第15話

文字数 12,897文字

 メディスの養護施設を出てから一ヶ月。
 町を避け、山を越えて森を抜ける。
 一ヶ月もすると野宿にも慣れてしまう。
 夜になるとリアナは空を見上げ、何時間も飽きずに星を眺めていた。
 何処へ向かうかも決めず、流れに任せて進む。
 何も食べずとも生きては行ける。
 それでも、核を動かす燃料は食事を取るよりも、取らない方が消費が激しいため、何か食べなくてはならない。
 辿り着いた街は、それなりに賑わっていたが、営業しているのに看板の灯りは消されていた。
 街灯は点いているが、それだけだは夜は暗い。
「いらっしゃいませ~」
 喫茶店に入り、奥の席を選びたい気持ちを堪え、出口に近い席に座る。
「ふふっ」
 小さく笑ったリアナに「なんだよ」と問う。
「何でもない」
 フードを被ったままのリアナが笑みを浮かべて答える。
 本当ならフードを外したいだろう。
 そうできないというのが申し訳無くなる。
 注文は置かれていたパットで出来たが、持って来るのは店員で、フードを被ったままのリアナを不思議そうに見ていたが、何も言わずに去って行った。
 まぁ、何も言わなかったのは俺と目が合ったからだと思うが。
「もう!アルが睨むから店員さん怖がったじゃない!」
 小声でリアナが怒る。
「睨んだつもりはないんだけどなぁ」
「そうですね。それがアルの普通でした」
 言ってリアナがフルーツが沢山盛られたパフェを食べ始める。
 一口食べては幸せそうに笑みを浮かべるのを見ると、こっちまで幸せな気分になる。
 少し遅れて来た自分の物を食べ始めた時、入口のベルが鳴り、数人の男達が入って来た。
 男達が横を通り過ぎた瞬間、口へ動かそうとしていた手を思わず止めてしまった。
 通り過ぎた男達を横目で追う。
 カウンターに座った男達が笑いながら注文をする。
 男達の話し声に聞き耳を立てながらリアナへ視線を戻すと、不安げな目で俺を見ていた。
 リアナも気付いたのだ。
 男達から漂って来る"硝煙"の匂いに…。
「気にしなければいい」
 言って自分のケーキを食べ始める。
 リアナには気にするなと言ったが、男達の方へ意識を集中してしまう。
「あんた達!此処へ来る前に風呂に入って来いって何度言えば解るのよ!」
 喫茶店の店主らしき女性がカウンター越しに男達を怒る。
「ごめんごめん。次は必ずそうするから」
 左腕にバンダナを巻いた男が笑いながら言う。
「いい加減にしないと出禁にするわよ?」
「それだけはマジで勘弁して!俺達の憩いの場なんだよ!」
「憩いの場を失いたくないなら、次は絶対に、風呂に入ってから来なさいよ?」
「解りました!」
 会話だけを聞いていれば普通だ。だが、男達は明らかに普通の生活をしていない。
「そういえば、今日助けた人達の話だと、北の方にもそれらしいのがいるらしい。まだ確証は無いんだけど、明日にでも確認しに行くか?」
「そうだな…。それで、もし本当だったら取り返しの付かない事になる」
「ちょっと!物騒な話しも禁止!」
 女性に怒られ、男達が黙り込む。
 目を逸らし、リアナに「行こう」と言って立ち上がる。
「出口で待ってて」
 リアナを出口へ向かわせ、自分は会計へ向かう。
 ふと視線を感じた。
「こんな時に旅行客か?」
 カウンター席の方から微かに聞こえた。
 会話の内容が気になるが、支払いを済ませたのに動かないのは怪しまれる。
 気にしないように店を後にし、待っていたリアナと合流する。
 横目で店内を伺うと、左腕にバンダナを巻いた男と目が合った…気がした。
 視界の隅に、メッセージを受信したマークが表示される。
 これは救助要請などの物で、自動で周囲のアンドロイドに送信される。
 開いてみると、中には[助けてくれ]としか書かれていなかった。
[リアナ。今メッセージが届いたんだけど]
 脳内の通信で問うと、リアナから[私にも届いた]と返って来た。
[発信元は…此処からそんなに遠くない]
 リアナから送られて来た座標と地図を重ねて場所を確認する。
 何処か離れた場所にリアナを待たせたいが、良い場所が無い。
