第31話 今治 しまなみ海道を自転車で 完走編

文字数 2,322文字



 県境を(また)いで多々羅大橋を渡り切り、(くだ)りはスピードが出過ぎてヒヤッとしながら、ついに愛媛県入りしたわけで。

 橋を()りてすぐの道の駅に、サイクリストの聖地碑があった。何トンもあろうかという大きな石のオブジェは今治市産の大島石を使っていて、4つの石で自転車をイメージさせつつ、瀬戸内の島々をつなぐ架け橋をも表現しているらしい。つまり、しまなみ海道がサイクリングの聖地だということですな。



 サイクリストではないけれど、間違いなくこのサイクリングロードは素晴らしいと思う。一生に一度は走るべきだ。最近まで知らなくてすいません。

 さ、休憩しよう。



 道の駅で島レモンソフトなるソフトクリームを買い、久しぶりに椅子に座って食べる。お尻が痛い。ソフトクリームは、完全にさっき買った瀬戸内レモンのジュースと味が(かぶ)った。でも美味しいから問題なし。

 そろそろホテルの予約をしなければと思うが、まだあと35キロくらいあるし、次の道の駅で考えればいいじゃないかと開き直る。要するにちょっと面倒くさかっただけです。

 そういえば、このブルーラインに沿って走っていると、所々でトイレを見かける。これは結構重要だ。いつでもトイレに行けると思えば、まさかの事態が起きてもなんとかなるという安心感。トイレが道の駅にしかなかったら、トイレ難民が近くの民家に一か八かで突撃するという悲しい事態が予想される。そんなの住民にしたら迷惑でしかないだろう。

 トイレの話はさておき、休憩が終わった。
 今いるのは大三島(おおみしま)。この島は大きくて、ぐるっと周ればキャンプ場なんかもあるから、キャンプツーリングとかにはうってつけだ。ブルーラインに沿って走る場合は、島の東側をちょろっと走るだけになる。



 大三島と「はかたのしお」で有名な伯方(はかた)島をつなぐ大三島橋の下を流れる海峡は、鼻栗(はなぐり)瀬戸(せと)と呼ばれ、激しい潮の流れが起こる船乗りにとっての難所、と名所案内板に書かれていた。それで橋の上から海を眺めてみたけれど、本日の波は穏やかでございました。



 伯方島にも道の駅があった。大きめの浜辺を目の前に軽食をいただくことが出来る。僕はまだ朝のバイキングでたんまり食べた分のカロリーが残っているから、何も食べなかった。ベンチに座り、遂にホテルの予約をする。もうここまで来たら完走は出来るでしょうと踏んでのことだ。金曜日の割には選択肢が多くて迷ったけれど、安いホテルチェーンにした。



 さあ、あともうひと踏ん張り、行きますか。
 伯方島は小さい島で、さらにその一部をサラッと通過することになるから、道の駅を出てすぐに伯方・大島大橋を越えることになる。って簡単に書いたけどやはり坂は坂で、パンパンになった足が悲鳴を上げる。歩きたい……、いや、歩かないぞ、このクロスバイクで走り切るんや! というまたもや内なる何かと戦いつつ、ペダルを()ぎ続ける。前から滑るように(くだ)ってくる外国人に「ハーイ」と挨拶され、「グフォッ」と悪魔の(ささや)きのような声で(こた)えた。



 橋の上で撮った写真は指が映っていて、この時の僕の状態が分かりやすい。もう余裕が無かったんだ。それでも一応は橋から観える海を撮影していたあたり、晴天のマリンブルーが無意識に写真を撮らせるほど素晴らしかったのだろう。



 そして最後の島、大島(おおしま)
 ここが完全にラスボスだった。島の中を突っ切って行くわけだが、長い(のぼ)りの坂がある。今治側から来た人たちにとっては最初の島だから、坂だって元気に走れるだろう。しかしながら、こちらは既に5つの島を渡ってきてエナジー切れかけのヘロヘロ侍だ。長く続く坂、もちろん(のぼ)りがあれば(くだ)りもあるのだから、そのことだけを気力の源泉にして走る走る。

 前から道路の反対側を走って来たふとっちょの金髪外国人が笑顔で言う。

「ガンバッテクダサーイ!」

 僕は笑顔を振り絞る。っていうかこの(あと)アンタ大変よ! と心の中で叫ぶ。僕はここまで大変な思いをして走って来た。ほら、最初の頃の楽勝とか思ってた自分がバカみたいだ。でもあの外国人さんは気さくで()い人なんだろうな。

 最後の道の駅はサクッと通過して、来島(くるしま)海峡(かいきょう)大橋(おおはし)だ。この橋は世界初の3連吊り橋、つまり3つの橋が続いていて、全長は4105メートル。橋というのは、真ん中が一番高い。つまり……3回緩やかな坂を(のぼ)り続けるということなのである。

「きついお……」



 なんだかアホっぽい声を出しつつ、もう疲れ果ててミシミシと軋み音を立てる太ももとふくらはぎに喝を入れる。前からは子供連れの団体さん。どこまで行くか知らないけど、頑張って……。



 永遠かな、とも思える橋をなんとか無心で渡り切ると、そこは四国だった。とは言っても、大三島から今治(いまばり)市なんだけどね。
 上陸後、今治駅前までは普通の街並み。お邪魔しますという感じで、普通に生活する人たちを見ながら走って行った。

 ああ、今治駅。
 クロスバイクを降りると、足はフッラフラ。
 レンタサイクルのスポットへ自転車を返却というか乗り捨て。ヘルメットも返却。ヘルメットは洗浄するのか、一箇所に集められていた。書類を受付に提出して領収書をいただいた。



 これにて、しまなみ海道を自転車で、は終わり。7時30分から漕ぎ出して14時フィニッシュということは、6時間30分かかったのかな。なりふり構わず走っても素人は半日潰れると。

 今治駅の軽食店でうどんの定食を食べた。日替わり定食のメインがうどんってところが四国だなぁ。汁は当たり前のように飲み干した。カラカラの身体にはその塩分がありがたい。

 ではちょっと今治を散策……、出来るわけないよ、足が言うことを聞かないんだから。さぁ、さっさとホテルへ行くぞー。……駅から遠いぞー。
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