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文字数 2,725文字

「おじゃましまーす」

 千愛莉ちゃんは怖いもの知らずだった。

 唯奈がいることに対し、「会ってみたかったんだー」何て軽く言い放ったのだ。さっきの唯奈の睨みも、千愛莉ちゃんには何ら作用していなかった。

 しかも、僕の家に来たことにも、特に用なんてなかったらしい。

 そんな気軽な感じで男の家に来るものなのだろうか。あるいは、男だと思っていないのか。……後者濃厚だった。

「おう、お前誰だ?」

 部屋に入って早々、腕を組んで仁王立ちしている唯奈は、千愛莉ちゃんを睨みつけながら言った。きっと、そのポーズでずっと待っていたのだろう。人を威嚇する、外にいるときのモードだ。しかし、やっぱり千愛莉ちゃんには効いていない。

「あの! はじめまして! 佐久間千愛莉です。紅輝さんの子分してます」

 千愛莉ちゃんはペコリと頭を下げながら、にっこりと笑顔を見せた。僕も使ったけど、子分って単語は果たして自己紹介に適しているのだろうか。

「おう……」

 さすがの唯奈も少し引いている。千愛莉ちゃんからしたら、紅ちゃんの友達ということで、唯奈の外見の印象は随分緩和されているのだろう。それにしても、ここまで怖がられないのは哀れだ。

 僕は二人を見比べる。身長も同じくらいか唯奈のほうが少し低いくらいか。やっぱり、色んな意味で小者の唯奈に威嚇は無理だということなのだろう。

「紅輝さんのお友達なんですよね? ということは強いんですよね? 憧れます……」

 どうも、千愛莉ちゃんには大きな勘違いがあるようだ。

 ヤンキーがお友達になる際、皆が皆、拳で語り合ったわけではない。こんな弱そうな唯奈が、紅ちゃんとまともにケンカできると思っているのだろうか。

「いや、そう? まあね」

 こらこら、大嘘をつくな。しかも、一気に緊張が解けてるじゃないか。本気の殴り合いのケンカなんかしたことないくせに。ちょっと下から持ち上げるだけでこの緩みよう。唯奈の懐柔は容易かった。

「ハジメ、かわいい子じゃん」
「いい人だね」

 二人は僕のほうを見て言った。唯奈はともかく、千愛莉ちゃんが何を見てそう思ったのか定かではない。

 僕は二人を見て、何か引っかかるものを感じる。
 そうか、同じタイプだから相性が良いんだ。千愛莉ちゃんには悪いけれど、僕は二人に対して「おバカキャラ」という認識を持っている。

 バカとバカという同色は、ケンカすることなく自然と交じり合う。今はまさにその交じり合っている図なのだ。二人は何の根拠もなく同調することができるのだろう。

「ゲームしよー」
「あ、やりまーす」

 一気に微笑ましい光景へと変わっていく。家に集まってゲームをする小学生、という感じの、ほのぼのとしたやり取りが生まれていた。僕は呆れて言葉が出ない。それでいいのか唯奈。

 今度は、さっきのゲームを千愛莉ちゃんがプレイする。単純なゲームなのですぐに理解できたようだ。

「千愛莉ちゃん、本当になんの用もなく来たの?」
「うん。通りかかったから、ハジメちゃんいるかなーって」
「あ」

 唯奈の声を聞いて画面を見ると、千愛莉ちゃんの操作するキャラが、唯奈のキャラををブロックと爆弾で挟んでいた。意外と容赦ない。唯奈の背中には、妙な哀愁を感じる。

「普通、男子の家にそんな感覚で来ないと思うよ」
「え? ああ……」

 何かな? その反応は。そしてまた唯奈のキャラが死んでいる。

「ハジメが女の子に見えるからじゃね?」
「あ?」

 早々とゲーム内から退場した唯奈が、暇を持て余し、失礼なことを言ってきた。せっかく訊かないようにしていたのに。

「……ハジメちゃんってかわいいと思うよ」
「それフォローというより逆効果だからね」

 かわいいを褒め言葉だと思っている千愛莉ちゃんは、悪意なく僕のことを攻撃してくる。僕は何度もこうして千愛莉ちゃんに心を切り刻まれているのだ。悪気がないので文句も言いづらい。

