1-2
文字数 3,400文字
次の日、また別の不良が現れた。
ベンツを乗り付けると、プライドの高そうな女が降りてくる。
いつもかたぎではない人たちに囲まれている彼女は、人を見下す癖がついている。それが雰囲気にも出ていて、見ているとどうにも不快感が沸いてくる。
いかにもお嬢様とも言えるが、いかにも悪いことをしていそうとも言えるような、そんなタイプだ。
服は唯奈と同じように、シャツを出してだらしない感じに着ている。波打った長い髪はよく似合っていた。
彼女は偉そうな顔をしながら、インターホンを押した。どうやらそこは違うらしい。
「来てあげたわよ。ほら、入れて」
「いや」
僕はゆっくりと引き戸を閉めていく。
「ちょっと! 私に対してその扱いはないでしょう!?」
松坂 麗 はキーキーと高い声をあげる。
まったく、ブライドも高い、声も高い。高飛車とはよく言ったものだ。バカは高いところに上りたがるとかもあるし、高い、という文字は彼女に当てはまり過ぎるのだ。
「……わかったよ。あんまり外で声を出さないで。コウモリが寄ってきちゃうから」
「誰が超音波発生器よ!」
空を見上げると、心なしか何かがざわめいているような気がした。早く原因を家の中に入れよう。僕は麗を家へ上げた。
目的は唯奈と同じだった。居間へ行くと、麗は正座をして手を合わせる。無言で目を瞑り、真っ直ぐに姉さんに向かって祈っている。その横顔は聖職者のように見えた。
部屋へと上げてやると、麗は座布団へどっしりと腰を下ろした。麗はバニラっぽい香水の匂いがする。いつも同じ匂いなので、それが僕にとっての麗の匂いだった。
「……さて、準備はいいかな?」
僕はいきなり切り出す。もう調べはついているのだ。
「なんの?」
訪問しておいていきなり切り出されたのだ。麗からは間の抜けた声が返ってくる。
「麗、最近いじめとかしてた?」
「あぁ? そんなことするわけないでしょう」
まあ、麗も根っからの悪人ではない。悪人なら僕もわざわざこんなことを言わない。
「同級生を脅している人がいて、麗はその人を締め上げたんだっけ?」
「……そうよ。別に、こっちが正義でしょ?」
ニヤッと笑うそれは、全く正義という言葉とはかけ離れたものだった。そして、問題はその続きにある。
「その人を制裁と称して、学校へ来られなくするくらいに脅したんだってね。麗のバックの人たちを使って。行き過ぎた私刑だよね」
「……だって、仕返しとかするかもしれないでしょ? だから色々考えて、恐怖で支配するという結論に――」
「やり過ぎだよね?」
「…………」
麗は目を逸らした。絶対この人はわかってやっているのだ。
「じゃあ! その子が脅されたままでよかったって言うの? 金を取られてたのよ?
脅したのだって、私のいないところでもっと酷いことになると思ったからよ。
いじめとかでも、教師が介入することで酷くなることがあるの知ってるでしょ? 中途半端は駄目なのよ」
まくし立てるように麗は言ってきた。基本的に、彼女は口が強く、口ケンカで負けているところはほとんど見たことがない。僕が相手のとき以外は。
「麗はさ、その人が悪いことをしてるってことに、しめた、って思ったでしょ?」
「は?」
そう、僕は彼女の本質をしっかりと理解している。正義という仮面を被った、退屈嫌いな彼女の。
「どうやって貶めてやろう。そんなことを考えたでしょ? 人助けしたいってことは別なんだ。結局、退屈している時に懲らしめる権利を与えられたから、退屈しのぎに正義の味方をしただけじゃないか」
「そんなことないわよ! 本当に、その子が心配で……」
麗は怒りと共に、悲しい表情を浮かべる。後者も彼女の本音で、その子を助けたいという気持ちがないわけではなかったから。
「麗ちゃん」
急に以前の呼び方に戻してみる。この前、唯奈にされたことを参考に
。
「麗ちゃんが悪意でやってるんじゃないってのはわかってるよ。ただ、脅したあとその人は登校拒否してるらしいじゃないか。
