第2話
文字数 10,681文字
三時間前まで居た場所から30分も掛からない場所に元軍基地が在る事に気付かなかったのは周りのビルがそれを隠していたからだ。
「行くぞ」
アルフォードに言われ、数人に囲まれた状態で歩き出す。
アルフォードは信頼できる相手だと思う。しかし、他の者達はそうではない。
突然来た軍事用アンドロイドは彼等からすれば何をするか解らない存在なのだ。
警戒されても仕方がない。
着陸した輸送機の後方部が開き、中型のトラックが二台出て来ると、後から見知った人物が二人の軍人と共に降りて来た。
大きな切り傷によって塞がれた右目。
厳つい顔立ちに歳を感じさせないほどしっかりとした立ち姿。
多くの年配者が若い姿を望む中、彼は見た目50歳ほどの躯を使用している。
僕が所属しているヴァルバード駐屯地の司令官の一人で、配属されていた部隊は彼の直属の部隊だった。
グレン・フィナークス。
驚きのあまり駆け寄り「大佐!どうして此処に?」と訊いてしまっていた。
軍人としては怒られても仕方のない行動だったが、グレンは怒るどころか口元に笑みを浮かべ「無事で良かった」と重く深みの有る声で言い、後から来たアルフォード達を見た。
「暇なのか?」
アルフォードが呆れたように言う。
「お前に用も有ったしな」
まるで知り合いのような言い方。
「あの・・・」
小声で声を掛けた僕にグレン大佐が「君は中で待っていてくれ」と言う。
言い方からして命令では無い。
それでも彼の言葉に逆らう事は出来ないのは、彼が上官だからだ。
「はい」
頷いて輸送機へと向かう。
後ろの方でグレン大佐とアルフォードが話している声が微かに聞こえたが内容までは解らなかった。
輸送機の中に設置された椅子に座る。
グレン大佐は軍の中でかなりの権力が有ると聞いた事が有る。
ただの噂だと思っていたが、直属の部隊を持つ事が許されている事が証拠のように思えた。
そんな彼が直接会いに来たアルフォードという男は何者なのだろう。
昨日話をしたが、僕は彼について何も知らない。
一緒にいる事が出来れば何か解るのだろうか。
時折考えても答えが出ない事も、彼なら答えを教えてくれるだろうか。
グレン大佐の部下として働くのは嫌ではない。
寧ろ他の部隊よりは恵まれていると思う。
それでも・・・。
「それでは失礼する。先ほどの件、宜しく頼む」
グレン大佐の声に顔を上げると、近くまで来ていた。
どれくらい考え事をしていたのか。
輸送機に乗り込んで来たグレン大佐が僕を見る。
僕は立ち上がろうとしたが、グレン大佐が片手を上げて止め「座っていて構わない」と言う。
「君も大変だったな。躯は大丈夫か?」
こうして気遣ってくれるのは、知っている上官の中では彼だけだ。
「はい。アルの・・・アルフォードの仲間が修理をしてくれました」
「そうか」
言ってグレン大佐が隣りに座る。
「大佐は・・・彼と知り合いなんですか?」
「彼とは、アルフォードの事か?」
「はい」
「私の息子だ」
「そうな・・・・・・えっ!?」
頷きかけてから驚いてグレン大佐を見ると「フッ」と笑われた。
「冗談だ」
「大佐がそのような冗談を仰る方だとは思いませんでした」
「側近には"解りにくい冗談"だと言われる」
確かに解りにくい。
僕等アンドロイドは普通の人間より長生きなので、大佐に子供がいてもおかしくはない。
息子と言われたら信じてしまう。
「息子ではないが3年ほど同居していた。その間に少しは親しくなれたと思っていたが・・・離れ、会う度にそうでもなかったのだと思い知らされる」
言ってグレン大佐は溜息を吐いた。
「君を助けたのが彼等で良かった」
確かにそうだ。
レジスタンスと呼ばれるキャンプで暮らすアンドロイドの中にいる武装した者達は、戦場に現れて負傷した者を助けては巨額の身代金を要求したりする。
「物資などの要求されたのでは?」
「何も要求などされていない」
即答した大佐が横目で僕を睨んだ。
どうやら怒らせるような事を言ってしまったらしい。
元々強面だからそんな気がするだけかもしれないが・・・。
「彼等・・・主にアルフォードだが、あいつは物資の要求などしない」
「なら・・・何故物資を?」
「ユラだ。何も要求して来なくとも困っているはずだ・・・と」
