第1話

文字数 10,115文字

 このまま、何も変わらない日常を過ごすと思っていた。
 アンドロイドと人間が共に生きていける世界の為に戦い続けるだけだと・・・。
 それで良いと思っていた。けれど、その想いも正しいのか・・・。
 切っ掛けは唐突に訪れた。

 頭の中で警告音が鳴り響いている。
 それもそうだ。
 今の自分は、右肘から先を失い、左目だって無い。
 右足を負傷して引き摺りながら歩いている。
 荒廃したビル群の中、行く当ても無いのに歩いている。
 人間と違いアンドロイドは体内に流れるオイル残量が少なくなっても思考が鈍らない。
 "気を失う事が無い"というのは残酷だ。
 それでも体はふらつく。
『あっ』
 そう思った時には倒れていた。
 足を動かすだけの燃料も尽きたらしい。
「くっ・・・そ」
 近くの壁に寄り掛かる。
 今日は荒廃し、無人となった海上都市の調査をして終わるだけの簡単な任務だと思っていた。
 周辺を防衛軍の戦艦が巡回しているからといって油断した。
 まさかアンドロイドの武装集団が隠れていたとは。
 調査員25人中、生き残ったのは何人だろう。
 生存確認の為にネットワークへアクセスしようとしたが"エラー"と出た。
「は?」
 何度やってもエラー。
 ジャミングでもされているのだろうか。
 それなりに実戦経験を積んだメンバーが数分でやられた。
 最近そういった集団と遭遇したという情報が少なくなっていたのに。
「はぁ・・・。運が悪かった・・・のか?」
 ぼやいて空を見上げる。
 青空の下を雲がゆっくりと流れていく。
「ん?」
 先ほどまで戦闘が繰り広げられていたのが嘘のように静まり返っている高層ビル群の街に、微かだが、戦闘機のブースター音が聞こえた気がする。
 耳を澄ませる。
「あっ」
 聞こえた。
 戦闘機よりも重低音だ。
 大型の戦闘機ではない。
 音が大きくなり、頭上を大きな影が覆うと、機体の下部のハッチが開き、そこから数人、ワイヤーで降下して来た。
 見た事の無い戦闘服だったが、今の自分には救いだ。
「まだ尽きてはいないな」
 先に下りた人物が駆け寄って来て言う。
 メットを被っていて顔は解らないが、声からして二十代の男だ。
「一度スリープモードに入って貰っても良いか?その方が修理もしやすい」
 後から来た人物は低い声。
「あ・・・。えっと」
 知らない者達の前でスリープモードになどなれない。
 その間に何をされるか。
 答えに迷っていると、三人目が溜息を吐いた。
「文句は後で聞く」
 そう聞こえたのが最後。
 次の瞬間には視界が暗くなり、目の前に[Sleep Mode]と浮かび消えていった。

