第八項 野山に降りて

文字数 1,334文字

 「タイムスリップしたみたいだね」
それが僕の第一印象でした。中東の自然豊かな地域、言い換えれば、究極のど田舎に降り立ちました。見渡す限りの森林と、彼方に見える山々だけです。
 パラシュートは木に引っかかったまま放置して、僕はすぐに出発することにしました。追跡者からすれば、ここにパラシュートがあるのですから、僕の逃走経路を推定しやすいでしょう。でも、今の僕にパラシュートや不要な機材を始末する余裕はありません。だって、世間知らずのお嬢様、セシルさんという人質を連れて逃げないといけないのだから。それに上手くいけば……いえ、これは後でお話しましょう。

 「さて、どっちに行こうか……」
僕は少し迷っていました。アルビジョワに向かっていたのはわかるけど、今、どの辺にいるのかわかりません。というより、近くに食料や水を調達できるような集落とか、施設があるのかどうか……
「手持ちの水と食料だと、もって1日ですね」
僕がそう言っても、セシルさんはノーリアクションでした。機内での襲撃、そして始めてのスカイダイビング。彼女からしたら、いろいろありすぎて、心の整理が追いつかないのでしょう。僕は仕方なく、食料の入った彼女のリュックを背負い、歩き始めるのです。
 僕の後ろをトボトボとついてくるセシルさん。心ここにあらずの彼女も、歩いているうちに正気に戻るでしょう。正気に戻ってからが、むしろ厄介なのですが……

 30分もしないで、セシルさんは壊れ始めました。
「ねぇ?こっちに進んで大丈夫?街とかの場所わかってるの?」
日本、特に東京とかに住んでるとイメージしにくいかもしれませんが、外国の田舎に行くとビックリします。というか、距離感が狂います。車がないと不便。不便を通り越して、生活できません。
 そんな土地、しかも迷子な僕たちの状況は、はっきり言って絶望的です。出来るだけ早く車(あし)と、水と食料が必要です。ただ、それは街に行かなくても手に入ります。僕はその機会を待っているのですが、それを知らないこのお嬢様は、モチベーションを下げる発言を繰り返しています。困ったもんだ……

 「今日はあそこで休みましょう」
僕は視界に入った、ちょっと小高い丘を指差しました。あんな目立つところに行ったら、追っ手に見つかるリスクが高いです。だから、普通なら選ばないかもですが、僕は敢えてその丘を選んだのです。
 そう、僕は早く追っ手に会いたかったのです。
 何故かって?それは、追っ手が所有する車や物資を奪いたかったからです。追っ手にせよ、救助にせよ、歩いてくることはないでしょう。車種はわかりませんが、必ず車で来るはずです。そして車なら、銃器や飲食物を積んでいるはずです。それを奪うことが出来れば、生存率が高くなるはずです。もし地図や無線機を手に入れられたら、さらに多くの情報を手に出来るかもしれない……
 それに丘の上なら、森の中の野獣や虫による被害を食い止められると考えました。丘の上はさっぱりしていたので、焚き火をしても火事にならないと思いました。
 セシルさんはといえば、始めは反対していました。だけど僕が相手にしなかったので、諦めて一緒に丘を目指すことになりました。

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登場人物紹介

主人公の少年。

他のシリーズでは「蓮野久季(はすのひさき)(21?)」と名乗っていた。

本名は明かされないが、2章以降では”シーブック”と名づけられる。

セシル・ローラン(17)

”恋人ごっこ”に登場し、蓮の辛い過去を暴いて苦しめた女性。

本編では、蓮と出会い、惹かれ、壊れる様子が語られる。

閉じた輪廻が用意した、蓮を苦しめるための女性。

リジル(14)

アルビジョワ共和国で戦火に見舞われ、両親を失った少年。

妹のフェルトを守るために必死で生きている。蓮と出会い保護された。

水のプラヴァシーを継承し、「恋人ごっこ、王様ごっこ」では”耐え難き悲しみの志士(サリエル)”となって戦った。

フェルト(5)

リジルの妹。戦争で両親を亡くし、また栄養失調から発育が遅れている。

リジルと蓮に無邪気に甘える姿が、蓮の中に眠る前世の記憶(前世の娘)を呼び起こす。

この幼女の存在が、リジルを強くし、蓮に優しさを取り戻させる。

クレナ・ティアス(24)

アルビジョワで蓮が出会う、運命の女性。

レジスタンスの参謀として活躍する、聡明な女性。

アルビジョワ解放戦争の終盤、非業の死を遂げ、永遠に消えない蓮の瑕となる。

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