ミイラ、屍蝋、即身仏の違い(1)

文字数 4,410文字

お読みいただき、ありがとうございます。

今回は第一章の「僕の怪談の始まり」の8話に、お察しの通り「ミイラ、屍蝋、即身仏」のどれかが作中に出てくるので、最終話にあわせて物理的な違いとか宗教観とか書いてみたいと思います。この時点でネタバレ激しいな……。

長くなったので今回は(1)で、主に物理現象とエジプト神話の前半です。

うっわ、タイトルからグロいじゃん。
えっと、今回は現象面と概念を説明する回で、情景描写をしたいわけじゃないので、グロは含まない予定です。単語だけでアウトな人はダメかもだけど。

ちなみにいまTemppは晩ご飯食べながら書いてるんだけど、食事時には向かないと思います。

お行儀悪いよ。
むむ。

(翌朝、喫茶店でモーニングたべながら。トーストうま。あれ?)

ところで上記の3種類は「ミイラ、即身仏」と「屍蝋」に分類される。何が違うかわかるかな?

私が知ってる奴と、知らない奴!
それって分類っていうのか?

法医学で「永久死体」という概念がある。これは死体自身というよりは死体の現象を指す言葉だけど、特殊な状況下で死体の腐敗が止まり長期に現況をとどめる現象だ。特殊死体現象とも呼ばれる。

それで、「ミイラ、即身仏」と「屍蝋」は何故そんな現象が起きたかという原因が異なる。

なお、上記2分類の他に、「第三永久死体」と「浸軟」がある。

浸軟は晩期死体現象という、死後時間が経ってから起こる現象に分類されるときもある。

腐敗は細菌がいないと発生しない。子宮内は無菌状態で、胎児が死亡し、自家融解等で柔らかくなった状態が浸軟だ。

正直この状態で留め置かれるわけがないし、「長期的」という要件を満たすのかよくわからないな。法医学は詳しくない。

ぅぇ。やっぱグロいじゃん。
そんなこと言ってると医学書なんて読めないぞ。

なお、argosy publishingというところが出してる「ヒューマンアナトミーアトラス」というアプリがある。3Dの人体模型データで血管だけとか神経だけみたいな表示もできるし3Dだからぐるぐる回せるしと優れもののアプリで、ちょくちょく120円セールをしている。人体に興味があるなら超お勧めできる。難点は1.5Gくらいあることだが……。

第三永久死体は、その他の永久死体だ。水銀中毒で死ぬと死体が腐りにくい。ヒ素とかホルマリンとか強力に菌を殺す方法で腐敗を止めた状態もここに入るのかな? エンバーミングとかプラスティネーションもここに入るのかも、詳しい人に聞いてみたい。
エンバーミングは聞いたことあるぞ。死体を綺麗にするやつだな。
そうそう、死後に体内の血液、体液、未消化物等を防腐剤に置き換える。プラスティネーションは死体の水分と脂肪分を合成樹脂に置き換える。あれ? ひょっとして「死体の状態」じゃないのかこれ。よくわからない。

以前に「人体の不思議展」でプラスティネーションの遺体が展示されていたけど、筋肉のつき方を学ぶには勉強になった。なんでか展示されてるのは筋肉ばかりだったが。

また盛大に話がずれておるぞ。
そうそう、ミイラと屍蝋の違い。どうやって腐敗を止めたか、に違いがある。

ミイラは乾燥だ。高温で乾燥して風通しが良いところで水分を50%以下にすると腐敗は止まる。……干し肉の作り方に似てるな。

屍蝋は逆だ。酸性度やアルカリ性度が高かったり通気性が悪かったりで、菌がいない水中とか泥の中に埋まってる。腐敗の原因となる細菌を遮断するんだ。そうしてるうちに、細菌が分解するはずの脂肪が周囲の水分で加水分解されて脂肪酸になって体表面がチーズ様になる。そのうち筋肉も脂肪酸塩となった結果、いわゆる鹸化、蝋やワックスのようなものに変質して腐らなくなる。脂肪の変質によるから、ふくよかな人のほうが死蝋になりやすい。