ユラとは、グレン大佐と同じく指揮権を持った人物で、軍に入隊した理由が解らないほど優しい性格をした女性だ。
彼女なら本当に"困っているかもしれない"という理由で物資を詰め込みそうだ。
しかし、今まで彼女が独断で物資を輸送させた事が有っただろうか。
「大佐。これより基地へ向け出発します」
やって来た軍人が報告して去る。
気になる事は有るが、まずは基地へ戻ろう。
『また・・・会えるだろうか』
小さな窓から外を見る。
アルファード達はすでに街の方へと歩いていた。
アルフォードは皆の後を付いて行くように一番後ろを歩いている。
輸送機が動き始めて地上を離れ始めた時アルフォードが足を止めた。
振り返った彼と目が合った・・・気がした。
「国内に関しては問題は起きていないが、各地で武装したレジスタンスの目撃情報が増えている。数日前も、メデス近郊で襲撃事件が起きた」
「裏で武器を売買している者達がいるらしいが、そちらに関しては何の情報も入って来ない」
「内通者がいる・・・と?」
「何処かで拾った武器を使っているという可能性も有る」
「だとしても、弾の購入は何処かでしているだろ」
「元を絶たなければ」
見た目二十代から三十代のスーツを着た男3人・女3人の計6人。
その向かいに座る3人の軍人。
3人の後ろには付添いの軍人が立っている。
後ろに立つ付き人の一人がグレンだった。
「各キャンプとの交渉は今後もこちらが行います」
右に座るネイビー色の軍服を着た女が無表情で言う。
海軍将校"ライラ・エルスターニア"
いつから海軍将校という地位に就いたのかは解らないが、他二人の将校と同期らしい。
見た目は二十代後半。
嘗て存在したインド人風の茶色い肌に琥珀色の瞳。
黒い髪を後頭部で束ね玉のようにし、そこに金色の鳥が留っている。
「各地のレジスタンスキャンプには自給自足を目指して貰っています。現地調査に向かった部隊からも順調に進んでいるという報告も来ていますので、物資の支給ももう少しで終われます。その後に関してはまだ決まっていませんが」
「まずは自給自足という地盤を作らなくては・・・という事ですね」
女政治家が言い、その言葉にライラが頷き返す。
「ヒエラクスの方はどうだ?」
男が3人の将校に問う。
「変わりない」
低い声が答える。
答えたのは中央に座る陸軍将校"クオーレ・クレアソール"
見た目四十代半ばで体格がよく、軍服を着崩しているせいか軍人というよりも海賊だ。
これでどちらかの目に眼帯をしていたら間違い無く初めて会う者には海賊と思われるだろう。
「まぁ、困っている事と言ったら"リーダーが勝手に各地に移動する"って事くらいだ」
「はぁ・・・。相変わらずか」
クオーレの言葉に溜息を吐いたのは左に座る空軍将校"ヴィント・アミーネ"
彼等の言う"ヒエラクス"が何かをヴィントの付添いとして同行しているグレンは知らされていないが、何年も軍人として行動しているうちに解った。
ヒエラクスはアルフォードが作っている集団だ。
正しくは"アルフォードに付いて行っている者達の集団"だが。
アルフォードは基本単独行動で、集団で何かをする事が無い。
それでも人を惹き付ける何かを持っており、会う度に人数が増えている。
今回もそうだ。
以前は10人だったのが25人ほどになっていた。
しかも移動用のヘリまで所持していたのだ。
あの男の事だ。
何処かに落ちていた物を修理したのだろう。
「それに加えていつものように物資の要求も無し。まぁ、警戒するだけ無駄な相手だ」
クオーレは溜息混じりに言うが本心ではないだろう。
ライラとヴィントも、アルフォードの事を話してからやたらと気にするようになった。
警戒していないのなら気にもしない筈だ。
「先日襲撃して来たのは本当に報告の無かった武装集団だったのか?」
政治家側の男が疑うような声で問う。
「君の所にいるのは戦闘に特化したアンドロイドだと聞いていたが、まさかその部隊が殲滅されるとは」
嫌味にしか聞こえない言い方に、グレンは"一人は助かりました"と言おうとしたが、それより先にクオーレが「戦闘に特化していようが絶対的な強さではない」と冷めた声で言った。
