第5話
文字数 13,187文字
それが何なのか理解するのと同時に、電脳回線にグレンから通信が入った。
[部隊をステルス機で向かわせた。そろそろ目視出来る筈だ]
[はい。確かに目視しました。ですが・・・何故ステルス機で?どうやってあれだけの数を動かせたんですか?]
[将校達が動いたからだ]
それを聞いてナイトは驚いた。
今までにもそれなりに大きな戦いは有ったが、3人の将校が動く事は無かった。
しかも、人数分のステルス機を出撃させるなど前代未聞の筈だ。
少し離れた場所で操縦席が射出されるのが見えた。
[あれはお前等の所の増援部隊か?]
唐突にウォルスが通信して来た。
驚きつつもナイトが[はい]と答えると、ウォルスは[そうか]と頷いた。
[お前から増援部隊に通達しろ!新しく敵が東南から進行して来ている!今来た奴等の三分の二をそっちに回してくれ!]
[了解!]
答えるのと同時に通信回線を開き、カイルとノエルに繋ぐ。
[カイル!東南から敵が接近して来てる!]
[東南?そこから見て東南だと・・・俺から見て左か]
ウォルスには三分の二と言われたが、どうもそれでは厳しい気がしてならない。
[ほぼ全員を連れて行っても構わない]
それくらい送らなくては不味いだろう。
[解った。ノエルの部隊はそっちに向かわせる。残りは俺と東南に向かう]
[お願い]
[了解。私は隊長と合流します]
ノエルの声がし、カイルの引き連れる部隊と、ノエルの連れる部隊の大まかなルートがデータで送られて来た。
「これから増援が来る!それまでに数を減らすぞ!」
「了解!」
隊員達の返事と共に敵が侵攻して来ていると思しき方角へ進む。
一般人は今の所安全な中心地に避難しただろうか。
気にはなるが、今自分に出来る事をしなければ。
進んで行くと、突然銃声が轟いた。
音の数からして少数ではないというのは明らか。
[こちらナイト。敵と接触しました]
[了解。こちらも確認した。あれは・・・]
ウォルスが口ごもったのとほぼ同時に、ナイトも敵の姿を目視した。
その瞬間、背筋に悪寒が走った。
現れたのは、全員男か女か解らない戦闘服を纏い、ヘルメットを被っている。
全員が同じ慎重、同じ体格だ。
気味が悪い。
初めに接近して来ていた敵が物陰に隠れるのを見て、ナイト達も物陰に入った。
銃声と共に、無限とも思える銃弾が盾にしている壁を削り始める。
「何なんだアイツ等!」
「異様な集団だな」
近くの仲間達が言う。
確かに異様だ。
動きからして只のテロリスト集団ではない。
そういえば先ほどウォルスは”集団”としか言っていなかった。
もしかしたら、ウォルスはこの集団の事を知っているのではないだろうか。
規律の取れた、言い換えれば基礎的な動きをして敵が攻めて来ている。
『もしかしたら…』
タイミングを計り、仲間の一人に合図を送る。
頷いた仲間が手榴弾を取り出して敵が固まっている場所へ放る。
爆発よりも早くナイトは先陣を切って引き金に掛けていた指に力を入れた。
基礎では手榴弾を誰かが投げた場合、破片を食らわぬよう身を潜める事となっている。
予想は当たった。
敵はナイト達が予想外の行動を取った事に一瞬動揺し、進行して来ようとしていた敵が慌てて物陰に入った。
「相手は初期設定しかされていない戦闘用アンドロイドだ!基礎訓練の知識しか覚えていない!時間を掛けるほど不利になる!今の内に叩け!」
ナイトの言葉に物陰で銃撃に耐えていた仲間達は一斉に攻撃を始めた。
いつの世代の戦闘用アンドロイドか解らないが、時間を掛ければAIが戦闘パターンを学習し強敵となってしまう。
ナイト達も戦闘用アンドロイドだが、ナイト達よりも前に製造された戦闘用アンドロイドには意思や感情が無く、本当に戦う為だけのAI兵器だと聞いている。
学習されてしまったら倒すのが難しくなってしまうのだ。
銃弾を躱しながら数を減らしつつ前進する。
「なっ!いつの間に!」
左から声がし、見ると小道から5人の敵が接近して来ていた。
「何の反応も無かったぞ!」
数人の一斉射撃によって敵5人が崩れ落ちる。
その間にも前方から敵は攻めて来ていた。
少しずつ動きが変わっている。
『学習スピードが速すぎる!』
今もこうしている内に周囲の地形をネットからダウンロードしているかもしれない。
それにしても、先ほどから何人か倒しているが、数が減っている気がしないのは何故だ。
敵の輸送ヘリが飛んで来ている様子は無い。
数日前から何処かに潜伏させていたのだろうか。
[そっちはどうなってる?]
