第4話
文字数 11,071文字
急ぎのあまり勢いよくドアを開けて部屋に入ると、ソファーで横になっていたアルフォードが眠そうに欠伸をし、寝転がったまま俺を見た。
「ウォルス・・・。静かに開けれない?」
「緊急要請だ。ディオートに軍が向かっているらしい」
俺の言葉にアルフォードは意外にも溜息を吐いた。
「グレイクは何が起きても大げさなんだよ。たまには自分達で対処させろ」
ディオートを統治しているレジスタンスのリーダー、グレイクという男はちょっとした事でも俺達に救援要請を出して来る。
俺達も真実を確かめる為に何度か要請を受理してディオートに向かったが、ただ疲れるだけだった。それでも、本当に何か起きてからでは遅い。
「俺はミーユとエレナ、ゲイルを連れて様子を見に行く」
俺を横目で一瞥したアルフォードが「お人好しだな~」と呆れたように言う。
仲間達は"優しい"と言うが、俺は全く優しいと思えない。
この男は周りに合わせる事も有るが、基本的には自分の感情や想いを優先する。
自分が『どうでもいい』と思ったり「勝手にしろ」と言った相手に何か起きても動かないのだ。
恐らくアルフォードは、自ら起きた事象に対処しないグレイクに対して呆れ「自分達で対処させろ」と言っている。
「本当に何か起きそうだったら呼んでくれ」
言ってアルフォードが寝返りして背を向ける。
こんな奴でも、いざという時には頼ってしまうのが情けない。
「アイツに会ったら「ある程度の事は自分達で対処しろ」って伝えろ。本当に緊急ではない限り俺は行かない」
本当に薄情な男だ。
「解った」
呆れて溜息を吐き部屋を後にすると、眼鏡を掛けた優男と共に歩いて来るフェアルがいた。
俺に気付いたフェアルが「ウォルス」と言って手を振る。
「その顔、アルに何か言われたの?」
ニヤつきながらフェアルが聞いてくる。
何か言われたわけではないが・・・。
「どうしてそう思う」
訊き返した俺にフェアルが笑う。
「苛ついてる顔だけど、少し落ち込んでるようにも見えるから」
一体どんな顔だ。
小さく溜息を吐いて「薄情な奴に呆れていただけだ」と答える。
「薄情って・・・アルの事?」
不思議そうにフェアルが訊いてくる。
「あいつ意外に誰がいる?・・・と、早く準備しないとな」
「行くんだ」
歩き出した俺の後を付いて来ながらフェアルが呟く。
「行くさ。本当に何か起きてからでは遅いからな。それなのに、あいつは・・・」
「ん~。私も、ディオートの事はもう放っておいて良いと思うんだよね~」
「は?」
俺の苛立ちのこもった声に臆する事も無くフェアルが「ウォルスの言っている事も正しいと思うよ」と言う。
「あそこには意外と戦闘能力の高い人達が集まってるし、それなりに武器も揃ってる。だから、様子見も兼ねて」
「何もせず、本当に救助を求められるまで待てって?」
「そう」
アルフォードといい、どうしてそんな悠長に構える事が出来る。
「ウォルス・・・。あんたがどうしてそこまで事前に何か出来ないか考えて行動している理由は、前に聞かせてくれたから解ってる」
そうだ。
俺にはそうしたい理由がある。
あの時と同じ思いをしたくはないから・・・。
「アルだって、その感情を知ってる。でも、その感情を利用されるのは違うと思う」
「・・・利用?」
「私は・・・利用されてる感じがするから、今回はあんたに付いて行かない事にした」
真っ直ぐ俺を見るフェアルの目を、何故か見る事が出来ず逸らしたくなった。
自分で決めた事だ。
迷いは無い。
それなのに何故こんなにも後ろめたい気持ちになるのだろう。
「ねぇウォルス・・・。自分が後悔しない為に動くのは構わない。けど、冷静に考える事を忘れないで欲しい」
「・・・解ってる」
言って背を向け歩き出す。
フェアルは付いて来なかった。
『利用されてる?・・・そうかもな。それでも・・・構わない。後悔しないで済むなら』
此処にいる奴は皆、後悔しないために此処にいるし、軍人や傭兵ではない。
それなのにどうして利用されるだの考えなくてはならない。
言い表せない感情が胸に湧く。
出発の準備中、手にした銃がいつもより冷たく感じた・・・。
ヴァイスの部下15人に対し、ナイトは5人の仲間と共にディオートへと向かっていた。
途中までは輸送機だったが、ディオートまで10㎞の地点でトラックに乗り換えた。
