第19話
文字数 5,036文字
街の中央区で暮らしていた者達はアンドロイドに対して不安を抱いている人間が少なかったからか、ブライト達を受け入れてくれるのは早かった。
今では自由に中央区へ出掛けるアンドロイドが増え、人間と楽しげに会話をしているのをよく見掛ける。
それでも、それを由としない者達との小競り合いみたいな事は起こり、それに関しては警察が動いている。
こうして見ると、自分が思っていた以上に、世界は良い方向へ変わり始めている気がする。
誰もが殺し合う事を望んでいる訳ではない。
そう信じて来て良かった。
「アル?」
後ろからした声に振り向かず「ん?」と訊き返す。
前に回って不思議そうな顔でリアナが俺を見上げる。
3ヶ月前までフードで顔を隠していたが、今ではフードも被らず出歩けている。
日の光の下で堂々と歩かせてあげられたのはいつぶりだろう。
「ぼうっとしてどうしたの?」
「いや…。何でもない」
「ふ~ん」
気になっていながらもリアナは追求しない。
それが有り難い。
真面目な話をするのは当面は遠慮したい。
「あ!あそこ寄りたい!」
言って俺の手を引いてリアナが駆け出す。
「急がなくても店は動かないって」
苦笑する俺の言葉も聞かず、リアナが店の前で立ち止まり、食い入るように硝子の向こうに並ぶアクセサリーに見入る。
「あっ!」
何かを思い出して叫び、振り向いて俺を見る。
「どうしよう…。お手伝いのお礼…まだ貰ってないのに…」
お手伝いのお礼とは、ボルグが畑作業を手伝ったリアナに渡すと約束をした給料の事だ。
給料と言うとリアナが受け取りを断ると思ったのか、ボルグは"お礼"と言い換えた。
「買ってやるよ」
「良いの!?」
そんなに嬉しそうな顔を見れるなら余裕が有る時には買ってあげたくなる。
ディーンからそれなりに貰ったので暫くは金に困る事も無い。
「どれにしようかな~♪」
嬉しそうにリアナが選び始める。
そんな横顔を見つめているだけで俺も嬉しかった。
日が暮れ始め、俺達はサラエラの家に帰り、互いの部屋に戻ってから一階へ行き、リビングに入ろうとした時、中から「そのイヤリング。もしかしてプレゼント?」とサラエラの声が聞こえ、咄嗟に壁に身を寄せた。
なぜ隠れてしまったのか。
入るタイミングを失い困っていると、リアナが「はい」と嬉しそうに答えたのが聞こえた。
「可愛いし、綺麗ね~」
「一目で気に入って…」
「それで?あの子の感想は?」
「感想?」
「それを着けたのを見せたんでしょ?」
「えっと……ふふふ」
「もう!教えてくれても良いじゃない!」
二人の会話を盗み聞きしているだけなのにいたたまれない。
「ふぅ…」
深呼吸をして気を取り直し、ドアを開けて中に入ると「彼氏の御登場ね♪」とサラエラがからかう。
「そのネタ。いつまで続ける?」
無表情で問い返すと、サラエラは「つまらないの~」とふてくされて立ち上がりキッチンへと向かった。
「彼氏…」
リアナの呟きが聞こえ「どうした?」と訊き返すと、彼女は俺を不思議そうな顔で見上げた。
「恋人の男性を指す言葉だけど…恋人って…何?」
『どうして俺に訊く!』
表情は変えずとも内心は物凄く動揺している。
「フフッ」
キッチンから聞こえた笑い声に横目で見ると、サラエラが〝どう答える?″というような目で俺を見ていた。
「さぁな」
「あ。逃げた」
「煩い」
サラエラの突っ込みに言い返してリアナの隣に座る。
「まぁ。恋愛感情とか、私達アンドロイドは、言葉を知っていても、実際その感情がどういうモノなのか解らないから、訊かれても答えられないわよね~」
しみじみと言いながらサラエラが夕食の準備を進める。
「私にもそれがどういう感情なのか解らないけど…何となく〝これじゃないかな?″って想う事は有る」
「どんな感じなんですか?」
リアナの問いに、サラエラは笑みを返す。
「それはまた今度。二人の時に話すわ♪」
「え~。今が良いです!」
「今?今はね~」
リアナのお願いに渋るサラエラが俺を見る。
言わば女同士だけで話したいという事だろう。