忙しそうなウォルスの声が頭の中でした。
[彼等は何なんですか?最初は初期設定されている基礎だけで戦っているような動きだった!なのに、もう特殊部隊並みの知識を得てる!]
表情では隠す事が出来ていたが、通信では動揺を隠せなかった。
[俺が知るか!兎に角、冷静になって状況を報告しろ!]
冷静になれと言われても難しい。
それでもナイトは息を吸い込んで話を続けた。
[数は減らしている筈なのに、減っている感じがしません]
[こっちもだ。だが、兵力は互角だ。諦めるなよ]
諦めるつもりなど無い。しかし、終わる気がしないのも確かだ。
「敵は負傷した部分を動かなくなった者から回収し、代用して再び戦っているようです」
後方から声がし、振り向くと仲間を連れたノエルが立っていた。
「此処へ来る途中、後方から攻撃をしようとしていた敵と遭遇し、偶然その場を目撃しました」
ノエルが隣に立ち言う。
「なるほど。けど、確実に数は減っているという事か」
ナイトの呟きにノエルが頷き返し、何かに反応して頭上を見上げ「伏せて!」と叫んだ。
咄嗟にその場に伏せる。
何かが空気を裂く音が微かに聞こえた。
その数秒後、正面から迫っていた敵の頭上から何かが降って来て爆発し、爆風が周囲の物を吹き飛ばした。
強風が盾にしている壁に衝突して地震のような揺れを生む。
風が止み、見ると敵の三分の一が爆風によって吹き飛んでいた。
影が降って来て地面に落ち、衝撃波と共に土煙を巻き上げる。
一体何が起きたのか解らず、ナイトは茫然としていた。
徐々に煙が晴れて行く。
「はぁ…。僕は戦闘要員じゃないって前に言ったよね?」
聞き覚えの有る声がした。
「面倒臭いだけだろ」
もう一つ声がする。
煙が晴れ、グリーンの髪をした男、グレイクがランチャーを手に立っていた。
そして…。
「どうして…」
思わず声が漏れた。
その声が聞こえたのか、右手に白銀のハンドガンを握る黒髪の男が振り向いた。
風に黒いコートが揺れる。
「どうして君が此処に…」
ナイトの言葉に男は何も言わず白銀の銃口を敵の方へと向ける。
来ないと思っていた。
それなのに、その背中は今目の前に見えていて、安心してしまっている。
「アル!」
そう呼ぶと、敵の方を見ていたアル、アルフォードが空いている左手で”進め”と合図を出した。
見間違いではない。
今突然目の前に現れたのは存在している友好的なレジスタンス達のリーダー、アルフォードだ。
ウォルスの話では来ないと言っていたのに。
それに、どうやって此処まで来たのだろう。
「呆然としてるな!さっさと終わらせるぞ!」
アルフォードが叫び引き金を引く。
白銀の銃から響いたのは、ハンドガンとは思えない音だった。
ハンドガンというより、ライフルなどの音に近い。
「しょうがない。僕も少し本気でやろうか」
言ってグレイクが敵に向かってランチャーを投げ、腰に下げていたフォルスターから銃を抜いた。
それが合図だったかのようにアルフォードが右斜め前の迫り出した壁に向かって駆け出す。
アルフォードが近付いたのとほぼ同時に壁の裏から敵が顔を出した。
その瞬間、アルフォードが敵の顔面に向かって蹴りを食らわせ、よろめいた所をグレイクの放った弾丸が頭を打ち抜く。
そのグレイクの後ろに別の敵が。
「グレ―」
名を叫びそうになったナイトの声は途切れた。
後ろを見ていない筈なのに、グレイクが後ろから来た敵に回し蹴りを食らわせたのだ。
彼は、本当は強いのではないだろうか。
だから、彼は此処のリーダーとなっているのかもしれない。
「…っ!援護しろ!」