[Lister]
 字が浮かんで消え、ゆっくりと目を開ける。
 見慣れない灰色の天井。
 左は壁で、右からの明かりが微かに室内を照らしている。
「起きたか」
 右から野太い声がし、見ると体格が大きく、厳つい顔をした男が椅子に座っていた。
 左目の上に切り傷が有る。
 声からして強制的に眠らされる前に見た三人の内の一人だ。
「ボディーの修理は終わってるが、なにぶん応急処置だ。あまり無理は出来ないからな。本格的な修理がしたいなら四日此処にいるか、所属基地に連絡をして迎えに来て貰え」
 言って男が立ち上がる。
 躯を起こし、負傷していた箇所を確認すると、間に合わせと解りやすいほど、元の人工皮膚よりも日焼けしたような色をした人工皮膚が張られていた。
 応急処置と言っていたが、高所から落ちたりしなければ大丈夫なほど治っている。
 ネット接続を試みるが繋がらない。
 何度試しても[Error]と出る。
-ガチャッ-という音と共に出入口のドアが開き、淡いピンク色の髪を後頭部で団子状に束ねた白衣の女が入って来た。
「回診だよ~」
 言いながら女がこちらを見て笑みを浮かべる。
「お早う♪気分はどう?」
「・・・・・・」
「あら。無口ね」
 残念そうに言い、女が体格の良い男に「アルが呼んでたよ」と言う。
「解った」
 頷いて男が部屋を出て行くと、女が近付いて来て右腕にそっと触れてきた。
 少しして「大丈夫ね」と言って手を離し、椅子を持って来てベッドの傍らに座った。
「この建物は一応医療施設だからネット接続出来ないの。所属部隊に連絡を取りたいなら別の場所でしてね。後、連絡したら誰かに言って。色々と準備をしないといけないから。解った?」
 まるで思考を呼んだかのような言葉に驚きながらも「はい」と小声で頷くと、女が目を丸くした後、弾かれたように笑った。
「さっき反応が無かったから無愛想な奴かと思ったけど、良い子ね♪」
 少し警戒していたのだから無愛想な奴だと思われても仕方がない。
「私はフェアル。さっきのはウォルス。顔は怖いけど良い奴だから」
「怖い感じはしなかったですよ」
「ふふっ♪そう」
 笑って女が立ち上がる。
「食事はどうする?食べられそう?」
「アンドロイドなので食事は必要ないんですけど」
「知らないの?アンドロイドも食事をして少しはエネルギー変換した方が核のエネルギー消費を抑えられるのよ?」
「初耳です」
「そう。それならこれをあげるわ」
 言ってフェアルが胸ポケットから身分証らしき物を取り出し、それを差し出して来た。
 文字が書かれているが、よく見るとそれはバーコードのような線によって書かれていた。
[閲覧許可認証]
 目の前に文字が浮かんで消えると、1つのファイルが脳の中にダウンロードされた。
 ファイル名は[機械体(アンドロイド)の基礎情報]
 やはり知らない情報だ。
「さてと。動けるなら付いて来て~」
 言われてベッドから降り、フェアルと共に部屋を出る。
 正面は窓。
 右には"Treatment Room(治療室)"と書かれたプレートが貼られた扉のみ。
 自分が居た部屋には"Sickroom(病室)"というプレート。
「此処はさっきも言った通り医療施設だけど、一階しかないから迷子になる事は無いわ。かなりの方向音痴では無い限り」
「先ほども言いましたけど自分は―」
「アンドロイド。私だって同じアンドロイドよ。でも、いるのよ。内蔵された方向認識機能がバグっているのか、何度治しても迷子になる奴が」
 本当にそんな者がいるのだろうか。
『いるなら会ってみたい』
 歩き始めて直ぐに左へ曲がる道が在ったが、曲がらずに直進する。
 そこから先、左側にはドアが幾つか並んでいるもののプレートは貼られていなかった。
 両側の壁際にベッドが2つずつ。
 消毒液の匂いが微かにする。
 本当に医療施設らしいが、それほど広くはない。
 廊下を歩いている間に見た部屋数は6つ。
 先には待合所と受付らしき場所が在ったが、受付に座っているのは色は違えど同じデザインの上着を来た男女だった。
