第五項 空爆

文字数 2,097文字

 身体の痺れが解けてきて、僕はゆっくりと上半身を起こしました。左手をグーパーしてみると、まだ感覚が戻りきっていませんでした。それでも、レジスタンスが議事堂を占拠して、戦いが終わろうとしている今、僕は仲間と合流したかったのです。
 これからどうするか。リジルとフェルトを育てること、クレナへの想い……それまでは不安でしかなかったものが、今後の生きる糧になろうとしていたのです。でも
「空爆だーーー!」
 アルビジョワの空が、炎で染まったのです……

 アルビジョワの空が真っ赤に染まる。星の輝きが美しい夜空、余計な光がなかったのに……星々の輝きが、まるで勝利を祝福してくれているかのようだったのに……
 国連、いや、オートポルは決断した。社会を傲慢で染め上げて、ラミエルを解放した時点で、この国は不要になったのだ。しかも、派遣したクロミズが壊滅したのであれば、証拠隠滅は必須である。だから、不要な独立国など創らせず、全てを燃やしてしまうのだ……米国のクロミズ本体を出撃させ、空爆に踏み切ったのだ……
 まさかラミエルが滅んだとは思わなかっただろう。それに、あの天使なら空爆後に生き残ると踏んだのだろう。
 悪意に染まった爆撃機(黒い鳥)が空を覆う。降り注ぐ爆弾が、無差別の虐殺が、皆を恐怖で追い詰める。海から脱出することも出来ず、助けが来ることも期待出来なくて、パニックがこの土地を覆い尽くす。レジスタンスが崩壊するのに、時間はかからなかった。
 空を飛べるようになったから、ヒトの欲望は、その妄動は、際限が無くなってしまったのだろうか?
 無線通信が発達したから、遠く離れた地とすぐにコミュニケーションがとれるから、ヒトは待つことができなくなったのだろうか?その軽挙を抑えることができないのだろうか?
 頭上からの攻撃が、こんなにも怖いとは思わなかった。俺を狙っている訳じゃない。攻撃対象エリアに爆弾を落としているだけだ。でも、いつそれが自分の頭上にくるのか、クレナやリジルたちのところに落ちるのか、不安で仕方がなかった。だから俺は走った。3人を守るため、彼女たちが隠れているポイントに急いだ。
 そんなとき、近くに爆弾が落ちた……走っている先に見える、曲がり角の建物に。俺と合流しようとする、喧嘩友達のイザークが、何かを言っている。叫びながら、こっちに走ってくる。でも、爆弾がすぐそばに投下され、イザークは吹き飛んだ……頭だけがこっちに飛んできて、俺の顔の、すぐ近くを通過した。
 僕は止まってしまった。走らなきゃいけないのに、その場で止まってしまった。そんな僕のところに、彼女が走ってきた。
「蓮!こっちに来て!」
そう叫ぶ彼女の後ろに、爆弾が落ちた……

 僕は彼女を抱きかかえた……必死に呼びかけ、身体をゆすった……
 でも、彼女はもう動かない……動いてくれない……

 「ちくしょう……」
僕は空を見上げた。
『大切なヒトを奪われる……赦していいのかな?』
「だめだよ……だめに決まってるじゃないか……」
『そうだよね?赦せないよね?』
「赦せるもんか……」
僕は泣いていた。泣きながら憎んでいた。自分だけ安全なところから爆弾を降らせたり、遠く離れた土地で指示だけ出している、ヒトの悪意を憎んだ。
 でも、憎しみが大きくなるばかりで、どうしていいか、わからなかった。ただ、敵を皆殺しにしたかった。身体が銀色のウロコに覆われる。今一度、僕はカインになる!
 『知恵(チカラ)が欲しい?』
「チカラが……欲しい……」
そして彼が、セトが顔を出した。
『なら、僕がキミを救ってあげよう……空を飛べるようになり、遠く離れた相手と話せるようになって、ヒトはだめになった。欲望を押さえられず、軽挙妄動に歯止めが利かない……ならさ、奪ってやろうじゃないか。”争いのプラヴァシー”を開放して、闇の異能、引力を操って、世界を変えてしまおう』
「引力で、世界を変える?」
『そう……きみの宿したプラヴァシーなら、”叡智至高の戦術家、カイン”の異能を発揮できる。ただの引力操作じゃない。量子力学を、ミクロな世界のルールを、力学の世界に適用できる……神に、抗うことができる!』
「神に……抗う?そうだね……こんな酷い世界を放っておく神様なら、俺は抗ってやる!ヒトの心が、欲望が、争いを生むと言うのなら……情報と技術が、ヒトのタガを外すというのなら、俺がそれを止めてやる!”争いのプラヴァシー”で”ヒトの心(しくみ)”を変えられないのなら、物理法則を変えてやる!」
 「ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット」
僕は”闇”を手放した。黒い火柱のような憎悪を巻き上げて、”グラマトン”がばら撒かれた。
 途端に爆撃機どもは墜落した。歩兵どもは無線が通じず、パニックになった。僕は新しい異能を選んだ。クレナを火葬するために、敵の生き残りを灼熱地獄に堕とすために……
 巻き上げられたグラマトンは、黒いままなのか、新たな火柱が生んだ大量のススなのか、バチスアン・ブックスは炎に飲まれて焼失した……
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登場人物紹介

主人公の少年。

他のシリーズでは「蓮野久季(はすのひさき)(21?)」と名乗っていた。

本名は明かされないが、2章以降では”シーブック”と名づけられる。

セシル・ローラン(17)

”恋人ごっこ”に登場し、蓮の辛い過去を暴いて苦しめた女性。

本編では、蓮と出会い、惹かれ、壊れる様子が語られる。

閉じた輪廻が用意した、蓮を苦しめるための女性。

リジル(14)

アルビジョワ共和国で戦火に見舞われ、両親を失った少年。

妹のフェルトを守るために必死で生きている。蓮と出会い保護された。

水のプラヴァシーを継承し、「恋人ごっこ、王様ごっこ」では”耐え難き悲しみの志士(サリエル)”となって戦った。

フェルト(5)

リジルの妹。戦争で両親を亡くし、また栄養失調から発育が遅れている。

リジルと蓮に無邪気に甘える姿が、蓮の中に眠る前世の記憶(前世の娘)を呼び起こす。

この幼女の存在が、リジルを強くし、蓮に優しさを取り戻させる。

クレナ・ティアス(24)

アルビジョワで蓮が出会う、運命の女性。

レジスタンスの参謀として活躍する、聡明な女性。

アルビジョワ解放戦争の終盤、非業の死を遂げ、永遠に消えない蓮の瑕となる。

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