第13話
文字数 10,766文字
気が付いた時、船着き場に横たわっていた。
船着き場には小型の潜水艦が停船している。
誰もいないのか静かだ。
「どうして此処に・・・」
呟いて辺りを見渡す。
「リアナ!」
隣でリアナが倒れているのに気付き、慌てて息を確認する。
気を失っているだけだと解って安堵の息を吐くも、メディスの姿が無い事に気付き「リアナ」と何度も声を掛けて躯を揺する。
少ししてリアナがゆっくりと目を開け「シアン?」と眠そうな声で名を呼んだ。
「気が付いたか」
リアナの手を取って立ち上がらせる。
「いきなりで悪いんだけど、メディスの居場所は解るか?」
俺の問いに、状況が飲み込めていない様子のリアナが頭を振って「少し待って」と言って辺りを見渡した。
「この近くにはいないみたい。生体反応も解らない。たぶん・・・まだジャミングの掛かっている区画にいるんだと思う」
「ジャミングが掛かっているのは?」
「この上だけど・・・戻るのは難しそう」
リアナの言う通り、見渡した限り上へ行く階段は見当たらないうえに、この階の地図が存在しない。
義体のまま動けているのは、まだ肉体が生きている証拠だ。
一度肉体に戻り、義体をネストに任せる事を考えたが、何故か義体とのリンクが切れなくなっている。
ロックが掛けられている痕跡は無い。
肉体との距離が影響する事は無いはずだ。
『一体何が起きてるんだ?』
訳が解らない。
「俺の肉体の生命反応が何処に在るかは解るか?」
「それなら解る。地図と重ねると・・・。A-3。出口の近くまで移動してくれたみたいだけど、その近くに何かの反応があって・・・」
恐らくそれは黒い化け物だ。
メディスと化け物。
肉体に戻れないなら、どちらを優先するかは決まっている。
「動かせる義体とアンドロイドは何体だ?」
「全部で18体だけど」
「全て起動させてA-3に向かわせてくれ。義体には戦闘用プログラムを入れれば良い」
「解った」
リアナが頷いて何処かを見つめる。
辺りを見渡すと扉が見えた。
「行こう」
言って駆け出した俺の後にリアナが続く。
扉には何も書かれておらず、左右にスライドするタイプだが、電力が失われているのか開かない。
「仕方ないか」
呟いて扉の間に指をねじ込み、細胞を活性化させて力ずくで開けると、そこはエレベーターだった。
中の箱は無く、コンクリート壁と、点検用らしき梯子が見える。
「上に行けるだけましか」
呟いて振り返り、リアナに「あの潜水艦の内部に生体反応か何か無いか?」と問う。
「センサーには何の反応も無いけど?」
リアナが不思議そうに訊き返す。
「お前はあそこで待っていてくれ。俺はメディスを迎えに行く。戻って来たらあれで脱出する」
「私も行く」
「直ぐに動かせる物ではないだろ。準備しておいて欲しい」
俺の言葉にリアナは不服そうな顔をしたが、少し考えてから「解った」と頷いた。
潜水艦へと向かうリアナを見送り、何も無い事を確認してからエレベーターへと向かう。
梯子を上り始めるとリアナから通信が入り[気を付けてね]と不安げな声がし、俺は[ああ]と頷き返す事しか出来ない。
視界を暗視に切り替えて梯子を上り始める。
[その上に、ジャミングを発生させている物が在るはず。それを壊せればメディスさんにも通信が出来るし、私もサポート出来るから]
[解った]
上の階の扉はまだ上だ。
ジャミングもどうにかしたいが、黒い化け物がまだ残っている事も気になる。
ネストとフィリアに連絡を取りたいが、上階のジャミングが壁となっているらしく繋がらない。
[リアナ。ネストかフィリアに連絡は出来ないか?]
[・・・・・・ごめんなさい。私も繋がらない]
数秒間が空いたのは通信を試みたからだろう。そして、俺が通信を試みた事も気付いている。
リアナが"私も"と言ったのが証拠だ。
自分の肉体を優先するべきだと言われるかもしれない。
それでも、自分の命よりも大切なモノがある。
静かな空間に梯子を上る音だけが響く。
[さっきの黒い霧だけど]
徐にリアナが話し始めた。
[意識を失う前、少しだけど・・・記録を見たの]
記録というのは"記憶"の事だ。
彼女だけではなく、ネストとフィリアも"記憶"ではなく"記録"としてその日に起きた事を覚えている。
義体を使うようになってからその違いが解った。
記憶は時間が経てば忘れてしまう事が有るが、記録は全て残る。
どんなに嫌で、辛い事も、自ら削除する事を選ばなければ消える事が無いのだ。
[・・・どんな?]