「それに、そうやって嫌味を言う元気が有るなら代わりに戦場に出てくれるか?もし死んだとしてもメモリーが無事だったら新しい躯で復活させてやるから」
「それは・・・」
クオーレの言葉に嫌味を言った男が言葉を詰まらせる。
「嫌だよな。例えメモリーが無事で新しい躯に入れられても、その時にはもう今の自分ではないんだから」
その通りだ。
アンドロイドでも別のボディーにデータをアップデートした時点でそれは前の自分ではなく、全く新しい存在だ。
「安全な場所から好き勝手言いやがって。アンドロイドだろうが意思を持って存在しているんだ。生きていた奴が死んで、どうして嫌味を言われないといけない。アンタ等だって、機械扱いされて良い気はしないだろ?まぁ、平気だって言うなら、アンタ等はAI以下の機械だ」
「クオーレ。言い過ぎだ」
ヴィントに止められたクオーレが息を深く吸い、溜息を吐いてから「済まなかった」と謝ったが、態度は全く反省していない。
「最近アンタ等頭が固くなって来ているらしいから、少しは休暇を取ってのんびりした方が良いんじゃないか?」
「クオーレ」
「・・・はいはい」
「返事は1回」
「は~~い」
喧嘩腰のクオーレにヴィントが溜息を吐き、政治家達に「すみません」と謝った。
「そちらも休暇を―」
「我々は命を軽んじる発言が嫌いなもので」
男の言葉をヴィントが笑みを浮かべながらも冷たい声音で遮った。
「本日の報告会議は終了という事で宜しいですか?」
無表情でライラが政治家達に問う。
「・・・あぁ。知りたい事は大体聞いたからな」
「それでは我々はこれで」
言ってヴィントが立ち上がり、ライラとクオーレも後に続く。
「あのような事を言って大丈夫なのですか?」
ヴィントの付添いが小声で問う。
「大丈夫。あれくらい言わないとあの人達は何も考えないからね」
小声で答えてヴィントが隣を歩くクオーレを見る。
「なんだ」
「君はどうして堪えられないの?」
「腹が立っちまったんだから仕方ねぇだろ」
「確かに。隊員が死んだっていうのにあの言い方は無いわ」
「ライラまで。・・・まぁ、僕も腹が立ったけどさ」
この三人は政府を敵に回す事になるかもしれないというのを全く気にしていないらしい。
「グレン」
クオーレに呼ばれ「はい」と返事をする。
「あの子の様子はどうだ?」
"あの子"というのはナイトだろう。
「ナイトなら大丈夫です。本日も再編した部隊と共にエンタロスの調査に向かいました」
「・・・そうか」
間が気になったが、グレンは問わなかった。
訊いた所でクオーレは答えない。
そういう男だ。
「エンタロスは、彼・・・ナイト君を迎えに行った場所から50㎞くらい離れた場所の島じゃなかった?」
ヴィントがクオーレに問う。
「あぁ。あそこには過去の遺物が結構残っていてな。それこそ直せば使えそうな機械が。それを回収して修理をしたら、それをキャンプに回せるだろ?」
「なるほど。最近殆どの部隊が出動しているのはそういう訳か」
「はぁ~」
納得して頷いたヴィントの後ろでライラが溜息を吐く。
「そのおかげで色々と調整しないといけないから大変なんだけど」
出動するにしても陸軍は空海軍に輸送して貰わなければならない。
「姐さん!いつも有り難うございま、ゔっ!」
礼を言おうとしたクオーレの言葉が途切れた。
理由はライラが後ろから背中を蹴ったからだ。
「姐さんって呼ぶなつってんだろ」
言い方が昔の映画やドラマに出て来るヤクザの姐さんだ。
『それで"姐さん"か』
グレンが心の中で納得した時、ライラと目が合った。
ライラが笑みを浮かべ、グレンは久し振りに恐怖を感じた。
「今何か思った?」
「いいえ」
即答はしたが内心はヒヤヒヤしている。
「そう」
笑みを浮かべたライラが前を向く。
「そういえば、今度久し振りに飲まないか?」
「そんな暇有ると思ってるのか?」
クオーレの提案にヴィントが呆れ声で訊き返す。
「無いわ」
ライラが即答する。
「将校っていう立場になってから一度も飲みに行ってないだろ~」
項垂れるクオーレに2人が呆れたように溜息を吐く。
「そうだ!」
何か思い立ったらしいクオーレがグレンを見る。
「お前がいる!」
「何故そうなるんですか」
「そんなに飲みたいのか」
