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文字数 2,088文字

「な!?」

 男達を尻目に、僕は紅ちゃんに抱きついていた。身を丸めていた紅ちゃんは、僕が覆いかぶさると、体のほとんどがしっかりと隠れていた。

「やっぱりやりたかったんじゃねーか」

 そう言って男たちは笑う。もうそんなことはどうでもよかった。今、僕の手の中に、紅ちゃんがいる。このまま僕が動かなければ、紅ちゃんは何もされることはないのだ。これが唯一の手段だった。

「大丈夫? 紅ちゃん」
「ハジメ! 離れて……」

 紅ちゃんは涙ながらにそう訴えた。僕は首を横に振る。

「ごめんね、紅ちゃん。ずっと姉さんを追いかけていたことに気づかなくて」
「な、なんで……」

 紅ちゃんの声は震えている。僕は真っ直ぐ紅ちゃんを見て、笑えた。

「でももう大丈夫だから。もう紅ちゃんは何もしなくていいんだ。危ないことなんてせずに、ただ普通の女の子として過ごそう。唯奈や麗、それに千愛莉ちゃんと楽しく。僕がちゃんと守るから。今までみんながしてくれたみたいに、今度は僕が守るから」

 姉さんも、唯奈や麗も、そして紅ちゃんも、色んな形で僕を守ってくれた。だから、これからは僕が守るんだ。唯一の男として、姉さんのいた場所を守るんだ。

「ほら、もうどけよ」
「うわ、結構力強いじゃん。すっぽんみてー」

 男達は僕と紅ちゃんを引き離そうとする。僕は、しっかりと紅ちゃんを抱きしめていた。

 触れさせない。触れさせたくない。僕は必死だった。

「っ!? うぁ!!」

 突然、右手の甲に強烈な痛みを感じた。見ると、男の一人が僕の手を火であぶっていた。

「ほらほらー、焦げるぞー」
「やめてやれよ、ハハハッ!」

 僕は、よりいっそう力を込めて、紅ちゃんを抱きしめた。

「おい、何してんだよ。さっさとそいつをどかせ」
「は? なんでお前はそこまで偉そうなんだよ。自分でやれよバカ」

 また関谷と男の一人が口論になると、僕への攻撃は一旦ストップした。しかし、またすぐに、今度は腰のほうを蹴られる。

「いっ!?」

 ――痛い。こんな風に暴力を振るわれたのは初めてのことだ。僕は殴り合いのケンカを今まで一度もしたことがなかった。

「やめろ!!」

 紅ちゃんにも強い振動がきたから心配したのだろう、紅ちゃんは力いっぱいに叫んだ。

「大丈夫だよ。僕は大丈夫だから」

 紅ちゃん、そして自分に言い聞かせるように言った。痛いけど、こうしていれば紅ちゃんには何もされない。そう思うと、少し自分に酔うことができて、痛みも麻痺してくる。

「早くどけって言ってんだろ!!」

 関谷の声が響くと、何度も僕の背中や腰へ痛みが襲う。僕は耐える。僕に攻撃してきているのは関谷だけだった。

「関谷、必死じゃん」
「どんだけやりてーんだよ」

 他の男達のバカにしたような声が響く。ふいに僕は髪の毛をわしづかみにされてしまう。

「おい、なめてんじゃねーぞ。早くどけよ」

 顔だけ起こされると、関谷は敵意をむき出しにして睨みつけてきた。

 怖いけど、そこまでのものじゃない。この男がいかにバカで、愚かだということがわかると、僕はもう怯むことなく睨み返すことができた。

「……どかない」
「――ちっ」

 しっかり目が合ったことが気に入らなかったのだろう。今度は右の頬を殴られた。口の中が切れたのか、血の味がする。それでも、ここを動くわけにはいかないと、また関谷を睨みつけた。

「やめて、もうハジメだけは傷つけないで……」

 僕の手の中から紅ちゃんの声が聞こえる。大丈夫だと言い聞かせるように、その頭を撫でてやる。

 関谷は強く指先に力を入れて僕の腕を握り、僕の体を紅ちゃんから引き離そうとした。蹴られたり、頭を殴られたりもする。痛み自体は麻痺しているから耐えることができる。

 しかし、その分紅ちゃんを抱きしめる力も弱くなってしまいそうになる。だから僕は何かされるたびに紅ちゃんを抱きしめる力を強くする。

「え? 何だよ」
「……おい、関谷、やべーよ」

 その声が聞こえると、僕を攻撃する手が完全にストップした。聞こえた声は、聞き覚えのあるものだった。

「ハジメ!?」
「おい! お前ら何してんだよ!!」

 唯奈と麗だった。僕は安心しつつも、二人も危ないのではないかと、また不安が襲ってくる。しかし、それは杞憂だった。

「おいおいどういうことだ? うちのお嬢様のフィアンセと親友に何してるんだ?」

 声の主は真二郎さんだった。僕は今度こそホッとすると、涙が出そうになる。
 ふいに、部屋が真っ暗になった。男の一人が消したようだ。慌しい音が響くと、また部屋が明るくなった。

「逃げても無駄だ。外にもお前らのことを待ってるやつらはいっぱいいるからな」

 関谷は真二郎さんを見て固まっているようだった。他の三人はもう真二郎さんの足元にいるらしい。

「もう、大丈夫みたいだね」
「……うん」

 紅ちゃんは涙を浮かべている。その顔に、もう一滴の涙が落ちた。それは僕の涙だった。
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登場人物紹介

・三木本一(みきもとはじめ)
 幼く、女の子みたいなルックスの男子高校生。人見知りで大人しいが、三人の不良娘にだけは強気で、その真面目さで時に彼女たちを説教する。三人を敬愛しているがツンデレなところがある。

・梅木唯奈(うめきゆいな)
 ぼさっとした髪と短いスカート、眉間にしわを寄せながら歩く様はどう見ても小物な不良。それは一種の背伸び行為であり、子供っぽく見られることを嫌がっている。普通にしていると無邪気さとその童顔によってかなり可愛い。馬鹿だが人情味のある人。

・竹原紅輝(たけはらこうき)
 黒髪ショートで、中性的なほど整った顔立ちをしているが、喧嘩が強い一番の問題児。その凛とした美しさとは対照的に、過去には数々の暴力で問題を起こしている。普段は大人しく、ハジメにとってはただの優しい年上の女性。ちょっと天然ボケ。

・松坂麗(まつざかれい)
 ウェーブした髪で、上品そうな見た目をしている。背は唯奈よりも少し高いくらいだが、雰囲気から年上に見える。場所によってはクールビューティーという感じで過ごしているが、ハジメたちの前では時に子供っぽくキーキー怒る。三人の中では一番の常識人。極道の娘ということを利用しつつも負い目を感じている。

・佐久間千愛莉(さくまちえり)
 紅輝の子分を自称する元気っこ。同じく年下の兄弟の居る唯奈と気が合う。その純粋さは敵を作らず、三人の橋渡し役を買って出る。

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