別に目の前で話されても構わないが、二人だけで話したいと言うなら邪魔をしないようにしよう。
「二人で話したいならそうすれば良い」
「それじゃ、今度彼女借りるわね~♪」
恐らくサラエラは〝恋愛感情″を知っている。
誰に対してなのかは何となく解っているが無粋な事は訊かない。
アンドロイドが誰かを好きになる事を、人間はどう思うのだろう。
只のプログラムの異常か。それとも…。
「さぁ!今日は私特製エビとキノコのマカロニグラタンよ~♪」
楽しそうに言ってサラエラが着々と夕飯の準備を済ませる。
「私も手伝います」
言ってリアナが立ち上がりキッチンへと向かう。
二人並んで料理をしているのを見ると、まるで本当の母と娘に見えてくるのが不思議だ。
そんな二人を時折眺めながら、俺はネットを開いていた。
その日の夜。
眠ろうとベッドに入ると、壁の向こうから微かに話し声が聞こえた。
集中すれば内容をはっきりと聞き取れるが、眠りたい気持ちが勝り、聞く耳を立てようと思わなかった。
解ったのはサラエラとリアナが話しているという事だけ。
恐らく〝恋愛感情について″だろう。
恋愛感情だけではなく、感情全般がアンドロイド、AIにとっては不思議なモノだ。
プログラムの異常なのか、それともプログラムではない別物なのか。
考えた所で答えなど出ない。
人間だって感情について答えられないのだから。
言葉の意味を調べるのは簡単だ。けれど、どういう感じなのかは誰にも解らない。
楽しいという感じはどういうモノなのか。
哀しいとはどういう感情なのか。
感情を言葉で表す事は出来ても、それが〝そうだ″とは誰にも答えられない。
だから、誰かにその感情を教える事も出来ない。
感情とは、それぞれ、自ら知るしかないのだ。
AIと関わり、義体となってから、そんな風に考えるようになった。
意思や感情。
今では人間とAIを区別する物は〝肉体か機械か″でしかなく、感情に関しては区別する事など出来なくなっていると思う。
それなのになぜ、人間とアンドロイド(AI)を区別したがるのか。
共存を望む声が少しずつ増えれば良い。
微かに聞こえる二人の会話を聞きながら、俺は目を閉じた。
見る夢も、只のメモリーの整理現象だと思えない。
義体化した人間に何が解ると言われたら、俺は迷わず答えるだろう。
〝君達、貴方達が生きている事は解る″と…。
翌日。
1人公園で朝焼けを眺めていると、セリスがやって来た。
向こうも俺が公園にいるとは思っていなかったらしく、一度は帰ろうとしたものの、小さく息を吐いてから近付いて来て「おはよう」と声を掛けて来た。
「あぁ」
短く答えた俺からセリスは目を背けて1人分離れた所に座る。
「…朝…散歩をしているのは…癖…なの?」
戸惑いながらセリスが問う。
それもプログラムだとでも言いたいのか。
「さぁ。どうだろうな」
本当は、寝覚めが悪かった時だけこうして散歩をして気分転換している。
どんな夢かは言わないが、とにかく、面白くない夢だった。
「…貴方は、どんな仕事をしていたの?」
セリスの問いに、俺は答えなかった。
無言の俺に、セリスが小さく息を吐いて「貴方にとって、私は嫌いな人間の1人…なんでしょうね」と何処か寂しげに囁いた。
「機械みたいに同じ事を繰り返し言っているだけのアンタは嫌いだね」
正直に俺が返すと、セリスは寂しげな笑み浮かべ「そう」と呟いた。
「アンタはどうしてアンドロイドが憎いんだ?」
「別に…憎しみなんて無いわ。ただ、争いを終わらせたいだけ」
「憎しみが無い割には初期化する事に拘っている気がするけど?」
俺の問いに、セリスが微かに表情を曇らせる。
自分でも解っていないのか。それとも、何か理由が有るのか。
どちらにせよ…。
「この街は変わり始めた。初期化しなくても、互いに生きて行く事は出来る」
朝の公園の静けさの中で草木が風で揺れる音がする。
穏やかな日々というのはこういう感じを言うのだろう。
こんな日々をずっとと願う者達はどれくらい存在するのか。
誰も、何も考えず、ただ日々を過ごすだけなら良い。
