第三項 トレヴィダの夜
文字数 2,119文字
「貴様が、シーブック・エル・ダートか」
「それは貴方たちが勝手に着けた名前だ。僕は蓮だ」
「蓮……か。由来を聞いてもいいかね?」
首に突き立てた注射。プロトタイプのFIG(グラマトン粒子を体内に取り込んで、エリギエール現象を引き起こす薬)が効力を発揮するまでの間、ナバラ少佐は僕との会話を望んでいました。
「さあ……ただなんとなく、浮かんだんだよ。そしてとっても馴染む、お気に入りの名前なんだ」
「そうか……それなら、その名前には意味が、いや、価値があるのだろうな。私が見続けている夢、化け物になってしまうのと同じで」
そこまで喋ったところで、彼は化け物に変質しました。もう人語は話せず、大きなうめき声を上げて暴れだす、体長3メートル近い鬼になりました。彼が夢の中で見続けた自分の姿に……
これって彼の、「正夢とか予知夢」って扱いなのでしょうか?そんなことが頭を過ぎりつつも、僕は引き金を引きました。地獄に巣食う悪魔の王でありながら、天の御心に逆らえない傀儡、マラコーダに向かって……
マラコーダは、僕を無視して空港の外に出ました。まだパニックが収まらない、空港出口で暴れだしたのです。逃げ遅れたマスコミや利用客、警官や国連軍が蹂躙されます。銃で応戦する警官や軍人もいましたが、チタン製の装甲であるかのごとく、少し皮膚がへこむだけでビクともしません。マラコーダは誰彼構わずなぎ倒し、その場で屍肉を貪りました。目の前で喰うことで、人々はより恐れ、パニックになっていきました。だから逃げ遅れて、悪魔の餌食になるのです。
ほんの数分の出来事でしたが、悪魔は十分満足したようです。栄養を補給して、さらには邪魔者を排除したのです。もう僕たちの戦いを邪魔しようという人間は、その場にはいませんでした。
僕の銃撃を、悪魔はただじっと耐えていました。手持ちのオートマチック、それが放つ9ミリパラなど、奴には通用しないのです。弾切れになり、マガジンを交換しようとしたとき、悪魔と目が合いました。まるで「つまらないことはやめろ。お前の本当の力を見せろ」とでも言っているかのように、ただ僕をじっと見つめるのです。
「わかったよ」
僕はそう呟くと、銀色の悪魔を召喚しました。左手の甲から発生させ、自身を覆うように召喚しました。僕自身が、銀色の悪魔となって戦えるように。そして奴と、マラコーダと正面から激突するのです。
銀色の悪魔、カインの召喚に僕はまだ不慣れでした。任務で指示されたときか、自身の心を抑えられなかったときにしか、呼び出さなかったから。どんな副作用があるかもわからない、僕にとっても未知の異能だったから。だから全身を覆うように召喚し続けることは、僕にとって始めての経験で、この後どうなるかわかりません。わかりませんが、僕の心はとても穏やかでした。まるで、本来の自分を取り戻したかのような、開放されたかのような感覚に支配されていました。だって、もうひとりの自分が解放されて、僕の中に並行して存在するみたいになって、次にどう動けばいいのか、何故かわかるのですから。
頭で思い浮かべたスピードで、気持ちを込めた分だけの威力で、好き放題に暴れることが楽しくなっていました。
これに対し、マラコーダは冷静でした。見た目は化け物なのに、暴走するのではなく、僕の放つ一撃一撃を確認するように、その身に受けていました。同様に、僕の防御力や回避能力を試すかのように、丁寧に攻撃を仕掛けてきます。
傍目には、化け物同士のプロレスごっこに見えたかもしれません。でも、激しく強力なエネルギーがぶつかり合う中で、そんな冷めた感じがありました。
そして僕の右腕が、銀色の刃が振り下ろされたとき、マラコーダが吹き飛びました。彼が動きを停止したとき、僕の悪魔化も解除されました。
「どうやらお前も、記憶があるくちのようだな」
人間の姿に戻り、膝をついて立ち上がろうとするナバラ少佐。そんな彼に、僕はそんな言葉を投げかけました。刀の切先を突きつけて、血まみれの彼を見下ろしながら。
「あなたをひと目見たとき、自分の宿命を理解しました。”争い”の封印が解かれ、あなたが降臨されたとき、我が魂のロックが解除されたのです」
ナバラ少佐は、恍惚の表情で僕を見ています。役目を終えた充足感で支配されているようです。
「そうか……覚えていてくれたか」
そんな彼に、僕は何故そう答えていました。”僕の中の誰か”が、僕の身体を通して話しているみたいです。
「思い出したのです。もし、最後の3000年に、カインの魂と異能が、再び出会うことができたなら、”我を試し、我を鍛えよ”と。そして……我を、支えよと……」
僕と対峙して、薬を首に突き立てたとき、彼は体内に充満したグラマトンの影響で、魂に刻まれた前世の記憶を開放したようです。夢で見ていた、かつてマラコーダと呼ばれる始祖であったことを思い出したのです。
「まだ、お前の役割は終わっていない。カインが覚醒するには、まだ足りないのだ」