相手が悪いことをしたからって、麗ちゃん自身がその人と同じようなことをしたら、麗ちゃんだって悪人になっちゃうよ。わかるでしょ?」
「だって――」
「だってじゃない」
僕は重い感じに言い放ち、麗のことを睨みつけた。すると、麗の目が泳ぎ、少し涙目になってきた。
「な、なんでハジメちゃん、そんなに厳しいのよ!? 私、そんなに悪いことしてないのに!」
麗も以前の呼び方に戻ってしまう。お互いが「ちゃん」を付けていた子どもっぽい呼び方は、僕が皆にとって幼い子どもだったからこそ成り立っていた呼び名だった。
「悪人だから何をしてもいいってことはないよ。それ以上に、麗ちゃんがそうする必要がない。その人を苦しめるのは、麗ちゃんじゃなくていい」
「私、悪くないもん」
「じゃあ、もう二度とうちに来ないでね。もう関わりたくないから」
最終手段は、この一言だった。絶交。これは僕が昔から使っている手で、一番使った相手は、もうこの世にはいなかった。
「な、なんで!?」
「はい。もう出ていってね。さあ、立って」
僕は麗の隣に立って、そう促す。麗は僕を見上げながら、ついに涙が流れていた。
「ハジメちゃん、私が嫌いなの?」
「今そうなった」
麗が本当に悲しそうな顔で泣くものだから、いい加減、僕だってかわいそうになってくる。しかし、ここで僕が引くわけにもいかない。これが僕の仕事だから。
「立って」
僕は特段、感情を込めずに言い捨てた。麗は僕が相手でなければ怒って立ち去るだけだろう。
「う……」
麗は首を横に振る。子どもっぽい泣き顔は、昔から何も変わっていない。
「じゃあどうするの?」
「……謝る」
こうなったら聞き分けのいいものだった。麗は、どうすれば良いのかをちゃんと分かっているはずだ。だから、僕もこれ以上責める気にはならない。
「そう。良かった、麗ちゃんと絶交しなくて済んで」
僕はそう言って笑ってみせる。子ども化している麗を安心させるためだ。
「は、ハジメは……何かずるい」
そんな僕の意図を察してか、麗は吐き捨てるように嘆いた。
「麗。麗が弱いものの味方をするのは良いことだと思うよ。でも、それをやりすぎて敵を作るのは良くない。だって、麗に仕返しが来るかもしれないじゃないか」
「私に仕返しする根性のあるやつなんていないわよ」
確かに、極道の娘にそんなことをする人間はいないかもしれない。麗は組の人間や、その権威で味方にした別の手先などによって、十分すぎるほどに身を守っている。
「それでも、だよ。目立ち過ぎるのはよくない。ただでさえ、麗は目立つのに、恨みを買うことで何かの時に的になることがあるかもしれない。麗を守っている盾が不変のものだっていう確証なんてないんだから。僕は麗が心配なんだよ」
麗は、今度は照れたような表情を浮かべる。これが僕にとっての最大限のアメである。
アメとむち。これは麗に効果抜群だった。
「わ、わかったわよ。ハジメの言うこと聞く」
こうなると僕の言いなりである。ちょろい感じだが、これも僕と麗の仲によりできることだった。
「でも、どうして私のクラスメイトのことを知ってるの?」
同じ高校とはいえ、一年の僕が二年の麗の情報を知るのはなかなか難しい。しかし、僕には情報屋(無料)がいるのだ。
「唯奈から聞いた」
「あんのクソガキ! 絶対いつか懲らしめ――」
「懲らしめる?」
麗は電気ケトルなど足元にも及ばないくらいのスピードで沸点へ至った。僕はそれにすぐ冷水を注いでやる。
「……ううん」
僕が笑顔で睨みつけると、麗は再び大人しくなった。
「唯奈とは全然話さないの?」
「……別に。話す必要がないんだから、仕方ないじゃない」
ばつの悪そうな顔をして、麗は僕と目を合わさないようにしながら言った。
「まあ唯奈とはそのうち仲直りするだろうとは思うけど。問題は紅ちゃんだよね」
「……知らない」
そう言った麗は、今度は冷たい表情を浮かべた。
〇