『何処の部隊だ?見た事が無い服だ』
 その場に居た六人の視線が自分に集中する。
 敵意は感じないが良い気はしない。
 その中に一人、同じデザインながらも黒いロングコートを着た男がいた。
 目の合った男が笑みを浮かべて近付いて来る。
「もう大丈夫よ」
 フェアルの言葉に男が頷き「付いて来い」と言って歩き出す。
『え?』
 何がどうなっているのか解らず立ち尽くしていると、男が出入口の扉前で立ち止まり、振り返って「早くしろ」と言った。
「はっ・・・はい!」
 返事をして男に駆け寄る。
 男が出入口を開け、外に出ると広場になっていた。
 広場の中央には円形の窪みが在り、その中心で炎が燃えている。
 その周りに数人の大人と子供達が居た。
 楽しそうに遊んでいる子供を大人達が笑みを浮かべて見ているが、微かに電波を感じるので、脳内で何か話しているのだと解る。
 どれだけ眠っていたのか。
 辺りはすっかり夜だ。
『此処は何処だ?』
 炎の明かりに照らされたビルの外壁は強制スリープされる前に見たより普通に見える。
 別の場所に運ばれて来たのだろうか。
 ネットに接続した途端、基地から複数のメールが届いた。
 殆どが他部隊の友人から[大丈夫か?何処に居る?]といった内容で、その中の幾つかが上官からの物だった。
 長々と小難しい言い方で書かれていたが、簡単に言うと[生き残った者は連絡をし、戦闘時の状況と現在地を報告しろ]だ。
 ネットに接続し、上官のネット回線に接続するも音声通話は出来ず、仕方なくメッセージを送る事にした。
『現在地は・・・』
 GPSで場所を確認する。
『は?』
 驚きのあまり声を上げそうになった。
 先ほどまで居たのは、かつて日本と呼ばれた島の近くに浮かぶ廃墟ビル群の海上都市だった。
 今居るのはそこからかなり離れた海上。
[受信メッセージ:ヴァイス中佐]
 受信したメッセージを開示する。
[まず、無事で良かった。GPSで場所は確認したが、そこにヘリを向かわせるには色々と手続きが必要となる為、もう少し時間が掛かる。それまで、どういう場所なのか少しでも調査しておいて貰いたい]
 調査をするのは構わない。
 正直、此処にいる者達が何者なのか気になっていた。
 色々と手続きが必要な相手という事は、防衛軍と協定を結んでいないという事だ。
『調査はしたいけれど』
 横目で案内をしてくれている男を見る。
 この男が一緒では自由に歩き回る事が出来なさそうだ。
「迎えが来るまでこの部屋を使ってくれ」
 声を掛けられ、メッセージを見ている間に建物内に入っていた事に気付く。
 通された部屋は、あまり広くないものの、綺麗に整頓されていた。
 左に本棚が有り、部屋の中央にテーブルと椅子、右にベッド、正面に有る窓には板が張られている。
 室内を照らすのはテーブルの上に置かれた古いタイプのランプのみ。
 視界の映像を逆再生すると、通路も所々にランプが掛けられていた。
「飲み物はそこな」
 男が指差したのは本棚の一番下。
 そこに小さな冷蔵庫らしき物が置かれていた。
「それじゃ」
「あの!」
「ん?」
『なんで引き留めた!』
 用など無いのに口が先に言葉を発していた。
 引き留めた男が不思議そうな顔をしている。
「えっと・・・」
 何を言えば良いのか解らない。
 困っていると男に「フッ」と小さな声で笑われた。
「出歩きたいなら好きにしろ」
 笑みを浮かべた男が言って部屋を出て行った。
 初めて此処に来た奴を自由に歩かせるのはどういう事だ。
 何か裏が有るのだろうか。
 しかし、あの男の表情からはそんな様子は窺えなかった。
 裏が有るにせよ、自由に歩いて良いというのは好都合だ。
 もう少し待ってから出よう。
 ランプの明かりに照らされた室内は、やはり荒廃した建物の中とは思えないほど綺麗だ。
 窓に板を張っているのは外に明かりが漏れないようにする為だろう。
 此処も安全ではないと言う事だ。
『そうだ』
 先ほどフェアルから貰ったファイルを開く。

