「べとべとさん」と足にまつわる妖怪
文字数 3,336文字
今日のテーマは、「第四章 未来の日記と僕の日常」の3話にからめて『べとべとさんと妖怪の効用』についてです。でもそもそも本編にでてくるのはべとべとさんではないんだよな、ここまではまるで妖怪の話のように書いているが、この章は、こっから誰も予測しないような斜め上に進んでいきます。まあいいか。Temppに予定調和を期待してもしかたがないのである。
ところでべとべとさんって聞いたことある?
全然関係ないけど、鳥取は全域で水木しげる先生推しをやっていて、米子空港駅の愛称がべとべとさん駅なんだ。水木しげるは小さい頃境港でべとべとさんに遭遇したらしいからそのせいなのかな。
あと、水木しげるは『ぬりかべ』と『ひだる神』にも遭遇したそうだ。
柳田國男の妖怪談義にもべとべとさんの記載はあるけど、足音だけで姿の描写はないな。
古い家を通ると突然「うわん」っていう音をさせるうわんとか、木を切った音をさせるフルソマ、川で小豆を研ぐ小豆洗いとかだな。小豆洗いは呟くこともあるし人を襲うこともあるから別かもしれないが、他はみんな音だけだ。
そもそも妖怪って意外と未来を予言するものが多い。というとやっぱり今の流行りはアマビエ様なのだろうけど、Temppはひねくれものだからアマビエじゃなくて件(くだん)の話をしようか。
なお、アマビエは絵を配布したらどうなる(良くなるとか)は一切言ってないのが愉快犯的で、かなり好きなんだけど。なお、下記がTemppが前にネットの海に流したアマビエチャレンジです。
えっと、よくない?
そう、「件」。読んで字のごとく、牛の体に人がついている。件の特徴的なところは的中率が100%なことだ。アマビエ様やアマビコ様の的中率はよくわからないが、件は必ずあたると言われている。だから、江戸後期の証文には件にあやかって「如件」とつけると言われた。件のように100%真実であるという宣言。
ただまあ「如件」という言葉は昔からあって、上記のような意味付けがされるのは件の目撃例が出始めた江戸末期からだ。そのまえは例えば上の立場から下の立場の人に書く手紙にはしばしば見られた。
御教書(みぎょうしょ)では「仍執達如件」っていう定型文が使われていたし、下知状でも「下知如件」というのが定型文。御教書っていうのは平安から室町時代あたりに作成された文書で、三位以上の公家や将軍が家人に命じて出した命令や業務文書で、その「うちの主人がこのように言っています」という〆言葉だ。下知状は御教書のワンランク下。昔からある「草々」とか「敬具」的な言葉に妖怪的な意味を持たせるのは興味深いな。
最初に「くだん」として出たのは1836年の瓦版で、ネットで探すと瓦版自体の写しは結構出てくる。「大豊作をしらす件と云獣なり」っていう見出し。最初は豊作を予言したんだよ。ちょうど天保の大飢饉真っ最中だったからな。件の顔はなんとなく歌舞伎役者っぽい。
件の噂自体は第二次大戦終結頃まで結構大々的に発生していて、最近でもコロナ直前に見たという噂もネットでたってたな。
古いものと聞いて一番ぽっと思い浮かぶのは中国のハクタクかな。医者として名高い黄帝(神話だけどBC2500-2400ごろ?)が巡業中にハクタクに出会って医学知識を授けられたという。ちなみにユンケル黄帝液の黄帝はこの人な。
初出は山海経(BC4-AC3に成立といわれている)という古い地理書ともいわれているんだが、山海経には直接の記載はない。そもそもの原典は残っていないので、昔はあったのかもしれないな。ただ帝禹(夏王朝を始めた人、別章の道教の備忘にも少し登場?)が各地を巡ったという記載の中で推察する文言はあるようだ。
姿と言えば、ハクタクが記載されて原点が残っているのはAC1600ごろの三才図絵という百科事典だ。これの106巻の143頁に白澤図があって、国立国会図書館のデジタルアーカイブにある。日本でも1700年ごろにこれにインスパイアされた「和漢三才図会」ってのが作られていて、その1066頁にハクタクが描かれている。これは国文学研究資料館のデジタルアーカイブで見れる。なんとなく、このころの絵によくある。獅子をみたことのない獅子感であふれてるな。
でも一番萌えるのが鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」のハクタク。めっちゃかわいい。基本は獅子の体に人間の頭で牛の角とヤギのひげで額に1つ、胴体側面に3つ×2の目を持つ。腹の目がシュールすぎる。これ、デジタルアーカイブにならないかな、百鬼夜行拾遺はなってるのに。国会図書館さんがんばって!なお、この白澤はwikiでみれます。
妖怪の話っていうのは実はあまり広がらないんだ。もっと前半で防災系の話をかいてもよかったんだけど、それって妖怪のロマンを消しちゃうじゃない?
ロマンを消しちゃうというと柳田国男な。民俗学ってのは分類をしていく学問。だから、民俗学の視点で怪異を分類していってしまうと、結局ロマンが失われる気がする。文明の明かりというのは妖怪という夕闇に潜んで蠢くものとは相性が悪いと思う。でも、江戸後期以降の妖怪がいまだに現代にとどまっているのは、民俗学の功績であることもまた間違いない。
江戸後期以外だとかなり昔にさかのぼらないと面白い記録がのこっていないのも確か。
小泉八雲は集めただけでロマンスなんだけど。もともと妖怪って民間信仰的なものではあるし本質として残すのは難しいものなのかもしれないな。
まぁ、愚痴っても仕方がないので次回予告です。
次回は影絵の話をしようかなと。
えっとちなみに本編はまったく関係なく、表紙に書いてる影絵についてエブリスタのほうで色々話題がでたので、そっちに一本書いてみます。4章は最終章の備忘以外は本編に関係ない件について。
まあいっか。
引き続きお読みいただけると嬉しいです♪