5-6
文字数 2,150文字
後で迎えが来るからと、唯奈と千愛莉ちゃんが帰ったあとも、麗は僕の部屋に残っていた。
麗は居心地が悪そうに見える。僕らは隣り合わせに座って、ボケッと佇んでいた。
「何か変な感じね」
「唯奈と一緒に僕の部屋にいたこと?」
麗は小さく首を横に振った。
「距離を置かなきゃって思ってたのにね。ハジメが一人にさえならなければ、それこそもう私は来る必要なんてないはずなのに。
結局、紅輝を含めて三人でまたハジメの部屋に来なきゃならなくなっちゃった」
「麗の意思としてはどうなの? 来たいのか来たくないのか」
「来たいわよ。ハジメに会いたい」
ギョッとして麗のほうを見ると、麗は真っ直ぐ僕の方を見ていた。
「なんで麗にしても唯奈にしても、そんなこと平気で直接言ってくるかな……」
やっぱり子ども扱いされている気がする。僕は麗の目を直視できなかった。
「しょうがないじゃない。あんたは私たちにとってはいつまでもちっちゃな弟。
なんか染み付いているのよね。芳香さんの、ハジメの前では悪いことができない、みたいなの。良い子のハジメを染めるな、って芳香さんが口酸っぱく言ってて、私は、それなら私たちを連れてこなければいいのに、なんて思ってたのに、結局私たちが染まっていったのよ」
麗は切ない顔をして言う。姉さんがどこまで三人のことを理解していたのか、僕は気になった。でももうそれを知ることはできない。
「それにしても、いつの間にかしっかりしてきたのね。芳香さんのことだって、もっとショックを受けると思ったから今まで言えなかったの。ごめんね」
そう言って麗は、今度は僕の頭を撫で始める。なんとなく無抵抗ながら、僕は目だけは不満そうに返した。
「あれは……唯奈が取り乱したから、僕まで取り乱せなかっただけだよ」
僕は昨日、心細くなって泣いてしまった。
そして今日、姉さんのことを聞いたときには確かにショックだった。唯奈があんなに悔しそうに泣くから何も言わなかったけれど、僕だって悔しい。
姉さんが死んでしまうきっかけを作った人たちは、何か報いを受けるべきだと思う。
しかし、それによって紅ちゃんが危ない目に遭うのはごめんだった。
姉さんが紅ちゃんのためにしたことを無下にしたくない。
だから僕は、復讐よりも紅ちゃんが以前のように過ごしてくれることを望んでいるのだ。
「唯奈が怒ってくれたから、僕が怒らなくて済んだとも言えるかな。僕は弱いから」
僕は弱い。その言葉は、少し震えたような声になってしまった。すると麗は、僕のことを抱きかかえるように控えめに覆った。
「ううん。ちゃんと、強くなってるわよ。もっと早く紅輝のことを言っていればよかったわね。本当に。そうすれば、あんな風にぶつかり合うこともなかったかもしれない」
麗は悲しそうな顔をしていた。
麗には一番負担をかけてしまっている。姉さんの事情を知って、紅ちゃんと僕らのバランスをとってくれていた。僕がもっと強かったら、その負担は減らせたはずだ。
「ごめんね」
「私のほうが悪いのよ。ごめん」
こうやって慰められているのも情けない気がするのに、あまりにも心地よくて、麗の暖かさに委ねてしまう。麗は体は僕よりも小さいのに、しっかりとお姉さんだ。
少しの間こうしたあと、麗の体は離れていった。名残惜しいと思いつつも、いざ麗の顔を見ると、さっきのことが恥ずかしく感じた。
「……さっきの、来ていいとか悪いとかの話」
僕は、その感じをどうにかしようとして、ちょっとした意地悪を言うことにした。
「それは麗にしても、唯奈や紅ちゃんにしても、普通の高校生として大人しく過ごせば僕の家に来ることになんら問題はないんじゃないの?」
僕はそもそも論を提示した。でも、麗は笑ってくれなかった。
「今さら、よ。それに私は無理。だって、極道の娘だもん」
「そんなことないよ」
「あるの。私をそういう目で見ない人って少ないわよ。ハジメは昔から知ってるからわからないかもしれないけど、どうしてもそういう目で見られるもの」
麗は自虐的に笑った。麗にはまた別の苦しみがあるのだ。
「でも、だからハジメなのかもね」
麗の表向きの顔は偉そうで強気なものなのに、裏はこんなに暖かくて優しい。
こっちが本当の麗ならば、もっと、ずっとこんな表情をしていてもらいたいと思った。
「そっか。じゃあ結局、僕の家に来ないと駄目だね」
「そういうことにしておいて」
そう言って僕らは笑いあった。
僕らは小さいコミュニティで傷を舐めあっているのかもしれない。でも、それはもう絆のようになっていて、僕にはそれが必要だった。麗も必要としてくれている。きっと唯奈も、紅ちゃんも。
「迎えが来たみたい」
外には黒い車が止まっていた。家の人、きっと真二郎さんだろう。僕は麗と一緒に降りると、挨拶がてら外へ出ていった。
僕が頭を下げると、真二郎さんは車の中から手を振ってくれる。そして車はゆっくりと動き出し、角を曲がって見えなくなった。僕はふわふわした気分になりながら、少しの間その場に立ったままでいた。
