第五項 転機

文字数 1,693文字

 メアリさんの消息がわからなくなり、僕とセシルさんの間に、大きな亀裂が生じたとき、転機が訪れました。ヴィルヘルムが、戦争中のアルビジョワ共和国へ赴任することになるのです。
 ロシア南西部からウクライナ経由でドイツへ走る、ガス・パイプラインがあります。これに代表される資源管理が、先進国によって独占されていました。その独占を効率的に実行するために、先進国はアルビジョワ共和国という、傀儡国家を樹立しました。場所はコソボを中心に、セルビアとマケドニアの一部の地域を併合した地域です。
 他国の思惑で、資源を独占したいという理由だけで、強引に建国された国は、長く続きませんでした。建国3年で内戦が勃発して、1年も経たないうちに、国家とは呼べない代物になっていました。
 米国主導の先進国と、それの妨害をする中国とソ連の連合、そして現地のレジスタンスと、三つ巴の戦いが続いていました。ヴィルヘルムは、新たに派兵される部隊の司令官として赴任するのです。
 そんな最前線への赴任を、ヴィルヘルムは喜んでいました。彼は武官ではなく文官です。でも、司令官という肩書きで舞い上がり、前線に家族を連れて赴くのです。
 その頃の僕はといえば、メアリさんと引き離され、再び心を閉ざしていました。

 アルビジョワへの移動には、専用の軍用機を使います。ヴィルヘルムの一家と召し使いたち、そして僕だけのための、20人足らずのためのチャーター機。無駄遣いにもほどがある……
 席に着いてすぐ、僕は目を閉じました。目を閉じて、眠ったフリをしました。セシルさんと顔を合わせたくなかったし、ヴィルヘルムの奴を視界に入れるのも嫌だった。エアフォースワン並に重要視され、護衛の戦闘機まで随伴する飛行機です。何の危険もないでしょう。だから、今は苛立ちを抑えるために、隠すために、眠ったフリを続けます。僕はそう考えていました。そう……油断していました。
 僕は自分の存在がいかに危険で、いかに重要なものかを理解していませんでした。確かにこの飛行機は、他国からの攻撃に晒されることはないでしょう。でも、もしアメリカの、それも米軍内で派閥争いがあったら?派閥とまではいかなくても、僕を手に入れようとするグループが存在したら?
 そんな可能性を考えていれば、こんなことにはなりませんでした。米軍関係者しかいない飛行機が、身内にハイジャックされるなんてことは……
 血の臭いがして、僕は静かに薄目になりました。起きていることを悟られないように、ただただ静かに、気配を感じようとしました。探るのではなく、感じるのです。
 どうやら、前方の座席の警備兵が殺されてしまったようです。

 「おはようございます」
その男は、大分離れたところから、声をかけてきた。
「彼らには、特性のワインを飲んでいただきました。勤務中……あなたを守るお仕事中に、飲酒されて亡くなったんです。自業自得ですよね?」
拳銃を僕に向けたまま、ゆっくりと近づいてくる。
 ヴィルヘルムは既に拘束されていました。両手足を縛られ、猿轡をされています。トイレに立ったときに、とっ捕まったらしい。セシルさんたちは、やはり飲み物に何か含まれたいたのでしょう。ぐっすりと眠っているようです。
「どこに向かってるんです?」
僕は素直にハンズアップして、その男と会話することにしました。敵は彼だけじゃないですから、今は様子を見たい、情報が欲しいと考えたのです。
「直に分かります。到着するまで、どうぞおくつろぎください」
そう言って彼は、拳銃を向けたまま微笑みました。僕はやることも出来ることもなく、ただ窓の外を眺めていました。
 さて……どうするか……
 ボーっと外を眺めながら、僕は考え続けました。どうやったら生き残れるか?生き残るためには、どんな情報が必要か?そうだ。奴らは何者だ?奴らの目的は、”奴らの求めるゴール”はなんだ?
 僕を捕らえることだけなのか、”僕ら”を捕らえるつもりなのか……
 いつの間にか僕は、セシルさんに利用価値があるか。人質として使えるかを考えていました。
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登場人物紹介

主人公の少年。

他のシリーズでは「蓮野久季(はすのひさき)(21?)」と名乗っていた。

本名は明かされないが、2章以降では”シーブック”と名づけられる。

セシル・ローラン(17)

”恋人ごっこ”に登場し、蓮の辛い過去を暴いて苦しめた女性。

本編では、蓮と出会い、惹かれ、壊れる様子が語られる。

閉じた輪廻が用意した、蓮を苦しめるための女性。

リジル(14)

アルビジョワ共和国で戦火に見舞われ、両親を失った少年。

妹のフェルトを守るために必死で生きている。蓮と出会い保護された。

水のプラヴァシーを継承し、「恋人ごっこ、王様ごっこ」では”耐え難き悲しみの志士(サリエル)”となって戦った。

フェルト(5)

リジルの妹。戦争で両親を亡くし、また栄養失調から発育が遅れている。

リジルと蓮に無邪気に甘える姿が、蓮の中に眠る前世の記憶(前世の娘)を呼び起こす。

この幼女の存在が、リジルを強くし、蓮に優しさを取り戻させる。

クレナ・ティアス(24)

アルビジョワで蓮が出会う、運命の女性。

レジスタンスの参謀として活躍する、聡明な女性。

アルビジョワ解放戦争の終盤、非業の死を遂げ、永遠に消えない蓮の瑕となる。

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