[…行こう]
 言って発信元の場所へと向かう。
 このメッセージの真偽は関係無い。
 もし嘘だったとしても、無事ならそれで構わない。
 怪しまれないようにしながらも、出来るだけ早足で歩く。
 堂々と歩いているからか、周りは全く自分達を見ない。
 発信元のいる横道に近付いた時、人集りが見えた。
 集まった人間達がざわつく中、横道の方から「止めてくれ!」と男の声がした。
「リアナ」
 声を掛けた俺に、リアナが「解ってる」と頷き返して背中を押す。
 それは"待っているから行って来て"の合図。
 頷き返して駆け出す。
「すみません!通して下さい!」
 言いながら人集りを掻き分けて前へ進む。
 そこを抜けると、道の端に座り込んでいる男と、その横に倒れている人物が見えた。
 その2人の前にはナイフや銃を持った集団がいる。
「人間みたいな事を言って動揺させようとしているだけだ!」
 集団の1人が叫ぶ。
「ちが…俺達は…」
 倒れている人物が弱々しく言う。
「クソ!まだ動くか!」
 集団の1人が前に出て銃を構える。
「頼むから!もう止めてくれ!」
 座り込んでいる男が叫んだのと、俺が銃を持つ手を蹴り飛ばすのはほぼ同時だった。
「なっ!」
 銃を持っていた男が驚くのを無視し、腹部を蹴って後方へ押し返す。
「ガイ!」
 仲間が蹴り飛ばされた男を受け止める。
「いつの間に」
 怪訝な目で手段が見てくるのを無視し、後方を見て、座り込んでいる男を見る。
 座り込んでいる人物は、呆然と俺を見ていた。
 その男に怪我は無いが、問題は倒れている方だ。
 離れた場所の該当の灯りで微かに見えたその姿は、あまりにも痛々しかった。
 右足を失い、左腕も肩から外れかけ、右頭部側面も頭部の外装が露出している。
 血の代わりに体内を巡っている人工オイルが大量に流れ出し、液溜りを作っていた。
 明らかに大丈夫ではない。
「お前もアンドロイドか」
「いや。只の通りすがりだ」
 集団の1人の言葉に言い返す。
「通りすがり?俺達と同じ人間…か?それならどうして其奴らを庇う!其奴らはアンドロイドだぞ!」
「其奴らは俺達を殺そうとしているんだ!放っておいたらこっちが殺られる!」
 酷い言い訳に溜息も出ない。
「この2人が何をした?」
 俺の問いに、最初に蹴り飛ばした男が「は?」と訊き返す。
「この2人は見るからに武器を持っていない。それなのに、お前等がアンドロイドっていうだけでこんな事をしたんだろ」
「だから!其奴らはアンドロイドなんだって!」
「アンドロイドだからなんだ!」
 怒りがこみ上げ、拳を握り男を睨む。
「アンドロイドが暴走したっていうニュースだけで、全てのアンドロイドが危険だと思い込んで、無害のアンドロイドまで殺して!それで一体何になる!」
「殺すってなんだよ!其奴らは生きてないだろ!」
「機械に命なんて無い!」
「そうだ!感情なんて只のプログラムだろうが!」
 何度も聞いた言葉が耳を突く。
 その度に同じ事を言った。
「此奴らにだって意思は有る!だから殺されたくないって思うし、生きたいって思うんじゃないのか?だから、お前等に止めてくれって言うんだろ!」
「それこそプログラムだって言っているだろ!」
 どうして話しが戻る。
 何度も繰り返したやり取りに腹が立つ。
「俺からしたら……お前等の方が機械だ」
 集団が身構え、銃を持った男達が前に出る。
 撃たれれば自分も機械の躯だとバレるが、そんな事はどうでも良い。
 振り返り、座り込んでいる男に「連れを抱えて立てるか?」と問う。
「はっ…はい!」
 驚きつつも、座り込んでいた男が倒れている男の腕を自分の肩に回し、ゆっくりと立ち上がる。
「おい!本気で其奴らを助けるつもりか!」
 後ろからの声を無視し、連れを立ち上がらせた男に「もう少し頑張れ」と言う。
「本当に撃つぞ!」
 撃たれるのを覚悟したその時、通りの方から悲鳴が轟いた。
 俺だけではなく、その場にいた者達全員が通りの方へ目を向けた。
 人集りがいなくなった事で見えた通りを、内部がほぼ露出している機械体が数体走って行くのが見えた。
