュニティでしか見たことがなかった。
「はい、上がって」
「……お邪魔します」
今日の麗からは、よそ行きのような警戒心が強く表れていた。いつも通りに姉さんの写真の前で手を合わせてから、僕の部屋へと移動する。
「こんにちはー」
部屋に入った途端、明るい挨拶が響いた。千愛莉ちゃんが笑顔で勢いよく頭を下げると、麗も反射的に返事をする。
「こ、こんにちは」
麗は小さくファイティングポーズを取っていた。これも条件反射のようなものなのだろう。
「はじめまして、紅輝さんの子分を務めさせていただいています、佐久間千愛莉といいます。漢字が一文字ずつで、書くのが面倒で困る名前なんですよー」
子分って任務とかの類のものなのだろうか。
そして、ちょっと受け狙いっぽい蛇足が、全く麗に響いていなかった。麗はポーズを崩さず、むしろ警戒心を強めている。
「……こちら、紹介したかった千愛莉ちゃん。紅ちゃんを通して知り合った友達」
僕は何事もなかったかのように、麗に千愛莉ちゃんを紹介しなおした。
麗は目を細めながら、千愛莉ちゃんのことを見ている。睨んでいるようにも見えるが、これは多分ハリセンボンが針を出しているような状態だ。
身を守りつつ冷静に相手を分析しているけれど、いまいち掴みきれない。千愛莉ちゃんの性質も意図も何もわからないからこそ、麗は困っているのだ。
「こちら、松坂麗さん。松竹梅の松担当」
「……どんな紹介よ」
麗は僕の言葉に反応してくれるが、どこか弱々しかった。
「これからよろしくお願いします!」
千愛莉ちゃんは怯むことなく元気いっぱいに言った。相手が弱っているところで畳みかけるのは戦闘の必勝法である。意図してないだろうけれど。
「松だから、高価な感じですね!」
そう言ってしたり顔をする。確かに三人の中では松っぽいかもしれないけど、どう反応すればいいのか分かりかねるので聞き流しておく。麗は助けを求めるようにこちらをチラチラと見ていた。
「えっと……そ、その佐久間さんが私になんの御用で?」
「はい。これからお友達になりたいなぁって」
麗は眉尻を下げながら、千愛莉ちゃんを値踏みするように上から下に見ていった。
「はぁ……」
大きなため息をつく。そして、今度は僕を睨みつけた。
「てっきりまた唯奈みたいなのがいると思ったのに、これは拍子抜けだわ」
「なんでだよ?」
僕は別に好んで不良と関わっているわけではない。
麗は振り上げた拳を下ろさざるを得ない相手だから、ペースが握られないのだろう。千愛莉ちゃんは頭からつま先まで全部普通の女の子なのだ。
「だって、ハジメって唯奈みたいなのが好みだと思ってたから。
まあ……いいんじゃない? 続くかどうかは分からないけれど、まあお似合いだとは思うわよ、おままごとみたいで」
「続く? どういうこと?」
「だから、彼女なんでしょ?