ベンツを乗り付けると、プライドの高そうな女が降りてくる。
いつもかたぎではない人たちに囲まれている彼女は、人を見下す癖がついている。それが雰囲気にも出ていて、見ているとどうにも不快感が沸いてくる。
いかにもお嬢様とも言えるが、いかにも悪いことをしていそうとも言えるような、そんなタイプだ。
服は唯奈と同じように、シャツを出してだらしない感じに着ている。波打った長い髪はよく似合っていた。
彼女は偉そうな顔をしながら、インターホンを押した。どうやらそこは違うらしい。
「来てあげたわよ。ほら、入れて」
「いや」
僕はゆっくりと引き戸を閉めていく。
「ちょっと! 私に対してその扱いはないでしょう!?」
まったく、ブライドも高い、声も高い。高飛車とはよく言ったものだ。バカは高いところに上りたがるとかもあるし、高い、という文字は彼女に当てはまり過ぎるのだ。
「……わかったよ。あんまり外で声を出さないで。コウモリが寄ってきちゃうから」
「誰が超音波発生器よ!」
空を見上げると、心なしか何かがざわめいているような気がした。早く原因を家の中に入れよう。僕は麗を家へ上げた。
目的は唯奈と同じだった。居間へ行くと、麗は正座をして手を合わせる。無言で目を瞑り、真っ直ぐに姉さんに向かって祈っている。その横顔は聖職者のように見えた。
部屋へと上げてやると、麗は座布団へどっしりと腰を下ろした。麗はバニラっぽい香水の匂いがする。いつも同じ匂いなので、それが僕にとっての麗の匂いだった。
「……さて、準備はいいかな?」
僕はいきなり切り出す。もう調べはついているのだ。
「なんの?」
訪問しておいていきなり切り出されたのだ。麗からは間の抜けた声が返ってくる。
「麗、最近いじめとかしてた?」
「あぁ? そんなことするわけないでしょう」
まあ、麗も根っからの悪人ではない。悪人なら僕もわざわざこんなことを言わない。
「同級生を脅している人がいて、麗はその人を締め上げたんだっけ?」
「……そうよ。別に、こっちが正義でしょ?」
ニヤッと笑うそれは、全く正義という言葉とはかけ離れたものだった。そして、問題はその続きにある。
「その人を制裁と称して、学校へ来られなくするくらいに脅したんだってね。麗のバックの人たちを使って。行き過ぎた私刑だよね」
「……だって、仕返しとかするかもしれないでしょ? だから色々考えて、恐怖で支配するという結論に――」
「やり過ぎだよね?」
「…………」
麗は目を逸らした。絶対この人はわかってやっているのだ。
「じゃあ! その子が脅されたままでよかったって言うの? 金を取られてたのよ?
脅したのだって、私のいないところでもっと酷いことになると思ったからよ。
いじめとかでも、教師が介入することで酷くなることがあるの知ってるでしょ? 中途半端は駄目なのよ」
まくし立てるように麗は言ってきた。基本的に、彼女は口が強く、口ケンカで負けているところはほとんど見たことがない。僕が相手のとき以外は。
「麗はさ、その人が悪いことをしてるってことに、しめた、って思ったでしょ?」
「は?」
そう、僕は彼女の本質をしっかりと理解している。正義という仮面を被った、退屈嫌いな彼女の。
「どうやって貶めてやろう。そんなことを考えたでしょ? 人助けしたいってことは別なんだ。結局、退屈している時に懲らしめる権利を与えられたから、退屈しのぎに正義の味方をしただけじゃないか」
「そんなことないわよ! 本当に、その子が心配で……」
麗は怒りと共に、悲しい表情を浮かべる。後者も彼女の本音で、その子を助けたいという気持ちがないわけではなかったから。
「麗ちゃん」
急に以前の呼び方に戻してみる。この前、唯奈にされたことを参考に
。
「麗ちゃんが悪意でやってるんじゃないってのはわかってるよ。ただ、脅したあとその人は登校拒否してるらしいじゃないか。