[機械体(アンドロイド)に関する基礎情報]
・保有する心臓部(核)は核燃料をしようしているが、特殊な金属で作られた箱の中に入っているため周囲のモノに影響は無い。
・機械体には胃や腸といった機関は無いが、消化器官となる部分は存在する。その中に消化出来る物が入ると、エネルギー変換し、核の消費を抑える事が出来るようになっている。
・戦闘用に開発された機械体にはセンサーが搭載され、中には厚い壁越しでも生体反応を探知する個体も存在している。
・ジャミング機能を持った機械体は核エネルギーの消費が早く、ジャミングタイプは食事によってエネルギーを補充する。
・先の大戦争によってネットワークが失われた事によって機械体は戦闘用、一般人に関わらず会話によって意思疎通をしている。

『なんだ・・・これ』
 まだ色々と書かれているが、何かがおかしい。
『確かに基礎情報みたいに書かれているけれど・・・これは・・・』
 気になり、足早に部屋を出る。
 取り敢えず来た道を戻って行く。
 やはりこの建物は所々ヒビが入っていたりしているが綺麗な方だ。
 マンションらしい通路の所々で壁に掛けられたランプの光が、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚をさせる。
 等間隔に並んだドアの前を通り過ぎる。
 時折中から微かに声が聞こえた。
『自分達と何も変わらない・・・』
 当たり前の事だが、こういう事でも無いと考えもしない。
 通路を進み、エレベーターは動かないので階段で一階へ降りて外に出ると細道に出た。
 左の方に明かりが見える。
 先ほどの広場だ。
 行くと先ほどより人数が減り、部屋まで案内してくれた男とフェアルが焚き火の近くに立っていた。
 フェアルが気付いて笑みを浮かべ「おや。散歩?」と訊いて来た。
「まぁ・・・」
 曖昧に答えてフェアルの近くへ行く。
「あの・・・。先ほど頂いたファイルの内容なのですが」
 何故か自然と堅苦しい言い方になってしまう。
 しかし、フェアルは全く気にした様子も無く「君は頭が良いんだね~」と笑った。
「あれは[基礎情報]というより[調査報告]のように思えて・・・」
「その通り。あれは基礎情報なんかじゃない」
 そう答えたのは男の方だった。
「その情報が此処に有るのかは、お前の上官に訊け」
「今教えて下さい」
「話すと長い」
 男の言葉にフェアルが苦笑する。
「面倒臭いだけでしょ」
 呆れるフェアルに男が「正解」と頷き返す。
「面倒臭いって・・・」
 何なんだこの男は。
「それじゃあ俺は行くから」
 言って男が片手を上げて路地の方へと歩いて行く。
「何なんですか・・・彼は」
 歩いて行く姿を見つめながら隣のフェアルに問う。
「一応私達のリーダー」
「リーダー!?
「私達が勝手にリーダーだと想っているだけ」
 フェアルが言いながら火から離れた段差の所に座る。
 俺も座ると、フェアルが「私達は皆、あいつに拾われたんだ~」と言った。
「今でもアンドロイドは造られていて、もちろん買う人間がいる。けど、意思を持ったら気に入らなかったとか、色んな・・・身勝手な理由で捨てる人間がいるんだ」
 それは知っている。
 1320年前、当初開発されていた軍の戦闘用アンドロイドが暴走。
 それにより世間に不安が広がり、一時期アンドロイドを排除しようとする動きが広まり、至る所でアンドロイドが破壊された。
 それから暫くして"一般的に存在しているアンドロイドに危険性は無い"と政府と防衛軍の将校が発表した事で事態は収束していき、数年後には再び一般向けにアンドロイドが売られるようになった。しかし、アンドロイドに対する不安を抱えた人間は破壊活動を止めようとしなかった。
 だが、様々な理由で破棄されるのは暴走事件よりも前からあった。
 本来ならマスターの手助けをしたり、家族として生きていた筈なのに・・・。
「私のマスターは人間の武装集団に"アンドロイドと一緒にいる"という理由だけで殺された。ウォルスは同じアンドロイドに"人間と一緒にいる"という理由で殺されそうになったんだけど、家族の人が彼を庇って代わりに死んでしまった・・・。此処にはそういった理由で一人になったアンドロイドが集まってる」
 聞いているだけで気分が悪くなってくる。
「私達アンドロイドは確かに人間に傷付けられたけど・・・傷付いた人間もいる」