少し間が空いてしまったが訊き返す。
[暴走して・・・意識を失うまでの・・・少しだけ]
哀しげな声だけでどんな記憶だったのか想像した。
恐らく悲痛な声も入っていただろう。
上階の扉が見えて来た。
[気を付けてね]
心配するリアナに[あぁ]と頷き返す。
こういう時、嘘でも"大丈夫"だとか、安心させる言葉が言えたらと思うが、俺には言えない。
『・・・?』
脳内に違和感が。
システムを確認しても異常は無い。
違和感がしつつも足場に立ち、扉の隙間に指をねじ込み、無理矢理開いて通路へ抜ける。
このフロアもやはり電力が落ちて非常灯しか光っておらず、暗視でも薄暗い。
「オォオオオオ!」
聞き覚えの有る遠吠えとも違う音に足を止める。
音は通路の奥から聞こえた。
銃声と爆発音も聞こえて来るが、巨体が動き回っているとは思えないくらい揺れが無い。
兎に角進まなくては。
意を決して薄暗い中を駆け出す。
暫く進むと、銃声と爆音が大きくなった。
薄暗い中、前方に何かが見えた。
天井の一部が落ち、瓦礫が散乱している。
自動で顔認証システムが働き、薄暗い中に浮かんだ顔を識別した。
「メディス!」
「シアン!」
俺とメディスが互いを呼ぶのはほぼ同時だった。
合流しようにも、間に何かがいて直ぐには行けない。
近場に倒れていた死体からライフル銃を回収し、走ったまま前方のモノに向かって構える。
大きさも形も"人間"だ。
引金を引き、発砲したまま接近し、銃口の方を左手で持ち、右下から左上に向かって振り上げ、相手が横に避けた間にメディス達に合流する。
「どうして此処に!肉体の場所は解っているだろ!」
珍しくメディスが怒っている。
リアナだって俺の肉体が何処に有るのか解ったのだ。
移動させてくれていたメディスが解らない訳がない。
メディスとしてはそっちを優先して欲しかったのだろう。
その気持ちは解る。
「・・・・・」
何も答えずに目の前の人物に目を向けて俺は驚いた。
義体だというのに一瞬息が止まった。
「随分といい顔をするようになったじゃないか」
二度と聞きたくも無かった声が言う。
60手前のはずなのに40代後半にしか見えない。
目元くらいまで伸びた黒髪。
鋭い目が俺を見ている。
いつか自分はこういう顔になるのかと思うと吐き気がした。
「4年・・・5年ぶりか。父親と再会したというのに嬉しくないのか?」
その言葉に俺は男を睨んだ。
「お前を"父親"と思った事は一度も無い」
「フッ。言うようになったな。まぁ、生意気なのはあの頃から変わっていないか」
余裕ぶった態度が腹立たしい。
「それに引き換え」
言って男が俺の隣りにいるメディスを見る。
「お前はつまらないな」
その言葉の意味が解らず横目でメディスを見ると、メディスは男を睨んで拳を握っていた。
「お前に対して・・・憎しみは有るさ。殺してやりたいくらい・・・お前が憎い」
「それなら掛かって来れば良い。こうして会いに来てやったのだから」
男が腕を広げて言う。
「そんな安っぽい挑発に乗るとでも?」
メディスが男と話している間に、後ろから背中を叩かれた。
振り返ろうとした俺に、後ろの人物が「そのままで」と囁く。
「手だけこっちに」
言われるまま右手を後ろに伸ばすと、通常のライフルよりも僅かに重い物を渡された。
「3発しか撃てません。それに加え、1発撃つと、次に撃てるようになるまで十秒は掛かります。出来るだけ外さないで下さいね」
声に答えず、左手に持っていたライフルを代わりに後ろへ渡したのと同時にメディスがナイフを右手に跳び出した。
戦闘経験が無いと思っていたが、それなりに動けるらしく、ナイフの振り方が素人ではない。
右下に構えたナイフを腹部ではなく足に向かって突き出す。
それを躱した男の口が動くも、離れているので何を言ったのか聞こえない。
男がメディスの相手をしている内に受け取ったライフルを構えてセーフティを解除すると、微かにモーターの駆動音が聞こえた。
銃口も普通の物とは違う気がする。
男の蹴りをメディスが腹部と腕の間に挟んで受け止めた。
『今!』
咄嗟に引金を引く。
打ち出されたのは弾丸ではなく、青白い閃光だった。
「うおっ!」
予想以上の反動に躯が後ろへ飛ばされそうになり、咄嗟に細胞を活性化させて踏み止まると、ライフルの側面から蒸気が噴き出した。