前を走るトラックにはヴァイスの部下達が乗り、ナイト達はその後ろを付いて行くようにトラックを走らせていた。
「なんか・・・変な事になっていますね」
隊員の1人が言う。
「私達には現地調査という命令が下されているけど、向こうには違う命令が出ているみたい。作戦内容については閲覧権限が無くて見られないけど・・・」
助手席に座るナイトの後ろからノエルが言う。
「それ、ハッキングして調べたの?」
「・・・うん」
「気になる事を調べるのは構わないけど・・・気を付けてね」
心配するナイトに、ノエルが申し訳なさそうに「解ってる」と小さく頷く。
『怒っているんじゃないんだけど』
ナイトは頭でも撫でて慰めてくなったが、他にも人がいるので堪えた。
「ただの現地調査なら必要の無い物まで向こうは積んでいましたからね」
「それが気になるんだよな~」
隊員達が小声で話す。
地雷にロケットランチャー、その他にも対人戦に備えた物を積んでいたのだ。
日頃現地調査に行っている者達からすれば、それらは必要が無い。
戦いに来ているのではないのだから。
前方に目的地、ディオートが見えた。
立ち並ぶビルは遠目でも廃ビルだと解るくらい外壁が崩れており、いつ倒壊してもおかしくはない状態に見える。
こんな所で暮らしていて大丈夫なのだろうか。
前方を走っていたトラックが街の入口から少し離れた場所で停車し、兵士達がトラックを降り、ナイト達が合流するのを待たずに歩き始めた。
その後をトラックがゆっくりと付いて行く。
ナイト達も車を降りて兵士達の後を追う。
「止まれ!」
何処からか声がしたのと同時に銃声が轟き、先を歩いていた兵士の足下とトラックのタイヤに銃弾が当たった。
建物の影に入り辺りを見渡す。
相手は向かいのビルの4階と5階に数人いるのが見えた。
この距離ではいくら生態反応で人数と場所が解っても、ハッキングをして名前を特定するのは無理だ。
恐らくノエルに頼んでも無理だろう。
「総員構え!」
指揮官の男が叫び、兵士達が生態反応の有る場所へと銃口を向ける。
それを見た瞬間、ナイトの脳裏に過ぎったのは4年前、ザファイで起きた事件だった。
今回、ナイトはヴァイスにアルフォードの捕獲を命令してきたが、自分の部下にはこの地区にいるレジスタンスの殲滅を命令したに違いない。
「止めろ!戦うのが目的では―」
ナイトの止めようとする声を銃声が掻き消す。
銃口を構えていた者達は、ビルにいる姿を見せない相手に対して引金を引き続ける。
僅かに残っていた窓ガラスが割れて地面に落下する。
「攻撃を止めさせる!ノエル!ジャミングを!」
ナイトの言葉にノエルが背負っていたリュックの横ポケットから掌サイズの四角い箱を取り出し、勢いを付けて銃口の飛んでいる中心へ向かって放り投げた。
放物線を描いて飛んで行った箱に銃弾が当たって破裂し、白く光っているような煙が辺りに放たれた。
「なんだこれは!」
「くそっ!前が見えない!」
「敵の反応消滅!」
煙に飲まれた者達が騒いでいるのを無視し、ナイトは駆け出して指揮官の男に飛び掛かり、背中に腕を回させ、そのまま拘束した。
「貴様!何をしている!」
気付いた隊員がナイトに銃口を向けるが、間に別の隊員が入って引金を引くのを阻止する。
「命令違反だぞ!反逆罪だ!解っているのか!」
拘束された指揮官の男が睨んで言うが、そんな事、既にどうでも良くなっていた。
「僕等に下された命令は現地調査です。そして、僕等の上官はグレン大佐であり、ヴァイス中佐ではない。それに、規律にも有るでしょう。どんな状況であれ、相手が攻撃して来ていないのにこちらから攻撃をする事は禁じられています。例えヴァイス中佐に殲滅命令を出されていようと。よって、今規律違反をしたのは貴方達の方です」
見下ろして言うナイトに男が悔しげに歯を食い縛る。
「だが・・・命令だ」
「命令よりも、大切な事が有るでしょう」
「命令は絶対だ!規律よりもな!」
『あぁ・・・。またそれか』
男の言葉に溜息を吐く。
何度その台詞を聞いただろう。
嘗ての自分が意思を持たない人形だったのだと思い知る。
何を言われようと"命令"という一言で終わらせていた。
足音が聞こえ、見るとビル内にいた集団が銃を構えたままこちらに向かって来ていた。
「全員武器を捨てろ!」
