第五項 あれから少し、時間が経って

エピソード文字数 2,676文字

 「あれから……どれくらい経った?」
僕は窓辺で拳銃を組み立てながら、そう呟いていました。
「3ヶ月と7日です。貴方がこの村に現れてから」
そんな僕の前に彼女は、クレナ・ティアスは座って答えました。
 僕たちはバルザタール村に戻っていました。あの日、クレナと出会った日。バルザタール村は焼かれました。僕は彼女と、リジルたちを連れて避難しました。でも、行く先々で国連軍と衝突し、安住できる場所はありませんでした。リジルとフェルトと、クレナを守るために戦い続けました。今は辛うじて生活できるところまで復興した、バルザタール村に戻り、拠点にしています。
「セシルさんはまだ、容態がよくなくて」
 必死に戦う僕とは違い、セシルさんはレジスタンスに保護されたあと、ずっと寝込んでいます。ヒステリーになって暴れたあと、泣き崩れてしまいました。もともと父親のヴィルヘルムが、国連軍側の総司令官になる予定だったという背景の彼女です。敵側に保護されて、もとの生活に戻る見通しもないのですから、現実を背負いきれなくなったのでしょう。僕としては、国連軍側のお家騒動、内部のゴタゴタで逃走できただけで十分でした。もうセシルさんに人質としての価値があるのかも微妙なので、彼女のことは考えなくなりました。
 「ところで戦況は?僕は次にどこで、誰と戦えばいい?」
セシルさんのことを聞き流し、視線も上げずにそう問う僕に、クレナは1枚の紙切れを差し出します。
「ここで、クロミズと戦ってください」
 僕が来ての3ヶ月間、それは壮絶な戦いが続きました。アルビジョワの3つの町、7つの村で戦いました。開放できたのは町2つだけで、残りは全て焼け野原になりました。人が暮らせるようになるには、何年かの復興作業が必要でしょう。それらに駐在していた国連軍に、僕は単身で奇襲を仕掛けていました。敵の車の背面にしがみついて潜入し、夜になったら攻撃を開始する。車や武器、食料は奪うために残し、ただただ人間を殺しました。兵の宿舎を爆破したり、現地で奪った銃器で敵兵の寝込みを襲います。何が起きているのか、どうすればいいのか考える余裕を与えずに、敵の数を減らしました。もちろん、僕が特別な訓練を受けているからって、簡単にできることではありません。ただ、僕には銀色の悪魔がいます。強く念じるだけで、1日に4回くらい召喚できます。それが僕を発見した敵兵を殴殺したり、襲い来る敵兵や車両を潰しました。どうやらこの悪魔には、とんでもないパワーと、重力を操るような異能があるようです。それと、特殊部隊で培った技術を活かし、僕は国連軍のいくつかの部隊を壊滅させたのです。
 「あなたがいた部隊、EXIA(エクシア)なんですってね」
“EXIA(法規制外特殊情報局(EXtralegal Intelligence Agency))”……それは米国に拠点を置く、クロミズというPMC(民間軍事会社)に所属する、最強の特殊部隊です。2040年代に入って、アメリカの権力と軍事力のバランスは完全に2分されました。大統領をトップとする米軍やCIAなどの諜報機関の他に、裏の顔と言わんばかりの仕組みができました。教導団と配下のクロミズです。教導団はもともと秘密結社だったようですが、その絶大な財力と権力で、大統領を影で操る存在になっていました。時を同じくして戦争のアウトソーシングが進み、クロミズのようなPMCが稼ぎ出す金額が膨大なものとなり、戦争特需で潤うアメリカで強い立場を獲得していきました。
 教導団とクロミズは最高機密を扱っていて、当時研究されていたのは、未知の粒子”グラマトン”です。教導団幹部からもたらされた情報をもとに、物理法則を捻じ曲げるような、量子力学を一般の物質サイズに適応させるような研究がなされていました。ただ、グラマトン自体を自由に発生させるまでに至っておらず、研究の過程で構成された謎の情報体、烙印(プラヴァシー)を人体に埋め込むことで、人体というIF(インターフェース)を介して、超常エネルギーを獲得しようとしているレベルでした。
 もちろん、情報提供者である教導団幹部には、「恋人ごっこ」に登場した”至高のカヴィ”こと、ウリエルが所属していたので、彼らの研究目的はもっと壮大なものだったのでしょう。ただ、この時点で僕が把握しているのはここまでだったのです。自分が烙印(プラヴァシー)を埋め込まれたモルモットであるということだけです。
 「ええ。セシルさんに聞いたのですか?」
説明ばかり長くなってしまいました。ここで一旦、クレナとの会話に戻ります。
「はい。貴方のことを、わかる範囲で教えていただきました」
「自分の情報は出さずに、僕を売ったか……」
 セシルさんは自己保身のために、”自分はいろいろな情報を持っている、生かしておくべき価値ある人間だ”という姿勢で、レジスタンスに保護されています。もちろん、自分のことは出来るだけ話さないで……
「ごめんなさい。貴方には本当に助けられています。でも、貴方の強さを恐れる者もいて」
「大丈夫だよ。行くあてもないし、それに……」
そこまで言って、僕は言葉を飲み込みました。扉が開き、フェルトとリジルが部屋に入ってきたので。
 「パ、パァ~パァ~……」
保護されて3ヶ月、栄養状態がよくなって、フェルトは少しずつ成長を取り戻したように見えました。そして僕をパパと呼んで慕ってくれるのです。
「おはよう、フェルト」
 僕はどうしても、リジルとフェルトから離れられませんでした。戦って、その手を血で染めて、心の中まで返り血でビッショリになったような感覚に支配されても、この子の笑顔を見ると、なぜか人間に戻れたように救われるのです。この子を必死で守っているリジルを見ると、どうしても僕がこの子たちの親代わりでありたいと、願ってしまうのです……
「おはよう、リジル」
「おはよう……」
無口なリジルは、あまり感情を表情に出しません。だから彼が、僕のことをどう思っているかはわかりません。ただ、一緒にフェルトを守れる環境に来て、リジルの野性味は小さくなり、少年らしくなってきたと感じます。
 「続きは、また後で」
気を遣ったクレナが席を外そうとします。そんな彼女の背中に
「大丈夫だよ。所属していただけだ。クロミズ(奴ら)とも戦えるさ」
声を掛けます。声をかけながら、彼女に紙飛行機を投げました。僕の言葉に黙って頷いて見せて、クレナは静かに部屋を出て行きました。
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登場人物紹介