閃光が、メディスを振り払って躱そうとした男の左肩を捕らえる。
青白い光によって浮かび上がった男の表情には、先程までの余裕は消え、悔しげな表情をしていた。
左肩に閃光が辺り、火花を散らした後、肩を貫通して後方の壁に衝突して穴を開けた。
次を撃つまでには数秒が掛かるが、威力を考えると直ぐに撃てる感覚だ。
銃口を向けている俺を男が睨む。
「そんな物も作ったのか」
再び男が笑みを浮かべるが、声音から余裕を失っているのが解る。
斬り掛かったメディスの表情は怒りを露わにしていた。
「あの女は命乞いをしていたぞ。腹の子だけは助けてくれとな」
攻撃を躱しながら、声を大にして男が言う。
俺やメディスを煽っているのだ。
此処で乗ってしまえば思う壺だと解っている。
それでも、怒りは沸いてしまう。
「とても興味深かった」
「お前に・・・命の重さなんて解らない」
男の言葉に俺は囁いた。
囁きは勿論男に届かない。
再び銃口を男へ向ける。
「人類は神になる事など出来はしない!しかし、新たな技術によって、力を得た者が頂点に立ち、全てを手にする事が出来るのだ!」
「そんな物に、何の意味も無い!」
言い返してメディスがナイフを振るう。
右から迫るナイフを男が躯を左へ動かして躱したが、メディスはそれを読んでいたのか、直ぐさま切り返し、失われた肩の部分にナイフを突き刺した。
声も上げずに男が苦悶する。
「シアン!」
メディスが呼ぶのとほぼ同時に、俺は引金を引いていた。
飛退けたメディスの横を閃光が通過し、よろめいた男の腹部を貫く。
「オォオオオオ!」
男が獣のような叫び声を上げる。
先程聞こえたのは男の声だったらしい。
閃光が貫いた箇所から黒々とした液が垂れ落ちる。
「ぐっ・・・・・・ウゥウウウウ」
獣のような唸り声を上げながら男が俺を睨む。
その目が赤く光っていたが、それを気にしている余裕など無かった。
『次で』
そう思ったが、男の腹部から流れ出ていた黒い液体が霧状となっていくのを見て、俺だけではなく、メディスも息を飲んだ。
「させるか!」
咄嗟に動いたのはメディスだった。
ハンドガンを使うも、放った弾丸が集まった霧状の物によって防がれる。
「邪魔だ!」
ナイフを突き立て、それを蹴りによって更に食い込ませると、硝子の割れるような音を立てて霧状の物が消滅したが、直ぐに新たな壁が出現する。
俺と男の間に回ったメディスが再びナイフを壁のように張られた霧状の物に突き立て、今度は二度蹴りを入れた。
ナイフの刀身が半ばから折れるも、霧状の物を破壊する。
僅かに隙間が空いた瞬間に、最後の1発を放った。
隙間を抜けた閃光は確実に男の頭部を捕らえている。
当たるかどうかを確認せず、手にしていたライフルを捨てて駆け出し、折れたナイフの刃を拾い、そのまま男に斬り掛かる。
顔の半分が焼け焦げたようなろうと、男はよろめいただけで倒れはしなかった。
男が躱すよりも先に心臓に向かって刃を胸に突き立てる。
「・・・・だな」
「え?」
最後に男が何か言ったが、聞き取れなかった。
糸の切れた人形のように男の躯が倒れ、漂っていた霧状の物が消えると、急に目眩のような物に襲われた。
義体で目眩が起きるなど有り得ない。
視界にノイズが走り、目の前で【signal lost】という表示が明滅する。
[シアン!直ぐにこっちへ来て!]
リアナの声は聞こえるが、言葉を返す事すら出来ない。
シグナルがロストしたという事は、肉体が失われた事を意味している。いや、強制的に肉体へ戻される事だって有る。
本当の自分に戻るだけ。
そう思いたいが、強制的に戻された時の感覚とは違う。
自分の躯よりもメディスを優先したのだから後悔していない。
ノイズが広がり、視界が闇に覆われていく中、何とか顔を動かしてメディスを見ると、哀しげな表情で何か叫んでいた。
表示された文字列が下から上へと消えていく。
全て消されている。
普通の"死"とは違うだろう。だが、この先に待っているのは確かに"死"だ。
人は死んだら何処へ行くのか。
それはアンドロイドでも同じだろう。
全ての文字が消えた時、俺の意識も失われた。
筈だった・・・。
[早く起きて!今日は出掛けるって言ったでしょ?]
