5-3

文字数 1,495文字

 もう一眠りすると、外はさらに暗くなっていた。薬の影響かずいぶん眠ったようで、時計を見るともう五時前だった。

 ふいに携帯電話が鳴った。見てみると、やっぱり千愛莉ちゃんからの電話だった。

「……もしもし」
「もしもし、あ、ハジメちゃん。風邪ひいたんだってね、大丈夫?」
「大丈夫だよ」

 体はもう大丈夫だ。だるいけれど、熱っぽさは引いていた。

「よかった。……それでね、紅輝さんのことなんだけど……」

 千愛莉ちゃんは待ちきれないというように、すぐに本題に入った。僕は慌ててしまう。

「あ、ああ。どうしたの?」
「すごく落ち込んでたよ。すぐに走っていっちゃった。ごめんね、追いかけたかったんだけど、追いつけそうになくって……」

 千愛莉ちゃんは懺悔のように言った。

「こっちこそごめんね、あんなとこ見せちゃって。千愛莉ちゃんは、これからも紅ちゃんと仲良くしてあげてね」

 紅ちゃんとはもう関わらない。それでも紅ちゃんを一人にしたくはない。僕には千愛莉ちゃんが頼りだった。

「それは……もちろんだけど。ハジメちゃんはこのままでいいの?」

 このまま、という言葉に僕は沈んでしまう。

「しょうがないよ。紅ちゃんのあれを僕が認めてしまうわけにはいかないんだ」
「何か事情があるんじゃないかな? 紅輝さんも……辛そうだったよ」
「わかってる。でも、どんな事情があろうと、紅ちゃんには逃げてもらいたいんだ。例え誰かを助けるためだったとしても、そうしてもらいたんだよ」

 実際に助けられたことのある千愛莉ちゃんに言うのは滑稽かもしれない。
 でも僕は、紅ちゃんにこれ以上敵を作ってもらいたくない。女の子として逃げてもらいたかったのだ。

「でもこのままじゃ紅輝さん、もっと寂しくなっちゃうよ?」
「……僕には、もうどうすることもできないんだよ」

 僕は紅ちゃんが頷いてくれると信じていた。だからこそ、どうすればいいのかがわからない。

「ごめん、もう切るね。まだ熱が下がらないから」

 嘘だ。でも、本当に熱は下がっていないかもしれない。
 心がずんと沈んでしまうと、体まで地の底に落ちるように沈んでしまう気がする。もう少し、時間が欲しかった。

「あ、ごめんね。また唯奈さんや麗さんとも話してみるよ。お大事に」
「ありがとう」

 電話を切ると、僕はまたベッドへと仰向けに寝転がった。僕はまた紅ちゃんのことを考える。

 姉さんと出会った頃の紅ちゃんも荒れていたらしい。

 たかが小学校を卒業したばかりの中学生だが、当時同級生の男の子よりも体が大きかった紅ちゃんは、ガラの悪い上級生を痛い目にあわせることがあった。

 そして女なのにケンカが強いという噂が広がり、紅ちゃんはよくケンカを売られ、すぐに買ってしまっていたらしい。

 しかし、基本の動機は正義感で、他人に引かれることがありながらも、一目置かれていた存在のようだ。だからこそ、姉さんが気に入ったのだろう。

 問題は姉さんが亡くなった頃の紅ちゃんだ。

 正義感という名の八つ当たり。麗にも似てるけれど、その暴力的な姿は多くの敵を作った。
 でも、僕の前では普段のまま。優しくのほほんとした紅ちゃんがそこにいたのだ。

 僕はそんなところを姉さんと重ね、姉さんの時と同じ行動をとった。そして、同じようにやめてくれた。
 そう思っていた。

 その頃の紅ちゃんと今の紅ちゃんが同じことをしてるならば、紅ちゃんはまだ姉さんのことで荒れているのだろうか。あるいはまた違う理由だろうか。僕には分からなかった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

・三木本一(みきもとはじめ)
 幼く、女の子みたいなルックスの男子高校生。人見知りで大人しいが、三人の不良娘にだけは強気で、その真面目さで時に彼女たちを説教する。三人を敬愛しているがツンデレなところがある。

・梅木唯奈(うめきゆいな)
 ぼさっとした髪と短いスカート、眉間にしわを寄せながら歩く様はどう見ても小物な不良。それは一種の背伸び行為であり、子供っぽく見られることを嫌がっている。普通にしていると無邪気さとその童顔によってかなり可愛い。馬鹿だが人情味のある人。

・竹原紅輝(たけはらこうき)
 黒髪ショートで、中性的なほど整った顔立ちをしているが、喧嘩が強い一番の問題児。その凛とした美しさとは対照的に、過去には数々の暴力で問題を起こしている。普段は大人しく、ハジメにとってはただの優しい年上の女性。ちょっと天然ボケ。

・松坂麗(まつざかれい)
 ウェーブした髪で、上品そうな見た目をしている。背は唯奈よりも少し高いくらいだが、雰囲気から年上に見える。場所によってはクールビューティーという感じで過ごしているが、ハジメたちの前では時に子供っぽくキーキー怒る。三人の中では一番の常識人。極道の娘ということを利用しつつも負い目を感じている。

・佐久間千愛莉(さくまちえり)
 紅輝の子分を自称する元気っこ。同じく年下の兄弟の居る唯奈と気が合う。その純粋さは敵を作らず、三人の橋渡し役を買って出る。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み