 一息吐いたフェアルが空を見上げる。
「あいつは・・・面倒臭いって口にはしているけど本心じゃないんだ~。皆それが解ってるから文句を言わないの。黙って色々とやってくれているし」
 そう語るフェアルの目はとても穏やかで、まるで・・・。
「フェアルさんは彼の事が好きなんですね」
「へぇ!?違う違う!尊敬してはいるけど、好きとは違うから!」
 慌てて否定しフェアルが立ち上がる。
 どう見ても今の反応は恋愛対象としての"好き"だと思うのだが。
「私、ちゃんと好きな人が居るから!」
「そうなんですね。まさか、ウォルスさん?」
「違う!まだ何か間違った事を言ったら殴るよ?」
「ごめんなさい!」
 フェアルが拳を握ったのを見て慌てて謝る。
 本当に恋愛感情はなかったのか。
「さて・・・。迎えはいつ来そう?」
 フェアルが話題を変える。
「・・・迎えを呼んだって言っていませんよね?」
 問いにフェアルが笑みを浮かべたまま「君からは聞いていないわね」と頷く。
「アル・・・。さっきの男ね。で、アルが言ってたの。君が上の空で歩いていたからネットにアクセスしていたんじゃないかって」
 やはり先ほどの男は油断ならない。
「それで?上官さんはなんて?」
「色々と手続きが有るから時間が掛かる・・・と」
「そう・・・。それなら、昔話をしている時間は有るわね」
 言ってフェアルがまた段差に座った。
 どうやら先ほど男が面倒臭がった話を聞かせてくれるらしい。
「1320年前、南大西洋に極秘で建設された海洋研究所で爆発事故が起きた。けれど、そこは海洋研究所ではなかった。そこで行われていたのは、戦闘アンドロイドの開発だった。それから数年後、至る所にアンドロイドが集まった難民キャンプが作られた」
 そして同年、AIがネットに繋がっている人工衛星をハッキング。
 自分達は地上のサーバーにデータをアップデートする事で避難し人工衛星を破壊。
 それによってネットワークが消失。
 ネットワークで会話をしていたアンドロイドは口と音声を使った会話による他者との交流をせざるを得なくなった。しかし、その事件から数十年後にはネットワークが復活している。
 先ほどの報告書に"ネットワークが失われ"と書かれていたので、あれはネットワークが使えなかった期間に書かれた物だ。
「聞いた事が有ります。確か、アンドロイドを護ろうと防衛軍と市民が協力して土地の一部を明け渡したんですよね?政府と反対派には目を付けられて、襲撃もされたとか」
「そう。けれど、防衛軍が護ってくれるならと、同じようにアンドロイドを護りたいって考えを持っている人達が気付かれにくい場所にキャンプを作るようになって、アンドロイドが暮らせる場所が増えた」
 戦闘用アンドロイドとして作られたが、様々な戦場で人やアンドロイドと話す内、1320年前の戦争とその後の事を考えると辛くなる。
「1326年5月14日。キャンプの1つに軍のスパイが潜入して、君に渡した報告書を作成した。けれど、そのスパイがそれを軍の上層部に渡す前に拘束された。その後、報告書は当時キャンプのリーダーだった人が押収して保持する事にした。そこを護っていた防衛軍の指揮官もそれに反対しなかった。それから、その報告書は色んな所を転々として、今私が持っているの。そして、さっき君にコピーが渡ったというわけ」
 それにしても不思議だ。
「どうして破棄しなかったんですかね」
「さぁ・・・どうしてだろう。その理由は私にも解らない。今はその頃より良くはなっているから破棄しても良いんだけど、私も・・・何となく残しちゃってたし」
 言ってフェアルがこっちを見る。
「君も・・・消してないんでしょ?」
「・・・・・・後で消しますよ」
 即答出来なかったのは迷っているからだ。
 自分にとっても不要な物だが、書かれた当初に何が起きたのか考えると、色々なモノが詰まっている気がして・・・。
「時々・・・解らなくなる時が有ります」
 フェアルなら答えてくれる。
 そんな気がした。
「自分はアンドロイドで、こうして話していますけど"これは本当に自分の意思なのか"と」
 フェアルが優しい笑みを浮かべたまま「うん」と静かに相槌を返してくれる。
 今まで数人にこの話をしたが、大抵は[考えた事が無い]など言われ流された。
 こうして聞いてくれる事が無かった。