懐かしい声。
優しくて、暖かい、忘れる事など出来ない。
母さんの声だ。
パートの仕事をして、休みの日はたまに2人で出掛けた。
毎日早く起きるのは大変だろうと思い、俺もたまに早く起きて母さんの弁当を作ったりしていた。
[今日も作ってくれたの!?ありがとう!]
そう言って嬉しそうに笑っていた。
周りは片親だという事を哀れんでいたけれど、俺は全く気にしていなかった。
どうして人間は勝手に"可哀想"だとか決めつけるのだろう。
いつ俺が片親だという事を"哀しい"や"寂しい"と言った。
哀れんで自分達の方が恵まれていると思いたいだけだろ。
周りの哀れむ目が鬱陶しかった。
いつしか笑う事さえ無くなっていたけれど、母さんの前でだけは出来るだけ笑うようにしていた。
そうしないと、心配させてしまうから・・・。
[段々あの人に似て来たわね]
いつだったか、母さんは嬉しそうに父さんの事を話し始めた。
[横顔とか、雰囲気が特に!あの人も、よく1人で何か考えていたわ。私はそんなあの人の隣りに座っているだけで幸せだった。そうしたら、私が隣りに座っている事を忘れていて、私に気付いて驚いたの。失礼だと思わない?酷いって言ったら、お父さん、顔を真っ赤にして。お詫びに喫茶店に連れて行ってくれたの]
[・・・・・・どうして今は一緒じゃないの?]
子供だからか、傷を抉るような事を言ったのだと今なら解る。
母さんが哀しげな表情をして答えた。
[もう少し大きくなったら・・・ね]
そんな話しをした事も忘れた数年後、母さんが倒れて病院に搬送されたと学校に連絡が来た。
給食時間の前だった。
[大丈夫]
搬送先の病院で、酸素マスクを着けられた状態で母が言う。
[大丈夫だから]
弱々しくも笑みを浮かべて母さんは言った。
母さんは嘘など吐かなかったから、医師が"ダメかもしれません"と言っても信じなかった。
きっと助かると信じて疑わなかったのだ。
今思えば、愚かだったと思う。
それでも、その時の俺にとって、母さんの言葉は信じる強さをくれたし、安心させてくれた。
それなのに。
[残念ですが]
明日を迎える前に母さんは逝ってしまった。
俺を安心させる為に言った"大丈夫"という言葉と声が脳裏をよぎる。
死因は脳内出血によるとか何とか。
正直、詳しい事は覚えていない。
それよりも母さんが死んだ事の方がショックで、聞いていられなかったのだ。
急な事にどうすれば良いのか解らなかった俺を助けてくれたのは担任だった。
母さんが倒れたという知らせが有った時は病院まで送ってくれた。
普通の教師とは違うその人の事を信頼していた。
頼れる親戚もいないと知り、その人が葬儀や何やら手伝ってくれたのだ。
[大丈夫・・・じゃ・・・ないよね]
そっと背中をさすりながら担任が言ったのは覚えている。
その頃からだ。
俺は"大丈夫"も"絶対"も言わなくなった。いや、言えなくなったのだ。
大丈夫だと口にして、大丈夫ではなかった時、言われた側は傷付くと知ったから・・・。
-貴方の名前は、お父さんの名前の1文字を貰ったの。離れていても一緒にいる感じがするから。
何故そんな事を想い出したのか解らない。
-何があっても、生きる事を諦めたらだめよ・・・レン。
「・・・っ!・・・ぇ!・・・ン!・・・アン!・・・シアン!」
遠くから聞こえていた声が近付き、驚いて目を開けると、リアナが泣きながら俺を見下ろしていた。
「まさか・・・そんな」
同じく傍らに座り込んでいたメディスが驚きの表情を浮かべる。
「・・・此処」
呟いて躯を起こす。
どうやら潜水艦の中らしい。
何が起きたのか解らず躯を見る。
「シアン!」
泣きながら抱き付いて来たリアナを抱き締め、メディスを見ると、メディスが咳払いをし、深呼吸をしてから話し始めた。
「さっき・・・君の躯を守っていた隊の生き残りから、君の肉体が化け物によって・・・その」
メディスは最後まで言わなかったが、それだけで何が起きたのか察し「そうか」と呟いた。
「けど、どうして肉体が無くなったのに生きてるんだ?」
義体なので生きているとは言えないかもしれない。しかし、こうして存在している。
「奇跡としか言いようが無い」