我に返って叫ぶと、ナイトは駆け出した。
仲間達の声は聞こえないが、後方からの援護射撃が当たるかもしれないという考えをせず、ナイトもアルフォードとグレイクが立つ前線へと向かった。
弾幕の中を駆け抜けて二人に合流する。
「へぇ~。君って意外と根性が有るんだ~」
グレイクが緊張感の無い声で言う。
「僕は戦闘用アンドロイドです。弾幕の中を走る事に恐怖なんて感じない」
言い返したナイトにグレイクが「アンドロイド…ね」と呟いたが、すぐ笑みを浮かべ、アルフォードに「どうする?」と問う。
「此処だけでもさっさと終わらせる。二人は援護を。数分の間で構わない。時間を稼げ」
アルフォードの指示に、ナイトは意味が解らなかったが、グレイクは解ったらしく「りょうか~い」と応えて近くに落ちていた敵のライフルを手に取る。
「えっと~。新人君」
「僕は新人ではなく”ナイト”です」
「あ~はいはい。ナイト君」
何かと腹の立つ。
「グレイク。あまりからかうな」
アルフォードが呆れつつ言う。
「いやぁ~。こういうタイプ久し振りでさ」
グレイクが楽しげに言う。
今のがからかっていると言うなら相当性格が悪い。
ナイトの怒りなど気にも留めずグレイクが「僕と君は左右から来る敵の掃除だよ~」と言い、駆け出したアルフォードの援護を始める。
ナイトもため息を吐きそうになったが、アルフォードの援護に集中する事にした。
左右から出て来る敵をナイトとグレイクが撃つ。
正面の何人かはアルフォードが撃ちながら進み、1人を飛び越えると、後ろから頭を掴んだ。
「がっ…あぁああああ‼」
頭を掴まれた敵が断末魔を上げ、体を硬直させたかと思うと、激しく痙攣し始め、ヘルメットの下、首筋に赤い液体が流れるのが見えた。
一体何が起きたのか解らない。
アルフォードは何をしたのだろう。
相手が動かなくなってもアルフォードは手を放さない。
「あぁああああああ!」
突如、周囲の敵が奇声を上げ、頭を抱えて暴れ出し、糸の切れた操り人形のように全員がその場に崩れ落ちた。
「……え?」
あまりの事に何が起きたのか状況が呑み込めないナイトの横で、グレイクが「大丈夫?」とアルフォードに叫んで問う。
「平気だ!お前はウォルスの方に合流しろ!」
叫んで答えたアルフォードの眼を見てナイトは違和感がしたが、それが何なのか解らず、今はこの戦いを終わらせる事に集中しようと気合を入れなおした。
「ナイト!」
「はい!」
名前を呼ばれて咄嗟に返事をすると、それが面白かったらしくアルフォードに笑われた。
「考え事でもしてたか?」
「あっ…まぁ…」
「お前は俺と東南に向かうぞ」
「解った」
「それじゃあ、僕は行くよ~」
言ってグレイクが1人歩き出す。
「無茶するなよ?」
アルフォードの言葉にグレイクは片手を振った。
「その言葉、そのまま君に返すよ~」
言い返されたアルフォードが痛い所を突かれたというように苦笑する。
ナイトはグレイクと出逢って間もないが、もしかしたらアルフォードは彼の本当の姿を知っているから”来ない”という選択をしたのかもしれない。
「俺達も行くぞ」
言ってアルフォードが歩き出し、数歩で走り出したので、ナイトも仲間達と共に駆け出した。
「アル!訊きたい事が有るんだけど!」
言いながら何とかアルフォードに追いつく。
「ん?」
前を見たままアルフォードが訊き返す。
「どうして此処に?ウォルスさんからは“来ない”って聞いていたんだけど」
「本当は来るつもりなんて無かったさ。けど、相手が相手だからな」
一体どういう意味なのか。
「アルは、さっき戦った彼らが何者なのか知っているの?」