集団の1人が言う。
「銃を下ろせ」
後から出て来た人物が仲間に言う。
その声にナイトは驚いた。
『本当に・・・繋がりの有る人に会えるなんて』
出て来た人物がナイトを見て微かに口の端を上げて笑う。
「まさか、こんな所で会うとはな。俺の事を覚えているか?」
言いながら男がナイトに近付く。
「はい。・・・お久し振りです。ウォルスさん」
ナイトの言葉にウォルスが「久し振りだな」と返し、ナイトの下で何とか逃げようと足掻いている男を見た。
「ソイツと、ソイツの仲間はこっちで預かる」
「・・・解りました」
アルフォードの仲間だ。
酷い扱いはしないだろうと考え、ナイトは寄って来たウォルスの仲間に男と、その仲間達を引き渡した。
「それにしても、お前達にとっては命令違反にならないのか?」
ウォルスが拘束した男達を連れて歩いて行く仲間達を見送りながら言う。
「僕等に下された命令は現地調査で、戦う事ではありません。それに、こうなるかもしれない事は解っていましたから」
「それでジャミング弾を持っていたのか」
「はい」
「あの・・・」
ウォルスと話していたナイトに、後ろから仲間の1人が小声で声を掛けて来た。
「ん?」
「こちらの方は」
問い掛けた隊員の他にも、何が起きているのか解らないといった表情をしている隊員がおり、ナイトは隊員達の方へ向き直った。
「この人は、以前僕を助けてくれたレジスタンスの1人で・・・」
説明している途中で気になる事があり言葉を切ってしまった。
「そういえば、どうしてウォルスさんが此処に?この地区を統一しているレジスタンスの一員だったんですか?」
ナイトの問い掛けにウォルスが「違う」と答えてから「緊急要請が入ってな」と続けた。
「俺達は何処にも属していないが、代わりに救助を頼まれたりするんだ。今回緊急要請が届いて来たんだ」
「そうだったんですね。・・・ということは、僕等が此処に来る事がこの地区を統一している人物に知られていた・・・と」
「そういう事になるな」
何かがおかしい。
それは明らかだ。
「先ほど連行された彼等には殲滅命令が出ていました」
「それを解っていて同行したのか?」
ウォルスが怪訝そうにナイトを見る。
「いえ。ですが、僕等とは別の命令が出ている事は解っていました。そして、到着した途端に戦闘が始まって・・・。殲滅作戦だと思ったのには理由が有りますが、話すには少し長くなってしまいます」
ナイトの話にウォルスが腕を組み、数秒考えてから「解った。どうして此処にお前達が来たのかは歩きながら聞こう」と言って歩き出した。
案内されたのは政府庁舎として使用されているビルの十二階、内装は白を基調とし、通路の左右に等間隔で埋められた柱はブラウン、それに蔦が彫られていた。
話をしたのは、それほど広くはない会議室だった。
ナイトが此処へ来た経緯を話し終えると、ウォルスは「なるほどな」と呟いた。
「俺達はここのリーダーの男から緊急要請を受けて来た」
「ウォルスさん達だけですけど、他の・・・アルフォードさんとフェアルさんは?」
「今回は来ていない」
「そうですか・・・」
ナイトが俯いたのを見てウォルスが笑った。
「そんなに落ち込むな。あいつにはまた会える」
「落ち込んでなんていません!」
つい言い返してから、ナイトは気持ちを落ち着かせてウォルスを見た。
「今回、僕等が此処へ来る事が知られていたうえに、攻撃する事を此処の方々は知っていたというのは解りました。そして、そちらに身柄を渡した者達の上官が殲滅計画を立てていた事を考えると、これには何か裏が有るようにしか思えないのですが」
ナイトの言葉に、ウォルスが唸るような声を小さく出して腕を組む。
「確かに俺もそこは気になった。今回の件をアルフォードに伝えたが、あいつからは何も返答が無い。まぁ、あいつの事だから何か考えているんだろうが、全部事後報告だからな」
最後の方はぼやきで、言ってウォスルが頭を掻いたのを見てナイトは笑いそうになったが堪えた。
どうやらアルフォードは彼に色々と心配を掛けているようだ。
彼はそんな事は考えてもいないだろう。
「俺達が勝手にあいつに付いて来ているだけだから文句とか言えないのは解っているが、今は仲間だ。それでもあいつの秘密主義は変わらなくてな。もしかしたらあいつにとって俺達はまだ仲間ではないのかもな」