 この手は同じアンドロイドと人間を殺して来た。
 初めは"命令だから"で、正しさなど考えもしていなかった。しかし、今は何が正しくて間違いなのか解らない。
「今まで何度も戦って、色々な所へ行って、様々な人々に会いました。そうして、色んな事を知って、ただ戦っているだけでは駄目だと思った。何が駄目なのか解らないですけど、何かが駄目だと思ったんです。そう想っているのが"自分の意思だ"と想うのに、これはメモリーのエラーなのかなとか・・・」
 言ってフェアルを見る。
「僕等アンドロイドの記憶は簡単に上書き出来る。それなら、考えたりするのは・・・無駄なんでしょうか」
 今の自分はフェアルの目にどう映っているのだろう。
 きっと、すがるような目で見ているに違いない。
 いつからだろう。
 暗闇を彷徨いながら、救いを求めて手を伸ばしているような感じがするようになったのは。
 ふとした瞬間に押し寄せるそれを、自分ではどうする事も出来ない。
「・・・・・・」
 フェアルが無言で顔を逸らしたのを見て我に返る。
 やはりこんな事を誰かに訊くのは困らせるだけか・・・。
「お前が無駄だと想うなら"無駄"だ」
「うわっ!」
「わぁ!」
 急に後ろから声がした。
 フェアルも驚き、二人で後ろを見ると、先ほど"アル"と呼ばれていた男が立っていた。
 先ほどは笑みを浮かべていたのに、真剣な表情で見下ろしている。
「あんたね~。BRPSにブロック掛けたまま近付かないでって前から言ってるじゃない!さっきは解除してたよね?」
 BRPSとは[B]iological [r]eactions(生体反応)[P]erception(感知)[S]ensorの頭文字を取った略語で、アルという男はそれを周りに察知されないようにプロテクトを掛けているという事だ。
 しかし、そのシステムはかなり最深部に有るため、僕でも見付ける事が出来ないというのに、このアルという男はどうやって見付けたのだろう。
 怒ったフェアルを無視してアルは僕を見ている。
「俺達は確かに簡単に記憶を消す事が出来る。けれど、そんな事よりも大事なのは、お前が自分を疑わない事だ。誰かに存在理由や価値を求めるな。それを決めるのは周りじゃない。お前自身だ。そして、これからも考えろ。考える事を止めたら、それこそ全てが無駄になる」
 言っている意味がよく解らない。
 何故考えなくてはならないのか。
 今こんなにも悩んでいるのに、これ以上悩みたくはないのに・・・。
 何も言えずにいるとアルが顔を逸らした。
「いつか解るさ」
 アルが呟き、無視されて拗ねていたフェアルに「ルーダが捜していたぞ?」と言った。
 それを聞いてフェアルが「あ!」と声を上げた。
「約束してたんだった!それじゃあ、またね!」
 手を振ってフェアルが走って行く。
「お前の迎えが三時間後に来る。それを知らせに来ただけだったけど・・・」
 言ってアルが上着の内ポケットから今では珍しい煙草の箱を取り出した。
 思わず見つめていると煙草を銜えたアルに「ん?」と聞かれた。
「珍しい物を持ってますね」
「あぁ・・・。これは拾い物」
「え?」
「殺した奴が持ってた余り物だ」
 言ってアルは背を向け、銜えた煙草に火を点ける音が微かに聞こえた。
 やはりこの男はよく解らない・・・。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」
 背を向けたままアルが言う。
「僕はナイトです」
「ナイト・・・」
「はい。ナインという名前の隊員は既にいたので」
「そうか・・・。まぁ、ナイトの方が良いと俺は思う」
「そう・・・ですかね・・・」
 なんだろう。
 嬉しいのに恥ずかしい感じがする。
「照れてるのか?」
 俯いていた顔を上げるとアルがからかうような笑みを浮かべていた。
『そうか。これが"照れる"なんだ』
 こんなの初めてで解らなかった。
「初めてです。照れたの」
 落ち着いて言った僕にアルが優しく「そうか」と頷き返す。
「・・・俺はアルフォード。皆は"アル"って呼ぶ事が多い」
 間を空けてアルフォードが言う。
「それじゃあ・・・。アルって・・・呼んで良いですか?」
「好きにしろ」
 会ったばかりなのに許可してくれたのが嬉しくて「はい!」と頷き返すと、アルフォードに「ふっ」と笑われたが、そんなの気にならないほど本当に嬉しかった。