〇
麗は居心地が悪そうに見える。僕らは隣り合わせに座って、ボケッと佇んでいた。
「何か変な感じね」
「唯奈と一緒に僕の部屋にいたこと?」
麗は小さく首を横に振った。
「距離を置かなきゃって思ってたのにね。ハジメが一人にさえならなければ、それこそもう私は来る必要なんてないはずなのに。
結局、紅輝を含めて三人でまたハジメの部屋に来なきゃならなくなっちゃった」
「麗の意思としてはどうなの? 来たいのか来たくないのか」
「来たいわよ。ハジメに会いたい」
ギョッとして麗のほうを見ると、麗は真っ直ぐ僕の方を見ていた。
「なんで麗にしても唯奈にしても、そんなこと平気で直接言ってくるかな……」
やっぱり子ども扱いされている気がする。僕は麗の目を直視できなかった。
「しょうがないじゃない。あんたは私たちにとってはいつまでもちっちゃな弟。
なんか染み付いているのよね。芳香さんの、ハジメの前では悪いことができない、みたいなの。良い子のハジメを染めるな、って芳香さんが口酸っぱく言ってて、私は、それなら私たちを連れてこなければいいのに、なんて思ってたのに、結局私たちが染まっていったのよ」
麗は切ない顔をして言う。姉さんがどこまで三人のことを理解していたのか、僕は気になった。でももうそれを知ることはできない。
「それにしても、いつの間にかしっかりしてきたのね。芳香さんのことだって、もっとショックを受けると思ったから今まで言えなかったの。ごめんね」
そう言って麗は、今度は僕の頭を撫で始める。なんとなく無抵抗ながら、僕は目だけは不満そうに返した。
「あれは……唯奈が取り乱したから、僕まで取り乱せなかっただけだよ」
僕は昨日、心細くなって泣いてしまった。
そして今日、姉さんのことを聞いたときには確かにショックだった。唯奈があんなに悔しそうに泣くから何も言わなかったけれど、僕だって悔しい。
姉さんが死んでしまうきっかけを作った人たちは、何か報いを受けるべきだと思う。
しかし、それによって紅ちゃんが危ない目に遭うのはごめんだった。
姉さんが紅ちゃんのためにしたことを無下にしたくない。
だから僕は、復讐よりも紅ちゃんが以前のように過ごしてくれることを望んでいるのだ。
「唯奈が怒ってくれたから、僕が怒らなくて済んだとも言えるかな。僕は弱いから」
僕は弱い。その言葉は、少し震えたような声になってしまった。すると麗は、僕のことを抱きかかえるように控えめに覆った。
「ううん。ちゃんと、強くなってるわよ。もっと早く紅輝のことを言っていればよかったわね。本当に。そうすれば、あんな風にぶつかり合うこともなかったかもしれない」
麗は悲しそうな顔をしていた。
麗には一番負担をかけてしまっている。姉さんの事情を知って、紅ちゃんと僕らのバランスをとってくれていた。僕がもっと強かったら、その負担は減らせたはずだ。
「ごめんね」
「私のほうが悪いのよ。ごめん」
こうやって慰められているのも情けない気がするのに、あまりにも心地よくて、麗の暖かさに委ねてしまう。麗は体は僕よりも小さいのに、しっかりとお姉さんだ。
少しの間こうしたあと、麗の体は離れていった。名残惜しいと思いつつも、いざ麗の顔を見ると、さっきのことが恥ずかしく感じた。
「……さっきの、来ていいとか悪いとかの話」
僕は、その感じをどうにかしようとして、ちょっとした意地悪を言うことにした。
「それは麗にしても、唯奈や紅ちゃんにしても、普通の高校生として大人しく過ごせば僕の家に来ることになんら問題はないんじゃないの?」
僕はそもそも論を提示した。でも、麗は笑ってくれなかった。
「今さら、よ。それに私は無理。だって、極道の娘だもん」
「そんなことないよ」
「あるの。私をそういう目で見ない人って少ないわよ。ハジメは昔から知ってるからわからないかもしれないけど、どうしてもそういう目で見られるもの」
麗は自虐的に笑った。麗にはまた別の苦しみがあるのだ。
「でも、だからハジメなのかもね」
麗の表向きの顔は偉そうで強気なものなのに、裏はこんなに暖かくて優しい。
こっちが本当の麗ならば、もっと、ずっとこんな表情をしていてもらいたいと思った。
「そっか。じゃあ結局、僕の家に来ないと駄目だね」
「そういうことにしておいて」
そう言って僕らは笑いあった。
僕らは小さいコミュニティで傷を舐めあっているのかもしれない。でも、それはもう絆のようになっていて、僕にはそれが必要だった。麗も必要としてくれている。きっと唯奈も、紅ちゃんも。
「迎えが来たみたい」
外には黒い車が止まっていた。家の人、きっと真二郎さんだろう。僕は麗と一緒に降りると、挨拶がてら外へ出ていった。
僕が頭を下げると、真二郎さんは車の中から手を振ってくれる。そして車はゆっくりと動き出し、角を曲がって見えなくなった。僕はふわふわした気分になりながら、少しの間その場に立ったままでいた。
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