「彼女!?」
「びっくりしたけど、まあハジメは女に見えるくらいに顔は整っているから、それで寄って来たんだろうとは想像がついたから」
どうやら、麗には大きな誤解があるらしい。千愛莉ちゃんも首を少し横に傾けた。
「何で彼女ってことになってるんだよ!? そんなわけないだろ!」
「はぁ? だって、真二郎がハジメの彼女を見たって言ってたから!」
真二郎さんは面白がって彼女だということにしたのだろう。そして、思惑通りに麗が困惑していたわけだ。
「じゃあなんで私に紹介する必要があるのよ? ただの友達ならそんな必要なんてないじゃない」
確かに、それはごもっともな話だ。しかし、彼女なら紹介するのが筋、というのもずれている気がする。僕は少し言葉を詰まらせた。
「それはですね、私が紹介してほしいと言ったからなんです!」
千愛莉ちゃんはここぞとばかりに口を挟んだ。麗はまた眉尻を下げて、弱々しく千愛莉ちゃんを睨んだ。
「な、なんで私に近づきたいのよ?」
「それは、麗さんが紅輝さんと仲良しだったと聞いたからです!」
千愛莉ちゃんは真っ直ぐに麗と目を合わせて言った。
「仲良しって……」
麗はその視線から目を逸らした。
あの目は、僕でも合わせることに抵抗がある。純粋さの塊のような視線。
「唯奈さんと仲良くなれたので、麗さんとも仲良くなりたいなぁって」
「え、何? 唯奈と紅輝が仲良くなった?」
千愛莉ちゃんの主語を抜かした発言が、麗に勘違いをさせたようだ。麗は目をパチパチとさせ、千愛莉ちゃんに聞き返した。
「あ、いえ。私が唯奈さんと仲良しになったんですよ」
「――ああ、そう……」
一気に冷たい表情になる。今の麗の感情は、僕の推測だと「期待ハズレ」だ。
「それで、私はどうすればいいのよ?」
麗は声を潜めながら僕に尋ねた。
「友達になれば?」
「え? いやそれって、はいそうですね、みたいな感じに成り立つことじゃなくない?
私、この子がどんな人かも知らない……いや、何となくはわかったけど、あまり気が合うタイプじゃないというか、別世界の人みたいというか」
僕と麗はヒソヒソと話す。それを眺めている千愛莉ちゃんは、ヒーロー変身待ちの怪人みたいな誠実さで待機していた。
「大丈夫だよ。それこそ、千愛莉ちゃんは誰とでも仲良くなれるタイプだから」
「いやいや、私が圧倒されるのが目に見えてるでしょう? そりゃあ唯奈とは合うでしょうよ。でも私はああいうテンションは持ってないのよ」
「……ちょっと童心に帰るとか」
「む、無茶言わないでよ。私よ? この私なのよ?」
「とりあえず座りましょー」
僕らの邪魔にならないようにと思ったのか、千愛莉ちゃんは小さくそう言って、座布団の上に座った。
僕と麗はそのまま床に膝をつき、正座になって話を続けた。
「そもそも、友達になってどうするのよ?」
「いいじゃないか。友達は多いほうが」
「それはあんた、自分自身に言うべきことじゃない?」
「え? いや……とにかく、せっかく友達になりたいって言っている女の子を、麗は無下にする気なの?
もういいじゃん。この状況で千愛莉ちゃんと友達になる以外の選択肢がある? ないでしょ。キーキー言ってないで、とっととお互いのことを分かり合って仲良しになったら?」
「だんだんと冷たい物言いに……」
いい加減面倒くさくなって、僕は適当になってきてしまった。別に、痛いところを突かれたから雑になったわけではない。決して。
麗はきっと、変に勘ぐっているのだろう。それでも、結局は目の前にいる千愛莉ちゃんに対して冷たくできるわけもないのだから、普通に受け入れればいいのに。
「じゃあ、僕は下でお茶をいれてくるから、しばらく二人でお話でもしてて」
僕は、今度は二人に向けて言った。二人からは対称的な表情が返ってくる。
「うん」
「ハジメちゃん……」
当然、嫌そうな顔をしたのは麗のほうだ。すがるような声で昔の呼び名を呼んでくる。そこまで嫌なことなのだろうか。
もちろん、麗がこういうピュアなタイプが苦手なのは知っている。攻撃的な性格をしているため、きつく言えないのがストレスらしい。
その分、こういったタイプに対し、麗はものすごく優しくなる。だから二人きりにしてもなんら心配がないのだ。
まあ麗からすればたまったものじゃないだろうけど。
僕は麗の視線を無視して、部屋を出た。今日はお茶菓子も用意しよう。ゆっくり時間を掛けて、美味しそうなお菓子を探そう。僕は一階へと降りていった。