ミイラとか即身仏との違いとしては、これらの多くが人為的になされるのに対して、屍蝋は自然発生することが多いのが特徴でもあるかな。

そんなもんが勝手にできてたまるかよ。
ないこともないぞ。福沢諭吉もお墓移すとき掘り出したら屍蝋化してたというのはわりと有名だし。

特にヨーロッパは泥炭地が多くて結構見つかってるんだ。デンマークとかアイルランドとか、少し寒い沼地で植物が分解しきらないまま堆積して泥炭層ができる。泥炭は石炭の一種で近年でも燃料に使われている。ウィスキーのビート香のビートは泥炭のことだ。麦芽を止めるための乾燥に泥炭を使ってる。

そういうところに埋まってるのは「泥炭遺体」とも呼ばれるな。

ただ屍蝋は自然発生だから完全なものばかりじゃないし状況に左右される。泥炭とか自然環境下では、酸性度が高いと骨が溶けるしアルカリ度が高いとタンパク質や脂肪が溶けて骨しか残らなくなる。だからそもそも完全に残ってるのは案外少ないのと、あと浅いところに埋まってたりすると劣化してるし、空気に触れると崩壊しやすい。泥炭地は酸性度が高いことが多いから骨がもろいというしな。

だからきれいで完全なものは逆に密閉された湿った墓とかのほうが確立は高いような気がする。

そもそもなんで湿地に埋まってるんだよ。
理由はいろいろじゃないかなぁ。生贄っぽい形跡があったのもあるし、殺されたっぽいのもあるらしい。一番最近のは第二次世界大戦のときのロシア兵士の泥炭遺体が発見されてる、古いものでは紀元前2000年ごろ。

多分一番有名なのはトーロンマンっていう紀元前4世紀の泥炭遺体だが、地元民がストーブ用にピートを切り出したときに埋まっているのを見つけて、最近の殺人事件だと思って警察に通報したらしい。今も博物館に展示されているが、指紋もはっきりしていて無精ひげまで残っていて、胃からはおかゆが検出されたとか。なんでおかゆ残ってたんだろ?

死蝋ってそんなにきれいに残ってるものなんだね。ミイラとか即身仏は乾燥してしわしわになっているイメージだけど。
エジプトのミイラは乾燥させるからね。その過程で水分が抜けるからな。ただアンデスミイラ等の高地の乾燥を利用して作られたものは瑞々しい場合がある。ユーヤイヤコ山というところで見つかった500年前の女の子のミイラは、凍死してそのままの姿で保管されていて、血液がまだ残っていたらしい。googleで調べたらすぐに写真が出てくるから注意。きもち、ふっくらしてた。

氷河とか高山とかなら寒いところでも乾燥してミイラになることがある。ちなみにヒマラヤとか高地の有名な登山ルートはミイラだらけと聞いたことがあるな。遺体を持ち帰るのは困難だから。

とりあえずエジプトのミイラに戻る。なぜミイラにしていたかっていうのは知ってるかな。
死んでしばらくたったら復活するためって聞いたことがあるぞ。あんなにしわしわになってて大丈夫かって思ったが。
それは正しくもあり、間違ってもいて。エジプト人は死後にイアルの野っていう死がない永遠の楽園に至ると考えていた。でもそのためには、ミイラを作る必要があると考えられていた。何故ならイアルの野はものすごく遠くてたどり着くのが大変だったから。
昔のエジプトの死後の世界の考え方って、日本と共通するところもあるけど特殊なところもある。

エジプト人は人を構成する要素が「バー」「カー」「イブ」「レン」「シュト」という5つにわかれると考えていた。

「バー」っていうのは幽霊に近いかもしれない。個性とか人格とか独自性とか精神っぽいもの。「カー」っていうのは説明が難しいが、もっと本能的な魂、なんだろうか。生命力とか司る。死んでも活動にはエネルギーを得る必要がある。これを司るもの。「イブ」は心臓。死者の審判で必要になる。「レン」は名前で「シュト」は影。

wikiとかではこの5つを霊魂の要素って解説してるけど、なんか違和感があるんだよな。

心臓って霊魂なの?

