2-3
文字数 2,725文字
「おじゃましまーす」
千愛莉ちゃんは怖いもの知らずだった。
唯奈がいることに対し、「会ってみたかったんだー」何て軽く言い放ったのだ。さっきの唯奈の睨みも、千愛莉ちゃんには何ら作用していなかった。
しかも、僕の家に来たことにも、特に用なんてなかったらしい。
そんな気軽な感じで男の家に来るものなのだろうか。あるいは、男だと思っていないのか。……後者濃厚だった。
「おう、お前誰だ?」
部屋に入って早々、腕を組んで仁王立ちしている唯奈は、千愛莉ちゃんを睨みつけながら言った。きっと、そのポーズでずっと待っていたのだろう。人を威嚇する、外にいるときのモードだ。しかし、やっぱり千愛莉ちゃんには効いていない。
「あの! はじめまして! 佐久間千愛莉です。紅輝さんの子分してます」
千愛莉ちゃんはペコリと頭を下げながら、にっこりと笑顔を見せた。僕も使ったけど、子分って単語は果たして自己紹介に適しているのだろうか。
「おう……」
さすがの唯奈も少し引いている。千愛莉ちゃんからしたら、紅ちゃんの友達ということで、唯奈の外見の印象は随分緩和されているのだろう。それにしても、ここまで怖がられないのは哀れだ。
僕は二人を見比べる。身長も同じくらいか唯奈のほうが少し低いくらいか。やっぱり、色んな意味で小者の唯奈に威嚇は無理だということなのだろう。
「紅輝さんのお友達なんですよね? ということは強いんですよね? 憧れます……」
どうも、千愛莉ちゃんには大きな勘違いがあるようだ。
ヤンキーがお友達になる際、皆が皆、拳で語り合ったわけではない。こんな弱そうな唯奈が、紅ちゃんとまともにケンカできると思っているのだろうか。
「いや、そう? まあね」
こらこら、大嘘をつくな。しかも、一気に緊張が解けてるじゃないか。本気の殴り合いのケンカなんかしたことないくせに。ちょっと下から持ち上げるだけでこの緩みよう。唯奈の懐柔は容易かった。
「ハジメ、かわいい子じゃん」
「いい人だね」
二人は僕のほうを見て言った。唯奈はともかく、千愛莉ちゃんが何を見てそう思ったのか定かではない。
僕は二人を見て、何か引っかかるものを感じる。
そうか、同じタイプだから相性が良いんだ。千愛莉ちゃんには悪いけれど、僕は二人に対して「おバカキャラ」という認識を持っている。
バカとバカという同色は、ケンカすることなく自然と交じり合う。今はまさにその交じり合っている図なのだ。二人は何の根拠もなく同調することができるのだろう。
「ゲームしよー」
「あ、やりまーす」
一気に微笑ましい光景へと変わっていく。家に集まってゲームをする小学生、という感じの、ほのぼのとしたやり取りが生まれていた。僕は呆れて言葉が出ない。それでいいのか唯奈。
今度は、さっきのゲームを千愛莉ちゃんがプレイする。単純なゲームなのですぐに理解できたようだ。
「千愛莉ちゃん、本当になんの用もなく来たの?」
「うん。通りかかったから、ハジメちゃんいるかなーって」
「あ」
唯奈の声を聞いて画面を見ると、千愛莉ちゃんの操作するキャラが、唯奈のキャラををブロックと爆弾で挟んでいた。意外と容赦ない。唯奈の背中には、妙な哀愁を感じる。
「普通、男子の家にそんな感覚で来ないと思うよ」
「え? ああ……」
何かな? その反応は。そしてまた唯奈のキャラが死んでいる。
「ハジメが女の子に見えるからじゃね?」
「あ?」
早々とゲーム内から退場した唯奈が、暇を持て余し、失礼なことを言ってきた。せっかく訊かないようにしていたのに。
「……ハジメちゃんってかわいいと思うよ」
「それフォローというより逆効果だからね」
かわいいを褒め言葉だと思っている千愛莉ちゃんは、悪意なく僕のことを攻撃してくる。僕は何度もこうして千愛莉ちゃんに心を切り刻まれているのだ。悪気がないので文句も言いづらい。
「ほら、親しみを覚えるというか。女の子といるときみたいに安心するというか」
「あ、それわかるべ。ハジメは男感がない」
唯奈まで乗っかってきた。怒りを露わにしたいところだけど、千愛莉ちゃんがいるのでできなかった。
「あ……」
