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文字数 1,906文字
千愛莉ちゃんを家に送っていく最中、僕は姉さんの話をしていた。千愛莉ちゃんが、聞きたいと言ったからだ。
「最初は紅ちゃん、次に唯奈、最後に麗。順番に連れてきて、僕に紹介していった。姉さんなりに、僕のことを心配してくれてたんだろうね。僕って引っ込み思案で、友達を家に連れてくることなんてなかったから」
「へぇー」
三人なら僕と仲良くなれる、そして三人もそう思ったのだろう。
姉さんの考えは正しかった。下に弟と妹のいる唯奈は僕の扱いが上手く、麗は頭が良くて僕の質問になんでも答えてくれたし、紅ちゃんはただ無闇に僕のことをかわいがってくれた。
三人は出会ってすぐにお互いを罵りあう仲になった。多分唯奈が起点で、紅ちゃんの天然と麗の口の悪さが上手くかみ合ったのだろう。
姉さんは三人を煽り、その争いを娯楽にしていた。それが四年前。
それよりも少し前、中学三年生の姉さんは荒れていた。タバコは吸うわ、ケンカはするわ、親と対立するわ、教師と対立するわ、誰が見ても不良だった。
そんな時でも、姉さんは僕にだけは優しかった。
よくお土産をくれた――どこから持ってきたのかはわからなかったけど――し、一緒にゲームをしてくれたし、宿題を見てくれたりもした。
僕はそんな姉さんが大好きで、姉さんと一緒にいるときは嬉しかった。
それでも、姉さんは僕以外の前では別の顔を出し、時折、僕はその顔を見ることになる。
母さんと言い合いになっているのを見ていると、とても不思議な気持ちになっていた。優しい姉さんはそこにはおらず、天邪鬼な別の姉さんが存在し、みんなを困らせている。本当の姉さんは、僕の前だけにしか現れない存在だった。
その年の夏に、一大決心をした。
僕が姉さんを、本当の姉さんにする。小学五年生だった僕にしては、大した決断だったと思う。僕といる時は優しいのだからと、僕は姉さんを付けまわすことにしたのだ。
学校が終わると、僕はすぐに姉さんの通う中学校で待ち伏せをした。学区内だから中学校と小学校は隣合わせだったので、それ自体は容易いことだった。
姉さんが出てくると、僕はすぐに駆け寄っていった。そして、常に姉さんと行動を共にしようとしたのだ。
すると、姉さんは僕を危ない目に合わせるわけにはいかないと、一直線に家に戻るようになった。その後、姉さんがまた出かけようとしたならば、僕はまたそれについていこうとした。
困り果てた姉さんは、なんとか隙を作って出て行くということを覚えた。
そうなってくると、僕もまた考えた。最終的には、それで姉さんの反抗期は終了することとなった。
僕は、泣いたのだ。
姉さんが悪いことをするのなら、僕はもう姉さんと遊ばない、話さない。そう言ってわんわん泣いていると、姉さんは家にいることが増えていって、落ち着いていった。
そして、明るくて人望のある、新しい姉さんになったのだった。
千愛莉ちゃんは楽しそうに聞いてくれた。
「会ってみたかったなぁ」
そう言ってくれるのは嬉しいけれど、会うタイミングによっては後悔することになるだろうな、と思った。あの頃の姉さんは今の紅ちゃんたちよりもよっぽど関わりたくない不良だった。
願わくば、三人と同じタイミングで千愛莉ちゃんとも出会っていればよかったのに。
家の前まで着くと、千愛莉ちゃんは「送ってくれてありがとう!」と元気に言ってくれた。
「最終手段!」
千愛莉ちゃんは、別れ際に人差し指を立てながらそう言った。
「何のこと?」
「ハジメちゃんが思いっきり泣いたら、みんな仲直りするかも!」
さっきの話から、そう思ったのだろう。僕は頭を掻いた。
「できればその手段は使いたくないな」
高校生にもなって、そんな子どもっぽく泣くわけにもいかない。それに、本当に効果があるのかどうかも分からない。
何よりも、それは自分が弱い子どもだったからこその手段だから、使ってはならない。
「えへへ、またがんばろうね!」
千愛莉ちゃんは太陽みたいな女の子だ。僕には眩しすぎて、たびたび目を逸らしたくなる。暖かさも感じるし、熱いところもある。見習わなければならない。
千愛莉ちゃんと別れると、僕は一人で家へと帰っていく。
その道中、僕はさっき千愛莉ちゃんに話した、姉さんとの昔話を、巻き戻したり再生したり、早送りしたりしていた。