「…まぁな」
アルフォードにしては歯切れの悪い答え方だ。
「彼らは何?」
ナイトの問いに、アルフォードはナイトを一瞥してから小さく溜息を吐いた。
呆れた訳ではないというのは表情で解る。
言いたくないような、そんな感じの表情だ。
言いたくないのなら自分で調べるかとナイトは思い、話さなくて良いと言おうとしたが、先にアルフォードが「奴等は」と言った。
「…千年以上も昔に起きた“アンドロイド殲滅作戦”で使用された兵器の改良型だ」
「アンドロイド…殲滅作戦?」
聞いた事が無い。
「その事件に呼び名なんて無いからお前は知らないだろうな」
名も付けられていない事件など有るのだろうか。
「アンドロイドが作られ始めて数年後、人類の義体化実験が行われるようになった」
そんな事、一体いつ有ったのだろう。
時間が有る時に昔の資料を読んではいるが、そんな事が行われていた事など書かれていなかった気がする。
「それから暫くして、ある施設で事件が起きた。それは、ニュースで“アンドロイドの暴走”と報じられ、多くの人間がアンドロイドを危険視するようになった。市場に出回っていた、何の害も無いアンドロイドの破壊活動が始まったんだ。そして、暴徒化した人間達はそれを“アンドロイド殲滅作戦”と言っていたんだ。そして―」
「待って」
アルフォードの話を止めたのは後ろを走るノエルだった。
「人間がアンドロイドを破壊し始めたんですよね?」
ノエルの問いにアルフォードが「ああ」と短く頷き返す。
「それなら、あれはアンドロイド側が使用したんですか?」
再びノエルが問う。
「いや、あれは人間側が使ったんだ」
「え?」
ノエルが“意味が解らない”という顔をする。
「当時アンドロイドはネット上に自分達の“隠れ家”を作っていて、躰を失ってもすぐ別の躰を使って戦地に戻った。それに引換え、人類は生身だ。死ねばそれまで。だから、機械同士で戦わせる事にした」
それで開発されたのが、今攻撃して来ているアンドロイドの基礎となったアンドロイド。
「ネットサーバーに接続せず、戦闘だけを覚えて戦う機械。それが“戦闘用アンドロイド”の始まりでもある」
そんな経緯が有った事に驚いたが、人類とアンドロイドが闘っていた事にも驚いた。
今でも人間とアンドロイドが争う事は有るが小規模で、その多くが話し合いで解決する事が多い。
「あれは戦闘に特化した兵器だ。話し合いなんて意味が無い。あれらは衛星に接続されていないが、あれらで情報の共有はしている。どういう方法で共有しているかは解らないけどな。まぁ、あまり時間をかけるべきではないという事に変わりは無い」
それはナイトも感じた。
倒すまでに時間が掛かるほど敵の戦闘能力が上がってしまう。
倒せる内に終わらせなくては。
「もう一つ訊いてもいい?」
今度はナイトが訊いた。
先程と同じく「ん?」と短い答えが返って来る。
「さっき、何をしたの?」
その問いに、出逢って初めてアルフォードが表情を固めた。
訊かれたくなかったのか、それとも言いずらいのか。
どちらにせよ、何を考えているのか解らない。
「さっきの事に関してはいつか話す。今は―」
アルフォードが言葉を途中で切り、立ち止まったのと同時に正面よりも上に向かって銃を構えて引き金を引いた。
それとほぼ同時に、その方向から複数の銃弾が飛んで来た。
咄嗟にナイト達は物陰に飛び込んだが、アルフォードだけがその場を動かない。
幸いにも銃弾は当たっていないが、何とも無謀な戦い方だ。
少ししてアルフォードもナイトとは反対側の物陰に隠れた。
[一時の方向にスナパー。撃てるか?]
