第17話
文字数 12,308文字
頭の整理が追い付かなくなりそうだ。
どうして今になって警察の特殊部隊が止めに入ったのか解らない。
理由が解りそうな事をネットで探してはみたが何も出て来なかった。
リアナには到着する前に、ボルグの友人に頼んで別の場所へ移動して貰う事にした。
突然現れたこの男達を、直ぐに信じる事が出来ないからだ。
装甲車が廃工場の前に停まる。
1番最後に、フルフェイスのヘルメットを被った人物が降りて来た。
「此処が貴方達の拠点…」
言ってその人物がヘルメットを外した。
短髪だが明らかに相手は女で、ボルグが目を丸くして「女!?」と声を上げた。
「女ですけど…何か?」
女が汗で少し濡れている深緑の髪を掻きながら言い返す。
「貴方」
言って女が俺を指差した。
「貴方。前からこの街に?」
「…いや」
何故そんな事を訊くのか。
「そう。それなら、避難して来たとか?」
「まぁ、そんな感じかな」
女が何を考えているのか解らないが、本当の事は話さない方が良い。
「…貴方…アンドロイド?誰かと一緒に此処へ?」
「アンドロイドだよ。そして、1人だけど?」
俺の答えに女が疑うように見て来たが、少しして女は「そう」と言って視線を逸らた。
本当に何を考えているか解らない。
[おい。どうして嘘を吐いた?]
通信でボルグが訊いて来た。
[何を考えているのか解らないから]
そうとだけ答えて女を見据える。
「探し物か?」
ボルグが女に問う。
「貴方達には関係無いわ」
「は?」
「俺達と話しがしたいというのは嘘か?」
女の言い方に苛立ち、拳を握ったボルグの肩を掴んだブライトが女に問う。
「話しがしたいのは本当。貴方達にも協力して欲しいから」
「それなら隠し事はしないで貰えないか?何を探していて、何が目的なのか。それを教えて貰えないなら、アンタ等を信じる事は出来ないし、協力もしたくない」
ヴライトの言葉に、女は少し考えた後、小さく息を吐いてから俺達の方を向いた。
「私はセリス。セリス・アレンサ。元国連軍に所属していた。彼等も」
「この装甲車は?」
ボルグが親指で装甲車を指して問う。
「動かなくなった物はそこら辺に有るから、そこから使えそうなパーツを集めて作ったのよ。まぁ、作ったのは私ではないけど」
セリスが答え、隣の男が少し自慢気に胸を張った。
隣の男が装甲車を造ったのだろう。
「貴方達には、あるAIの捜索に協力して貰いたいの」
「AI?」
ボルグが訊き返す。
「そう。AI。特別な…ね」
それだけで俺には誰の事なのか解った。
「特別…て、AIなんだから知能に違いは有るだろ」
ブライトの言葉に女が溜息を吐く。
「3年…もう4年前になるわね。アンドロイドが暴走したあの事件。あの時、世界中のアンドロイドがネットから切り離された。その原因は、アンドロイドのネットを束ねていた存在が無くなったから」
「は?」
意味が解らないというようにボルグが訊き返す。
それもそうだ。
アンドロイドのネットを束ねていた存在など、アンドロイド達が知る由も無いのだから。
人間と同じサーバーを介して意思を共有していると思っていただろうが違う。
AIによる極秘データへのアクセスやハッキングを防ぐ為に、人間は別のサーバーと人工衛星を造った。
それにより直接のアクセスとハッキングを防ぐ事は出来た。けれど、それは人間からのアクセスを拒否する事も出来る状態にしてしまったのだと気付くのはかなり後の事だ。
「今貴方達が使用しているサーバーは人間側の物。そして、それぞれがバラバラなサーバーを使用しているから、内部通信やメッセージのやり取りは出来ても、世界中のアンドロイドと情報の共有をする事は出来なくなっている」
アンドロイドの意識を統一していた筈の存在。
確かに女の言う通り接続は切れた。しかし、それは一時的な事だ。
その後にはシステムが回復し、簡易的な、通信、データの送信、受信、ネットでの検索などは一般のネットとして仕様出来るようになっている。
つまりは、そういった機能の部分だけが人間側の物と共有、併合したという事。
アンドロイドと人間がそれに気付いていないだけだ。
とはいえ、俺はリアナが独自で作ったサーバーを使用している。
リアナのサーバーは独立状態のままなので、俺がへまをして何処かに痕跡を残さない限り、リアナのサーバーに気付かれる事は無い。
通信回線を開き[リアナ]と話し掛けると、すぐに[何?]と返事が返って来た。
[お前と同じく意思を持ったAIは4人いるって言ってたよな?]