主人公の少年。

他のシリーズでは「蓮野久季(はすのひさき)(21?)」と名乗っていた。

本名は明かされないが、2章以降では”シーブック”と名づけられる。

セシル・ローラン(17)

”恋人ごっこ”に登場し、蓮の辛い過去を暴いて苦しめた女性。

本編では、蓮と出会い、惹かれ、壊れる様子が語られる。

閉じた輪廻が用意した、蓮を苦しめるための女性。

リジル(14)

アルビジョワ共和国で戦火に見舞われ、両親を失った少年。

妹のフェルトを守るために必死で生きている。蓮と出会い保護された。

水のプラヴァシーを継承し、「恋人ごっこ、王様ごっこ」では”耐え難き悲しみの志士(サリエル)”となって戦った。

フェルト(5)

リジルの妹。戦争で両親を亡くし、また栄養失調から発育が遅れている。

リジルと蓮に無邪気に甘える姿が、蓮の中に眠る前世の記憶(前世の娘)を呼び起こす。

この幼女の存在が、リジルを強くし、蓮に優しさを取り戻させる。

クレナ・ティアス(24)

アルビジョワで蓮が出会う、運命の女性。

レジスタンスの参謀として活躍する、聡明な女性。

アルビジョワ解放戦争の終盤、非業の死を遂げ、永遠に消えない蓮の瑕となる。

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