「クソッ!其奴らの事は後だ!行くぞ!」
 始めに蹴り飛ばした男が言って通りへ向かって駆け出し、その他の者達が後に続く。
 男達の姿が見えなくなるのと同時に、物陰からリアナが出て来た。
 駆け寄って来て「大丈夫?」と問う。
 今のタイミングからして、リアナが何処かに放置された、まだ動かせる抜け殻となったアンドロイドを強制的に起動させ、暴走しているように見せかけたのだ。
「助かった」
 言って歩き出した俺の後に、リアナ、連れを抱えた男が歩き出す。
「あまり時間は稼げないと思う」
「数分でも構わないさ」
「あの…」
 戸惑っている声に、振り返らず「ん?」と訊き返す。
「その子が…俺達と同じアンドロイドなのは…生体反応からして解ります。けど…貴方は…何者ですか?」
「何者って…。あんたにはどう見えるんだ?」
 問い返すと、男は「えっと」と困ってしまった。
 正直、自分の生体反応がどのように見えるのか知らないので気になる。
「機械の反応が出ているのに…人間の反応も出ていて…どっちなのか解らないんです。貴方は…アンドロイドなんですか?それとも…人?」
「つまり、生体反応は機械と人間。両方って事か」
「…はい」
 それなら困惑するのも解る。
「俺は義体なんだ」
「えっ!?
 驚きのあまり声を上げてしまってから、男が慌てて「すみません!」と謝った。
「義体化した人に…初めて逢いました。成功例が有るとは聞いていたけれど…まさか本当に存在するなんて思わなかったな」
 後半の方は独り言だ。
 詳しい事まで話すつもりが無いので黙っていると、男が「この先は入り組んでいるんです」と言った。
「けど、もう少し行けば安全です」
「安全って?」
 リアナが訊き返す。
「この町は今、2つに分断していると言っても過言ではない状態なんです。さっき俺とコイツが襲撃された場所は、アンドロイドの存在を認めない人間の領域で…。あ!あそこ!」
 言って男が前方を指差す。
 見えた壁には、赤色で狼のような生き物の横顔が描かれていた。
「あそこから先が、俺達アンドロイドの領域なんです」
 安堵したように男が笑みを浮かべる。
「危険だと解っていながら、どうして人間側の領域に来たんだ?」
 俺の問い掛けに、男が表情を曇らせる。
「俺達も…生きる為には色々と必要で…。ある程度の物は自分達でどうにかする事は出来ますけど、人間の領域に行かないと手に入らない物も有って…」
「危険を冒してまで手に入れたい物って何だ?」
 殺されてしまうかもしれないのに、そうまでして何を求める。
「人工皮です。あれだけは…人間側の売人から買うしかなくて…」
「どうして売人がそんな物を?」
「え?」
 男が不思議そうに俺を見る。
 よく考えれば解るだろう。
 人口皮はヨクト細胞から作られる。
 俺の義体に使用されているヨクト細胞とは違い、暴走しないよう制限の掛かった物だ。
 皮膚や内臓など、用途によって細胞の核に刺激を与えてそれらを形成させる。
 それらを作成するのは国から許可を貰った企業などで、悪用を防ぐ為に売られる事は無いはずだ。
 売人が人工皮膚を売っている訳がない。
「本当にその売人は人工皮を売っているのか?」
「え?…多分…。まだ会っていないので…解りません」
「もしかして、人工皮を買いに行こうとしたのは、今回が初めてとか?」
 問い掛けに男が無言で頷き「その他の物を買うのには何度か行きました」と答える。
「その度に怪我をして帰って来る仲間達が多くて、保管していた人工皮が不足し始めたんです。だから…売人が人工皮を売っているという噂を聞いて…買いたくて」
 呆れて溜息も出ない。
「その噂の出所は?」
「前、人間の領域から来たアンドロイドが言っていたんです。人間の領域で、良い物を扱っている売人がいて、その人物の所なら人工皮も手に入るって…」
「そのアンドロイドは、今何処に?」
「もう別の場所に向かいましたよ」
「此処を出て行ったのは?」
「3ヶ月前…です」
 質問ばかりする俺を、男が訝しげに見る。
 どうしてそんな事を知りたがるのか解らないのだろう。
