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文字数 2,450文字
風邪はすっかり治り、体が少しだるいだけで体調は悪くなかったので、今日は学校へ行くことができそうだった。
紅ちゃんは来ているだろうか。この前は明らかに登校していない姿を目撃してしまったけど、それがたまたまなのかどうか。
紅ちゃんは一人暮らしで監視してくれる人がいない。それは、自由に見えてとても寂しいことだ。
「来てないみたいね」
昼休みに四階へ行くと、麗とばったり会ったので確かめてもらった。しかし、今日も欠席のようだった。
「昨日も来てなかった。ずっと来ないつもりかしら」
麗はため息をついた。麗が紅ちゃんのことを心配してくれているのを見ると、僕は安心することができた。
「まあ、ショックを受けてるのなら、やっぱりあの子もハジメに執着してるってことだから大丈夫よ。ハジメから話しかけたら、喜んで元通りに戻るわ」
「そうだといいけど。それよりも、大事なのはケンカをやめて三人揃って家に来てくれることだけどね」
「それは……私がちゃんと責任を取るから」
麗はそう言って口元を緩めた。きっと大丈夫。そう思える優しい表情だった。
学校が終わり、僕は紅ちゃんの家に向かおうと思っていた。電話をしようかとも思ったけど、直接会いたかったのだ。
会って、もう姉さんの復讐なんてやめて、普通の女の子として過ごしてほしいと言いたかった。そして、また僕の家に集まって、楽しく過ごそう、と。
学校を出て、少し歩いたときだった。後ろに数人の男が歩いていた。なんだか気持ち悪くて、僕は何度か角を余計に曲がったりした。
しかし、彼らは同じように後ろを歩いている。つまり、彼らは僕に用があるということだ。心臓が激しく波打つのと、僕はどうやって逃げるかを考えた。
でももう手遅れだった。後ろを歩いていた男達は、僕が何度か角を曲がったときに二手に分かれていたようで、挟み撃ちされ囲まれてしまった。
男達は学生服だった。ただ着崩していて、それぞれ違う服を着ているように見える。制服は学ランタイプなので同じ高校の人ではなさそうだ。
「君、三木本くんだよね?」
僕の名前が呼ばれると、僕は恐怖で声が出なかった。僕の名前を呼んだ男は見覚えのある顔をしている。
そうだ、この前紅ちゃんに殴られていた男だ。僕は平常心を装い、普通に返事をしようと心がけた。
「こ、こんにちは」
声は震えてしまっていた。それを見て、男達はニヤニヤ笑う。男は全部で四人のようだ。
「こいつあれだよな、姫」
「うわぁ、これ女だったらいいのにな」
「お前ホモかよ! ハハハッ!」
バカにされている。しかし、不快感を持つ余裕がないほどに僕は怯えていた。
僕に何かをして紅ちゃんをおびき出す。そんなことを話す人間が実際にいたのだ。こいつらも、同じ事を考えているかもしれない。僕が捕まると紅ちゃんが危険だ。
「そんな怖がらないでよ。僕らは竹原さんと仲直りしたいと思ってるだけで、別に怖くないんだからさ」
そう言って、最初に寄ってきた男は僕の肩に手を回した。男は鼻の骨が折れているのだろう、包帯やガーゼで固定してあり、それが余計に僕の恐怖心を助長した。
僕はそのまま近くの公園へと連れて行かれた。
なんとか逃げ出さないと。機会を窺うが、囲まれているとを考えると、どうにも思い切ることができない。絶対に逃げ切れる状況でないと、逃げることが許されないのだ。
「ほら、ジュースおごってやるよ。何がいい?」
「え、あ、あの、お、お茶で」
また声が震える。そして、そうすると他の男達が楽しそうに笑い出す。
「やめてやれよ、怖がってんじゃねーか」
「俺、普通の女をいじめる趣味無いぜ」
いやらしい笑い声に、僕は耳を塞ぎたくなった。
「いじめる気はねえよ。興味ねえの? こいつがどんなやつか。なんで竹原がこいつの前では大人しくなるのかとか」
「そりゃー、こういうんだべ」
男は人差し指と中指の間に親指を挟んだ。すると、他のやつらはまた下品に笑い出した。
「なんだよー、やることやってんのかよ」
「だから、男と女が逆なんじゃね? 竹原の性欲処理の玩具」
「くっ……はははっ!」
「いやいや、案外されるがままなのかもよ。こいつの前では大人しいらしいし」
「好きなやつの前だけは大人しいって、まるでお前じゃねえか!」
「はあ? んなことねえよ」
本当に下品な話だった。世の中には別の世界が隣り合わせに存在している。今目の前にいる男達がしている話は、僕らが普段している会話とは全く違うものだった。
僕はお茶をもらうと、ありがとうございます、と小さく言って俯いた。
「…………」
「え? うわっ!?」
鼻が折れている男が、無言で僕の体を触り始めた。僕は小さく悲鳴を上げた。
「うわ、本気で男でもいいってやつ?」
「なんだよ。俺は、そっちは無理だぜ」
そう言いながら、他の男は僕のことを押さえつけた。今すぐ逃げ出したい。僕はそのままされるがままで耐えていた。
不意に手を離された。何事かと思ったら、鼻の折れている男がニコニコと笑っていた。
「おら、もういいぞ」
「え?」
僕は驚いて固まっていると、他の男もニヤニヤと笑っていた。
「ほら、もう気が済んだんだってよ」
「関谷の気が変わらないうちに、逃げたほうがいいんじゃないか?」
僕は鞄を持って、急いでその場を立ち去った。疑問はあったが、逃げたい欲求が上回ったのだ。
いったい、彼らは何をしたかったのだろうか。僕は紅ちゃんのマンションへは向かわずに、自分の家のほうへ走り出した。
こんな状態で紅ちゃんのところへ向かうわけには行かない。下手をすると、あいつらに紅ちゃんの家がばれてしまう。僕はまだ恐怖に怯えていた。自分がどうにかなるのも、紅ちゃんがあいつらに何かされるのも、ただただ恐ろしかった。
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