アルフォードが電脳通信で訊いて来る。
一体どうやって周波数を合わせているのだろう。
電脳はハッキングされたという警告を出していない。
この方法も教えて貰いたいくらいだ。
[解った]
答えてナイトは後ろにいた仲間からスナイパーライフルを受け取り、言われた方角へと銃口を向けた。
何かが動いたのを確認し、狙いを定めて引き金を引くと、横で何かが動いた。
撃ち抜いたかどうかを確認せずにアルフォードが飛び出したのだ。
正面からは敵が来ている。
「アルフォード!」
思わず叫んでナイトも駆け出した。
「ナイト!」
後ろからノエルの声がしたのとほぼ同時に再び無数の銃声が響いた。
有り得ない速さで敵との距離を縮めたアルフォードが敵の腹部を蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた敵が後方の数人を巻き込んで吹き飛ぶ。
転がった所に手榴弾が投げられ、爆風が周囲の敵を吹き飛ばす。
それだけで10体は削った。
敵は相変わらず無言で迫って来ている。
『残り、約120体』
終わるのか不安になってしまう。
「おい!集中しろ!」
アルフォードに怒鳴られ、ナイトは思考を現実に引き戻す。
迫って来ていた敵の首元にアルフォードがナイフを突き立て、そのまま横に振り払った。
敵が首元から赤黒い液体を流して転がる。
「考え事は後にしろ!」
「…うん!」
気合を入れ直し、ほぼアルフォードと同時に駆け出す。
銃弾が躯すれすれの所を通過する。
怖くないと言ったら嘘になるが、後方で援護射撃をしてくれている仲間を信じて進む。
ナイトはライフル1つだが、アルフォードは銃とナイフを器用に切り替えて戦っている。
一体どのタイミングで持ち替えているのか。
見ている余裕も無い。
左の方から気配がし、目をやるのとほぼ同時に銃声がし、目の前を影が覆った。
金属がぶつかり合う高い音がし、何かに弾かれた銃弾が地面に当たる。
間に飛び込んで来たアルフォードが銃身で弾を弾いたのだ。
たまたまで出来る事ではない。
アルフォードが倒れた敵からナイフを奪い、左から来ていた敵に投げ付けて駆け出す。
ナイトは右から迫っていた敵に銃口を向けた。
何も話さず戦いに集中する。
何となくアルフォードが何をしようとしているのか解る。
アルフォードが狙われれば此方が援護し、此方が狙われればアルフォードが援護してくれる。
援護し合いながら戦う事など今まで無かった。
心の何処かでは"替えの効く存在"というのが残っているからかもしれない。
例え、今在る意思は1つでしかないとしても、機械としての躯は修理すれば再び動く。
意思が無くとも、この躯は動いてしまうのだ。
それでも、アルフォードは"今の自分達"を護ってくれている。
ただ1つの存在と考えて・・・。
[アル]
こちらからの問い掛けに[ん?]と答えが返って来る。
[今度、煙草を一本貰って良い?]
戦いながら全く関係無い事を話す。
今までなら考えられなかった事だ。
[止めておけ]
[え~。生身の躯ではないから害なんて無いよ?]
[メンテが面倒臭くなるぞ?]
それは意外だ。
[そうなの?]
[あぁ。内部に付着したヤニっていうのは、べた付いてなかなか取れないんだ。それでも良いなら一本と言わず1箱くれてやる]
べた付いてなかなか取れないのは困る。
[やっぱり止めておくよ]
ナイトの答えにアルフォードが笑った。
[メンテナンスが面倒臭くなるのに、どうしてアルフォードは吸うの?]