僕が最後に口にした、彼へのメッセージは、僕自身にもわからないものでした……
「それは貴方たちが勝手に着けた名前だ。僕は蓮だ」
「蓮……か。由来を聞いてもいいかね?」
首に突き立てた注射。プロトタイプのFIG(グラマトン粒子を体内に取り込んで、エリギエール現象を引き起こす薬)が効力を発揮するまでの間、ナバラ少佐は僕との会話を望んでいました。
「さあ……ただなんとなく、浮かんだんだよ。そしてとっても馴染む、お気に入りの名前なんだ」
「そうか……それなら、その名前には意味が、いや、価値があるのだろうな。私が見続けている夢、化け物になってしまうのと同じで」
そこまで喋ったところで、彼は化け物に変質しました。もう人語は話せず、大きなうめき声を上げて暴れだす、体長3メートル近い鬼になりました。彼が夢の中で見続けた自分の姿に……
これって彼の、「正夢とか予知夢」って扱いなのでしょうか?そんなことが頭を過ぎりつつも、僕は引き金を引きました。地獄に巣食う悪魔の王でありながら、天の御心に逆らえない傀儡、マラコーダに向かって……
マラコーダは、僕を無視して空港の外に出ました。まだパニックが収まらない、空港出口で暴れだしたのです。逃げ遅れたマスコミや利用客、警官や国連軍が蹂躙されます。銃で応戦する警官や軍人もいましたが、チタン製の装甲であるかのごとく、少し皮膚がへこむだけでビクともしません。マラコーダは誰彼構わずなぎ倒し、その場で屍肉を貪りました。目の前で喰うことで、人々はより恐れ、パニックになっていきました。だから逃げ遅れて、悪魔の餌食になるのです。
ほんの数分の出来事でしたが、悪魔は十分満足したようです。栄養を補給して、さらには邪魔者を排除したのです。もう僕たちの戦いを邪魔しようという人間は、その場にはいませんでした。
僕の銃撃を、悪魔はただじっと耐えていました。手持ちのオートマチック、それが放つ9ミリパラなど、奴には通用しないのです。弾切れになり、マガジンを交換しようとしたとき、悪魔と目が合いました。まるで「つまらないことはやめろ。お前の本当の力を見せろ」とでも言っているかのように、ただ僕をじっと見つめるのです。
「わかったよ」
僕はそう呟くと、銀色の悪魔を召喚しました。左手の甲から発生させ、自身を覆うように召喚しました。僕自身が、銀色の悪魔となって戦えるように。そして奴と、マラコーダと正面から激突するのです。
銀色の悪魔、カインの召喚に僕はまだ不慣れでした。任務で指示されたときか、自身の心を抑えられなかったときにしか、呼び出さなかったから。どんな副作用があるかもわからない、僕にとっても未知の異能だったから。だから全身を覆うように召喚し続けることは、僕にとって始めての経験で、この後どうなるかわかりません。わかりませんが、僕の心はとても穏やかでした。まるで、本来の自分を取り戻したかのような、開放されたかのような感覚に支配されていました。だって、もうひとりの自分が解放されて、僕の中に並行して存在するみたいになって、次にどう動けばいいのか、何故かわかるのですから。
頭で思い浮かべたスピードで、気持ちを込めた分だけの威力で、好き放題に暴れることが楽しくなっていました。
これに対し、マラコーダは冷静でした。見た目は化け物なのに、暴走するのではなく、僕の放つ一撃一撃を確認するように、その身に受けていました。同様に、僕の防御力や回避能力を試すかのように、丁寧に攻撃を仕掛けてきます。
傍目には、化け物同士のプロレスごっこに見えたかもしれません。でも、激しく強力なエネルギーがぶつかり合う中で、そんな冷めた感じがありました。
そして僕の右腕が、銀色の刃が振り下ろされたとき、マラコーダが吹き飛びました。彼が動きを停止したとき、僕の悪魔化も解除されました。
「どうやらお前も、記憶があるくちのようだな」
人間の姿に戻り、膝をついて立ち上がろうとするナバラ少佐。そんな彼に、僕はそんな言葉を投げかけました。刀の切先を突きつけて、血まみれの彼を見下ろしながら。
「あなたをひと目見たとき、自分の宿命を理解しました。”争い”の封印が解かれ、あなたが降臨されたとき、我が魂のロックが解除されたのです」
ナバラ少佐は、恍惚の表情で僕を見ています。役目を終えた充足感で支配されているようです。
「そうか……覚えていてくれたか」
そんな彼に、僕は何故そう答えていました。”僕の中の誰か”が、僕の身体を通して話しているみたいです。
「思い出したのです。もし、最後の3000年に、カインの魂と異能が、再び出会うことができたなら、”我を試し、我を鍛えよ”と。そして……我を、支えよと……」
僕と対峙して、薬を首に突き立てたとき、彼は体内に充満したグラマトンの影響で、魂に刻まれた前世の記憶を開放したようです。夢で見ていた、かつてマラコーダと呼ばれる始祖であったことを思い出したのです。
「まだ、お前の役割は終わっていない。カインが覚醒するには、まだ足りないのだ」
僕が最後に口にした、彼へのメッセージは、僕自身にもわからないものでした……