「ほら、親しみを覚えるというか。女の子といるときみたいに安心するというか」
「あ、それわかるべ。ハジメは男感がない」

 唯奈まで乗っかってきた。怒りを露わにしたいところだけど、千愛莉ちゃんがいるのでできなかった。

「あ……」

 そして次のゲームが始まるとまた死んでるし。唯奈、弱すぎる。もし僕がゲームのキャラクターに生まれ変わっても、唯奈の手でだけは絶対に動かされたくない。

「また勝ちましたー」

 千愛莉ちゃんの三戦三勝。唯奈の完敗である。さすがに千愛莉ちゃん相手に負けると、唯奈もさっきみたいに駄々をこねることができず、放心状態になっていた。

「千愛莉ちゃん、上手いね。本当にやったことなかったの?」
「今日が初めてだよ」

 千愛莉ちゃんの言葉に、唯奈は殴られたような衝撃を受けていた。僕としては、さっきの仕返しということで、ざまあみろといったところだ。

「が、ガムを噛もう。頭の回転が良くなるって、テレビで言ってたべ……」

 頭の回転がこのゲームにそこまで必要だろうか。そもそも唯奈の頭の回転が良くなったところで意味があるのか。

「ガムー」

 血迷ったみたいに、唯奈は自分の鞄の中身を床に落としていった。教科書が一切入っていないのは、全部を学校に置いてきているからだろう。

 スカスカの鞄から学校に不要なものが次々に落ちてくる中で、僕はある物を発見した。唯奈もそれに気づいたのか、座り込んですぐさまそれを回収する。

 しかし、僕がそれを無視するわけがない。

「唯奈、今隠したの出して」
「はいっ……?」

 唯奈は引きつったような笑みを浮かべながら、こちらを見ている。しかし、全く目が合わない。

「出して」
「隠してないよ。隠してないよ」

 僕が唯奈に近寄っていくと、唯奈はお尻を床に着けたまま後ずさりしていく。

 またパンツ丸見えだけど、今そんなことはどうでもいい。千愛莉ちゃんは、そんな僕らをボケーッと眺めている。

「そこに隠してるもの!」
「きゃ、キャー! エッチー! チカーン!」

 こんな時だけ男扱いか。僕の部屋で変な声を上げないでもらいたい。

 力ずくで床を覆っている右手を離すと、そこには青い長方形の箱があった。タバコだ。

「…………」
「…………」

 僕と唯奈はその状態で固まっている。僕は怒りというよりも少し悲しい感情のせいで、初めの一声が喉の奥に引っかかった。

「……ほら、不良さんには付き物だから!」

 千愛莉ちゃん、それは全くフォローになっていないよ。僕はため息をついた。
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登場人物紹介

・三木本一(みきもとはじめ)
 幼く、女の子みたいなルックスの男子高校生。人見知りで大人しいが、三人の不良娘にだけは強気で、その真面目さで時に彼女たちを説教する。三人を敬愛しているがツンデレなところがある。

・梅木唯奈(うめきゆいな)
 ぼさっとした髪と短いスカート、眉間にしわを寄せながら歩く様はどう見ても小物な不良。それは一種の背伸び行為であり、子供っぽく見られることを嫌がっている。普通にしていると無邪気さとその童顔によってかなり可愛い。馬鹿だが人情味のある人。

・竹原紅輝(たけはらこうき)
 黒髪ショートで、中性的なほど整った顔立ちをしているが、喧嘩が強い一番の問題児。その凛とした美しさとは対照的に、過去には数々の暴力で問題を起こしている。普段は大人しく、ハジメにとってはただの優しい年上の女性。ちょっと天然ボケ。

・松坂麗(まつざかれい)
 ウェーブした髪で、上品そうな見た目をしている。背は唯奈よりも少し高いくらいだが、雰囲気から年上に見える。場所によってはクールビューティーという感じで過ごしているが、ハジメたちの前では時に子供っぽくキーキー怒る。三人の中では一番の常識人。極道の娘ということを利用しつつも負い目を感じている。

・佐久間千愛莉(さくまちえり)
 紅輝の子分を自称する元気っこ。同じく年下の兄弟の居る唯奈と気が合う。その純粋さは敵を作らず、三人の橋渡し役を買って出る。

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