そして次のゲームが始まるとまた死んでるし。唯奈、弱すぎる。もし僕がゲームのキャラクターに生まれ変わっても、唯奈の手でだけは絶対に動かされたくない。
「また勝ちましたー」
千愛莉ちゃんの三戦三勝。唯奈の完敗である。さすがに千愛莉ちゃん相手に負けると、唯奈もさっきみたいに駄々をこねることができず、放心状態になっていた。
「千愛莉ちゃん、上手いね。本当にやったことなかったの?」
「今日が初めてだよ」
千愛莉ちゃんの言葉に、唯奈は殴られたような衝撃を受けていた。僕としては、さっきの仕返しということで、ざまあみろといったところだ。
「が、ガムを噛もう。頭の回転が良くなるって、テレビで言ってたべ……」
頭の回転がこのゲームにそこまで必要だろうか。そもそも唯奈の頭の回転が良くなったところで意味があるのか。
「ガムー」
血迷ったみたいに、唯奈は自分の鞄の中身を床に落としていった。教科書が一切入っていないのは、全部を学校に置いてきているからだろう。
スカスカの鞄から学校に不要なものが次々に落ちてくる中で、僕はある物を発見した。唯奈もそれに気づいたのか、座り込んですぐさまそれを回収する。
しかし、僕がそれを無視するわけがない。
「唯奈、今隠したの出して」
「はいっ……?」
唯奈は引きつったような笑みを浮かべながら、こちらを見ている。しかし、全く目が合わない。
「出して」
「隠してないよ。隠してないよ」
僕が唯奈に近寄っていくと、唯奈はお尻を床に着けたまま後ずさりしていく。
またパンツ丸見えだけど、今そんなことはどうでもいい。千愛莉ちゃんは、そんな僕らをボケーッと眺めている。
「そこに隠してるもの!」
「きゃ、キャー! エッチー! チカーン!」
こんな時だけ男扱いか。僕の部屋で変な声を上げないでもらいたい。
力ずくで床を覆っている右手を離すと、そこには青い長方形の箱があった。タバコだ。
「…………」
「…………」
僕と唯奈はその状態で固まっている。僕は怒りというよりも少し悲しい感情のせいで、初めの一声が喉の奥に引っかかった。
「……ほら、不良さんには付き物だから!」
千愛莉ちゃん、それは全くフォローになっていないよ。僕はため息をついた。
千愛莉ちゃんは怖いもの知らずだった。
唯奈がいることに対し、「会ってみたかったんだー」何て軽く言い放ったのだ。さっきの唯奈の睨みも、千愛莉ちゃんには何ら作用していなかった。
しかも、僕の家に来たことにも、特に用なんてなかったらしい。
そんな気軽な感じで男の家に来るものなのだろうか。あるいは、男だと思っていないのか。……後者濃厚だった。
「おう、お前誰だ?」
部屋に入って早々、腕を組んで仁王立ちしている唯奈は、千愛莉ちゃんを睨みつけながら言った。きっと、そのポーズでずっと待っていたのだろう。人を威嚇する、外にいるときのモードだ。しかし、やっぱり千愛莉ちゃんには効いていない。
「あの! はじめまして! 佐久間千愛莉です。紅輝さんの子分してます」
千愛莉ちゃんはペコリと頭を下げながら、にっこりと笑顔を見せた。僕も使ったけど、子分って単語は果たして自己紹介に適しているのだろうか。
「おう……」
さすがの唯奈も少し引いている。千愛莉ちゃんからしたら、紅ちゃんの友達ということで、唯奈の外見の印象は随分緩和されているのだろう。それにしても、ここまで怖がられないのは哀れだ。
僕は二人を見比べる。身長も同じくらいか唯奈のほうが少し低いくらいか。やっぱり、色んな意味で小者の唯奈に威嚇は無理だということなのだろう。
「紅輝さんのお友達なんですよね? ということは強いんですよね? 憧れます……」
どうも、千愛莉ちゃんには大きな勘違いがあるようだ。
ヤンキーがお友達になる際、皆が皆、拳で語り合ったわけではない。こんな弱そうな唯奈が、紅ちゃんとまともにケンカできると思っているのだろうか。
「いや、そう? まあね」
こらこら、大嘘をつくな。しかも、一気に緊張が解けてるじゃないか。本気の殴り合いのケンカなんかしたことないくせに。ちょっと下から持ち上げるだけでこの緩みよう。唯奈の懐柔は容易かった。
「ハジメ、かわいい子じゃん」
「いい人だね」
二人は僕のほうを見て言った。唯奈はともかく、千愛莉ちゃんが何を見てそう思ったのか定かではない。