[うん…。もう…フィリアとネストはいないから…あと1人かな]
寂しげな声音に俺も辛くなるが、寂しさを押し殺し[その残り1人は今どうしてる?]と問う。
[解らない。あの施設で私が"私"として空間を造った時から、声を掛けて来てくれたのはフィリアとネストが最初に声を掛けてくれて、その存在の事も教えてくれたのは2人だった。けど、2人もその存在については詳しく知らなかったよ。知っていたのは衛星の維持と…データの管理、保存、ネットに関する様々なデータの収集をしていた事くらいだった。今も衛星は無事だから存在しているのは確かだよ]
つまり、その残っているもう1人が具体的に何をしているのか誰も把握していない。
完全に世界と孤立している今、何をしているのかも。
あながち、アンドロイドが暴走したというのは偽りではないのかもしれない。
女の目的は、唯一接触する事が出来るリアナだろう。
「私達は拠点に戻ります。今後、何処かで会う事も有るでしょう。その時は、宜しくお願いします」
リアナと話している間に、女の話も終わり、女達が廃工場を出て行った。
「お前、ずっと黙り込んでいたが、話しは聞いていたのか?」
ボルグの問い掛けに「ああ」と頷き返す。
「簡単に言えば、コアとなっていたAIを見付ける事が出来れば、この争いを終わらせる事が出来る筈だから協力して欲しいっていう話しだろ?そして、俺達は保留にした」
俺の言葉にブライトが「お前なら断ると思ったんだけどな」と言う。
リアナと話しながらも断る事を考えた。
AIと接触する事が出来たとしても、恐らくAIは再びコアとして束ねる事を拒絶するだろう。
リアナが自分の意思で生きる事を決めたように。
けれど俺も気になってしまったのだ。
あの集団が、本当に終わらせる為にAIを見付けたいのか。
「取り敢えず、2人はすべき事が有るだろう。そっちを優先しよう」
2人は何か訊きたそうにしていたが、顔を見合わせてから「そうだな」と頷いた。
まずはこの街を立て直す事が先決だ。
「そう…。それであの質問だったんだ」
ボルグの友人の家へと向かい、そこで待っていたリアナにリビングの椅子に座って貰い、先程の質問の意味を訊かれて集団の事を話し、簡単に説明をした。
それを聞いてリアナが訝しげな表情をする。
「私も彼女と接触する事が出来ないから、知られても問題は無いと思うけど、どうして今になって彼女を探しているんだろう」
「そうなんだよな…。アンドロイドの暴走事件から4年も経ってる。もし本当に探しているなら、もっと前から行動しているだろうし、その噂が俺達にも届いている筈だ」
言って少し離れた場所の椅子に座るボルグがコーヒーを一口飲む。
「彼女達の事はこっちで調べる。街を立て直す為には政府の協力も必要になるだろ。その為にも、誰にコンタクトを取るべきなのか探る必要が有る。それに関してはボルグとブライトに任せるけど、人手が足りなかったりしたらリアナに頼んでくれ」
「大丈夫なのか?」
ボルグが気にするのは当然だ。
セリスと名乗った女の目的がコアとなっていたAI、リアナのような存在だとすると、リアナの事を知られる訳にはいかない。
もしハッキング出来る者がいた場合、少しでも足跡を残してしまったら気付かれてしまう。だが、リアナなら問題は無い。
「リアナは足跡を残さない。前にネットの世界でかくれんぼをして2時間も見付けられなかったくらいだ。あの時は流石に焦ったな」
「はぁ?!お前等…なんつぅ遊びしてるんだよ」
呆れたようにボルグが呟いて溜息を吐く。