相手が悪いことをしたからって、麗ちゃん自身がその人と同じようなことをしたら、麗ちゃんだって悪人になっちゃうよ。わかるでしょ?」
「だって――」
「だってじゃない」
僕は重い感じに言い放ち、麗のことを睨みつけた。すると、麗の目が泳ぎ、少し涙目になってきた。
「な、なんでハジメちゃん、そんなに厳しいのよ!? 私、そんなに悪いことしてないのに!」
麗も以前の呼び方に戻ってしまう。お互いが「ちゃん」を付けていた子どもっぽい呼び方は、僕が皆にとって幼い子どもだったからこそ成り立っていた呼び名だった。
「悪人だから何をしてもいいってことはないよ。それ以上に、麗ちゃんがそうする必要がない。その人を苦しめるのは、麗ちゃんじゃなくていい」
「私、悪くないもん」
「じゃあ、もう二度とうちに来ないでね。もう関わりたくないから」
最終手段は、この一言だった。絶交。これは僕が昔から使っている手で、一番使った相手は、もうこの世にはいなかった。
「な、なんで!?」
「はい。もう出ていってね。さあ、立って」
僕は麗の隣に立って、そう促す。麗は僕を見上げながら、ついに涙が流れていた。
「ハジメちゃん、私が嫌いなの?」
「今そうなった」
麗が本当に悲しそうな顔で泣くものだから、いい加減、僕だってかわいそうになってくる。しかし、ここで僕が引くわけにもいかない。これが僕の仕事だから。
「立って」
僕は特段、感情を込めずに言い捨てた。麗は僕が相手でなければ怒って立ち去るだけだろう。
「う……」
麗は首を横に振る。子どもっぽい泣き顔は、昔から何も変わっていない。
「じゃあどうするの?」
「……謝る」
こうなったら聞き分けのいいものだった。麗は、どうすれば良いのかをちゃんと分かっているはずだ。だから、僕もこれ以上責める気にはならない。
「そう。良かった、麗ちゃんと絶交しなくて済んで」
僕はそう言って笑ってみせる。子ども化している麗を安心させるためだ。
「は、ハジメは……何かずるい」
そんな僕の意図を察してか、麗は吐き捨てるように嘆いた。
「麗。麗が弱いものの味方をするのは良いことだと思うよ。でも、それをやりすぎて敵を作るのは良くない。だって、麗に仕返しが来るかもしれないじゃないか」
「私に仕返しする根性のあるやつなんていないわよ」
確かに、極道の娘にそんなことをする人間はいないかもしれない。麗は組の人間や、その権威で味方にした別の手先などによって、十分すぎるほどに身を守っている。
「それでも、だよ。目立ち過ぎるのはよくない。ただでさえ、麗は目立つのに、恨みを買うことで何かの時に的になることがあるかもしれない。麗を守っている盾が不変のものだっていう確証なんてないんだから。僕は麗が心配なんだよ」
麗は、今度は照れたような表情を浮かべる。これが僕にとっての最大限のアメである。
アメとむち。これは麗に効果抜群だった。
「わ、わかったわよ。ハジメの言うこと聞く」
こうなると僕の言いなりである。ちょろい感じだが、これも僕と麗の仲によりできることだった。
「でも、どうして私のクラスメイトのことを知ってるの?」
同じ高校とはいえ、一年の僕が二年の麗の情報を知るのはなかなか難しい。しかし、僕には情報屋(無料)がいるのだ。
「唯奈から聞いた」
「あんのクソガキ! 絶対いつか懲らしめ――」
「懲らしめる?」
麗は電気ケトルなど足元にも及ばないくらいのスピードで沸点へ至った。僕はそれにすぐ冷水を注いでやる。
「……ううん」
僕が笑顔で睨みつけると、麗は再び大人しくなった。
「唯奈とは全然話さないの?」
「……別に。話す必要がないんだから、仕方ないじゃない」
ばつの悪そうな顔をして、麗は僕と目を合わさないようにしながら言った。
「まあ唯奈とはそのうち仲直りするだろうとは思うけど。問題は紅ちゃんだよね」
「……知らない」
そう言った麗は、今度は冷たい表情を浮かべた。
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