「そんな事は無いですよ。まだあの人とゆっくり話した事は無いですけど、あの人は迷惑だったら"迷惑だ"とはっきり言うタイプだと思いますから、仲間だと思っていない人達と何年も一緒にいませんよ」
「そうだといいんだけどな」
呟いてウォルスが気合いを入れるように息を吐き、真剣な眼差しでナイトを見た。
「仲間の1人が今回の件に関して此処のリーダーであるグレイクという男から話を聞いている。今後についても、その話を聞いてから決めるが、内容によっては、俺達もそれなりの対処をしなくてはならなくなる。そして、お前達も」
「はい」
グレンの直轄部隊だからとはいえ、軍の規律に反した事に変わりは無い。
間違いなく目は付けられただろう。
「此処にも俺達の拠点が在る。お前達もそこを使うといい」
「え?良いんですか?」
「あぁ。他の場所で野宿やらをするより安全だ」
確かに今は別々の場所で指示を待つより行動を共にした方が得策かも知れない。
「解りました。お世話になります」
「こちらこそ宜しく頼む」
言ってウォルスが立ち上がり、ナイトも立ち上がった。
襲撃事件は終わったが、まだ何かが起きているように思えてならない。
「こちらへ」
ウォルスの仲間が言って歩き出す。
「それではまた」
「あぁ。またな」
短い挨拶で終わらせ、ナイトは仲間達と共に部屋を後にした。
これからの事を真剣に考えなくてはならない。
自分として・・・。
「どうしてこんな事に・・・」
緑の髪で細身の男が弱々しい声で呟いて頭を抱える。
この男がディオートに駐留しているレジスタンスのリーダー、グレイクだ。
表向きの話だが。
「彼等は助けてくれたんだ。敵ではないのなら良いだろ」
男口調の女が呆れたように言う。
黒い髪は、濡れ羽色というのだろうか、時折光に当たった箇所が七色に光り、茶色い瞳は中心の方が淡い黄色をしている。
彼女の名前は"アカネ"
ディオートの真のリーダーだ。
何故弱腰のグレイクがリーダーという事になっているのかは知らない。
「助けてくれた事は感謝するさ。でも、信用はしてないから」
「お前は・・・」
呆れて溜息を吐いたアカネがウォルスに「すまない」と頭を下げる。
「いいって。そいつの気持ちも解らなくはない」
今まで様々な事があり、すぐには信用する事が出来なくなってしまったのだろう。
「君に僕の気持ちを解って貰いたいと思わない」
「俺も解りたくないね」
「本題に入っても良いか?」
ウォルスとグレイクが言い争いを始める前にアカネが話題を変える。
「捕まえた奴等の話だと、殲滅命令を出したのは軍上層部の人間らしい」
「らしい?」
「話を持ち掛けて来たのは部下で、直接上層部の人間と会って話した訳では無いんだと。報酬は一人500万。目的の物が無かった場合は300万を受け取る話になっていたらしい」
「500万?そんなに金を積むような作戦内容か?」
ウォルスの問いに、アカネが横目でグレイクを見る。
「え?!僕が説明するの?」
「お前の方が詳しいだろ?」
「はぁ~。苦手なのに・・・」
ぼやきながらもグレイクがウォルスの方に向き直って「殲滅作戦には、もう一つ目的があったんだ」と話始めた。
「もう一つの目的は、君等のアジトを突き止める事」
「は?」
「僕は、何か起きる度に君達に連絡していただろ?だから、それを利用して君達のアジトを突き止めようとしていたんだよ」
「そういう事か」
ウォルス達は各地を移動し、固定のアジトを作らないと思われているが、実際はアジトが存在している。
今はやる事が多くて帰る事が出来ていないが・・・。
アジトの場所を知られるのはまずい。
アルフォードに"絶対にアジトだけは知られるな"と言われている。
そのため、仲間であるアカネ達もアジトの場所を知らない。
信用はしている。だが、少しでも知られてしまうかもしれないリスクは減らしておきたい。
アカネはそれを理解してくれているので、アジトについて訊いて来ない。
「取り敢えず今日は、今回の件についての情報交換して寝よう。疲れた」
グレイクが大きな欠伸をして言い、アカネが再び溜息を吐く。
ウォルスも正直眠たかった。
それから3人は軍から情報を流した者、その者から情報を受け取った者がいる事。
金を積んでまでアジトを見付けようとしている者の存在についてなどを簡単に話した。