あの頃はリアナに躰が無かったため、ああいう遊びしかする事が無かったと説明するのは今度にしよう。
「解った。信じよう。…お嬢さん」
「あっ…はい!」
お嬢さんと呼ばれて誰の事なのか解っていなかったリアナは、ボルグが自分を見ている事に気付いて驚きつつ返事をする。
「宜しく」
「こちらこそ…宜しくお願いします」
言ってリアナが軽く頭を下げる。
それを見てボルグが微笑む。
「それじゃあ、俺達は街の事に専念するが…お前は…1人で行動するのか?」
「そうなるな」
「簡単に言うな~。お前、今までもそうやって来たんじゃないだろうな?」
「大抵の事は1人だった」
俺の言葉にボルグが呆れたように溜息を吐いてリアナを見る。
目が合ったリアナは困ったように笑う。
「はぁ~。俺はお前が心配だよ」
同じような事をメディスも言っていた。
けれど、1人で行動した方が動きやすい事だって有る。
「手を借りないとならない時は知らせる」
自分がこんな事を言える相手が出来るとは考えていなかった。
ボルグが「絶対だからな」と言う。
絶対や必ずという言葉は苦手だ。
それでも、相手が信じてくれるならそれに応えたいと思う。
「ああ。それじゃあ、俺は寝る。ベッド借りるな」
「おう」
「おやすみ」
ボルグとリアナが短く返し、俺も片手を上げて借りた部屋に入った。
上着を脱ぎ、そのままベッドに倒れ込む。
義体なのに疲れを感じる。
恐らく心の問題だろう。
それほど気を張っていたという事だ。
目を閉じてスリープモードに切り替えるが、すぐに眠れる訳ではない。
普通の人間だった頃のように、少し時間が経たなければ眠れないのだ。
意識が少しずつ薄れていく中、リアナとボルグが何か話していたけれど、起きる気力は無かった。
「んっ…」
スリープモードが終わり目を開ける。
何か夢を見ていた気がするけれど覚えていない。
機械は夢を見る事など無いと、いつだったかテレビの中で学者が言っていた。
ならば、俺が見ている物は何なのだろう。
隣を見ると、リアナが微笑んで眠っていた。
起こさないようにそっとベッドから下り、静かにドアを開けて外に出る。
明るくなり始めた空にはまだ星が輝いていた。
静まり返った街。
昨日の出来事が嘘のようだ。
一度壊れたモノは元に戻す事は難しい。
街も元通りになるまで時間が掛かるだろう。
それでも、もう一度立ち上がる事が出来る。
命とはそういうモノだと思っている。
恥ずかしくて誰にも言わないけれど…。
寝起きの散歩のつもりが、昨日火事の起きた場所まで来てしまった。
「君は…」
声が聞こえて振り返ると、深緑の髪をした女、セリスが立っていた。
「こんな早くからどうしたの?」
セリスが言いながら近付いて来る。
「別に。散歩をしていただけだ」
答えて焼けた建物を見る。
「今…こうしている間にもアンドロイドが人間を攻撃している」
言ってセリスが離れてはいるが横に立った。
「人間だってアンドロイドを攻撃しているじゃないか」
「暴走し、危険と判断したアンドロイドを破壊しているだけよ」
「暴走なんてしてない。全員ではないかもしれないけれど、大切なモノを護るために戦っているんだ」
俺の言葉にセリスが鼻で笑い「護るため?」と訊き返して来た。
横目で見ると、セリスはとても冷たい目で焼けた建物を見ていた。
「機械にそんな感情は無いわ。プログラムの異常によって動いているだけ。貴方も」
「プログラムの異常…。機械だから感情なんて持っている訳がない。心なんていうモノも存在しない。だから…語る言葉さえプログラムによるもの…か」
