第9話
文字数 7,523文字
大勢が並ぶ港でクオーレが壇上に立つ。
その姿を微かな灯りが照らしている。
「これから俺達は南極へと向かい、得たいの知れない奴等と戦う。そこでは何が起きるか解らない。だが、何が起きても冷静に判断し、行動する事が求められる。死を恐れるなとは言わない。生きる為に逃げる事も時には必要だ。絶対に勝つまで戦えとも言わない」
クオーレが集まった者達を見渡して言う。
静まり返っているこの場所ではマイクを使わずとも声が聞こえる。
「相手が攻撃してきていないのだから、この戦いに意味は無いと言う者達もいるだろう。しかし、こちらから打って出なければ大規模な戦争が起きるのは確かだ。先の戦闘で見たアンドロイドは、この世界に必要の無い物だ。あれは、この世界を平和にする物だとは思えない。だから戦うのかと問われれば、俺は"そうだ"と迷わず答えよう。例え軍の意向に刃向かう事となっても」
皆が真剣な眼差しでクオーレを見ている。
クオーレもそれに気付いているだろう。
誰も迷ってなどいない。
不安が無いといえば嘘だが、それでも、此処へ来て戦う事を選んだ者達だけなのだから、今更戦わずに帰る事など眼中に無い。
「この戦いは俺の・・・俺と仲間達の勝手な判断によるものだ」
言ってクオーレが横目で少し離れた場所に立つアルフォード達を見る。
「正直な話、俺達だけでは今回の敵に勝つ事は出来ない。だから、力を貸して貰える事に感謝している」
クオーレが前を向き拳を握る。
「勝つぞ!勝って、帰って来る!それが命令だ!解ったか!」
「了解!」
クオーレの言葉に全員が叫んで応え、各々持ち場へと向かう。
その流れに逆らい、ナイトはクオーレ達の元へと向かった。
「クオーレ将校」
声を掛けると、クオーレに「将校は付けなくていい」と言われ、ナイトは悩んだが「クオーレさん」と言い直すと、クオーレは満足そうに頷いてから「なんだ?」と訊き返した。
「宜しくお願いします」
「おう。宜しくな・・・って言っても、俺達のリーダーはこいつだけどな」
言ってクオーレが横にいたアルフォードを見る。
「俺はリーダーなんてやるつもりは無い。出来る事は道案内だけだ。指揮はお前に任せる」
「いいや。今回ばかりはお前がリーダーだ」
リーダーになる事を推され、アルフォードが嫌そうな顔をしている。
「どうして嫌なの?」
ナイトの問いに、アルフォードは溜息を吐いて視線を逸らしたまま「柄じゃ無い」と答えた。
「リーダーだとか気にせず、今までと同じようにしてくれれば良いんだよ」
言ってクオーレが戦艦の方へと視線を向ける。
「さて、準備が整ったみたいだから俺達も行くぞ」
クオーレが歩き出し、その後にナイトとアルフォードが続く。
「今回、俺達が行くのは南極の中心に近いんだよな?」
歩きながらクオーレがアルフォードに問う。
「それに関しては艦内に行ってから話す」
何やら考え事をしているのか上の空のような感じでアルフォードが答え、クオーレが「解った」と頷く。
緊張しているようには見えないが・・・。
「ナイト!」
カイルの声がし、見ると船橋の上で手を振っていた。
その隣にはノエルの姿もある。
「今行く!先に行って良いよ!」
ナイトが言うと、カイルが手を下ろしてノエルと共に戦艦に乗り込んだ。
少し早足でナイト達も船橋を渡って船内へと入ったが、アルフォードだけが甲板で立ち止まった。
振り返って街の方を見ている。
「ア・・・」
呼ぼうとしたナイトをクオーレが肩を掴んで止めた。
「いつもの事だ。何かの儀式みたなものでな。気が済むまで1人にさせといてやれ」
「・・・はい」
頷いてナイトはドアを閉めた。
通路を歩きながら、窓から甲板に立ったまま動かないアルフォードに目を向ける。
暗闇の中、微かに浮かんで見えるアルフォードの姿が寂しげに見えた・・・。
動き始めたのを感じながらグレイクは小さく溜息を吐いた。
これから戦いが始まる事に関して溜息を吐いたのではない。
安堵したと言っても良いだろう。
「さて、情報屋。どうしてアルフォード達と共に行くのを断ったのか教えて貰おうか?」
正面に立ったアカネが腕を組んで問う。
「揺れているから危ないよ?」
心配したものの「これくらい大丈夫だ」と言い返された。
アカネが"情報屋"と呼ぶときは何を言っても無駄だ。
「お前・・・変な所で頑固だよな」
「そんな事より、理由」
頑ななアカネに、グレイクは諦めて小さく溜息を吐いた。
「アルフォード達の向かった場所には、殆ど・・・あのアンドロイドはいない」