アカネとグレイクが部屋を後にし、ウォルスは1人になった部屋の電気を消してベッドに倒れ込んだ。
今日は色々と有りすぎて本当に疲れた。
もし此処にアルフォードがいたら"オッサンだな"と馬鹿にされているだろう。
「帰るべき場所・・・か」
呟いて瞼を閉じると、本当に疲れていたのか、そのまま眠ってしまった。
けたたましい爆音が轟き、飛び起きて外を見たナイトは何が起こっているのか解らなかった。
廃墟と化した町の至る所で炎と煙が上がっていたのだ。
「おい!起きてるか!」
声と共に勢いよくドアが開き、ウォルスが入って来た。
「集団が攻撃して来た!鎮圧に向かうぞ!」
「はい!」
返事はしたものの、状況把握が出来ない。
どうしてこうなった。
通信に着信が入り、繋げたのとほぼ同時に[大丈夫?]と、慌てながらも、心配しているノエルの声が聞こえた。
[今、町が攻撃されてる]
[こっちにも一般から情報が入って来て、各将校からグレン大佐に命令があった。私達もすぐそっちに向かうから、それまで持ち堪えて]
各将校が直々に命令を下すのは希だ。
それだけ大規模だということか。
[こっちに合流するって言っても、基地からだと半日はかかるのにどうやって]
[言ったでしょ?各将校からの命令だって]
意味が解らない。
[兎に角、踏ん張って]
そこで通信は一方的に切られた。
「俺達は1番数の多い北西地区に向かう!お前は南西地区に向かえ!此処を出て左に向かった先だ!俺とグレイクの隊から数人出す!」
「了解!」
答えて正面玄関へ行くと、丁度隊員達も装備を持って集まって来た。
「これより南西地区に向かう!基地から応援も来る!それまではなんとしても防衛ラインを突破させるな!」
「了解!」
「行くぞ!」
号令と共に隊員達と駆け出す。
まるでカイルのような言葉遣いで支持を出す事にも慣れた。
そんな事を考えながら、ふと空に目を向ける。
煙の向こうに見えた空は僅かに明るく、1つだけ星が力強く輝いている。
その数が増えていく。
有り得ない事に、ナイトは目を疑った。
「まさか・・・」
まだ夜が明けていないというのに呼び出されて会議室へ向かうと、珍しく各将校3人だけがグレンを待っていた。
3人とも置かれている椅子に座っていない。
一体どうしてなのか。
「こんな時間に呼び出して悪いな」
落ち着いた口調で陸軍将校のクオーレが言う。
「ついさっき、一般市民から大規模なテロリスト集団がザファイへ向かうのを見たという情報が入った」
「一般市民からのそういった情報はデマが多い。信じるのですか?」
「今回に関してはデマじゃないわ」
グレンの言葉を海軍将校のライラが否定した。
「私達も1人だけの情報だったら信じなかった。けれど、今回は何十人もの一般市民が連絡をして来たの」
「けれど、百を超えていません」
「10を超えれば充分な数だよ」
今度は空軍将校のヴィントが言う。
「これから君達にはディオートへ向かって貰う。いいね?」
命令ならば従うしかない。
だが、その前に聞きたい事が有った。
「なぜクオーレ将校だけではなくお二人も此処に?」
「僕等がいたら変かい?」
ヴィントに訊き返され、グレンは「いえ」としか答えられなかった。
「輸送機でザファイまで行くとしても、早くて到着するのは12時間後」
ヴィントの言うとおりだ。
それだけの長時間、ナイト達が持ち堪えられるか解らない。
「1つだけ、それよりも早く到着する方法が有る」
「え?」
驚くグレンを見てヴィントが僅かに笑みを浮かべ、すぐ真剣な面持ちになった。
「ステルス機を使う」
「は?!」
あまりに突飛な言葉にグレンは声を上げてしまった。
確かにステルス機ならば3時間ほどで現地に到着する事が出来る。しかし、輸送機の代わりにステルスを飛ばすなど聞いた事が無い。
それに、今グレンの隊には150人も所属しているのだ。
そんな数を飛ばしたら国際問題になりかねない。
「ステルスは一機に2人乗る事が出来る。それでも数は多いけれど、ルートに存在する国や町には了承を得てる。何十機飛ばそうが問題は無い」
答えたのはクオーレだ。
「問題でしょう!例え各国や町に了承を得たからと言って、何十機もステルスを飛ばすなんて聞いた事が無い!」
「前代未聞の事だけれど、時間が無いの。私もこれから念の為に援軍を乗せて、近くの沖合まで船を向かわせないとならない。文句なら事が収まってからにしてちょうだい」
