第65話 青森 ねぶたを知る

文字数 3,190文字

 朝から喫茶店で珈琲(コーヒー)を飲んでいる。泊まったホテルの朝食会場が喫茶店だからだ。



 プレートにはサラダとスクランブルエッグ、ベーコンが乗っている。クロワッサンかトーストを選択せよということで、クロワッサンにした。
 朝食はこれくらいでいい。バイキングだと食べ過ぎるから。そして珈琲を飲むとしばらく文体がハードボイルドっぽくなる。倒置法(とうちほう)が多くなる。なぜだろうか。

 まったりした朝食を済ませてチェックアウトし、盛岡駅へ10分ほど歩く。8時台後半だから通学客はいないし、通勤客もそれほどいない。
 新青森までの新幹線のチケットを買ったところで気付く。もしかして、新幹線の駅名の「新」って、新幹線の新なのか?

 そんなどうでもいいことを考えながら新幹線に乗り込むと、やっぱり混んでいる。(みんな)、どこへ向かうんだろうか。やっぱり終着駅の新函館かな。

 ところで、青森のホテルを予約しようとして驚いたことがある。
 めっちゃ高い。平日なのにほとんどがハイクラスの料金だ。強気すぎだろ。これ金曜日と土曜日はどうなっちまうんだ。
 だから、青森には行くけど別の場所に退避して宿泊することにした。夕食付きでほぼ同じ料金。温泉もあるらしい。

 なので新青森に着いたらちゃちゃっと青森に行って、(まわ)りたい所をまわって、そちらへ向かうことになる。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 青森駅を出て少し北に行くと、八甲(はっこう)田丸(だまる)という退役した大きな青函(せいかん)連絡船が海上に展示されていて、有料で船の中を見学できた。



 青函ワールドと名付けられた等身大ジオラマがたくさんあった。昭和30年代の青森の市場や駅舎、船の待合室などが再現されている。写真に撮ると大きさが不鮮明になるけど、肉眼で観ている時の迫力はすごい。津軽弁での会話も再生されていて面白かった。そしてその頃から青森はリンゴの国だったようだ。



 過去に運行されていた船舶のモデルの展示や、蒸気機関車のモデルの展示もあった。僕はそれほど興味はないけれど、明治時代の蒸気機関車の写真があったので資料としてスマホでパシャリと撮った。



 一番楽しかったのは、操舵(そうだ)室だ。ここにも船長的な人の等身大ジオラマがあって、彼はずっと海の(ほう)を向いていた。
 操舵室や無線室なんてこういう所でしか観られないわけで、ほぇー、ほぇーとここだけで10分くらいは彷徨(うろつ)いていた。



 そして最上階デッキに出ると、陸奥(むつ)湾の眺望。今日は雲がほとんど無い晴天そのもので、空をひっくり返したような(あお)のグラデーションが素晴らしい。波の立っていない穏やかな海から気持ちの()い潮風が吹いてくる。陸奥湾は綺麗だなぁ。



 フェリーに乗ったって、客が動き回るのはほんの一部分。この船は下層から上層までほとんど(まわ)ることが出来る。順路に従い色々観て、かなり満足して下船したのであった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 次は青森ねぶた祭りについて、ねぶたの家ワ・ラッセという面白い外観の建物で学習する。金属がふにゃんと曲がったような入り口……書きづらいけど、地図アプリで見てみて! 面白いから! で全部済ますならこの雑記は(なん)なんだい。
 八甲田丸から少し歩くと、ワ・ラッセがあった。先ほど買った共通チケットで中に入ると、最初にあるのは青森ねぶた祭りの映像。そして、まるでねぶたの中にいるような感覚になる展示の仕方でその歴史が掲載されている所を通る。
 ちなみに「ねぶた」はいわゆるあの和紙でできた巨大な光る神様とか鬼の像のこと自体を指すそうです。それすら知らんかった。



 ねぶた祭りの由来は諸説あれど、七夕祭りの灯籠流しが変形したものというのが有力だそうな。だから和紙に色をつけてるんですねェ。灯籠流しがねぶたになるって、自転車が巨大メカに変形するくらいの魔改造だな。
 また、徳島の阿波踊りと同じように禁止令が発せられたり、戦災ないしかのウイルスのせいで中止になったりしても、そのたび民衆の努力で復活を()げてきたようだ。