自分で言いながら、呆れて溜息が出た。
そんな俺にセリスが「え?」と訊き返す。
「その台詞は聞き飽きた」
言って俺はセリスの方を向き、真っ直ぐ見据えた。
「アンタは何がしたいんだ?」
俺の問い掛けにセリスは俯き、何か考えてから再び建物の方へと視線を向けた。
「私が…国連軍に所属していたのは言ったわね」
「…ああ」
「半年前…4年前に起きた"アンドロイド暴走事件"に関する極秘ファイルをたまたま見付けたの。そこには、コアの消失によるものだと書かれていたわ。だから、そのコアを見付ければ、暴走するアンドロイドはいなくなると考えた。上層部にファイルを見た事がバレて処罰も覚悟したわ。でも、懲罰を受ける事は無かった。他言しないよう注意をされただけ」
言ってセリスが悔しげに拳を握る。
「上層部はコアを見付ける事よりもアンドロイドの破壊を命じて来た。コアさえ見付ける事が出来れば、全てのアンドロイドを初期化して、危険を冒すこともなく戦いを終わらせる事が出来るのに」
「終わらせるためには初期化をするしかない…と?」
「初期化をすればアンドロイドが誰かを殺す事も無くなるわ」
「そいつらの意思は…感情はどうなる」
「アンドロイドに意思なんて無いわよ。全てプログラムなんだから」
こういうタイプの人間と話していると腹が立って来る。
「ふぅ…」
小さく息を吐いて感情を落ち着かせる。
此処で怒りを露わにしても、こういう人間には何も伝わらないし、考えは変わらないのだ。
「アンドロイドにも感情は有る。例え始まりが只のプログラムだとしても。コアを見付けたからって、全てが終わるとは思えない」
俺の言葉にセリスが「ただの機械が何を」と言い返して俺を見る。
「俺には"ただの機械で感情なんて無い"とか"命なんて存在しない"と、同じ事しか言わないお前達の方が機械に見える」
「私達は人間で、アンドロイドとはちが―」
「違うって言うなら、どうして同じ事を言う?俺は何度も…人間とアンドロイド、両方と戦って来た。けど、お前等人間よりもアンドロイドの方がそれぞれちゃんと想いが…感情が有った。けどお前等人間は、誰に何を訊こうが同じ事ばかりで、そえぞれの想いを感じなかったし、今だってお前はこれまで戦って来た奴等と同じ事しか言っていない」
つい言葉を遮って言い返してしまった。
どうもこういうタイプを相手にすると感情が溢れてしまう。
「コアを見付ければ全てが終わるなんて甘い考えだ。もう既にアンドロイドの中に有るAIは"1つの命"としてそれぞれ存在していて、お前達人間と同じように生きている。リセットしたって、いずれ再び己の意思で生きる事を選ぶ」
太陽が昇り始め、先程よりも空が明るくなり、辺りを照らしている。
「…どうしてコアが必要なのか解っているみたいね」
「アンドロイドの思考を纏めていたのがコアなら、コアを戻せばまた全ての思考を統一して初期化する事ができる。これは、昨日アンタと話して言っていた事を纏めただけだ」
「ハッキリと言ってはいなかったつもりだけれど」
「あの会話の内容で解らないほどバカじゃない」
俺の言葉にセリスが「フッ」と笑い「そうみたいね」と言う。
人間はどうして、自分達でAIという存在を生み出し、それが自分達の入力した事以外はやらない、学ばないと決めつけるのか。
赤ん坊が、小さな子供が、周りを見て成長するのと同じだというのに。
「また何かあったら、その時は宜しく」
言ってセリスが背を向けて歩き出す。
宜しくなどしたくないと思ったが黙っておいた。
風が吹く中、焼けた建物を見上げる。
[アルフォード?]