グレンの後にヴィントの囁きが聞こえたが、クオーレは無視して「良いじゃねぇか」と笑う。
この人は本当に陸軍将校だろうか。
「よし!そうと決まれば今日の夜空けとけよ~」
笑ってクオーレが歩いて行く。
この人は自由すぎる気がする。
「あなたも大変ね」
いつの間にか隣りに来ていたライラに話し掛けられた。
「嫌になったらいつでも言って。あなたならいつでも受け入れるから」
「おい!勝手に引き抜くな!」
前からクオーレが怒る。
「あら、聞こえてたの」
「真後ろで話してりゃ聞こえるわ!」
「戻ったら報告書に目を通したり、色々とやる事が有るんだ。君の事だから溜まっているんだろ?それを終わらせてから飲みに行け」
ヴィントの言葉にクオーレが項垂れ、頭を掻いて「わぁったよ」とぼやいた。
「そういえば、あの子・・・ナイト君を隊長に任命したって聞いたけど」
ライラが項垂れていたクオーレに問う。
「唯一残ったんだ。新しい部隊の隊長になるのが当然だろ。それとも、再編された奴等の事も考慮して決めた方が良いか?」
「報告書でしか知らないけれど、隊長として適任だとは思うわ」
「なら良いだろ」
「ただ、隊長って色々と大変だから支えてあげられる人が必要って話し」
言ってライラがグレンを見る。
「そういった人が隊員の中にいるかどうか、ちゃんと見てあげてね」
「はい」
グレンが頷き返すとライラは「うん」と満足そうに頷いた。
隊長の仕事は様々だが、それ以外にも色々と有る。
隊員の命を預かる立場という責任が有るのだ。
しかし、隊長という立場など関係無く周りと接して欲しいとも思う。
『どうなるか・・・』
クオーレはナイトに何かを期待している。
それが何かは解らないが、それを確かめたい。
先に何があるのか・・・。
「隊長。物資の確認完了しました」
「あ・・・解った。ありがとう」
まだ隊長と呼ばれる事に慣れない。
報告に来た隊員が苦笑する。
「隊長って呼ばれるのに慣れないと」
「うん・・・。解っているんだけどね」
「それともナイトって呼びます?」
「その方が有り難いかな」
そう答えると隊員が笑った。
冗談ではなく本心なのだが・・・。
「それでは」
言って隊員が去って行く。
皆に名前で呼んで欲しいと言ったらそうしてくれるだろうか。
今回新しく編成された部隊にやって来たのは自分よりも後に作られたアンドロイド達だ。
上官を名前では呼べないと言われるだろう。
隊長になって初めての仕事は遺産の回収だったが、そこにも数人の武装したアンドロイドが現れた。
殺しはしなかったものの、彼等は軍の管理区域に搬送した。
隊員の殆どが初陣だったのか「楽勝だな」と笑っていた。
数人しかいなかったのだから数で勝って当然だ。
数十人を相手にする戦闘の時にどういう反応をするのか。
報告書を済ませて自分も作業へ戻る。
「よう新人!」
正面からやって来た男がニタニタと嫌な笑みを浮かべて声を掛けて来た。
第五部隊の隊長だ。
何処で染めたのか解らないオレンジ色の髪と青い目。
悪い意味で目立っている。
「生き残って隊長になれるなんて楽だな~。俺は隊長になるまで何十年も掛かったのによ~」
言いながら男が近付いて来る。
「それとも、隊長になれるかもしれないから態と戦わなかったんじゃないのか?」
腹の立つ言い方だが、こういうタイプは相手にしない方が良い。
無視して通り過ぎようとしたが男が行く手を阻んできた。
「直属部隊だからって調子に乗るなよ?実戦経験はこっちの方が上なんだ。お前は俺に勝てない。お前みたいな弱虫がどうして隊長なんだか。隊員もついてないな~」
「貴方が隊長ですか?」
声がし、男が僕の後ろを見る。
振り返ると衛生班の女性が立っていた。
女性は男を睨んでいる。
「貴方のような人が隊長なんて、隊員の方々は大変ですね」
言いながら女性が僕の隣りに立つ。
「あ?こいつよりは良い男だろ?」
言って男が女性に触れようとしたが、女性が男を足払いし、流れるような動きで男を押さえつけた。
そういえば、彼女の戦闘能力は僕等戦闘用アンドロイドと差ほど変わらなかった。
「貴方のような方は"良い男"ではなく"自意識過剰"若しくは"嫌味の多い腹が立つナルシスト"と呼ぶんです。もし本当に"良い男"と思われたいのでしたら、色々とご自分の態度を見直すべきだと思います」
