第二項 ヴィルヘルムの豪邸

文字数 1,198文字

 「まったく、どういうことだ!危うくセシルが怪我をするところだったじゃないか!安全な任務だったはずだろうが」
50代の、いかにも権力者という雰囲気の男性が声を荒げていました。
「全ては最初のトラブルが原因でしょう。とにかくお嬢様がご無事でなによりでした」
そばに仕える老紳士がなだめるように答えている。この家の執事、オズワルドさんです。
「例の”烙印(プラヴァシー)”か?ビクターめ。印を回収するだけの任務をとんだ大仕事にしおって」
「とはいえ、あのお客人はお嬢様の命を救ったこともあるとか。丁重におもてなしするのが礼儀かと……」
「ふんっ!何が丁重にだ……いや……そうか!丁重にもてなさねばならんな。仮にも”争いの烙印”を宿されたお方だ。いずれはオートポルの幹部となられるお方かもしれん」
金髪の男性は何かを思いついたようです。
「旦那様?」
「いいか、盗聴器とカメラを設置して置け。烙印が暴走でもしたらすぐにお助けせねばならん。そして、出来るだけ酷く(むごく)お世話しよう」
「ムゴクとは?」
「ひたすら褒め、贅沢させるのだ。“烙印に選ばれた特別な存在だ”とチヤホヤされ、美味い食い物と女を与えられれば、堕落した人間になる。自分では何もできないクズになる。そうすれば烙印の管理も容易ではないか」
そう言って醜悪な笑いを浮かべていました。そんな彼のそばで、オズワルドさんは表情に出さず、呆れていたのでしょう……

 休暇をいただいて、僕はセシルさんの豪邸で過ごすことになりました。セシルさんお父上は米国防総省の幹部で、オートポルのアジア統括部長のヴィルヘルム・コーラン中将です。
「まったく……お金ってのは、あるところにはあるんだな」
僕は小声で毒つきました。だって、実際に働いてみて(というか、命がけで戦ってみて)、お金の重さと怖さを実感し始めていたのです。サラリーマンの初任給、それと変わらない僕たち戦闘員の報酬。もちろん、衣食住には困らない職業軍人だけど、ほとんど行動の自由はない。そんな僕らには、一生働いても、生まれ変わって頑張っても住めないような、東京一等地の豪邸が目の前にあったのです。
「税金を払う側からすると、税金をもらって使う側の凄さがよくわかる」
そんな僕の声が聞こえたのか
「え?何か言った?」
セシルさんが笑顔で振り返ります。彼女からすれば、この大豪邸、そしてそこに住む自分のお家柄が誇らしいのだろう。無邪気に微笑んでいる。こういうときに言ってあげるべき台詞はこうだ。
「すごいお屋敷ですね。ビックリしました。さすが、セシルさんの家(おうち)ですね」
これに彼女は気をよくして、一層の笑顔で僕を屋敷に迎え入れる。ただ、ちょっと失敗だったかもしれない。彼女が女の表情(かお)で、僕のことを愛おしそうに見つめる様子が、ヴィルヘルムさんのご機嫌をさらに損ねちゃうのですから……
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登場人物紹介

主人公の少年。

他のシリーズでは「蓮野久季(はすのひさき)(21?)」と名乗っていた。

本名は明かされないが、2章以降では”シーブック”と名づけられる。

セシル・ローラン(17)

”恋人ごっこ”に登場し、蓮の辛い過去を暴いて苦しめた女性。

本編では、蓮と出会い、惹かれ、壊れる様子が語られる。

閉じた輪廻が用意した、蓮を苦しめるための女性。

リジル(14)

アルビジョワ共和国で戦火に見舞われ、両親を失った少年。

妹のフェルトを守るために必死で生きている。蓮と出会い保護された。

水のプラヴァシーを継承し、「恋人ごっこ、王様ごっこ」では”耐え難き悲しみの志士(サリエル)”となって戦った。

フェルト(5)

リジルの妹。戦争で両親を亡くし、また栄養失調から発育が遅れている。

リジルと蓮に無邪気に甘える姿が、蓮の中に眠る前世の記憶(前世の娘)を呼び起こす。

この幼女の存在が、リジルを強くし、蓮に優しさを取り戻させる。

クレナ・ティアス(24)

アルビジョワで蓮が出会う、運命の女性。

レジスタンスの参謀として活躍する、聡明な女性。

アルビジョワ解放戦争の終盤、非業の死を遂げ、永遠に消えない蓮の瑕となる。

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