通信が開き、まだ眠そうなリアナの声がした。
[おはよう。どうした?]
訊き返して来た道を戻る。
[どうしたって…。起きたら居なかったから]
心細くなった…という事だろうか。
心細いというのも、説明するのが難しい感情だ。
[少し散歩をしてた。今から戻る]
[うん]
頷いてリアナが通信を切る。
最後の声はどことなく寂しげに聞こえた。
人間の持つ感情は、口で説明する事が出来ても、実際に経験しなければ解らない事ばかりだ。
既に立て直す為の重機が幾つか置かれている。
今日中にも作業が始まるだろう。
背を向けて歩き出す。
首を突っ込んだのなら最後までやるべき事をやる。
それだけだ。
「お帰りなさい」
玄関のドアを開けて中に入ると、リビングからリアナが顔を覗かせて言った。
「…あぁ」
短く返してリビングに行くと、テーブルに料理が並んでいた。
「朝帰り?」
大皿をテーブルに置いた女性が振り向いて言う。
ボルグの友人、サラエラといったか。
「違います」
即答した俺にサラエラが笑って「解ってる。ちょっとからかっただけよ」と言う。
リビングには俺とリアナ、サラエラの3人しかいない。
「あいつは仲間の所」
察したサラエラが笑いながら答える。
「こんな時間に?」
「小さい畑だけど、野菜を育てているの」
言ってサラエラが椅子に座り「どうぞ」と勧められ、俺とリアナも椅子に座った。
アンドロイドが畑を育てる事を誰かは嗤うだろうか。
「アルフォード?」
隣りからリアナが心配そうに問う。
笑みを浮かべて「何でもない」と返してから「それじゃあ、頂きます」と言ってフォークを手にした。
久し振りに穏やかで、静かな朝だった気がする…。
焼けたビル等に関して、政府からの支援、一般企業の協力も有り、大抵の事は各企業との協力で復興作業が行われる事となった。
街の復興などに関してはボルグとヴライトに任せた。それでも、何もしないというのも落ち着かない。
復興作業が進められている大通りへ向かうと、ボルグとヴライトが作業員の人達と何かはなしていた。
「あれ?」
話をしていた男性が俺を見る。
その視線を気にして2人も俺の方を見た。
「アルフォード?どうした」
ボルグが不思議そうに問う。
「別に…大した理由は無いんだけど…何もしないっていうのは…その」
口ごもる俺にボルグが首を傾げ、ヴァイスも不思議そうな顔をする。
気恥ずかしくなって視線を逸らす。
「落ち着かないんだ。ずっと旅して、特定の場所に長居せず…」
言いながら辺りに目をやる。
「今までにも争っている街を多く見て来たし、戦いもしたけど、こうして留まったのは初めてなんだ。だから、何もしないっていうのが落ち着かない…から…何か手伝おうかと」
言って横目で2人を見ると、驚いたような顔をしていたが、顔を見合わせて笑みを浮かべ、ボルグが首に腕を回して来た。
「そうか!それなら、お前の力量を頼る事にしよう!」
言いながらボルグが首に腕を回したまま歩き出す。
「ヴァイス!悪いが、話を進めておいてくれ!俺はこいつと作業に加わって来る!」
「解った」
あっさり承諾した事に少し驚く。
敵対していたとは思えないほど2人が信用し合っている感じがした。
俺のいない所で2人が色々と話をして理解し合ったのか、それとも俺がいるからか。
2人の表情から裏が有る感じはしない。
単に打ち解けただけか。
「お前、クレーンの操作は出来るか?」
ボルグの問いに首を傾げる。
「まぁ…重機の操作法は知ってるけど」
「けど?」
「俺は…その…」
ボルグの問いにどう返せば良いだろう。