「・・・根拠は?」
「信頼は出来ないけれど確かな情報を持っている同業者からの情報・・・としか言えないな」
グレイクの言葉に、今度はアカネが溜息を吐く。
「情報屋には情報屋の掟やらが有るのは知っているが、情報網がどうなっているのか不思議だな」
「情報網に関しては教えられないからな?」
「解っている。それで、どうしてアルフォード達に"アンドロイドはいない"と教えなかったんだ?」
教えなかった理由は簡単だ。
「あそこに"戦闘特化型アンドロイド"がいないだけで、敵がいない訳ではないからさ。結局は戦う事になる。それに、あそこが大本の拠点だっていうのは間違い無さそうだったし」
「拠点にあのアンドロイドを置いていないのか?」
アカネの問いに、グレイクは頷き返した。
「アルフォード達が向かった場所は、地下が施設とかになっているけれど、昔起きた事件で大半が崩落しているから、広さ的には三分の一にまで狭まっている。そんな中に兵器を開発する設備まで設置出来ない。同業者の情報にも、そういった物が有るっていうのは無かったからな。間違いは無い。あの兵器が作られているのは、他の場所だ」
「他の場所?」
「そう。これから俺達が行く所と、もう1箇所」
衛星写真に映っていた場所だ。
「俺ともう1つの部隊が向かう場所は海に近い。何かあったら増援も頼めるし、海から砲撃して貰う事だって出来る。相手も逃走用の物くらい用意しているだろうからな」
「海からの距離は・・・」
「主砲、副砲共に届く場所だから心配しなくていい」
「巻き添えになるのはご免だからな?」
アカネの言葉にグレイクは笑った。
「俺達が裏切らなければ大丈夫さ」
「どうだろうな」
アカネは用心深く、その上簡単に信じない。
恐らくグレイクよりも疑り深いだろう。
今まで何度も信じては裏切られて来たのだから仕方が無い。
アルフォードが初めてだった。
助けを求めたら必ず来てくれたのは。
例え相手が自分より強くても・・・。
「最近はこういう大規模な戦いが無かったから緊張してるのか?」
からかったグレイクにアカネが「緊張なんてしていない!」と顔を赤くして言い返した。
図星だったらしい。
こういう時は安心出来る言葉を掛けてあげた方が良いのだろうが、アカネも何が起きるか解らない事を知っている。
どんな言葉も気休めにすらならない。
解っているからこそ、何も言わず、隣りに座ったアカネの手を、周りに気付かれないように握る。
微かに震えているのは気のせいかもしれない。
全く不安を感じていない訳では無い。
顔に出さないようにしているだけだ。
それぞれの決意と、願いを胸に、戦場へと向かっている。
早く到着して欲しい。
そうすれば戦いに集中できる。
戦っている間は何も考えずにいられる。
考えた所でどうにもならない事を考えてしまう。
「アカネ」
「何だ?」
アカネが不思議そうに首を傾げる。
「これが終わったらデートしようか。行きたい所へ行こう。何か起きても守ってやるから―」
「で・・・」
話している途中でアカネが呟き、気になってアカネを見ると顔が赤くなっていた。
周りに隊員がいるのにそんな表情をするなど珍しい。
「デートなんて誰がするか!」
言うなり右ストレートが横腹にヒットした。
痛みを感じずとも"腹部に経度の損傷"と網膜内に表示が出る。
「機内に整備室が有るから行って来い!バカが!」
言ってアカネが離れて行き、グレイクは横腹を押さえて立ち上がった。
アカネの照れ隠しが乱暴なのは変わらない。
「照れ隠しで殴られるの久々だなぁ~」
呟いて整備室へと向かう。
途中、何人かの隊員が不思議そうに横腹を押さえて歩くグレイクを見て不思議そうにしていたが、早く修理をしたいグレイクの眼中には入らなかった。
全員が乗船した事を確認し、ライラは出港の号令を出した。
軍艦が波を立てて動き始める。
「エーレンとアニマ、トールはカルーへ向かえ!ヴェータはこのままエレノアと共にルーファへ向かう!」
「了解!」
操舵席に座る部下が応え、船の進行方向を変更する。
カルーへ向かうのは3隻。
ライラの搭乗しているエレノアと共にヴェータが航路を変更する。
カルーは南極のかつて"プログレス基地"と呼ばれた場所の近くに建設された軍事施設だ。
ルーファは同じく南極に建設された小さな都市で、目的の施設は都市の北部に在る。
アルフォード達の向かう施設はそれらよりも南極の中心地に近い場所だ。
現在地から目的の場所までかなりの距離が在るが、最新のエンジンを搭載したこの戦艦なら一週間もかからず到着する事が出来る。
