神社合祀と伝承の断絶

文字数 5,716文字

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今日は第一章の『僕の怪談の始まり』の3話でチラッと出た『神社の合祀とか廃祀とか』のあれこれです。

ニワカですので、あんまり深くは突っ込まない方針で客観的にいきたいと思ってます。

神社って新しくできたりなくなったりするもんなのか? あんま聞いたことないけど。廃墟神社なら何回かいったことあるけどな。
神社合祀ってのはどちらかというと制度なのかな。明治39年に発布された「神社寺院仏堂合併跡地ノ譲与ニ関スル件」っていう勅令を基にして行われた神社を減らす政策。この勅令自体はものすごく短くて、国立公文書館デジタルアーカイブで見れる。最終的には、1つの町村には1つの神社にしなさい、と解釈された。なお、勅令からは直にはそうは読めないが。
ええ? 京都とかどうするのさ。
京都は1割くらいしか減ってないらしい。実施については都道県知事に裁量が大きかったようだ。京都は他より寺社仏閣の力が強かったんじゃないかな。そういえば朝廷にも明治2年まで陰陽寮があった。

一方、三重とか和歌山は合祀が多かった。三重は9割くらいなくなったそうだ。

南方熊楠という人の「神社合祀に関する意見」ではこんな風にかかれている(青空文庫で読めます)。

【去年12月19日と今年1月20日の『読売新聞』によれば、在来の19万400社の内より、すでに府県社5、郷社15、村社5652、無格社51566、計57238社を合併しおわり、目下合併準備中のもの、府県社1、郷社12、村社3500、無格社18900、計22413社あり。残れる11万ばかりの神社もなお減ずべき見込み多】い。

ええっ1/3以上なくなったのか? んん? 南方熊楠って聞いたことあるけど神社関係の人だったっけ。
南方熊楠はどっちかっていうと植物学とか粘菌学のほうが有名だけど、民俗学とか含めてあらゆる事象に興味赴く人だったっぽい。

和歌山にある南方熊楠記念館にいったことあるけど、そこは鉱石とか粘菌とかの博物学的なものがメインだったような記憶があるな。小高い山の上にあって景色が結構よかった。

多分魅力的な人物だと思うんだが、変り者でもあったようだ。酔っぱらって人の家に押し入って逮捕されて刑務所で粘菌みつけて発表するとかしてる。

飲んでも飲まれるな……。それにしてもどうしてそんなに神社を減らしたの?

明治政府は国家神道をとってたからね。名目的にはいっぱいあるよりまとめて豪華にして威厳を保ちましょうみたいな(意訳)のと、後でも少し書くけど、仏教が管理してた檀家を神社にうつしてまとめようとしてたっぽい。

ただ、なんとなくだが近代化の流れのようにも感じる。文明開化の流れで、宗教も合理化したかったんじゃないか。神道は民間伝承色も強くて怪しげなのも多かったからな。

あわせて鎮守の森や御神木とかもずいぶん伐採しててて、南方熊楠はこの点も反対している。

ところで近世というレベルで広く見ると、この頃廃されたのは神社だけじゃないんだ。

ところで、仏教と神道の違いって知ってる?

ええ? 全然違うだろ? 仏教はインドから来たやつでお釈迦様とかそういうの。神道は日本の神様で天照大御神(あまてらすおおみかみ)とか武甕槌命(たけみかづちのみこと)とか。
今はそうだよね。でも近代までそれはメインストリームではなかった。

神仏習合って知ってるかな。奈良時代に入ってきた仏教だけど、その後、護国のために広く仏教寺院が建てられるようになった。聖徳太子のころからかな。

そういえば聖徳太子は聖人君主なイメージだが、この人すごいアグレッシブな人で、若い頃は戦争ばっかしてる。蘇我氏と物部氏が仏教布教をめぐって争ったと学校で習うが、多分実態としては信心の話じゃ全然なくて、軍事とか外交とかの方面の争いな気がするな。

その頃から神社と仏閣はどんどん混ざってく。

それ以降、まったりまじりあって平安時代には神社でお経を唱えるとかかなりゆるふわな感じだった。神宮寺とか別当寺とか聞いたことあるかな。神社の中にお寺を建てたりしていた。

今でも結構残っていて、日光東照宮の中にはお寺があるし、奈良の宝生寺には鳥居がある。少なくとも国学が起こる江戸中期くらいまではこれが普通。

その場合は何にお祈りしてるんだ?

同じものに祈ってるって考える。「神様仏様」っていうでしょ?

この辺がさっきの『仏教と神道は何が違うの』っていうとこにもどる。

神様って違う宗教でも同時並行で存在することはわりとよくある。他の神を下に置くんだ。これはアジアだけじゃなくてキリスト教でもそうだけど、征服して行った地の神様を悪魔に落として恐れさせるのはよくあること。

オリエントの慈雨の神のバアルセブルが蝿の王ベルゼブブになったり。

イスラム教も似てるところがあって、アダム、ノア、エイブラハム、モーゼ、イエスの5人の予言を完成させたのが最後の預言者ムハンマドのコーラン、という定義で優位性を主張している。

日本でカオスなのは、「本地垂迹(ほんじすいじゃく)」って考えをしたこと。これは、『もともとは仏教の神様なんだけど、仮の姿で現れたのが日本の神様』、って考える。魔法少女みたいなものかな?

