第29話
文字数 1,449文字
広間へ戻ると、珍しく私服を着たライラが立っており、正面には椅子が。
その椅子に座っているのはヴィントだった。しかし、怒られているヴィントは腕組みをして平然としている。
「料理は出来ると言っているだろ」
「あんたの料理は料理じゃないのよ!」
「料理なんて化学と同じだろ」
「違うわこのバカ!」
一体何があったのか。
ナイトとノエル、カイルとミクの四人は状況が理解できず固まり、理解しているアルフォード達は〝触らぬ神になんとやら〟という感じで一歩後退った。
気付いたライラが此方を向いた。
その瞬間、アルフォード達の肩が跳ねた。
見間違いではなく、確かに跳ねた。
「なぜ昼時に合わせたぁ…」
怒りはカイルに向けられている。
それを聞いたアルフォード達が一斉にカイルの方を向き、手を合わせ、小声で「ご愁傷様」と言った。
「え?何?何で?」
カイルが意味が解らず動揺している間にもゆっくりと修羅と化したライラが近付いて来る。
それに合わせてアルフォード達が離れて行く。
「確認したわよね?本当にお昼は過ぎるのかって。ご飯時では無いわよねって…」
ライラの問いにカイルが目を泳がせながら「はい」と声を震わせて答える。
「貴方がお昼は過ぎるって言うから来たのに!このバカが何かやらかしたらどう責任取ってくれるんだこの野郎!」
怒鳴ってライラが駆け出す。
「逃げろ!全力で逃げろ!」
同時にアルフォードが叫ぶ。
その声を聞き、カイルが弾かれたように駆け出して広間から飛び出した。
「待ちやがれコラ!」
怒鳴ってライラはカイルを追おうとしたが、一度立ち止まってアルフォード達に「そのバカを見張っておけ!」と叫んだ。
「イエッサー!」
アルフォード達が敬礼をして答えたのとほぼ同時にライラの姿が消え、どこか遠くの方で恐怖に震えるカイルの悲鳴が聞こえた…気がした。
「あのぉ~」
恐る恐るナイトはアルフォードに声を掛けた。
「ん?」
小声でアルフォードか訊き返す。
「どうして…ライラさんはあんなにお怒りなのでしょう」
恐怖のあまりおかしな言い方をしてしまった。だが、アルフォードは全く気にせず「ヴィントは実験が好きなんだ」と小声で答えた。
「それと今の状況と、何か関係が?」
「前々から料理と科学を一緒に考えて、料理をしているのを見ると色んな物を混ぜるという事件を起こして来たんだ。それによって多くの仲間が躰に異常をきたした。最悪、思考回路がエラーを起こして四日間寝込んだ奴もいる」
あの怒りようから見て、一度や二度では無いのだろう。
「調理場への立入を禁止にしても、あいつの好奇心は抑えられなくてな」
言ってアルフォードが横目でつまらなそうにしているヴィントを見る。
一体これまでにどんな事があって戦場でもないのに警戒態勢を引くようになったのか。
知りたいと思う反面、知ってはならない気もする。
ナイトは先程のライラを見て初めて、敵と対峙した時の恐怖とは違う種類の恐怖を覚えた。
「良いか?奴が何を要求しても、無事に料理が運ばれて来るまで絶対に目を離すな。料理を運ぶのを手伝うって言っても椅子から立ち上がらせるな。もしアイツが盛り付け前、運ばれて来る前に料理に近付いたら…」
そこで言葉を止めないで欲しい。
「近付いたら?」
ナイトの問いにアルフォードが珍しく顔を蒼くして答えた。
「俺達全員ライラに殺される」
それはノエルとミクにも聞こえており、3人は心の中で同じ事を思った。
『絶対に逃がしたらまずい!』
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