その分荒波に揺られてしまうが。
増援部隊としてエーレンに100人、エレノアに120人が残る事になっているが、正直これだけの数では足りないだろう。しかし、今ライラは軍の規律を破って行動している。
これ以上増援を求めると、他の場所でテロなどが起きた場合に対処する部隊が無くなってしまう。
今の数でどうにかするしかない。
「指令。座っていなくて大丈夫ですか?」
操縦席の男がライラに問う。
「大丈夫。立っていた方が集中出来るから。心配してくれて有り難う」
それを聞いて男がモニターへ視線を戻す。
軍に入る前は、誰かが心配してくれるのを正直な気持ちで受け入れる事が出来たが、将校という立場になってからは、機嫌取りで言われているようにしか思えなくなっていたが今は違う。
本当に自分を心配してくれているのだと感じられる。
「全艦に回線を繋いで」
「え?」
ライラの声音に操舵手が不思議そうに訊き返す。
言い方から指令を出す訳ではないと察したのだろう。
「お願い」
「はい」
頷き返し、操舵手が左側に設置されたパネルを操作して全艦に連絡を取り、数秒後、正面に設置された画面の箸に"sound only"という字と、各艦の名が並んだ。
通信が繋がったのだ。
「今回、異例とはいえ、軍の規律に刃向かう行為を私は取りました。それなのに、こうして付いて来てくれた事に感謝しています。ありがとう」
操舵手と、システム管理などをしている部下達が振り向いてライラを見る。
誰1人として後悔している感じはしない。
色んな事を伝えておきたいのに、言葉が上手く出て来ない。
何から伝えるべきだろう。
[指令]
回線から女性の声がした。
別艦の女性艦長だ。
[我々・・・いえ、私達は、私達の意思で此処へ来ました。違反者として捕まるのも覚悟している者達しか此処にはいませし、貴女1人に罪を被せるつもりもありません。もし、貴女だけが辞めさせられる事になったとしたら、私達は辞表を出すつもりです]
その言葉にライラは驚き「どうして」と訊き返していた。
[どう考えてもあのアンドロイドは放置しておく事は出来ない。争いを起こそうとしているのは明らかです。それを止めようとする事は罪ですか?]
通信の声の後、目の前の部下達が顔を見合わせ、うなずき合ってからライラを見た。
「我々には、それを見過ごす事の方が罪に思えた」
「貴女の、貴方達の考えが正しいと思ったから此処へ来たんです」
「私達は軍用アンドロイドです。けれど、それでも・・・意思は有る」
部下達が口々に想いを語る。
今までそんな事を聞いた事が無かったライラは驚き、何も言葉が出て来なかった。
「私達を機械ではなく"命有る者"として扱ってくれたのは貴女が初めてだったんです」
「貴女の意思の全てを私達は知りません。でも、知っている意思を残したいし、伝えたい」
「その為なら、軍を辞めたって構わない」
「この躯と、口さえ有れば、何処だって構わないんですから」
「感謝しているのは私達です」
皆の言葉に、言い表せない感情が溢れる。
その気持ちの名をライラは知らない。
胸が締め付けられ、涙が溢れそうになる。
小さく深呼吸をし「ありがとう」と呟いたライラに、部下達が笑みを返す。
[指令。今後の指示を]
優しい声音で別艦の男性艦長が言う。
ライラは深呼吸し、息を吸い込んだ。
何故不安や、申し訳なさを感じていたのだろう。
皆の気持ちを知らなかったからだ。
思考回路が繋がっていないからこそ、言葉で伝えなくてはならないのだ。
言葉が有るからこそ、そこに"意思"が有るというのに・・・。
「到着まで時間が有る。それまで、警戒は解かずとも、休める時に休んで。今は・・・それだけよ」
[了解]
部下達が応え、通信回線が切られる。
ライラはもう一度深呼吸をし、笑みを浮かべて周りの仲間達を見た。
「貴方達も。交代しながら休める時に休んで」
ライラの言葉に仲間達が「はい」と頷き返す。
『迷うな。私が迷えば、皆も迷ってしまう。信じてくれているのだから』
心に決め、ライラは前を見据えた。
水平線の空が明らんでいる。
間もなく夜明けだ。
穏やかな海が何かを告げているように見えたが、そんなのは気のせいだと自嘲した。
目的の場所に到着するのは5日後。
だからと言ってのんびりしている時間は無い。
「アル」
談話室で他の者達から離れて座っていたアルフォードに声を掛けたのはナイトだった。
他にカイル、ノエル、ミクの3人もいる。
「どうした?酔ったのか?」