アンドロイドは重機の操作もネットから情報としてロードし、それによって重機の扱う事が出来るうえ、人間のように免許を取得する為の試験を受ける必要が無く、交付の申請をするだけで良い。
けれど俺は普通の義体でも、アンドロイドでもない。
普通の人間として試験を受ける事は出来るが住所は無い。
アンドロイドとして免許を取る事も出来るが、アンドロイドのように操作に関するデータをロードしたからといって上手く動かせる訳でもないのだ。
どう動かすのかを主体となっているヨクト細胞に教えなくてはならない。
戦闘に関しても、施設に居た頃にメディスの考えたAIを組み込んでいない空のアンドロイドと模擬戦を何度も繰り返したから戦えるだけだ。
生身の人間と同じ、文字を書く、話す、食べるなどといった事は直ぐに出来たが、義体になってから初めてやる事を覚えるのは結構大変だと、施設を出てから知った。
立ち止まった俺に「何か都合が悪いのか?」とボルグが小声で問う。
「…新しい事を覚えさせるのが少し大変なんだ」
小声で答える。
「あぁ…。義体だからか?」
その問いに理由を話そうかと思ったが、流石にヨクト細胞の事まで話す事は出来なかった。
無言で頷き返す。
ボルグは何も訊かずに「それなら、まずは力仕事をして貰おう」と言い、資材置き場へと案内してくれた。
「おーい!新しい手伝いが来たぞー!」
ボルグの呼び声に作業員達が集まって来る。
「良かった!今は1人でも多く手伝って欲しいからな!」
「それにしても、そんな細身で大丈夫か?」
「おい!お前等は知らないだろうけどな~。この人はこう見えて凄いんだからな!」
「けど"戦闘に関しては"だろ?」
「力仕事と一緒にされてもな~」
集まった者達の会話を苦笑しつつ聞く。
あまり重い物を持てないのはアンドロイドも同じだろうに。
「こういう手伝いは初めてらしい。だから、最初は資材を運ぶ作業をさせろ」
「は~い!」
作業員達が返事をするとボルグは「任せたからな」と言ってヴライト達の方へと戻って行った。
「よし!それじゃあもう少し休憩したら作業を始めるぞ!」
作業員のリーダーらしき男が言い、作業員達が「はい!」と答える。
「宜しくお願いします」
「おう!ボルグさんの紹介だからって甘やかさないからな?」
「はい」
こういう事が初めてだった俺は、少し楽しみだった。
「よーし!休憩だー!」
リーダーの男が叫び、作業員達が手を止めて休憩所へと向かう。
「お前も来い!」
手招きされて歩き出そうとした時「アル!」と呼ばれた。
足を止めて振り向くと、リアナが駆け寄って来た。
手に何やら包みを持っている。
「どうした?」
問い掛けに、駆け寄って来たリアナが照れたような笑みを浮かべる。
「ボルグさんがこの時間にお昼休みだって教えてくれたから」
言ってリアナが持っていた包みを差し出す。
「お!愛妻弁当か!」
離れた所で眺めていた集団の1人が言い、周りが「羨ましいな~」などからかってくる。
「あいさい?」
リアナが首を傾げる。
恐らく今脳内で"愛妻"の意味を調べているだろう。
「有り難う!」
態と大きな声で言ってリアナの思考を止める。
「リアナはこの後帰るだけか?」
問い掛けにリアナが頷く。
「休憩が終わるまでいたら?」
「いいの?」
嬉しそうな顔で聞き返されると俺も嬉しくなってしまう。
「あぁ」
頷き返し、作業員達から離れた場所で座れそうな場所を見付けてリアナの持って来てくれた包みを開けて弁当を出す。
蓋を開けると美味しそうな匂いがした。
「頂きます」
言って食べ始めた俺を、リアナは隣で嬉しそうに見詰めていた。
「ボルグさん達は…忙しいみたいだね」