「良かった・・・。本当に・・・」
震えるリアナを抱き締めながらシステムを確認する。
おかしな所は無いが、知らない物が増えていた。
簡単に説明すると、通信機器などに触れただけでハッキングが出来るシステムと、サーバーに独自の空間を生成する事が出来るシステムだ。
その2つはネストとフィリアしか出来なかった筈のモノ。
「ネストとフィリアは!」
俺の問いに、リアナは声を上げて泣き始めてしまった。
「2人の声を最後に聞いたのは、君が停止した時だ」
代わりのようにメディスが言う。
一体何が・・・。
「2人はまだ動くアンドロイドを使って君に接触し、強制的に起動させ、自分達の持っている独自のシステムを使うと言った。それを使えば連れ戻せるかもしれないと…ネストが提案して来た。けれど、その代わりに自分達の自己は初期化されてしまうと・・・」
「それって・・・つまり・・・俺を助ける為に・・・2人が犠牲になったのか?」
問い掛けにメディスは辛そうな顔をして逸らした。
初期化されたという事は、今までの知識などが消えたという事。
次に会う時は新しく造られた意思。
前とは違う。
それは俺の知っている"ネスト"と"フィリア"ではない。
全く違う存在だ。
知らないシステムが有るのは、2人が俺に遺したモノ・・・。
「彼奴ら・・・」
リアナを抱き締め、その肩に顔を埋める。
義体だというのに何故涙が出るのか。
知らないうちに機能が増やされたのか、それともこれも2人がやったのか。
助けてくれた事に感謝する事が出来ない。
2人が犠牲になって助かったのだ。
喜ぶ事など出来ない。
2人は犠牲になる事の意味など考えていなかっただろう。
死に対して恐怖など抱いていなかったから。
そうだとしても、言い表せないこの感情をどうすれば良い。
暫くの間、俺はリアナを抱き締めたまま動けなかった。
「これからどうする?」
数日後、施設内に残ったデータの削除などの作業を終えて潜水艦に戻り、一息吐いている時にメディスが訊いて来た。
「生きるしか無いだろ」
俺の答えに、泣き止んだリアナが「だよね」と頷き返す。
世界各地で戦闘用アンドロイドを使用した戦争が起きていたり、AIは危険だと言ってアンドロイドを破壊する人間がいたりする。
楽に生きる事は出来ないだろう。
それでも、生きるしか無い。
生きなくてはならないのだ。
2人が繋いでくれた命なのだから。
「取り敢えず、アンドロイドとか義体でも暮らせる場所を探そう」
俺の言葉に2人が頷く。
本当に2人は消えてしまったのか。
2人は俺に自分達の保有していた能力のようなモノを俺に託した。
施設内の至る所を探しても何が起きたのか解らなかったが、連絡が付かないのが証拠だろう。
胸に手を当てて目を閉じる。
フィリアに"前を見なさい!"と怒られてしまう。
ネストには笑われるだろう。
目を開けて窓の外を見る。
進んだ先で何が起きるのか、その時の俺達には知るよしも無かった。
ただ"生きる"と決めた。
『俺にはまだ・・・護りたい人達がいる。だから・・・死を選ぶにはまだ早い』
決心して隣を見ると、リアナが振り返り、優しく微笑んだ・・・。
施設の事件は、開発中のアンドロイドの暴走として世界中に報道され、それによってアンドロイドに対して危険視する人間が増え、暴動が起きるようになった。
それが"戦争"と言われるようになるのは数年後の事。
出逢いと別れは繰り返す。
アンドロイドと義体にも寿命のような物は存在するが、生身の人間よりも長い。
それでも生きる事を諦めはしなかった。
人間とアンドロイドが殺し合う中でも、互いに手を取って生きている者達がいたからかもしれない。
そういった者達に出逢えていなかったら、俺達はどんな道を歩んでいただろう。
同じ場所に留まる事が出来ないのは、最初は辛かったが、それも数年で慣れた。
「シアーーーン!」
草花の咲く丘の上からリアナが呼ぶ。
その傍らには、メディスが建てた養護施設で暮らす子供達の姿。
「にーちゃーん!早くー!」
「父ちゃんの飯冷めちゃうよー!」
手招きしながら叫ぶ子供達に手を振り返して歩き出す。
子供達が駆け下りて来て腕を掴む。
「早く早く!」
「今日は皆で手伝ったんだから!」
