第24話
文字数 3,740文字
白い台地を埋めんとばかりに転がっている戦闘用アンドロイドの残骸を見渡してグレイクが言うと、隣で戦っていたアカネが「疲れたぁ」と脱力して座り込んだ。
「それにしても…まだジャミングが掛かってるのか…通信が復旧しないな」
「そうね。まぁ、向こうが終われば―」
アカネが言葉を途中で止めたのと同時にグレイクもソレに気付いた。
残骸から微かに黒い何かが出ていたのだ。
霧のように見えるそれは風の向きとは違った方向へと流れ、何処かへ集まって行く。
見た事の無い現象に全員が動けなくなっていた。
黒い霧の量が増え、残骸が霧の集まる中心へと引き摺られて行く。
そしてソレが1つの塊となった時、グレイクとアカネは同時に叫んでいた。
「退避!」
「オォオオオオオオ!」
二人の声を掻き消す程の咆哮が轟き、空気が揺れた。
塊が形を変え、大きさは優に6メートルを超えている。
「まさかコイツ等」
「グレイク!」
アカネが叫び、腕を掴んで駆け出すと、2人が居た場所に何かが被弾した。
離れた場所の仲間と合流する。
巨大な塊は二本の足で立ち、腕らしき物を振り回し、当たりにまだ転がっている残骸を掴んでは体に取り込んでいく。
黒い体のあちこちで赤く光っているのは、恐らく取り込んだアンドロイドの頭部の目だ。
「どんなにデカくてもコアは一つだ!」
グレイクはそう言うと電波の回復している範囲に戦艦、エレノアがいる事を確認し通信回線を開いた。
[ライラ!そこからミサイルを撃て!]
[了解]
このデカさだ。
ライラのいる所からでも目視出来るだろう。
「岩陰に退避しろ!」
グレイクの指示に皆が急いで岩陰へと走る。
それと同時に、エレノアの後方から幾つかの光が上がった。
白い尾を引いてそれが此方へと向かって来る。
「オォ―――!」
巨体が再び咆哮を上げ、両腕を振り上げる。
その数秒後、飛来したミサイルが空中で分かれ、散弾となって巨体に降り注いだ。
声を上げる巨体から何かが剥がれ落ちて行くが、コアらしき物は見えない。
「クソッ」
[地上班!吹き飛ばされないように姿勢を低くしていなさい!]
ライラの指示に理由を問う前にエレノアから再びミサイルが発射された。
しかしそれは先程とは明らかに違った。
音も無く上昇し、弧を描き、高速で落下して来るそれは、まるで紅い矢のよう。
「うお!」
咄嗟に地面に顔が着くのではというくらい姿勢を低くすると、凄まじい音と共に爆風が吹き荒れた。
顔を上げると、盾にしていた岩の上部が吹き飛んでいた。
岩陰から顔を出して巨体を見ると、両腕が吹き飛び、胸部らしき部分の中心に燃えているかのような球体が見えた。
「あれだ!」
グレイクが言ってライフルを構えるのとほぼ同時に、全員が一斉に銃口をコアへと向け引き金を引いた。
再びエレノアからミサイルが発射される。
「グゥウウウ…」
巨体が低く唸り、コアが黒い物に呑まれ始める。
「伏せて!」
アカネの声に、咄嗟に身を伏せる。
―ドォオォオン!
飛来したミサイルが塞がりかけていた箇所に被弾。
再び爆風が辺りに広がった。
「オォオ…オォ」
巨体が低く小さな声を上げて揺らぐ。
『倒れる』
そう確信した。しかし、巨体は片足を引いただけで、踏み止まった。
「なっ⁉」
有り得ない。
あのミサイルを二発も喰らって立っているなど。
「オォオオオオオオ!」
巨体が咆哮を上げ、再び空気を震わし、形を変える。
先程より若干ながら小さくなったように見えるが、それは形が獣のようになったからだろう。
再びコアが内側に隠されてしまった。
紅く、怪しく光る双眸がグレイク達を捉える。
「散開!」
グレイクが叫ぶのと同時に黒い獣が駆け出した。
近付いて来ると、纏っているのがバラバラに砕けて張り付いた残骸だという事がよく解る。
不気味でしかない。
「オォオオオ!」
叫び前足を振り下ろす。
それを跳んで躱したグレイクだったが、何かに弾き飛ばされた。
衝撃が腹部に伝わる。
脳内に負傷箇所が表示された。
そこには、腹部の左が失われ、右足の一部も故障しているのが記されていた。
何が起きたのか解らない。
「グレイク!」
アカネの声に顔を上げると、黒い獣から鞭のような物が生え、辺りの者達を薙ぎ払っているのが見えた。
その合間を抜けてアカネがグレイクの許へ来ようとしている。
「よせ!撤退しろ!」
グレイクが叫んでもアカネは獣の攻撃を躱しながら来ようとする。
「クソッ!」
立ち上がろうとするが、右足が上手く動かず立ち上がれない。
もう一度アカネを見る。