言いながら女性が腕を掴んだまま立ち上がる。
「放せ!俺は隊長で・・・中尉だぞ!」
「階級で全てが決まるのですか?」
悔しげに男が歯を食い縛る。
「私は大尉。彼は少佐です。貴方の言い分だと、ご自分より階級が上の者には反抗しないのですよね?けれど、今貴方は私達に反抗していますが・・・」
「悪かった!俺が悪かった!謝るから放せ!」
「反省が見受けられません」
冷たく女が言い返す。
「すみませんでした!放して下さい!」
男がそう言っても女は放そうとしない。
どうやら本気で男が謝らないと放さないつもりらしい。
「あの・・・もう放してあげて下さい」
僕の声に女は小さく溜息を吐いて男を自由にした。
「クソッ!」
吐き捨てて男が足早に去って行く。
「まったく・・・」
女が呟いて溜息を吐き、僕を見て「貴方は優し過ぎます」と言った。
「優しい?」
「優しいではないですか。あの男、全く反省していませんよ?」
「ああいうタイプは何を言っても反省しませんよ」
女性が呆れたように溜息を吐いてから息を吸い「挨拶がまだでしたね」と話を変えた。
「私はノエル・エレナルドです。この度フィナークス直轄部隊に衛生兵として配属となりました。至らぬ所もあると思いますが、宜しくお願いしますナイト隊長」
丁寧な挨拶。
まるでそうプログラムされているかのようだ。
確か報告書に書かれていた。
だが、彼女が来るのは明日だったはず。
「到着は明日になると聞いていましたが」
「そうですが、先にお会いして挨拶をしておこうと・・・。御迷惑でしたか?」
「いいえ!そんな事はないです!」
慌てて否定すると、彼女は照れたように笑い「良かったです」と呟いた。
その表情は幼い感じがする。
『笑うと可愛い人だな・・・』
思わず見惚れているとノエルに「どうかしましたか?」と訊かれてしまった。
「何でもないです!・・・えっと、これからどちらに?」
気持ちを落ち着かせて話を変える。
「基地内を見て回ろうかと」
「そうですか」
「あの・・・」
何か気になるのか、ノエルが俯く。
「出来れば・・・敬語をやめて頂けませんか?」
「え?」
「敬語で話される事に慣れていないもので・・・」
自分よりも階級が上の者に敬語で話される事になれていないという事か。
「それじゃあ・・・・・・君も敬語をやめてくれる?」
「え!?」
驚く表情も新鮮だ。
こうして誰かに歩み寄りたいと思ったのも・・・。
「僕も君と同じで敬語で話されたり、隊長って呼ばれるのも本当は苦手なんだ。だから、君も敬語をやめて欲しいな」
僕が笑みを浮かべて言うと、ノエルの顔が赤くなり、困ったように目を泳がせた。
「えっと・・・その・・・」
かなり困っている。
それなら・・・。
「言い方を変えよう!」
「え?」
「作戦行動中以外での敬語禁止」
「禁止!?」
禁止というのは"命令"と同じだ。
こうでも言わないと彼女は敬語をやめないだろう。
だから"禁止"という言葉を使った。
「・・・・・・・・・わ・・・かった」
長考の末、ノエルが渋々頷く。
申し訳ない気持ちも有るが、それよりも気兼ねなく話せそうな人が来てくれて良かった。
「どうして・・・嬉しそう・・・なの?」
ノエルが話しにくい感じを隠さずに笑みを浮かべる僕を見て問う。
「ん~。なんか嬉しくて」
「嬉しい?」
「うん。こうして気兼ねなく話の出来る相手が今までいなかったから」
「けど・・・、グレン大佐と仲が良いって聞いたけど」
確かに大佐は信頼しているし、悩みが有ると相談している。
仲は良いが、それでも気兼ねなく話せる相手ではない。
「身近にはいなかった」
「あぁ・・・。そういう意味で」
納得したようにノエルが頷く。
「えっと・・・良ければ・・・案内してくれる?」
意外なノエルの頼みに思わず「え?」と訊き返す。
「あまり広くはない基地だけど・・・入り組んでいて」
恥ずかしそうにノエルが答える。
「確かに此処は入り組んでるかな・・・。解った。それじゃあ、行こうか」
言って歩き出した僕の後をノエルが付いて来る。
隣りに並んだノエルは、少し嬉しそうな笑みを浮かべている。
[―ヴァイスだ。ナイト少佐。聞こえるか?]