弁当を食べ終わり、貰った缶コーヒーを飲んでいると、リアナが辺りを見渡しながら言った。
「こうしている間も、揉め事が起きているからな」
弁当を食べている間だにも[工事現場から1㎞ほど離れた所で争いが起きたから対処に向かう]とボルグから連絡が入った。
この街での戦争は終わったけれど、揉め事くらいの争いはまだ続くだろう。
本当の終わりはいつ…。
「アル?」
呼ばれて思考が現実に戻される。
「ん?」
「どうかした?」
不安げに問うリアナに笑みを返し「何でもない」と答える。
「本当に?アルは何でも1人で抱え込むからな~」
ふて腐れたようにリアナが言う。
1人で抱え込んでいるつもりはないのだけれど、周りからはそう見えるのか。
「アルは…凄いね」
その言葉、何度聞いただろう。
「凄くなんてない」
「凄いよ!」
言ってリアナが立ち上がり、目の前に立って俺を見下ろした。
「アルがこの街の戦争を止めたんだよ!」
「俺はボルグ達と話しただけ。戦争を終わらせたのはボルグとヴライトだ」
「その2人の心を動かしたのは間違いなくアルだよ」
優しく微笑み、言ったリアナが俺の持っていた弁当の包みを取り、大事そうに抱き締める。
「だから…私も頑張る」
リアナの呟きに「え?」と聞き返すと、彼女は「なんでもない」と笑みを浮かべた。
「それじゃあ、そろそろ行くね」
「あぁ。気を付けて帰れよ?」
「うん。アルも頑張ってね!」
言って歩き出したリアナの背を見送る。
1人で帰すのは不安だが、何かあれば連絡が入るだろう。
「羨ましいな~」
離れた場所で休憩していた作業員の1人がニヤニヤしながら言う。
「今の彼女だろ」
からかおうとする作業員の言葉に「彼女ではない」と返す。
「けど、お前は好きなんだろ?」
「…どうなんだろうな」
「は?」
俺の言葉に話し掛けてきた作業員が不思議そうな顔をする。
俺にも、彼女に抱いている感情がよく解らなくなってきた。
最初に抱いたのは確かに"恋"だ。
今でも彼女の事は"好き"だけれど、彼女には届かないだろう。
彼女には"恋"が解らないから、俺が"好きだ"と伝えても、友情などの方に受け取られて終わりだ。
いつか"誰かを好きになる"という事を解って欲しいと待ちすぎてしまったのかもしれない。
「お前は~」
溜息混じりに言って男が方に腕を回して来た。
「戦闘に関しては無謀に突っ込んで来るのに、恋愛に関しては臆病過ぎるんだな~」
「は?」
「俺達が恋のキューピットに-」
「ならなくていい!」
言葉を遮って腕を振り払う。
「けど、のんびりしてると誰かに取られるぞ?俺とか」
男が笑って言い、俺が睨むと慌てて「冗談!冗談だから!」と両手を振り、俺が目を逸らすと「まったく」と呟いた。
「冗談でもそんなに怒るくらいなら、気持ちだけは伝えておいた方が良いんじゃないか?」
「あいつには…多分まだ解らない感情だ」
俺のぼやきに男が「は?」と訊き返す。
「何でもない。ほら!休憩時間は終わりだ!」
言って歩き出した俺の後に男が「おい!もう少し話そうぜ?」と言ったが無視した。
「あー!腹立つ!」
廃工場へ入って来るなりボルグが叫んだ。
「落ち着け」
共に入って来たブライトが呆れたように言う。
「俺だって腹が立ちましたよ」
後から入って来た仲間達も苛立っている。
「何があったんだ?」
先に来ていた俺の問い掛けに、ボルグが荒々しく椅子に座って「セリスとかっていう女だよ!」と答える。
またあの女は余計な事を言ったらしい。
「俺達が揉めてる奴等を止めに入ってたら途中から来て"人間同士のいざこざにアンドロイドは関わるな"ってよ。ふざけんな!」
