第9話 札幌を歩く

文字数 2,028文字

 札幌駅を出て大通りから少し外れた場所を目指す。
 朝に地図アプリで面白そうな所を探してた時に見つけた、千歳鶴酒ミュージアムというお酒売り場だ。ここでの目的は、酒粕ソフトクリーム。日本酒は飲まないけど甘酒は大好きで、きっとこのソフトクリームも自分の口に合うはずだと思ったし、渇ききった喉に通してやろうと決めていた。



 そのソフトクリームのついでにコーヒーも頼んで、木のテーブルの上にアイスとホットの冷熱コンビが揃った。
 酒粕ソフトクリームは想像以上に酒粕の風味が強くて、午前中から歩きまくって疲れた身体に()み渡っていった。冷たくなった口の中にコーヒーを入れて温かさを取り戻し、またソフトクリームを食べる。コーヒーの苦みとソフトクリームの甘みが際立って楽しい。

 16時に退店して、真っ直ぐホテルへ歩いていると、魚市場でこんな時間でも営業中の札が出ている店を発見した。卸市場なのでご飯が食べられる店は他にやってなさそうだし、店の前のイクラ丼とかウニ丼の写真がとっても美味そうだった。

 恐る恐る引き戸を()けると、小さなカウンターの前に7人分くらいの椅子が並んでいた。定食屋ではなくて居酒屋みたいだ。気さくに「どうぞどうぞ」と言われて店主と差し向かう椅子に座る。
 かつて漁師だったのかラグビー選手とかプロレスラーとかだったのか、店主はマッチョ、(いか)つい体格だ。それでも表情は柔和で、注文を急かす感じでもない。まあ、客は僕ひとりしかいないから急かされても困るのだけれど。

 まだ夜でもないので、とりあえず烏龍茶を頼み、メニューを眺める。表の立て看板に貼ってあった丼ぶり物はメニューに載っていない。

「表の写真の丼物は、今の時間は出してないんですか?」
「ああ、あれは他の店で出してて。ここにもそこからもらってる同じ材料があるから提供は出来ますよ。オススメはウニとイクラとカニの丼です」
「うーん、じゃあ、それお願いします」

 あいよっ、と言ってどんぶりにご飯を入れ、丁寧に具材を乗せながら、店主はなぜこの店が市場(いちば)で唯一この時間に(ひら)いているのかを教えてくれた。この店は市場にあるが市場に属しておらず、よって朝早くから()けているわけではない。昼から夜にかけて開けているから、昼に来店する人のために丼ぶり物も用意しているということだった。夜遅くまでやらないのは、夜はすすきのの店という選択肢が強過ぎるからだそうだ。

「すすきのって、飲食店が千店舗以上あるんですよ。例えば夜、お客さんだったら、1店舗しかない市場に来ます? (みんな)すすきのに行くんです」

 寿司とかジンギスカンとか、イタリアンとか、選び放題だと言う。僕はこの時点で夜に出歩くつもりがなかったからここで食べることにした。

 ウニとイクラとカニが3色に分かれた丼がドンと目の前に現れた。きゅうりとワサビも乗っている。魚のあら汁も添えられた。



「最初は醤油をつけずに味わってください。本物の北海道の味ですよ。あら汁は骨が多いから気を付けて」

 ひとまず、ウニ単体を口に運ぶ。
 ……うおお、なんて美味(うま)いんだ。これがウニ……僕の知ってるウニとは別物だ。薄々感じてはいたが、やっぱり地元で食べる回転寿司のウニは違う物だったんだ。

「生臭いウニは、長い期間提供できるようにミョウバンを使ってるんです。これは塩水ウニだから、本物のウニの味ってわけ。ほら、これ」

 ウニの入れ物に貼られたシールには礼文(れぶん)産と書かれていた。礼文島で獲れるウニは昆布を食べていて、さらに今はウニが美味しい季節。新鮮なウニは本来の味で、遠くへ流通させるためにミョウバンを使った物とは質が違うとのこと。
 イクラも(しょ)っぱさが少なくて、カニと一緒に食べると思わず(うな)ってしまうような海の味のハーモニー。

「これは……食べるのが勿体無い気がします」
「フフww」

 あら汁も出汁(だし)が効いててウンマい。骨に気を付けてと言われたのに、しっかり骨が舌に刺さりかける。骨は()けて、にんじんと昆布を口の中へ。
 さらに店主は話し続ける。僕がまだフェリーに乗っていた朝方、札幌はバケツをひっくり返したような大雨で、市場の中の通りが冠水して騒ぎになっていたそうだ。その(あと)は一転カンカン()りで、9月も中旬なのに7月あたりの気温だったと。確かに今日は(ひど)く蒸し暑かった。

「ウチの子らが、パパ、だいじょうぶかな、おウチ。って言うくらいの大雨だったんですよ」

 それはそれは、よっぽどの雨だったんだなと。フェリーは異世界を航行していたのかも知れない。

 思わぬ所でちゃんと北海道の味を堪能出来て満足した。だからなのか、店を出る時に「ごちそうさま」でなく「ありがとうございました」と言ってしまった。

 ホテルにチェックインして、ホテル内にコインランドリーがあると聞き、多めの洗濯物を持って向かったらメチャクチャ小さい機械が2台。すでに洗濯物が回っていて使えなかった。というか使えても量的に無理だと悟った。

 そして夜のドタバタが始まった。
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