第九項 リジルとフェルト

文字数 1,250文字

 丘の上に到着するとすぐに、リュックの中身を確認しました。テントはないのですが、地面に敷くシートがあれば、横になることができます。あと、焚き火ができれば、獣避けになるし、暖をとることができます。乾いた木の枝を集めて火をおこし、水を煮沸消毒したい。お湯でインスタントラーメンを作りたい。ただそれだけを考えて、僕は日暮れまでの時間で出来る限りのことをしました。
 飯ごうで沸かしたお湯で、僕はインスタントラーメンを茹でていました。その間、すっかり憔悴したセシルさんは、ただ黙って体育座りしていました。僕が差し出したラーメンのカップを無言で受け取り、それを食べていました。2人で無言で、ただラーメンを食べる音だけが、静寂の中で響いていたように感じます。
 そんなとき、背後の林で何かが動きました。ガサッという音がして、黒い影が走ったような……緊張するセシルさんを宥め、僕は林の方に向かいました。左手に缶切り替りで使った果物ナイフを握って。
 林の闇に目を凝らすと、徐々に慣れてきたのか、それが見えてきました。小柄な少年が、ボロボロになった鉈を構えて、”フーッ、フーッ”と息を荒げています。僕が声をかけるよりも早く、少年が踊りかかってきました。鉈を振り下ろし、僕の頭を狙ってきます。僕はそれを咄嗟に避けて、そのまま少年を殴りつけました。
 酷いと思われるかもいれませんが、鉈を奪っている暇はありませんでした。その少年は野性的な身のこなしで、子供とは思えない、鋭い斬撃を振るってきたのですから。だからまず気絶させようとしたのです。
 張り倒された少年のもとに歩み寄ると、近くの茂みから叫び声が聞こえました。5歳くらいの幼女が出てきて、少年のもとに泣きながら走るのです。
「アァーーーーッ!アァーーーーッ!!」
大泣きする幼女……そして、妹であろうその幼女を守るように、少年が立ち上がって僕を睨みつけます。

 何故だろう?そのとき僕は、何故か泣いていました。自然に涙が溢れてきて、目頭が熱くなって、熱を取り戻したかのように感じました。
 その後のことは、あまり覚えていないのですが……僕は2人を丘の上に連れて行って、水とラーメンと、与えられるだけの食料を与えました。栄養失調でガリガリの兄妹、妹に譲ってばかりの兄と、その兄にアーンして食べさせようとする妹。2人をただ、僕は見つめ続けていました。
 兄のリジルくんは14歳、妹のフェルトちゃんは5歳らしいのですが、2人とも栄養失調のためか、成長が遅れているようでした。リジルくんは10歳くらいにしか見えないし、フェルトちゃんの方は話すことができず、3歳児くらいに見えました。
 そんな風に幼く見えるから、栄養失調で苦しんでいるから、僕にはこの子たちが一層いじらしく感じていました。リジルくんの方はまだ僕を警戒していましたが、フェルトちゃんの方はすぐに懐いてくれました。2人の寝顔を眺めながら焚き火の番をしているとき、僕はこの子たちと生き抜こうと決意したのです。
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登場人物紹介

主人公の少年。

他のシリーズでは「蓮野久季(はすのひさき)(21?)」と名乗っていた。

本名は明かされないが、2章以降では”シーブック”と名づけられる。

セシル・ローラン(17)

”恋人ごっこ”に登場し、蓮の辛い過去を暴いて苦しめた女性。

本編では、蓮と出会い、惹かれ、壊れる様子が語られる。

閉じた輪廻が用意した、蓮を苦しめるための女性。

リジル(14)

アルビジョワ共和国で戦火に見舞われ、両親を失った少年。

妹のフェルトを守るために必死で生きている。蓮と出会い保護された。

水のプラヴァシーを継承し、「恋人ごっこ、王様ごっこ」では”耐え難き悲しみの志士(サリエル)”となって戦った。

フェルト(5)

リジルの妹。戦争で両親を亡くし、また栄養失調から発育が遅れている。

リジルと蓮に無邪気に甘える姿が、蓮の中に眠る前世の記憶(前世の娘)を呼び起こす。

この幼女の存在が、リジルを強くし、蓮に優しさを取り戻させる。

クレナ・ティアス(24)

アルビジョワで蓮が出会う、運命の女性。

レジスタンスの参謀として活躍する、聡明な女性。

アルビジョワ解放戦争の終盤、非業の死を遂げ、永遠に消えない蓮の瑕となる。

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