攻撃のせいで足止めをされながらも、時折グレイクを見ていた。
「撤退しろ!命令だ!」
「絶対イヤ!」
それは、いつも仲間の前では聞かせない、彼女本来の声音だった。
高いながらも、澄んだ声。
幼さの有るその声は、リーダーなのにこんな声だと舐められるからと、2人の時だけにすると言っていた声。
「貴方が支えてくれているから、私は表でリーダーとして戦えるの!」
叫んでアカネが転がっていたライフルを拾い、向かって来ていた物の根元を撃った。
全弾撃ち終えるのと同時に根元が切れ、アカネに向かっていた触手が地面に落ちる。
その隙にアカネが駆け出す。
グレイクを見るその表情は、今にも泣きそうだった。
その後方から複数の触手が向かって来ている。
それを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
想像したのは、それがアカネの躰を貫く瞬間。
「……っ!」
今までずっと、表の事は全て彼女に任せてしまっていた。
調査の為に単独行動をし、仲間達に信用出来ないと言われても、それでも彼女は裏で動いている事を秘密にしながらも、仲間だと説得してくれていた。
どんなに遅くなっても待っていてくれて〝帰る場所〟をくれた。
裏切る事が当然で、嘘を吐くのが当たり前になっていた自分を変えてくれた。
この感情が何なのか知らなかった。
知りたくないと拒絶し、アカネを傷付けてしまった事だって有る。
どうしてか昔の事、出逢った時の事を想い出す。
初めて、本気で好きになった。
抱いた感情が〝恋〟だという事を教えてくれたのは彼女で、自分よりも失いたくない存在だ。
きっとそれは彼女も同じで、だから逃げずに来ようとしている。
失いたくない、大切なモノ…。
―ピィー…。
脳内でそんな音がした気がした。
気が付いた時には駆け出していた。
「うぉおおおお!」
ライフルを構え、アカネに迫っていた物を撃ち落とし、弾の無くなったライフルを投げ捨て、駆け寄って来たアカネを両腕で抱き留める。
機械でも、ちゃんと温もりを感じられる。
「何やってんの」
耳元で囁く。
「だって…私だけ逃げるなんてイヤだったんだもん…」
弱々しい声だ。
本来の彼女はこんなにも幼い感じになる。
こうして素を見せてくれるのが自分にだけだと思うと嬉しかった。
再び黒い物が蠢いて自分達に迫って来る。
走った所で追い付かれるだろう。
気付けば再び通信機能は麻痺している。
恐らく黒い物体の所為だ。
逃げられない状況だというのに、どうしてこんなにも落ち着いているのか。
いつだったか。
死について考えた事が有る。
機械で有りながらも意思を持った自分達も、人の言う〝あの世〟という場所に行けるのだろうかと…。
もし行く事が出来るのなら、そこでもアカネと共に過ごしたいと思った。
「アカネ」
「ん?」
仲間達が何とか足止めをしようとしてくれているが、巨体は二人の退路を断っている。
内陸へ向かって走っても構わないが、いつグレイクの躰が機能を停止してしまうか解らない。
そうなれば、アカネはその場に留まり、巨体に追い付かれてしまうだろう。
「覚悟は出来てるよな?」
嘗て二人で決めた秘密の言葉。
それを聞いたアカネが顔を上げ、泣きそうになりながらも決意を秘めた強い眼差しで「うん」と頷き返した。
「総員、直ちに撤退!敵は私達が引き付ける!」
アカネが引き付けてくれていた仲間達に叫ぶ。
「ですが!」
「これは命令!行きなさい!」
アカネの指示に、仲間達は数秒迷った素振りをしたが、直ぐに海岸に向かって駆け出した。
海上のエレノアの副砲が発砲し、仲間達を追おうとした触手を払う。
ミサイルを撃たないのは、自分達が先程よりも獣の近くにいるからだ。
「ごめんね」
謝ったグレイクに、アカネが優しい笑みを浮かべ「二人で決めた事でしょう?」と言った。
自分達アンドロイドに使用されているエネルギーは、個の場合ではそれ程大きな爆発は起きない。しかし、それが複数、二つの場合は違う。
強制的にヨクト細胞のリミッターを外し、熱量を増幅させた瞬間、それは直径二キロの物を吹き飛ばす程の威力を発揮する。
グレイクから秘密の言葉を言う時は、2人で自爆をするという合図だ。
「オォオオオオ!」
獣が咆え、複数の触手が、地を叩き、這いながら迫って来る。
グレイクが差し出した手の上にアカネがそっと自分の手を乗せ、グレイクを見詰めた。
「愛してる…。ずっと」
泣きそうになりながらも、笑みを浮かべて言う彼女に、グレイクも笑みを浮かべて応えた。
「あぁ。俺もだよ。俺も…愛してる」
―ドォオオオオオン!
・