電脳通信で男の声がした。
[はい。どうされましたか?]
[先日、報告書に書かれていたレジスタンスの事について少々訊きたい事が有る。今から私の所に来られるか?]
『アルフォード達の事か』
内部状況や街の様子についてはある程度報告書に記した。
一体何を訊きたいのだろう。
[解りました。これからお伺いします]
伝えて通信を切る。
「ごめん。ヴァイス中佐の所に行かないといけなくなった」
「そう・・・」
そう呟いたノエルは、残念というよりも、不安そうな表情をしている。
「あの・・・ヴァイス中佐には・・・気を付けて」
何故そんな事を言うのか。
「どうして?」
「あの人は・・・レジスタンスに対して冷酷だから・・・。どんな人が相手だろうと、敵とみなせば殲滅命令を下す。前に居た部隊でも、度々彼から命令が来ていた。当時の隊長が理由を訊いても"命令だ"の一点張りで・・・。実際に会ってみるとレジスタンスの人達はとても良い人達だった。殺す理由なんて無かった。それなのに・・・」
言ってノエルが哀しげな表情で俯く。
「戦ったの?」
僕の問いに彼女は頭を横に振った。
「隊長は命令に従わなかった。それに腹を立てたのかヴァイス中佐は彼をエレドアに・・・」
「エレドアって・・・。中東の南だったっけ?話では傭兵が多くて、金欲しさの為に殺し合いを続けている者達が多いって」
「そう。しかも、部隊としてではなく単独で向かわせようとしたの」
「単独で!?」
それは"死ね"と言っているのと同じだ。だが、今ノエルは"向かわせようとした"と言った。
「その人はエレドアに行っていないんだろ?」
「グレン大佐が止めてくれて、ヴァイス中佐は注意されただけみたい」
つまりは、そのレジスタンスの討伐はヴァイス中佐が単独で命令を出したという事だ。
もしかしたら、グレン大佐に気付かれないよう今でも命令を出しているかもしれない。
「・・・・・・ノエル」
「何?」
「通信を繋いでおくから、ヴァイス中佐との会話と映像を録画しておいてもらって良い?」
僕の言葉に顔を上げたノエルが真剣な面持ちになる。
恐らく彼女もヴァイス中佐に対して思うところが有ったらしい。
「そういう時は隊長らしく言ってくれない?その方が私も気合いを入れやすいんだけど」
まさかそんな事を言われるとは・・・。
苦笑し、気を引き締めてノエルを見る。
「ヴァイス中佐の動向をこれから少しずつでも調べる。その内容の録画は任せた」
「了解」
その答えに頷き、彼女と電脳回線を繋げ、互いに軍人らしく敬礼をして歩き出す。
『大佐にも知らせておこう』
回線を繋げ、これからヴァイス中佐に会う事を伝えると、グレン大佐は[そうか]と頷いた後、少し間を空けてから言葉を続けた。
[アイツが何を考えているのか私も気になっていた。だが、なかなか本性を見せない相手でな。悪いが、お前に任せる。頼んだぞ]
[はい。それでは]
通信を終えたとき、丁度ヴァイス中佐の執務室の前に到着していた。
[ノエル。準備の方は?]
[出来ています]
[よし。それじゃあ・・・行くよ]
言ってノックをする。
「どうぞ」
中から声が返って来た。
ドアノブに手を掛け、深呼吸をし、気を引き締め「失礼します」と言ってから開けた。
・