第30話 尾道 しまなみ海道を自転車で 疾走編

文字数 2,148文字

 向島(むかいしま)の出発地点からしばらくは町の中を走る。平坦な道だし、平日だからか車の数も少なくて、意外と楽なのではと思い始める。クロスバイクも快調だ。



 ファーストステージよろしく道なりにスイスイ走ってるうちに因島(いんのしま)大橋が見え始め、橋へと続く坂の前にフォトスポット兼休憩所が現れた。
 まだまだ元気な僕は、サクッと今から渡る橋の写真を撮って、また走り出した。



 ……今この文章を書いていて笑ってしまうのは、本当に最初は楽だったから、この先もさして大変ではないだろうと思っていたことだ。ゲームだって最初のスライムは簡単に倒せるじゃないか。バカだなあ、自分。

 橋は海の上を通り、さらに船なんかが通れるようになっている。つまり橋の両端へ行くには高さの分だけ坂道を(のぼ)る必要があるということだ。
 橋への入り口を通り過ぎると、坂道が始まる。
 クロスバイクのギアを一番低くして、立ち()ぎで走る。少しスピードが出たらギアを上げて、キツくなったら下げるということを繰り返す。くるりと1周するような感じで橋に到達した頃には、「あれ、これってもしかして橋の数だけ坂があるってこと?」と気付き、戦々恐々とするのであった。



 海の上に架かる橋を渡る。フェンスの向こう側では、海、大きな岩のような小島、遠景としての島々、航行するフェリー、ボート、横切っていく鳥たちがまるで絵画のような配置で僕の目を楽しませてくれる。まだ曇り空だから海はグレー一色(いっしょく)なんだけど、この先晴れたらマリンブルーに染まるのではという期待感に胸が震える。さらに風に乗って上がってくる潮の匂いも、海の上を走っているという実感をもたらしてくれた。



 因島(いんのしま)はひたすら鉄工所や電気関係の会社の間を縫って走る。おそらくそのほとんどが造船関連なのだろう。ブルーラインから外れたところに観光名所があるのは分かっているけど、とてもじゃないが周り切れないので今日はごめんなさい素通りします。
 ということで割と因島はスルー気味に通り抜けた。撮影した写真を見ても、白くてどデカい恐竜のオブジェしか映ってないし、あまり記憶にないからそういうことなのだろう。1泊2日なら因島周遊なんてのもアリでしょうが……。



 そして生口(いくち)橋。
 やはり橋へは坂を(のぼ)るが、まだいける。まだいけるんだ。汗をだくだく垂らしながら立ち()ぎする。ここにきて空は雲が薄くなってきた。つまり陽射しがキツくなったってことで。さらに荷物をフルに背負っており、僕は徐々にその重さを意識し始める。荷物を宿泊場所に送ってもらえるサービスがあることは知っていたものの、この時点で本日のホテルを予約していないからどうしようもない。

 とにかくキツイ坂を越えて橋から眺める景色は超絶怒涛の光景だ。さらに雲の色を反映したグレーの海と、青空の色を反映した(あお)色の海が同居していて、そのグラデーションに心惹かれる。スマホのカメラで撮っても判別できない、これは肉眼だからこそ味わえるバーフェクトビューなのである。決して僕のスマホが年代物だからではない。



 生口(いくち)島まで来て、そこそこ疲れてきた。だが、この島を抜けて次の橋で大体半分くらいまで走ったことになるから、そこまでは基本ノンストップで駆け抜けようと思った。その先には3つの道の駅があるので、休憩はそのどこかで取ればいい。あとホテルの予約も取らなくては。

 生口島のブルーラインは海に沿っていて、道中何度も右手方向に海が現れる。その度「うわあぁあ」と声にならない声を上げて、感動しながらペダルを漕いで行く。途中に平山郁夫美術館があって入るかどうか迷ったけど、汗だくで入るのもちょっとというのと、冷房が効いていたら背中を冷やすことになるので断念。



 さらに進むと瀬戸田サンセットビーチがお目見え。小さいけど綺麗な浜辺で、そこから観える海については、まるで(あお)いカーペットが敷き詰められているかのような印象を受けた。穏やかな波が打ち寄せる度、ザーン、ザーンと大人しくて心地良い波の音が耳に入ってくる。
 ついに飲み水が底をつき、自販機で瀬戸内レモンレモネードという清涼飲料水を購入した。冷たいうちにひと口分をゴクリ。甘っ。疲れた身体にレモンの風味が染み渡る。ちょっとだけ元気になった気がする。



 そして三度目の橋への坂上がり。もう涼しい顔はしていられない。前方から(くだ)ってくる人たちがギョッとしても構わず、うんしょ、うんしょ、どっこいしょと(つぶや)きながら立ち漕ぎ。それでも絶対に歩いてやるもんかと内なる誰かと謎の戦いを始める。必死の形相で息も()()えに、多々羅大橋まで辿り着いた。



 多々羅大橋は橋長1480メートルで、広島県尾道市の生口島と愛媛県今治市の大三島(おおみしま)を結ぶ。完成当時は世界最長の斜張橋だったとさ。



 橋自体がとても美しい構造だ。海やら橋やら美しいものに目を奪われている間にも、僕を乗せた自転車はドンドン進んでしまう。まあ、ペダルを漕いでいるからですが。



 そして、ついにやって来ました県境。案内板もあるし、道にもラインが引かれていて、こっち愛媛県、こっち広島県と描かれている。ここでおよそ半分の行程を消化したことになる。ということはまだ半分しか来ていないわけで、疲れが身体の奥からドッと噴き出してきた。

 そろそろ休憩が必要だァ。
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