第六項 バルザタールの悪夢が始まる

エピソード文字数 2,276文字

 指示を受けた場所に、僕は向かいました。古巣のクロミズが駐留するという、小さな丘を改造して構築中の要塞です。ここで戦闘になったら、寄せ集めのレジスタンスでは太刀打ちできない。だから僕が、完成前に叩きに来たのです。ですが……
 「なんだこれ……張りぼてじゃないか」
忍び込んでわかりました。不自然に手薄な警備。外側は岸壁を削って要塞らしくなっていますが、中は空洞になっていて、しかも大した備品は設置されていませんでした。そう……”罠”です。
「しまった!」
急いで飛び出した僕に、威嚇射撃がなされるのです。
「久しぶりだな。シーブック・エル・ダート」
僕の前に、かつての上官であり、クロミズで最高のナイフ遣いである、ハルトマン中佐が立ちふさがりました。

 「お久しぶりです、中佐。貴方が刺客とは」
「貴様の脱走を聞いて、私は胸が痛んだよ。総司令官の家族を人質にエアジャックして、挙句の果てにはレジスタンスに成り下がるとは。だから私が責任をとって、貴様を始末するべきだと思ってね」
「中佐、嘘はいけません。顔が笑っていますよ?貴方はなんというか……私と戦いたがっていた。それが叶うと思って来たのでしょう?」
「ふん。これから死ぬ貴様には関係のないことだ」
「図星か……だが、僕がここに誘き出されたということは」
「村は今頃燃えているだろう。貴様という強力な戦力を得たにも関わらず、レジスタンスには貴様への恐怖と嫉妬を抱える者どもがいる。そいつらが喜んで、貴様とレジスタンスを売ってくれたよ」
 大方の予想は着いていました。最初のうちは、レジスタンスは僕を英雄視しました。でもそれを面白く思わないもの、次第に不安を抱くものが現れていました。だから早めに戦いを終わらせるか、どこかのタイミングでリジルとフェルトを連れて姿を消す必要があると考えていました。
 「落ち着いているな。村には大事なこどもたちがいるのではないか?それとも、レジスタンスを油断させるために、善人を装うためにこどもを利用したのか?」
「さてね。どちらにせよ、貴方を始末しないと、助けにいけないんだろう?」
「勝てると思っているのか?この私に」
「貴方こそ、僕に勝てると思っているんですか?」
 ハルトマン中佐と僕は、それぞれ2本のナイフを逆手に構えて激突しました。交互に空を切る白羽の剣閃が、闇夜に静かに走ります。

 「こっち!急いで」
僕がハルトマン中佐と刃を交えているとき、クレナはリジルとフェルトを連れていました。暗闇の中、蛍光塗料を仕込んだペンをライトとして利用し、彼女は幹部用の狭い隠し通路を進むのです。声を出すと響くので、最小限の音量で、最小限の指示をして……
 彼女が部屋を出て行くとき、僕は紙飛行機を投げました。これが、僕と彼女の合図だったのです。何かあったら、”こどもたちに危害が加えられるような”事態が起きそうになったら、ここを脱出することになっていました。
 クレナはレジスタンスの諜報部員でした。ただ、プロの諜報部員ではありません。滅ぼされた村々から集まって出来たレジスタンスは寄り合い所帯で、なんとなく情報管理を任されていただけです。僕はレジスタンスに参加するとすぐに、彼女に作戦の立案や組織の運営を教えました。聡明な彼女に惹かれ、信頼し、裏方の仕事を、ノウハウを教えたのです。もちろん、彼女と深い関係になるまでに、時間はかかりませんでした。
 彼女を2回目に抱いたとき、僕は耳打ちしました。
「ここから追い出されるときが来る。そのときは、こどもたちを連れて逃げて欲しい」
と……そのために、照明になるペンを作ったり、幹部用の脱出通路を探したりしました。
 彼女も組織が変質してきていることを感じていました。最初は復讐を叫んでいた仲間が、いつしか僕とセシルさんを国連軍に引き渡せば戦いは終わると言い出したあたりで。そして彼女も時が来たと感じたのでしょう。仲間達の意見である、”僕がEXIAと戦えるのか(EXIAのスパイなんじゃないか)”を話題にしたのです。
 「もう少しだから、頑張って」
彼女はリジルたちを励ましながら、レジスタンスのアジトである教会から脱出するのです。でも
「どこへ行く?クレナ」
教会の隠し通路を抜け、裏手の山の近くに出たとき、クレナたちは包囲されました。仲間であったレジスタンスに拘束され、リジルだけがクロミズに引き渡されてしまうのです……

 「ここまで腕を上げていたのか……だが」
肩で息をするハルトマン中佐。ほんの数分ですが、ナイフを交えて切り結び、彼は勝利を確信したようです。それはそうです。僕のナイフは2本とも跳ね飛ばされてしまったので……
「まだ、決着は着いていませんよ?」
「負け惜しみか?まあ、無様に足掻き続けるがいい」
確かに中佐のナイフ捌きは、当時の僕が知る限り、最強でした。でも、それはナイフだけで戦えばのお話です。僕はおもむろに拳銃を抜いて、そのまま中佐の顔に向けて投げました。
 僕が銃を抜くとき、明らかに中佐は緊張し、銃に注意を向けていました。飛んでくる拳銃を跳ね除けたとき、僕はもうひとつ、彼の足元に投げました。要塞内部で使う予定だった手榴弾です。咄嗟に身を翻した中佐でしたが、完全に回避できるものではありません。爆風で吹き飛ばされてしまいました。
 彼を倒せた訳ではありませんが、僕はこの隙にジープを奪い、バルザタール村へ向けて発車しました。一刻も早く、リジルとフェルトを助けにいかなければならないから。
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登場人物紹介

主人公の少年。

他のシリーズでは「蓮野久季(はすのひさき)(21?)」と名乗っていた。

本名は明かされないが、2章以降では”シーブック”と名づけられる。

セシル・ローラン(17)

”恋人ごっこ”に登場し、蓮の辛い過去を暴いて苦しめた女性。

本編では、蓮と出会い、惹かれ、壊れる様子が語られる。

閉じた輪廻が用意した、蓮を苦しめるための女性。

リジル(14)

アルビジョワ共和国で戦火に見舞われ、両親を失った少年。

妹のフェルトを守るために必死で生きている。蓮と出会い保護された。

水のプラヴァシーを継承し、「恋人ごっこ、王様ごっこ」では”耐え難き悲しみの志士(サリエル)”となって戦った。

フェルト(5)

リジルの妹。戦争で両親を亡くし、また栄養失調から発育が遅れている。

リジルと蓮に無邪気に甘える姿が、蓮の中に眠る前世の記憶(前世の娘)を呼び起こす。

この幼女の存在が、リジルを強くし、蓮に優しさを取り戻させる。

クレナ・ティアス(24)

アルビジョワで蓮が出会う、運命の女性。

レジスタンスの参謀として活躍する、聡明な女性。

アルビジョワ解放戦争の終盤、非業の死を遂げ、永遠に消えない蓮の瑕となる。

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