問い掛けにアルフォードは数秒黙ってから[暇だから]と答えた。
[なにそれ]
ナイトが笑うと、アルフォードもまた笑った。
今が戦闘中でなければ、もっとゆっくり話が出来るというのに。
再び正面に敵の姿が見え、ナイトとアルフォードは気を引き締め、銃を構えて引金を引いた。
どれだけの時間が過ぎたのか、北西で戦っていたウォルスから通信が入った頃には朝を迎え、晴天から太陽が地表を照らしていた。
「終わった…」
ぼやいて座り込んだナイトの隣にアルフォードが座り「お疲れ」と言う。
「お疲れ。怪我は……無いみたいだね」
アルフォードはずっと前線で戦っていた。
被弾していたように見えたが、傷が無いのを見ると気のせいだったらしい。
「お前もな」
言ってアルフォードが胸ポケットから煙草を取り出す。
煙草を吸っている姿を見ると、アンドロイドというより生身の人間に見えてしまう。
先ほどの戦い方からしても違うと解っているのに…。
「向こうも終わったか」
動かなくなった機械を仲間達が回収してトラックに詰めている。
恐らくアルフォードが言っているのはウォルスの方だろう。
吐き出した煙が風に流れて消える。
こちら側には怪我をした仲間が二十人ほど出たが、皆「これくらいの傷で済んだのはあの人のおかげだ」と言っていた。
その言葉通り、仲間が狙われている時、殆どアルフォードが助けに入っていた。
自分が怪我をするのさえ顧みず…。
「……終わった…」
呟いたナイトの隣で、アルフォードが白煙を吐き「一応な」と呟く。
その目はゆっくりと辺りを見渡していた。
荒廃した街が更に荒れてしまっている。
煙草を吸い終えたアルフォードが立ち上がり「俺達も戻るぞ」と言う。
どうやらウォルス達は拠点に向かったらしい。
ナイトも立ち上がり仲間に向かって言おうとしてからある事に気が付き固まった。
そんなナイトの様子にアルフォードが気付く。
「どうした?」
アルフォードの問いにナイトは苦笑して答えた。
「これだけの大人数。どうやって基地に帰ろうかと…」
それを聞いてアルフォードが目を丸くし、数秒後「ははははは!」と笑った。
「どうして笑うの!」
「いや・・・悪い・・・」
アルフォードが一頻り笑った後息を整える。
「よし!送ってやるから心配するな!」
「良いの?」
「あぁ」
頷いたアルフォードが歩き出し、ナイト達も後に続く。
「あの!どうやったら貴方みたいになれますか?」
アルフォードの周りに仲間達が集まる。
「自分、どうしても狙った位置から若干のズレが生じるんですけど!」
「彼女っているんですか?」
「おい!彼女がいるかどうかなんて聞いてどうするんだよ!」
「良いだろ別に!」
「こいつ、モテたくて必死なんですよ」
「煩い!」
取り囲んだ仲間達が盛り上がっている中、アルフォードはただ笑っていた。
まるで以前から仲間だったかのようだ。
―ヴォン・・・
鈍い音がナイトの顔の横を後方から抜き、何かが前を歩く者達へと飛んで行くのを見た瞬間背筋が凍った。
「アル!」
ナイトの声から何かを察したアルフォードが半身振り返った瞬間、アルフォードの右肩から先が爆発と共に吹き飛んだ。
近くを歩いていた仲間達の数人が爆風に巻き込まれて吹き飛ぶ。
無事だった者達は何が起きたか解らず呆然としていた。
何が飛来したのか解らない。
ロケットランチャーだとしても、センサーが有るのだから接近して来ている事に気が付かないなど有り得ない。
「ア・・・・・・アル!」
少ししてナイトは我に返り、その場に座り込んだアルフォードに駆け寄った。
「アル!大丈夫?アル!」
吹き飛んだのは右肩から先だけかと思ったが、耳も抉られ、頭部を形成している鉄板が見えていた。
「そっちは!」
倒れている仲間を抱き起こしていた仲間達に問う。
「・・・・・・」
仲間達は何も言わず、ただ顔を伏せて首を横に振った。
それが意味するのは"死"だ・・・。
『まさか・・・アルも・・・』
そう思うとナイトは怖くなった。
初めて"こうなりたい"という目標を与えてくれた存在で、友人となってくれたのに失いたくない。
「アル!ねぇ・・・返事をして!アル!」
「あ~。耳元で叫ぶな」
掠れた声が聞こえた。
