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文字数 1,337文字

 結局、昼休み中ずっと唯奈の相手をしていて、紅ちゃんのところへ行くことができなかった。

 あと一つ休み時間があるけれど、みんな中にいる状況の中で上級生の教室に行くのは抵抗がある。
 それならまだ放課後すぐほうがいいか。そうすれば紅ちゃんが出てくるのを待つだけでいいわけだし。僕は昔姉さんにしていたことを思い出して、ちょっと切なくなった。

 授業が全て終わり、ホームルームまで終了すると、僕はすぐに教室を飛び出して昇降口のほうへ向かった。

 しかし、うっかり傘を忘れていたので、一度教室まで戻るはめになった。とんぼ返りでまた昇降口へ行くと、もうそこは生徒で溢れていた。

 ひょっとすると、もう紅ちゃんは帰ってしまったかもしれない。それでも、僕はそこで紅ちゃんを待つことにした。

「ハジメ?」

 今度は麗だった。今日は誰かに会えるけれど、思っている人物に会うことができない。

「なんだ麗か」
「そんながっかりされたら、こっちとしたら腹立つんだけど。誰待ちなのよ?」
「紅ちゃん」

 麗の表情は、日焼けした本みたい薄くなっていった。がっかり、とは違うようだけど、興味がない、というものでもない。

「それで私を見ると残念そうだったわけね」
「そんなことないよ。嫉妬?」
「違うわよ」

 麗をイライラさせるのは楽しい。これは昔唯奈も言っていた。

「紅ちゃん知らない? もう帰ったかな?」
「知らない。下駄箱を見ればいいじゃない」
「どれかわからないし」

 どんな靴を履いているのかはわかっているけど、これだけ下駄箱があればそれを見つけることは困難だった。麗は二年生の下駄箱のほうへと歩いていく。

「何? あの子に用があるの?」
「今日は機嫌が悪かったって聞いてさ。何かあったのかなって。知らない?」
「知らない。てか、機嫌が悪かったくらいで探すなんてどうかしてるわよ」

 僕は麗の背中を追いかけていく。麗が紅ちゃんの下駄箱を確認してくれようとしていたのがわかったからだ。

「……帰ってるわね」

 麗が指し示した下駄箱は、確かに上履きしか入っていなかった。その下駄箱には名前が書いていない。周りを見渡すと、半分くらいは名前の書いていない下駄箱だった。紅ちゃんも面倒くさがりだから、書いていなかったのだろう。

「入れ違いになっちゃったか」
「残念。ハジメも早く帰りなさい。雨、今はあまり降っていないみたいだし」

 外を見ると、確かに今は雨がやんでいた。保護者みたいに言う麗は、どこか表情が引き締まっていた。

「一緒に帰る?」
「すぐ別々になるでしょ。私、用があるし」

 そう言うと、麗は少し口元を緩める。機嫌の悪そうな時は下手に出て甘えるようなことを言うと、いつも麗はこういう微妙な優しい笑顔を返してくれる。

「そっか」

 麗はすぐ近くにある自分の下駄箱を開け、履きかえるとさっさと出ていった。

 少し遅れて後を追う。外は薄暗くて、空が全部灰色で覆われていた。いつまた降ってきてもおかしくない空。下を見ると、まだ地面は完全に湿っている。

 校門の外まで行くと、僕は左右を見回した。麗はもう見える範囲にいない。僕は一人、帰路についた。


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登場人物紹介

・三木本一(みきもとはじめ)
 幼く、女の子みたいなルックスの男子高校生。人見知りで大人しいが、三人の不良娘にだけは強気で、その真面目さで時に彼女たちを説教する。三人を敬愛しているがツンデレなところがある。

・梅木唯奈(うめきゆいな)
 ぼさっとした髪と短いスカート、眉間にしわを寄せながら歩く様はどう見ても小物な不良。それは一種の背伸び行為であり、子供っぽく見られることを嫌がっている。普通にしていると無邪気さとその童顔によってかなり可愛い。馬鹿だが人情味のある人。

・竹原紅輝(たけはらこうき)
 黒髪ショートで、中性的なほど整った顔立ちをしているが、喧嘩が強い一番の問題児。その凛とした美しさとは対照的に、過去には数々の暴力で問題を起こしている。普段は大人しく、ハジメにとってはただの優しい年上の女性。ちょっと天然ボケ。

・松坂麗(まつざかれい)
 ウェーブした髪で、上品そうな見た目をしている。背は唯奈よりも少し高いくらいだが、雰囲気から年上に見える。場所によってはクールビューティーという感じで過ごしているが、ハジメたちの前では時に子供っぽくキーキー怒る。三人の中では一番の常識人。極道の娘ということを利用しつつも負い目を感じている。

・佐久間千愛莉(さくまちえり)
 紅輝の子分を自称する元気っこ。同じく年下の兄弟の居る唯奈と気が合う。その純粋さは敵を作らず、三人の橋渡し役を買って出る。

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