反本地垂迹説っていう魔法少女のほうがかっこいい(誤)という考え方もあるけど、もとの仏教を否定したりはしないんだよな。

そうすると大日如来が『チェンジ!神道!ビートアップ!』とかして天照大御神になるわけだよ。

対応を見てると色々面白くて、千手観音が火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)になってたりする。どういう共通点なんだろ。

そろそろどっかから怒られそうだ……。
ともあれ日本ではあまり神道だの仏教だの信仰的にも理屈的にもあまり区別されずに、地域の守り手とか道徳教育の担い手的なものとしてゆるふわく信仰されていた(禅寺とか修験者とか除く民間信仰として)。地域色も濃い。

正直、昔の神道は地域の氏神を中心としていたし、自由度が高すぎる。調べたら面白そうなんだけどきりがなさそう。

とりあえずそんな神仏習合は、戦国時代になって儒教を交えて天道思想に至る。簡単にいうと、すべての宗教は一つにつながり、人の行いは天道様が見ていて最終的には自分に返ってくる、ってもの。まぁ、昔でいうところの「お天道(てんとう)様がみている」ってやつ。

天命、とかなんとなく厨二っぽい言葉が流行る。

ちなみに最初はキリスト教もお天道に入ってたんだが、日本人を奴隷にして海外に売ってたのがバレたから排斥された。自業自得だと思う。

この時の統治者が豊臣秀吉ってのも大きかったんだろうな。この当時は日本でも人身売買自体は普通にあったし、ポルトガルにおける奴隷制度も日本の人身売買とさほど変わらなかったようだ。でも労働力確保の観点から豊臣秀吉は人身売買禁止を何本も出していて、ポルトガル本国とも掛け合って最終的には本国でも日本人奴隷が禁止になった。この辺の書簡とかやりとりを見てると、キリスト教の奴隷感が興味深い。

そんなゆるふわな宗教観が終わるのは江戸時代末期。

まあ実は江戸時代にはちょっと雰囲気はかわってて、まじりあいながらもだんだん仏教が強くなっていった。これは教えとか信仰とかじゃなくて生臭い権力的な話。徳川幕府が民衆の管理のために寺請制度をとった。お寺が寺請証文っていってキリシタンじゃないっていう証明をする。これがのちには戸籍みたいになって、転居とかにも証文が必要になる。檀家にならないと葬式もできない。これによって仏教僧侶の権力が強くなったんだ。

そこで神仏分離と廃仏毀釈の流れ。

神仏分離ってことは神道と仏教を分けたってこと?
そうそう。明治政府は武力による革命政権だから、権威が必要だったんだと思う。王権神授説的な。そこで『国家神道』という概念を作る。国家神道に権威を持たせるためには、神道と仏教が混じったなんだかよくわからん状況なのはまずい。仏教の力も弱めたい。そんなこんなで明治1年前後に、全部合わせると「神仏分離令」と呼ばれる布告類を出した。
具体的には、神社にいるお坊さんを還俗させたり神社に仏像を安置するのを禁止した。そっから本居宣長とか平田篤胤とかあたりの系譜の国学者が神官と一緒に民衆を煽って「廃仏毀釈」がおこる。

ナナオさんは「ええじゃないか」っていうのを聞いたことがあるかな。

歴史で習ったやつなら、なだかよくわからないけど「ええじゃないか、ええじゃないか」っていって町を踊りまわるやつだったよな。
そうそれ。「天から御札が降ってくる、慶事の前触れだ」っていう噂で踊り狂う。なんか狂気。ちなみにこれ、慶応3年の夏から秋の事なんだ。慶応4年が明治元年で、神仏分離とほぼ時期が被る。多分、「ええじゃないか」のノリで仏寺に襲い掛かったんだと思う。

なんとなく平田派の仕込み感があるけど、とりあえず妄想ということで。

廃仏毀釈は神仏分離を拡大解釈して民衆が行ったっていわれている。寺には火を放たれて暴徒が押し寄せ、仏像に矢を射かけて地蔵を打ち壊す。仏像・仏具・仏塔・仏跡なんでもかんでも壊され持ち去られ、何が何だかわからなくなった。上知令によるものだが京都の清水寺も、往時の1/10サイズになったようだ。

そのどさくさに紛れてか、神社のご神体が入れ替わり、お祀りする神様も変わった。つまり、今の神社は明治以前と違うものを祀ってるってことは普通に多い。

その被害は文化的には文革レベルだと思う。貴重な経典や資料はかなり失われただろう。

この流れで、日本の仏寺は半分まで減った。

なんでそんなにバイオレンスなのさ。
さっきの寺請制度でお寺の腐敗がひどくて民衆の不満がたまってたっていうのが通説だけど、長年の話だろうしそんな急に爆発するか?とは思う。むしろなんとなく時代的な狂気を感じる。やっぱり革命前夜・後ってテンションがおかしいんじゃないかと思う。