アルフォードが顔を上げ、何かが飛んで来た方を見る。
「アル?」
ナイトは気になってアルフォードの見ている方向を見た。
そこには人影が5つ。
いや、それ以上・・・。
先程戦っていた者達よりも数は少ないが、ナイトは今見ているものが信じられず驚いた。
仲間を引き連れて現れたのはヴァイスだったのだ。
どうして彼がこのような場所に来たのか。
しかも、来るという情報は一切入っていない。
「君が現れてくれたので助かったよ」
不適な笑みを浮かべてヴァイスが言う。
「・・・フライキングか。よく造れたな」
アルが立ち上がって言う。
「ある施設跡で色々と貴重な資料を見付けてね。その中の1つを復元する事が出来て、ずっと試したかったんだ」
「悪趣味だな」
「重要そうな物は3つしか手に入れられなかった。本当に残念だよ」
「そうか?俺は、お前みたいな奴に3つも見付けられて最悪な気分だ」
「ほう。それは嬉しいな」
2人が何の話をしているのかナイトには解らなかった。
恐らく2人以外全員が解らない。
「いい機会だ。今此処で、君が何者なのか聞いて貰おうか」
嫌な笑みを浮かべてヴァイスが言った時、後方から複数の足音が聞こえた。
半身振り返って確認する。
間違いない。
ウォルス達だ。
「アル!何があった!」
腕を失ったアルフォードを見てウォルスが叫んで駆け寄る。
「今丁度彼の事について話そうと思っていた所だ」
「あ?」
ヴァイスの言葉にウォルスが怒りを含んだ声で訊き返す。
「何でこいつの事を知ってんだ」
「造られた時代を知っているだけさ。彼自身については知らないに等しいよ」
ウォルスの表情が険しさを増す。
「こいつの事は、こいつから聞く。テメェが話す事じゃねぇ!」
言ってウォルスが前へ出ようとした時、空気を震わせるほどの重低音が辺りに轟いた。
ヴァイスが空を見上げ「チッ」と舌打ちをする。
エンジン音が聞こえ、トラックと装甲車2台が通りを曲がって現れた。
「君達が彼の事を知って、それでも"仲間"などと言えるのか気になったのだけれど、それは今度の楽しみにしておこう」
残念そうにヴァイスが言う。
走って来る装甲車の助手席の窓から、上半身を覗かせた人影が発砲して来た。
咄嗟に仲間達が撃ち返し、全員物陰へと退避する。
その隙にトラックと装甲車がヴァイス達の前に止まり、数秒で走り去ると、そこにヴァイス達の姿は無かった。
ほんの数秒でトラックに乗り込んだのだ。
「アイツ逃げやがった!」
「こちらの装甲車なら近くまで来てる!それで」
「止めろ!」
騒ぐ仲間達の声を止めたのは、アルフォードやナイト、ウォルスではなかった。
ディオートのリーダー、グレイクだ。
今回の戦闘で、今まで見ていた姿が偽りだった人物。
「追うだけ無駄だ」
「どうして!」
次々に批判の声が上がる中、グレイクがアルフォードを見る。
今回、アルフォードとグレイクが現れるまで戦況は拮抗していた。
2人の力が加わって戦況が変わったと言って等しい。
遠回しに"自分達は弱い"と言われている気もするが・・・。
「相手は少人数だった。だが、それなりの物を装備しているだろう。それを考えると、追うべきではない」
言ったのはアルフォードで、アルフォードの言葉にグレイクが頷く。
「それに、色々と整理しないと。彼等の話も含めて」
言ってグレイクが頭上を仰ぐ。
ナイト達も見ると、小型の輸送機が降下して来ていた。
輸送機が着陸し、中から軍服を着た男達が降りて来る。
その中に知った顔を見てナイトは驚いた。
話した事は無いが、入隊式の時に見た。
軍服を着崩した厳つい体格の男。
細身で真面目そうな面持ちの男。
インド人風の肌をした女。
有り得ない事にナイト達兵士は絶句してしまった。
陸軍将校、クオーレ・クレアソール。
空軍将校、ヴィント・アミーネ。
海軍将校、ライラ・エルスターニア。
なぜ3人が此処へ来たのか。
「はぁ・・・」
アルフォードが呆れ、面倒臭そうに溜息を吐く。
[グレン大佐!一体どういう事ですか?]
急いでナイトはグレンに通信し問い掛けた。
[ナイトか。まずは無事で良かった]
[それよりも、どういう事なのか説明して下さい!どうして将校が3人揃って戦場に来ているんですか!]