僕は二人を見て、何か引っかかるものを感じる。
そうか、同じタイプだから相性が良いんだ。千愛莉ちゃんには悪いけれど、僕は二人に対して「おバカキャラ」という認識を持っている。
バカとバカという同色は、ケンカすることなく自然と交じり合う。今はまさにその交じり合っている図なのだ。二人は何の根拠もなく同調することができるのだろう。
「ゲームしよー」
「あ、やりまーす」
一気に微笑ましい光景へと変わっていく。家に集まってゲームをする小学生、という感じの、ほのぼのとしたやり取りが生まれていた。僕は呆れて言葉が出ない。それでいいのか唯奈。
今度は、さっきのゲームを千愛莉ちゃんがプレイする。単純なゲームなのですぐに理解できたようだ。
「千愛莉ちゃん、本当になんの用もなく来たの?」
「うん。通りかかったから、ハジメちゃんいるかなーって」
「あ」
唯奈の声を聞いて画面を見ると、千愛莉ちゃんの操作するキャラが、唯奈のキャラををブロックと爆弾で挟んでいた。意外と容赦ない。唯奈の背中には、妙な哀愁を感じる。
「普通、男子の家にそんな感覚で来ないと思うよ」
「え? ああ……」
何かな? その反応は。そしてまた唯奈のキャラが死んでいる。
「ハジメが女の子に見えるからじゃね?」
「あ?」
早々とゲーム内から退場した唯奈が、暇を持て余し、失礼なことを言ってきた。せっかく訊かないようにしていたのに。
「……ハジメちゃんってかわいいと思うよ」
「それフォローというより逆効果だからね」
かわいいを褒め言葉だと思っている千愛莉ちゃんは、悪意なく僕のことを攻撃してくる。僕は何度もこうして千愛莉ちゃんに心を切り刻まれているのだ。悪気がないので文句も言いづらい。
「ほら、親しみを覚えるというか。女の子といるときみたいに安心するというか」
「あ、それわかるべ。ハジメは男感がない」
唯奈まで乗っかってきた。怒りを露わにしたいところだけど、千愛莉ちゃんがいるのでできなかった。
「あ……」
そして次のゲームが始まるとまた死んでるし。唯奈、弱すぎる。もし僕がゲームのキャラクターに生まれ変わっても、唯奈の手でだけは絶対に動かされたくない。
「また勝ちましたー」
千愛莉ちゃんの三戦三勝。唯奈の完敗である。さすがに千愛莉ちゃん相手に負けると、唯奈もさっきみたいに駄々をこねることができず、放心状態になっていた。
「千愛莉ちゃん、上手いね。本当にやったことなかったの?」
「今日が初めてだよ」
千愛莉ちゃんの言葉に、唯奈は殴られたような衝撃を受けていた。僕としては、さっきの仕返しということで、ざまあみろといったところだ。
「が、ガムを噛もう。頭の回転が良くなるって、テレビで言ってたべ……」
頭の回転がこのゲームにそこまで必要だろうか。そもそも唯奈の頭の回転が良くなったところで意味があるのか。
「ガムー」
血迷ったみたいに、唯奈は自分の鞄の中身を床に落としていった。教科書が一切入っていないのは、全部を学校に置いてきているからだろう。
スカスカの鞄から学校に不要なものが次々に落ちてくる中で、僕はある物を発見した。唯奈もそれに気づいたのか、座り込んですぐさまそれを回収する。
しかし、僕がそれを無視するわけがない。
「唯奈、今隠したの出して」
「はいっ……?」
唯奈は引きつったような笑みを浮かべながら、こちらを見ている。しかし、全く目が合わない。
「出して」
「隠してないよ。隠してないよ」
僕が唯奈に近寄っていくと、唯奈はお尻を床に着けたまま後ずさりしていく。
またパンツ丸見えだけど、今そんなことはどうでもいい。千愛莉ちゃんは、そんな僕らをボケーッと眺めている。
「そこに隠してるもの!」
「きゃ、キャー! エッチー! チカーン!」
こんな時だけ男扱いか。僕の部屋で変な声を上げないでもらいたい。
力ずくで床を覆っている右手を離すと、そこには青い長方形の箱があった。タバコだ。
「…………」
「…………」
僕と唯奈はその状態で固まっている。僕は怒りというよりも少し悲しい感情のせいで、初めの一声が喉の奥に引っかかった。
「……ほら、不良さんには付き物だから!」
千愛莉ちゃん、それは全くフォローになっていないよ。僕はため息をついた。