神官と平田派がタッグを組んで煽りに煽ったっていう話だし。この平田派というのは江戸中期に起こった国学という日本の根っこを見直そうという学派。有名なのは本居宣長・平田篤胤で、古い神道を復活させようとしていた。ちなみに古神道という名前でも呼ばれますが、幕末にできた新興宗教です。

そんなわけで神仏分離・廃仏毀釈・神社合祀とコンポが続いて日本の宗教界は虫の息です。こんな状態で廃祀されて、その後復祀(復活)されても、伝承が続かなくても道理だよな。

そんなわけで作中の新谷坂神社も神社合祀で廃された後、復活はしたけどいわれは失われています。今は神津市の神職が片手間管理しています。

作中でナナオさんがいってたもっと昔のトンネル工事って神社合祀の際の自然破壊なのかも。

それで結局国家神道はどうなったの?

【以下は政治的な話を含むのでつまらないかも】

国家神道が何か、ってのは実は難しい。国家神道という言葉自体は大戦後にGHQが使用したのが初出だ。

ざっくりいうと明治にできた新興宗教。天皇陛下御一家を現人神として、わかりやすく王権神授説に則っている。なお、日本には人を神とする考えは昔からあるんだ。菅原道真は天神様だし徳川家康は東照大権現で、それぞれ太宰府天満宮と日光東照宮に祀られている。

そして、国家神道は宗教ではない。明治時代の「大日本帝国憲法」にも「信教の自由」はある。

宗教の自由は何を信じてもいいってことだろ? あれ? そうすると国家神道ってなんなんだ? 天皇は神様なんだろ?
もともと、明治政府は王政復古(まつりごとを古い時代に戻す)と祭祀一致(宗教と政治を一致させる)を目指していて、天皇を中心とした国家神道を国教にしようとしていたんだ。

当時は強大な欧米列強に対抗する必要があって、国を一致団結して引っ張っていく、という目的には必要だったのかもしれない。この辺は「擬洋風建築」のあたりでもちょっと書いたかも。

で、平田派が強プッシュして神仏分離をやったんだけど、平田派は理論派であって実践派じゃなかった。古典復興しか言わない平田派じゃ新しい時代でうまくいかない。

すぐあとの明治4年に、神祇官っていう祭祀をつかさどる役職ができるころには平田派の重鎮は国事罪(内乱罪のようなもの)で捕まってた。そんで神祇官は国家神道を広げる役職なのに、内ゲバ的に宗教論争・権力闘争をして結局倒れる。そんでやっぱ神祇官は廃止して、仏教主導で明治5年に教部省ができる。これも結局キリスト教の外圧に倒れてなくなって(それだけではないけども)、最終的には大日本帝国憲法に「信教の自由」が入る。

なお、教部省が教えを広めるために作った大教院っていうのが増上寺に作られたんだが、放火されて本堂が全焼した。増上寺は東京タワーの真下にあって、結構きれいなお寺です。

すげぇグダグダだな。
このころにはもう国家神道の内実はグダグダだ。憲法にも信教の自由を入れてしまった。けれども目的の、国民が一致団結して国は守らねばならないっていう条件は変わらない。そこでコペルニクス的転回の登場だ。

国家神道は「国家の宗祀」であるとした。「宗祀」をweblioで調べると、「最も大切なものとしてまつること。」と出る。ようするに、国で一番大切なことだから、他の宗教とは違うよっていう。神道ってもともと民間信仰で、固定の教義とかも特にないから宗教じゃないっていう理屈もつけて。

で、神(現人神)を敬うことを国民の義務として、明治憲法発布の翌年に教育勅語を道徳の基本として発布する。

実際「国家神道」が何かって、Temppもよくわからない。宗教というよりは組織を作るための制度っぽい気がするな。

昔の人は頭がいいのか悪いのかよくわからないね。

新しいものがどんどん入ってきて大変だったのかな。

もう5000字をこえておるぞ。
そんなわけで、今回もまとまらなかったですが、またお会いしましょう。

歴史の話って面白くかけないなぁ。本当は神社神道と教派神道とか、日本書紀って何かとかも書いてみたかったんだけど。

次の備忘は6話目に入ります。次はもう少し物理的な備忘です。

こりずにまた読んでいただけると嬉しいです。

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登場人物紹介

東矢一人。新谷坂高校の寮に住む。

1年の春、新谷坂山の怪異の封印を解いてしまい、再封印のために散らばった怪異を追う。

作中ではイラストよりもう少し存在感薄いイメージ。

ナナオさん。本名は末井奈也尾。

作中では髪はアップにしている。

にぎやかしと友情担当。

ギャルっぽいなりだが人情に熱く、困った人を放っておけない。

黒猫のニヤ。

新谷坂山の怪異を封印していた。

雨谷さん。雨谷かざり。

「雨谷かざりは同じ日をくり返す。」だけ登場予定。

藤友晴希

坂崎安離

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