少し混乱しつつ問うナイトにグレンが[落ち着け]と言う。
この状況で落ち着ける訳がない。
軍のトップ3人が戦場に来ているのだから。
[私も数時間前、お前達が出発してから20分後ほどに各将校が出発すると聞いて驚いた。上層部の者達も止めたのだが、彼等はそれを利かず基地を出発した。彼等が不在となったため、将校代理が今上層部の機嫌を取っているところだ]
驚きのあまり上官に対して怒鳴ってしまったが、グレンは全く気にもしていないのか、いつもの落ち着き払った声で話を続ける。
横からノエルが袖を引っ張る。
ナイトが誰かと電脳通信で誰かと話している事に気付いているらしい。
[帰還させる為の輸送機を出す。そっちに到着するのは2日後くらいだ。どうして将校達がそっちに行ったのかは俺も気になる]
つまり"理由を聞き出せ"という命令だ。
[・・・解りました]
頷いて通信を切り、ナイトは少し不安げに見ているノエルに「グレン大佐も彼等が此処へ来た理由は解らないって」と伝えた。
「よう。また派手にやったな」
通信でグレンと話していた間に歩いて来ていた3人の内の1人、クオーレがニヤつきながらアルフォードに言った。
「将校3人が揃って席を・・・基地を出て良いのか?」
アルフォードが嫌味混じりに言い返す。
「大丈夫ではないだろうな。まぁ、上層部の奴等には前から目を付けられているからな~。今更何か理由を付けて辞めさせられたって良いさ」
「何を暢気な」
笑って言ったクオーレに、左に立つヴィントが呆れ顔で言い返す。
「大丈夫よ。私達を辞めさせれば自分達が不利になるって解っているんだから何もして来ないわ。多分だけれど。フフフ」
ライラが言って楽しげに笑う。
最後の意味深な笑い声にナイトは背筋に悪寒が走った。
「それより、その腕どうするの?治せる?」
ライラがアルフォードの腕を指差して問う。
「あぁ。素材は揃ってる」
「なら良いわ。ところで、それぞれのチームリーダーは誰?」
ライラが話を変えてナイト達を見る。
「此処のリーダーはこいつ。軍のリーダーは―」
言葉を最後まで言わずにアルフォードがナイトを見る。
それを見たヴィントがナイトを見て「随分と若いな」と言った。
「今回起きた事件についての会議を行う。各班の隊長、副隊長は、後で場所を知らせる。来るかどうかの判断は任せる」
クオーレが言ってアルフォードを見る。
「お前は・・・腕を治すのにどれだけ時間が掛かる?」
「形だけなら1時間程度でなんとか」
「解った。なら、2時間後に会議を行う。いいな?」
「ああ」
アルフォードはそう言うが、どう見ても1時間程度で戻せる損傷には見えない。
「あの!」
話に割って入ったのは、グレン直轄部隊の副隊長、カイルだった。
「なんだ?」
「彼も会議に出るというのは解ります。ですが、どう考えてもその損傷はたった1時間程度でどうにかなる物には見えない。会議を明日にする事は出来ないんですか?それに、どうして将校である貴方達が此処へ来たのかも解らない」
「俺は大丈夫だ」
「でも!貴方だって疲れているでしょう!自分達の体は機械だから疲れなんて感じないのは解ってます。けど、気持ちの問題だ!」
アルフォードの言葉をカイルは珍しく苛立った表情で言い返す。
「こいつ等が此処に来たのは、それだけ今起きた事が対処を急がなくてはならない事だからだ」
言ったのはアルフォードだった。
「躯の事を心配してくれるのは有り難いが現状把握が先だ」
アルフォードの言葉にカイルが不服そうな表情をする。
それを見たアルフォードが苦笑し「ホント・・・心配してくれるのは有り難いよ」と言ってカイルの頭を撫でた。
「ちょっ!子供扱いしないで下さい!」
カイルが慌てて離れる。
「はははっ!ほら!一度グレイクの拠点に戻るぞ!」
アルフォードが笑いながら言って歩き出す。
「おい!お前も乗れば良いだろ!」
クオーレが後ろの小型輸送機を親指で指す。
「俺は歩いて戻りたい気分なんだよ」
背を向けたままアルフォードが答えると、将校3人が駆け寄って来た。
後方で小型輸送機が離陸する。
電脳通信で帰投するよう命令を出したのだろう。
「なんだよ」
追い付いた3人にアルフォードが言う。
「お前が歩くなら俺も歩く」
「久々に基地の外に出たからな」
「そろそろ退屈で死にそうだった」
クオーレ、ヴィント、ライラが言う。
その言葉にアルフォードは笑って「好きにしろ」と言った。
そんな4人の後ろ姿を見てナイトは直ぐに解った。
この4人は知り合いなのだ。
恐らく3人の将校が軍に入る前から。
そういう空気が4人の周りには漂い、現に誰1人として近付けない。
ナイト達は少し離れて4人の後に続いた。
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