「解ったから引っ張るな」
子供達に囲まれている俺を、丘の上で待つリアナが微笑んで見ている。
こんな事をしている間にも誰かが戦い・・・死んでいる。
解っていても、俺はこの暮らしを壊したくないと思った。
平凡とはほど遠い場所にいたからだろうか。
誰かに"平和ぼけしたか"と言われたとしても、目の前にあるモノを護る事だけを考えていた。
「急いで♪」
坂を登り切った俺の腕を掴んでリアナが足早に歩き出す。
俺は何も言わず、掴んだ手が離れてしまわないように強く握り返した・・・。
それからどれだけ時が流れたのか。
あの時、あの男と何を語っていたのか、メディスは教えてくれなかった。
意外と戦闘能力が高かったのも「秘密」と笑って流された。
施設を出てからメディスは名を変え、孤児院を建て、そこに俺達も住まわせてくれた。
孤児として施設にやって来た子供達を、彼は実の子のように接し、最初は嫌っていた子も彼を慕うようになった。
子供達は、彼があの施設で非道な事を行っていた事を知らない。
それを俺達は話す事は無かったし、話すつもりも無かった。
手に入れた平穏と幸せを壊してしまうから。
丘の上に建つ孤児院からは、下った先の湖がよく見え、丘に座って景色を眺めるのが好きだった。
近場に町が無いのは大変だったが、誰も不満を言う事は無かったが、それでも維持費などは必要で、俺は丘を下った先に在る小さな町まで子供達が作った物や、リアナの作った織物を売りに行っていた。
それだけでは収入が少ない時は他の仕事もした。
何をしていたか2人に話した事は無いが、何となくだが気付かれていただろう。
他にも変わった事が有る。
メディスが俺を本名で呼ぶようになっていたのだ。
「レン。今日は休みかい?」
言いながらメディスが隣りに座る。
「今回は二ヶ月分くらい稼げたから問題無いだろ」
「そうだが・・・。あまり無理はするなよ?」
「解ってる」
こんな何気ない会話をするようになるなど、施設にいた頃は考えもしなかった。
しかし、長く続かない事も解っている。
メディスは生身の人間だ。
義体の俺や、アンドロイドのリアナよりも先に死を迎える。
それでも、その時が来るまでは、出来るだけ長く一緒にいたいと思っていた。
だが、世間はそれを許さないとでもいうかのように変動する。
「どうやら、各地で人間と機械のいざこざが激しくなっているみたいだね」
哀しげな声でメディスが言う。
「何が正しくて間違いなのかなんて考えない。そんなの、ずっと昔からだろ」
「レン・・・」
メディスが哀しげに名を呼ぶ。
「麓の町はアンドロイドの排除に賛同している人間ばっかりだ」
俺の言葉にメディスは何も言わずに俯く。
どうすれば気付かれずに済むのか考えているのだろう。
「俺達は長く此処には居られなくなった」
リアナと話し合い、俺達は義体とアンドロイドだと気付かれない為に、何十年も同じ場所にいないようにする事を決めた。
メディスも含めて対策を話し合わなかったのは、彼は賛同しないと解っているからだ。
自分達のせいで彼だけではなく、子供達までも狙われてしまう。
そんなのは嫌だ。
同じ場所に留まれば、見た目が変わらない事で疑われる。
気付かれた時は間違い無く戦う事になるだろう。
そんなのは嫌だから俺達は出て行く事を決めた。
リアナと話した事をメディスに伝えると、彼は哀しげな表情で「今はそれが良いかもな」と言った。
「お前は一度決めたら立ち止まらず歩き続けるからな~」
溜息混じりにメディスが言う。
「たまには会いに来る」
俺はそう答えると立ち上がった。
メディスは俺を見ない。
未練は有る。しかし、このまま共に暮らしているよりは安全になる。
「死ぬなよ」
哀しげなメディスの言葉は今でも脳裏に焼き付き、忘れた事など無い。
俺達は、何が起きようか引き返す事の出来ない道を選んだ。
ならば、死ぬまで足掻き続けよう。
格好いい理由ではない。
ただ、自分の心に正直で居られる場所を失わないために戦おうと決めた。
寂しさを拭うように、優しい風が俺達の髪を揺らしていた・・・。
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