それでも、時々は考えて欲しいと願ってしまう。
当たり前の日々が〝当たり前″ではない事を…。
「…人間みたいな事を言うわね」
呟いたセリスが小さく溜息を吐いて立ち上がる。
「まだ軍に属していた時、無抵抗のアンドロイドを破壊する任務が殆どだった。無抵抗のアンドロイドが殆どで、人間が止めに入って来る事だって有ったけれど、私達はその人達までも…」
背を向けたままセリスが語る。
「もし貴方が人間で、アンドロイドとの戦いを終わらせたいと考えている人達に出逢ったら…どうする?」
セリスの問い掛けに「どうするって?」と訊き返し〝もしかして″と思い「アンタみたいに戦うかどうかの話か?」と付け足すと、セリスが無言で頷いた。
「多分、今とは違って、自分には無関係だと思いながら生きてただろうな」
事故に遭い、メディスと出逢った施設に被験体として送られる事が無ければ、俺があの男の息子でなければ、義体になる事も無かったのだから。
「え?」
言って振り向いたセリスは意外そうな、驚いた顔をしていた。
「何だよ。もしかして、今と同じく戦うって答えるとでも思ったか?残念ながら、そんな事を言うほどの正義感なんて持っていない」
言って立ち上がる。
確かに今は、今の自分として生きている。
人間とアンドロイドの争いに首を突っ込んではいるが、正義感からではない。
そのまま無視して、後々後悔したくないからだ。
後悔しないために動くのと正義感は違う。
それに、何が正しいかなど知らない。
何が正しくて間違いなのか。
誰にも決める事は出来ないし解らない…。
「アンタがもし、今自分のしている事に迷っているなら、頑なになってやるべきではない。それでも続けるって言うなら、アンドロイドを殺し続けるなら、俺はアンタ達の敵になる」
真顔に戻ったセリスが俺を見据えるが、その瞳だけは何か迷っているように見える。
「そう…。貴方の意思は解ったわ。長々と…どうでも良い話をして悪かったわね。それじゃあ」
言ってセリスは背を向け、足早に歩き出した。
遠ざかる背中を見送る。
初めて彼女に人らしさを感じた気がする。
どんな想いを持ってアンドロイドと戦っているのかは知らないが、何か想いが有るから戦っている事は解った。そして、その想いが揺れている事も…。
迷いが有りながらも戦うしかない状況は俺にだって有ったし、今だってそうだ。
時折、考えても仕方が無い事を、こうして散歩ついでに考えている。
正しさ、間違い、戦う意味と生きる理由。
考えたからといって答えなんて出ない。それでも、考えなければ忘れてしまいそうだから考える。
―ピッ!
受信を知らせる音がし、確認するとサラエラだった。
[アルフォード?]
繋ぐのとほぼ同時ににやけていそうなサラエラの声がした。
[おはよう。どうかしたのか?]
俺の問いにサラエラが[ふふふ]と笑う。
[貴方のお姫様が「アルがいない~」って寂しがってるわよ?散歩を邪魔したくないからって連絡してないみたいだけど]
確かにリアナからの通信記録は無い。
[そろそろ戻る。今日の朝食は?]
訊いて歩き出す。
[今日はコーンスープよ~♪珍しく冷え込んだから、温まる物にしようと思って♪]
[そうか。それじゃあ、パンも焼いて欲しいかな]
[そう言うと思って、もう用意してるわよ。だから、早く帰って来なさ~い]
[あぁ]
頷き返して通信を切った。
帰宅すると、リアナが駆け出して来て「お帰りなさい!」と言うと、珍しく抱き付いて来た。
「そんなに寂しかったのか?」
俺の問い掛けに、顔を上げたリアナの顔は真っ赤で、まさかというように後ろ(リビング)の方に向かって「サラエラさん!」と怒鳴った。
「あははははは!寂しそうな顔をしてるって教えただけよ~♪」
リビングから楽しそうに笑うサラエラの声が返って来る。
「もう!」
怒りながらも俺の手を引いてリアナが歩き出す。
苦笑しつつ手を引かれたまま二人でリビングへ向かう。
コーンスープの匂いが漂っている。
メディスの養護施設で暮らしていた時は子供達もいた。
そんな事を想い出していた…。
・