そういえば、後一年で僕は姉さんに追いついてしまう。そして、紅ちゃんたちはもう姉さんと同じ歳になろうとしているんだ、と今気づいた。
「最初は紅ちゃん、次に唯奈、最後に麗。順番に連れてきて、僕に紹介していった。姉さんなりに、僕のことを心配してくれてたんだろうね。僕って引っ込み思案で、友達を家に連れてくることなんてなかったから」
「へぇー」
三人なら僕と仲良くなれる、そして三人もそう思ったのだろう。
姉さんの考えは正しかった。下に弟と妹のいる唯奈は僕の扱いが上手く、麗は頭が良くて僕の質問になんでも答えてくれたし、紅ちゃんはただ無闇に僕のことをかわいがってくれた。
三人は出会ってすぐにお互いを罵りあう仲になった。多分唯奈が起点で、紅ちゃんの天然と麗の口の悪さが上手くかみ合ったのだろう。
姉さんは三人を煽り、その争いを娯楽にしていた。それが四年前。
それよりも少し前、中学三年生の姉さんは荒れていた。タバコは吸うわ、ケンカはするわ、親と対立するわ、教師と対立するわ、誰が見ても不良だった。
そんな時でも、姉さんは僕にだけは優しかった。
よくお土産をくれた――どこから持ってきたのかはわからなかったけど――し、一緒にゲームをしてくれたし、宿題を見てくれたりもした。
僕はそんな姉さんが大好きで、姉さんと一緒にいるときは嬉しかった。
それでも、姉さんは僕以外の前では別の顔を出し、時折、僕はその顔を見ることになる。
母さんと言い合いになっているのを見ていると、とても不思議な気持ちになっていた。優しい姉さんはそこにはおらず、天邪鬼な別の姉さんが存在し、みんなを困らせている。本当の姉さんは、僕の前だけにしか現れない存在だった。
その年の夏に、一大決心をした。
僕が姉さんを、本当の姉さんにする。小学五年生だった僕にしては、大した決断だったと思う。僕といる時は優しいのだからと、僕は姉さんを付けまわすことにしたのだ。
学校が終わると、僕はすぐに姉さんの通う中学校で待ち伏せをした。学区内だから中学校と小学校は隣合わせだったので、それ自体は容易いことだった。
姉さんが出てくると、僕はすぐに駆け寄っていった。そして、常に姉さんと行動を共にしようとしたのだ。
すると、姉さんは僕を危ない目に合わせるわけにはいかないと、一直線に家に戻るようになった。その後、姉さんがまた出かけようとしたならば、僕はまたそれについていこうとした。
困り果てた姉さんは、なんとか隙を作って出て行くということを覚えた。
そうなってくると、僕もまた考えた。最終的には、それで姉さんの反抗期は終了することとなった。
僕は、泣いたのだ。
姉さんが悪いことをするのなら、僕はもう姉さんと遊ばない、話さない。そう言ってわんわん泣いていると、姉さんは家にいることが増えていって、落ち着いていった。
そして、明るくて人望のある、新しい姉さんになったのだった。
千愛莉ちゃんは楽しそうに聞いてくれた。
「会ってみたかったなぁ」
そう言ってくれるのは嬉しいけれど、会うタイミングによっては後悔することになるだろうな、と思った。あの頃の姉さんは今の紅ちゃんたちよりもよっぽど関わりたくない不良だった。
願わくば、三人と同じタイミングで千愛莉ちゃんとも出会っていればよかったのに。
家の前まで着くと、千愛莉ちゃんは「送ってくれてありがとう!」と元気に言ってくれた。
「最終手段!」
千愛莉ちゃんは、別れ際に人差し指を立てながらそう言った。
「何のこと?」
「ハジメちゃんが思いっきり泣いたら、みんな仲直りするかも!」
さっきの話から、そう思ったのだろう。僕は頭を掻いた。
「できればその手段は使いたくないな」
高校生にもなって、そんな子どもっぽく泣くわけにもいかない。それに、本当に効果があるのかどうかも分からない。
何よりも、それは自分が弱い子どもだったからこその手段だから、使ってはならない。
「えへへ、またがんばろうね!」
千愛莉ちゃんは太陽みたいな女の子だ。僕には眩しすぎて、たびたび目を逸らしたくなる。暖かさも感じるし、熱いところもある。見習わなければならない。
千愛莉ちゃんと別れると、僕は一人で家へと帰っていく。
その道中、僕はさっき千愛莉ちゃんに話した、姉さんとの昔話を、巻き戻したり再生したり、早送りしたりしていた。
そういえば、後一年で僕は姉さんに追いついてしまう。そして、紅ちゃんたちはもう姉さんと同じ歳になろうとしているんだ、と今気づいた。