ライラの怒りを含んだ声音と鋭い視線に、クオーレは初めて恐怖を感じた。
彼女がどうして女性ながらも将校まで上り詰めたのか解った気がする。
「ステルスは遠隔操作で君達を送る。その後は撤退させるから」
「・・・解りました」
腑に落ちない部分と気になる事は有る。しかし、意見を言っている時間は確かに無い。
「出発の準備は整ってる。気を付けて」
ヴィントが言って敬礼をする。
グレンは無言で敬礼を返すと部屋を後にし、直ぐ副隊長であるカイルに連絡を入れ、総員集合させる事を命令した。
基地の中央広場に集められた約150人の隊員達は、グレンの話を聞いて動揺を隠せないようだった。
グレンも逆の立場だったら同じだっただろう。
「全ての区画からステルス機で出撃する。カイルの班は第一区画、ノエルの班は第二区画、ディアンの班は第三区画、残りは第四区画へ向かいステルス機に搭乗して合図を待て!現地に到着すると強制的に射出される。なるべく安全な場所で行われるが、敵がいるかもしれない事を考えて警戒はしておけ。以上!かかれ!」
「了解!」
隊員達が敬礼をし、指示された場所へと向かって行く。
それを見つめながらグレンは小さく溜息を吐いた。
今までこれほど緊張し、不安に感じる事など無かった。
自分もそれなりに勝手な事をして来たが、将校達がこのような行動を取るとは思ってもいなかった。
驚いた反面、少しだけ彼等の事が解った気がする。
彼等もまた、軍の規律というモノを守っているようで違うのだ。
彼等は彼等の想いで動いている。
そんな気がした。
再び将校達に呼ばれて指示された場所へ向かうと、そこは様々な機械が置かれた、あまり広くはない部屋だった。
正面に巨大モニター、左には地図、右には何か解らない物が映っている。
部屋の中心に何台かパソコンが置かれ、5人の男女が何やら作業をしていた。
全てのモニターが切り替わり、音声を知らせるだけの画面が幾つもならんだ。
恐らく、出撃を待つステルス機全てと回線を繋げたのだろう。
何やら操作していた隊員の1人が振り返り「準備が整いました」と3人の将校に告げる。
「ありがとう」
言ってヴィントが数歩前に出た。
「突然の招集と、作戦を聞いて、皆驚いたと思う。けれど、どうか理解して欲しい。輸送機では、現地到着まで時間が掛かるため、今回は特別措置としてステルス機で君達を送る」
落ち着き、少しゆっくりとヴィントが言う。
「出来る事なら、僕等も直接戦地へ向かいたいのだけれど・・・」
それはグレンも同じだ。
部下だけを戦場に送る立場になった事を後悔した事もある。
しかし、それが軍というモノだ。
「今有る幸せと、これからの世界の為に力を貸して欲しい」
画面から隊員達の声は聞こえない。
彼等は今何を考え、何を想っているだろう。
グレンにもヴィントだけではなく、クオーレとライラが何を想っているのかは解らないが、辛さを堪えて語っている事は、ヴィントの表情で解った。
「長々と・・・ごめん」
呟き、ヴィントが深く息を吐き、吸い込んで顔を上げた時、それは将校の顔に戻っていた。
「ステルス機全機発進!」
「ステルス機全機発進!」
5人の隊員が命令を繰り返し、正面モニターに各区画の映像が流れる。
自動操縦によって飛び立ったステルス機が暗い空へ消え、まるで星のような光を放って遠ざかって行く。
その光を、ヴィント、クオーレ、ライラは無言で見つめていた。
グレンも・・・。
百合のような、白く美しい花が咲く川辺に、幼さの残る面持ちをした女が1人座っていた。
優しく吹く風が、腰辺りまで伸びた白銀の髪を揺らす。
「私の方は大丈夫。皆いつも通り。そっちは?」
透き通るような声で言う。
辺りには誰もいない。
聞いているのは草花だけだ。
「・・・・・・そう」
哀しげに俯き、傍らの花に触れる。
その時、空に星とは違う光が見えた。
まるで尾を引かない流れ星のように上空を飛んで行き消える。
送れて空気を裂く音が聞こえてきた。
今飛んで行ったのはステルス機だ。
「・・・うん。君も・・・気を付けて」
行って女は立ち上がり、光の去った方角を見つめていた・・・。
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