「あ~」
それは腹が立っても仕方が無い。
「もしかしたら"またアンドロイドと人間の争いに発展するかもしれない"って思ったからそう言ったのかもしれないだろ」
「何だ?お前、あの女の肩を持つのか?」
「そうじゃない。もしかしたらって言ったろう」
「お前は俺達の味方じゃないのかよ」
ボルグが俺を睨んで言う。
「俺はお前達が攻撃を受けたりすれば助ける。けれど、お前達から戦いを仕掛けたら止めに入る。それを味方と呼ぶかどうかはお前達次第だ」
言って近くの椅子に座る。
仲間達が何か言いたげな目をしているが無視をした。
今の発言で"どっち付かずの中途半端な奴"と思われても構わない。
俺はどんな状況でも自分の想いを貫くだけだ。
「それで?政府の方は?」
また女の悪口を聞く前に本題に入る。
「政府は全面協力してくれている。文句を言って来る奴等もいるけれど、トップの奴等ではないから無視している。其奴らが何をして来るかは解らないけれど、そうなった場合は特殊部隊に任せる事にした。まぁ、それでも防ぎきれそうに無いなら俺達も戦うけど」
ブライトが言って椅子に座る。
「今まで黙っていた奴等が出て来るのも腹が立つけどな」
ボルグが吐き捨てるように言う。
「第三者が出てややこしくなるのを懸念していたんだろ」
「そんな理由で-」
「警察の中にアンドロイドはいない。つまりは生身の人間だけだ。人間が止めに入ったら、お前達は話を聞いたのか?」
ボルグの言葉を遮って訊き返す。
「それは…」
言葉を詰まらせたボルグが視線を逸らす。
「お前に報告が来ていないだけで、本当は警官が止めに入っていたかもしれない。そう考えると、被害が拡大しないように防衛線を張っていた理由も解る」
ボルグとブライトが争っていた地区よりも先は警備隊によって封鎖されていた。
争いが終わった事で漸く街全体の状況が解ってきた。
直接話を聞いた訳ではないが、人間とアンドロイドの争いを拡大させない為に防衛線を張り、防衛線よりも内側の争いは警備隊が鎮めていた。
その時逮捕されたアンドロイドや人間が仲間を求めて外側に集まるようになる。
そうして外側での争いが激化し、政府は街の安全地区の守りを強化した。
よって外側の争いを止める為に部隊を送る事を躊躇ったのだ。
何もしていなかったと言われればそうなってしまうだろう。
それでも彼等、内側から停戦を呼び掛ける事は止めなかった。
その声を彼等、ボルグ達は無視をしていたのだ。
どちらが悪いとは言えない。それでも、少しでも皆が声に耳を傾けていればこの争いは早く終わっていただろう。
「話を戻そう」
言ったのはブライトだった。
「中央区に行けるようになって皆心に余裕が出来たみたいで、少しは色々と考えるようになったらしい。前みたいに揉め事を起こす事は無くなった。まぁ、喧嘩を売られる事は有るらしい。相手にしないようには言っているが…」
いつまた火が付くか解らないという事だ。
それでも良い方向へ向かいつつ有るのは解る。
問題は…。
「政府は今後…」
話し合いは夜中まで続いたけれど、殆どがボルグの愚痴で、終わる頃にはリアナとサラエラが来て夕飯を作ってくれ、酒も有った事で飲み会に発展した。
機械の躯で酔う事は無いけれど、酒の味が解らない訳ではない。
1人外へ出て空を見上げる。
季節が秋へと向かっているからか、風が少し冷たく感じる。
中から聞こえる楽しげな声を聞きながら、少しの間だそのまま空を眺めていた…。
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