「酔っていないし、感覚システムに異常は無いよ!・・・ってそうじゃなく」
突っ込みを入れてからナイトが溜息を吐き、隣りに座った。
何か言いたそうにしながらも、迷っているのか何も言わない。
無言の間が流れ、アルフォードから訊こうとした時、漸くナイトが「大丈夫?」と訊いて来た。
「何も問題は起きていないが」
「そういう問題じゃなくて・・・。その・・・」
その言葉にアルフォードは『まさか』と思った。
ナイトはこれから行く場所が、アルフォードがかつて誘拐され、連れて行かれた場所だという事を気にしているのだ。
2人の前に影が現れ、見るとクオーレとヴィントが立っていた。
「俺達もお前に訊きたい事が有る」
クオーレが真剣な面持ちで言ってアルフォードを見る。
「あの施設で何が有ったのかを聞きたい。それに、少しは内部情報になるだろ」
ヴィントが言ってアルフォードの正面に座った。
「昔の事を話したって、今の内部情報にはならない。あそこは一度無人になっている。あれから千年以上経っているんだ。中だって変わっているだろ」
そう言って顔を逸らしたアルフォードに、クオーレが「お前なぁ~」と苛立ったように言って頭を掻いた。
「俺達はお前の事が知りたいんだよ。お前がずっと1人で抱え込んでるモノを、俺達にも少しは背負わせろ」
クオーレが周りに聞こえないようなるべく小さな声で言う。
その言葉に、アルフォードの表情が僅かだが辛そうに歪んだ。
「恥ずかしい事言わせるな」
「恥ずかしいなら言うな」
「お前ぇ~」
流石にクオーレが本気で殴ろうとしたのをヴィントが止めた。
「放せ」
言ってクオーレが止めたヴィントを睨むと「此処で怒ったらアルフォードの思うつぼだ」とヴィントが言ってアルフォードを見た。
「は?」
意味が解らずクオーレが首を傾げてアルフォードを見る。
「こいつは何かしらの方法で話を逸らす。クオーレは流されやすい所が有るから、話題が変わると本題を忘れる事が多い。それを狙ってわざと怒らせるような事を言った。そうだろ?」
ヴィントの言葉にアルフォードは溜息を吐いた。
彼の言う通りだ。
話題を逸らす事が出来れば何だっていい。
出来る事なら話したくないのだ。
あの施設で起きた事を・・・。
「いつもは流されても構わないが、今回ばかりは話題を変えさせないからな」
ヴィントが鋭い目をアルフォードに向ける。
どうやら本気で昔の事を知りたいらしい。
「話した所でどうにもならない」
「確かに話したからって過去は変わらない。それでも、お前から聞きたいんだ。敵からお前の事を聞くなんて俺は嫌だ。お前は?」
「え?」
ヴィントの問いに、アルフォードが珍しく、微かだが動揺して訊き返した。
「俺達にだって知られたくない事が有る。もしそれを敵から聞かされたら、お前は平気か?」
アルフォードは"その時はその時だ"と思いながら過ごしていた。
もし敵から誰かの事を聞いたとしても、後から本人に訊けば良いと。
「お前は自分から話さない。俺達が訊いてもはぐらかす。今までは大した事じゃないと思っていたが、今回の件で違うと解った」
ヴィントが真っ直ぐアルフォードを見据える。
「なぁ・・・。俺達は・・・お前の仲間なのに、お前の背負っているモノを知る事は赦されないのか?」
そう問う声は切なく、見据える目が切なげになった。
『知る事・・・』
今まで考えた事が無い。
相手を、仲間が仲間の事を知りたいと思う気持ち。
仲間だからこそ知りたいと思うのか。
相手に興味を持つ事は自然な事だ。
自分は相手の事に興味を持った事が有っただろうか。
知りたいと強く想った事は無い。
確かに皆の事は仲間だと思っている。
昔の事を話さなくても、腐れ縁のように付き合いは続いて来た。
話した所でどうにもならない。
隠し続ける事が癖のようになってしまっているのかも知れない。
話したって良い筈なのに・・・。
「はぁ・・・」
小さく息を吐き、アルフォードは一度3人の顔を見てから「俺が・・・事故に遭ったのは話したな」と話し始めると、3人の表情が変わった。
真剣な表情でアルフォードを見る。
「あぁ」
頷いたのはクオーレだ。
それを聞いてアルフォードは頷き返し、言葉を続けた。
「気が付いた時、俺は知らない場所に居た。最初は、部屋の壁や天井、ベッドが白いから病院に居るんだと思った。白衣の男が武装した奴等と一緒に入って来るまでは」
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