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登場人物紹介

【ナイト】

・最新の戦闘用アンドロイド

・製造の過程で同じ顔にならないようAIが計算し製造しているが、似た顔は存在している。


【ノエル・エレナルド】

・衛生兵

・ナイトと同じアンドロイドのようだが…


【カイル・ディーウェル】

・アンドロイド

・明るい性格

・頭の回転が速い。というより勘が鋭い。

・女癖が悪いと言われているが…


【ミク・ラズリー】

・軍用アンドロイド

・軍の事務員

・4年前から以前の記憶を失っている

・カイルにしつこくされ迷惑をしているようだが…


【グレン・フィナークス】

・アンドロイドだが見た目50歳ほど

・軍人

・階級[大佐]

・独自の考えで部隊を動かす事があるため、軍や政府の一部には嫌われている

・ナイト達はグレンの直轄部隊員


【ユラ】

・アンドロイド

・グレンと同じく指揮権を持っている

・階級[大佐]

・時折何処かに支援物資を送っているようだが…


【グレイク】

・レジスタンスリーダー

・弱々しい性格

・10年前にアカネと出逢う


【アカネ】

・グレイクにリーダーを任せた女レジスタンス

・男勝りな性格のせいか口調も男みたいだが…


【クオーレ・クレアソール】

・見た目40代半ば

・アンドロイド

・軍人(制服を着崩しているため、軍人というよりも海賊や盗賊に見える)

・陸軍将校


【ヴィント・アミーネ】

・見た目30代

・アンドロイド

・軍人

・空軍将校


【ライラ・エルスターニア】

・インド人風の肌、長い黒髪、琥珀色の目をしている

・元々は飲み屋で働く普通のAI型アンドロイドだった

・見た目20代後半

・軍人

・海軍将校


【アルフォード】

・見た目20代

・レジスタンス

・仲間の数人には「アル」と呼ばれている


【ウォルス】

・見た目40代のアンドロイド

・レジスタンス

・厳つい顔をしているが優しい(初対面の子供には必ず泣かれる)

・左目の上に切り傷がある


【フェアル】

・見た目20代

・アンドロイド

・戦闘要員として前線に立つ事も有るが、本業は医師


【ルーダ】

・医療班リーダー

・明るく優しい性格だが怒ると怖い

・アルフォードだけが負傷しても見せてくれないため、無茶をして怪我しないか心配している


【リアナ】

・AIアンドロイド

・見た目は20代

・白銀の髪、緑色の目の中心は黄色に近い

【クロイツ】

・本名ではない

・いつも髪はボサボサ

・柔らかく優しい声音で話す

・メガネを掛けているが、伊達なので意味が無い

・雑貨、食品などを売っている

・一見天然そうなイメージだが…

【ヴァイス】

・中性的な面持ち

・メガネを掛けている

・見た目30代のアンドロイド

・何か目的があるようだが…

【メディス】

・身長は高め

・見た目30~40代

・元軍用施設の職員だったが、後に養護施設を開設する

・享年86歳


【ネスト】

・淡いオレンジ色の髪と目をした青年

・身長180㎝

・普通の人間と変わらない見た目をしているが…

*フィリアとは双子のような姿


【フィリア】

・身長162㎝

・淡いオレンジ色の髪と目

・長い髪を2つに分けて束ねている

・ネストとは姉弟のような関係

 自分がお姉さんだ言っているが、本当は妹でも良いと思っている

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