 巨大なホールに「ねぶた」大4つ、中3つ、触ることの出来る小3つが置かれていた。祭りで実際に使われる大きいのは横9メートル、縦5メートル、奥行7メートルで、台車を含めると4トンもあるということだ。そんなものを街中でグリグリ動かしているのか、すごいな。
 間近で観るとその威圧感と繊細な色使いに圧倒される。言ってみれば木の枠組みに和紙を貼って色を付けて中から電球で照らしているだけなのに、どうしてこんなにカッコ良くて美しいものができるんだい。



 11時にホールでねぶたについてのスクリーン上映があり、その(あと)、ねぶた囃子(ばやし)とハネトの実演があった。最初にねぶた囃子を聴いて、次に観客の太鼓(たいこ)手振(てぶ)(がね)の試遊、最後にハネトの練習と(みんな)で踊りましょうというのがあった。「ハネト」は祭りの踊り手のことで、片足を上げて反対の足でトントンと2回跳ね、また逆の足を上げて反対の足でトントンと。不思議なスキップみたいな感じ。
 このハネトが、2分間でもかなりしんどかった。そもそも練習の段階で司会の(かた)もハァハァ言ってるくらいだから、やっぱりキツイんだろう。これを祭りでは交代交代で2時間やるんですと。次の日は絶対に筋肉痛で歩けないでしょうゼェゼェ。

 それでワ・ラッセは出たんだけど、ねぶた関連の施設は近くにもう一つあるようなので、そちらにも行ってみた。



 観光物産館アスパムという、名前はしょんぼりした建物みたいだけど違う。ピラミッドを縦に切ったような三角形の外観の施設だ。高さ51メートルからの展望室もあって、背の高い変な形のビル。多分青森の「A」を表してるんだと思う。

 ここで360°パノラマの祭り風景が観られるらしい。展望室との共通チケットを買って、上映時間まで展望室で陸奥湾を見下ろしていた。
 そして上映時間、そのパノラマ部屋に入って驚く。

 ……僕ひとりなのかーい!

 と(つぶや)いた言葉が部屋の中を反響する。360°ぐるっと壁に囲まれた場所で発した音は、減衰しながら延々と部屋の中を響き渡り続けるらしい。「ワワワワワ〜」と歌っていたらスタッフの(かた)が心配して見に来た。すいませんでした。

 上映が始まると、50人くらいが鑑賞出来るはずの部屋には僕とスタッフの(かた)のみ。そんな些細(ささい)なことを忘れるほどに、360°パノラマ大画面での青森の風景や祭りの映像は()かった。肉眼に近い感覚で、本当にその場所に居るような気分になれる。こういう映画館があったらいいけど、それに対応した映画を作る方は大変だな。
 短いながらも素晴らしき体験。青森の自然は雄大で、各地のねぶた祭りは熱気に(あふ)れているんだ。それを体感したような気になれたのです。

 1階の軽食コーナーでホタテラーメンなるものを食べた。塩ラーメンに青森ホタテとワカメとネギと麺。これだけなのに美味(うま)かとね。ホタテは小ぶりでもプリプリ存在感があるし、塩スープとピッタリマッチング。青森はホタテの養殖がさかんで、新鮮なホタテを使っているそうな。ああ、陸奥湾。ありがとう陸奥湾。もちろんスープは飲み干した。



 そして海沿いをまた少し歩き、ベイ・プロムナードへ。白くて三角錐(さんかくすい)型の灯台に至るまで、数百メートルの細い橋のような防波堤。その先端は、もはや陸奥湾上と言っても過言ではない。
 灯台付近から海を見下ろすと、海岸とは波の様子が違っていた。(あお)い大きなうねりの中にたくさんの小さな波が内包されている。こんな海景色は初めて見たぞ。



 釣り人たちがしゃべくり合っている。ナニ言っでっかさっぱり分がんねェんだこれが。これが津軽弁か?
 もの凄く大きな、大砲みたいなカメラで海を撮影してる人もいた。そりゃこの風景はそういう解像度の高いやつで撮るべきだろう。おりのスマホは縄文時代のモンだがらなァ。ガハハ。

 (あお)、青、あお。快晴でここに来られて本当に()かった!

 さあ、次回は浅虫温泉。また水族館にも行くよ!
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