そこなんだよね、エジプト人の死生観自体がちょっと独特なんだと思う。キリスト教とかでも死後の世界ってのは現世と明確にわかれてる。けど、エジプトでは現世の死と来世の生はつながっていて、イアルの野では現世と同じような生活を続ける。副葬品に死後の世界で使う家具とか化粧道具とか楽器とかを入れておく(ただ、初期はイアルの野に至れるのは王だけで、貴族は地上で暮らすみたいな考え方だったから、時代によるのかも)。

日本ではもっと精神寄りで、この間の神道でも一霊四魂っていって人の魂を和魂とか荒魂とかに分けるけど、精神の働きによる分類だから、結構違うなって思う。エジプトの魂感は思っている以上に物理寄りなんじゃないかな。

まずちょっといいわけなんだけど、エジプト文明ってすごく歴史が長い。その中で最初の方途最後のほうでは宗教観にも結構違いがあるんだ。王朝も変わるしな。最初は砂漠で野ざらしにしてミイラを作ってた時代もあるし。

この説明はあくまでも、死者の書という「冥界ヒッチハイクガイド」ができたと言われる紀元前2000~1000年前後を想定している。なお、このガイドブックもVerによって中身が変わる。

それで、死後の上記要素の動きなんだが、まず「バー」は死んだらイアルの野を目指して旅に出る。でも夜になったら体に帰ってくる。死んでもご飯を食べたり寝ないとしないといけない。「カー」はお供え物を受け取って、食べて栄養補給をする。で、死後もご飯がおいしく食べられるように体を補完しないといけない。そのために儀式を行ってミイラを作った。

えっ飯食うのか。

昔読んだ本で今手元にないから自信がないのだけど、食べ物の「カー」か「バー」を食べてるっていう考え方をすると書いてあった記憶があるな。

ちなみにミイラが作られる際に腐敗の防止のために内臓は抜かれるが、オシリスの審判で心臓を使うから、心臓、つまり「イブ」だけはミイラの中に残された。他の臓器はカノープスの壺っていうのに保存される。FFとかで出てくるやつ。ホルスっていう鷹の頭を持つ神様の4人の息子が肝臓とか胃とか、それぞれの臓器を担当している。

ミイラの口を開ける儀式っていうのがミイラづくりにおいて最重要なんだけど、内臓はどう考えられていたんだろうか。

そういう点でミイラっていうのはイアルの野に至るために必要な宗教儀式なんだ。だからエジプトのミイラ技術はかなり体系化されている。お葬式と一緒で全然ホラーはない。後期のほうにはお値段によって施術が変わるという商業色が強かったらしいな。他にも貢物が多いと苦難をショートカットできるとか、葬式商法感がある。

そもそも何千年もミイラを守るなんて無理なんだと思う。


地獄の沙汰も金次第?
ちょっと長くなってきたので、2部構成にします。後半はエジプト神話の残りと即身仏の歴史かな。

第一章の『僕の怪談の始まり』は全9部です。その後幕間を2話いれるので、その幕間の間に続きを公開したいと思っています。

引き続きお読みいただければ、とてもうれしいです。

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登場人物紹介

東矢一人。新谷坂高校の寮に住む。

1年の春、新谷坂山の怪異の封印を解いてしまい、再封印のために散らばった怪異を追う。

作中ではイラストよりもう少し存在感薄いイメージ。

ナナオさん。本名は末井奈也尾。

作中では髪はアップにしている。

にぎやかしと友情担当。

ギャルっぽいなりだが人情に熱く、困った人を放っておけない。

黒猫のニヤ。

新谷坂山の怪異を封印していた。

雨谷さん。雨谷かざり。

「雨谷かざりは同じ日をくり返す。」だけ登場予定。

藤友晴希

坂崎安離

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