 そんな会話をしている間にも、狼のような生き物が描かれた壁まで到着し、通りを右へ曲がり、壁を回り込むように進むと、開けた場所に出た。
 そこは元々公園だったらしく、使用されていない遊具が在った。
 点在する街頭によって薄らと照らされた公園内には幾つか人影が在り、その視線が俺達の方へ向いた。
「おい!医療班に連絡しろ!」
 1人が叫んで駆け出す。
「在庫の確認と、それを運んでくれ!」
 別の誰かも叫び、数人がこちらにやって来る。
「だからよせって言ったじゃないか!」
 最初に駆け寄った男が怪我をしている男に向かって言う。
「破損箇所を確認。データを医療班に送った」
 後から駆け寄って来た数名の1人が言って怪我をしている男を抱き上げた。
「何があって2人を連れて来たのかは後で聞く。取り敢えず修理が先だ」
 最初に駆け寄って来た人物が言って歩き出し、その後に全員が続く。
 このまま帰ろうか悩んでいると、此処まで護衛していた男に「大丈夫です」と言われ、取り敢えず集団に付いていく事にした。
 通りに停められていた数台の車に男達が別れて乗り、俺とリアナも「乗れ」と言われて乗った。

 怪我をしたアンドロイドを乗せた車は通りを曲がって分かれ、俺達の乗った車が停まったのは、元々工場だった場所だった。
 シャッター横のドアから中に入る。
 三台置かれた金属板などを切断する為の機械は、今は使われる事が無いのか埃を被り、その近くで男達が武器の手入れをしていた。
 そのうちの1人が「大変だったな」と誰かに声を掛ける。
「噂が本当かどうかも解らなかった」
 答えたのは助けた男だ。
「おい」
 呼ばれて見ると、ここまで車を運転して来た男が顎で"付いて来い"と合図を送って来た。
 奥にはドアが見える。
 小さく溜息を吐き、横目でリアナを見ると男に「お前だけでいい」と言われた。
[何かされそうになったら直ぐに知らせろよ]
[うん]
 内部通信でリアナと短いやりをしている間に、男と共にドアの中へと入った。
 そこは元事務所で、デスクが置かれたままになっていた。
 流石にPCなどは無い。
 デスクの上に置かれたランタンに火が灯る。
「適当に座れ」
 言って男がデスクの上に座り、俺は座る気にはなれず立っている事にした。
 男が俯き、小さく溜息を吐いてから俺を見て「お前達は何処から来たんだ?この町の住民ではないだろ?」と訊いて来た。
「リオライト」
「…そうか」
 リオライトも現在、人間だけの町となっている。
 俺とリアナがいない事でメディス達は大丈夫だろう。
 今は信じる事しか出来ない。
「お前は人間をどう思う?」
 男はそう呟くと自分の喉元に触れた。
 ランタンの明かりに照らされた喉元には、薄らと切られたような跡が見えた。
 よく見なければ解らないほどだ。
「此処に来るまで、どれくらいの人間に会った?」
 その問いに、俺は何も答えなかった。
 人間とアンドロイド。
 どちらの味方にもなるつもりは無い。
「人間なんて信用するな。この街がその証拠だ」
 恨みの滲む目にランタンの灯りが反射して怪しく揺らめく。
「人間は俺達を破壊しようと攻撃して来た。アンドロイドが暴走したっていうニュースが流れただけで、他のアンドロイドまで危険だって言って。何もしないと言ったって、奴等は俺達の言葉なんか聞かない」
 男の言葉に小さく溜息を吐いて視線を逸らす。
「お前達も住処を奪われたんだろ?」
 奪われた訳ではない。
 元々、俺達に住処など存在しないのだ。
 造り出されたあの場所はもう無い。
 思い出した所で戻りたいとも思わない。
「共に戦わないか?」
 同じ事を今まで何度言われたか。
「俺は-」
ードォオオオオン!
 爆音が聞こえて言葉を止める。
 勢いよくドアが開き、飛び込んで来た人物が「奴等、また攻めて来やがった!」と叫んだ。
「防衛班からの連絡はどうなってる!」
 男が立ち上がって問う。
「解らない!」
「クソッ!」
 男は一度立ち止まって俺を見たが、何も言わずに入って来た人物と共に出て行った。
 銃声が微かに聞こえる。
 部屋を出ると、1人残されたリアナが待っていた。
 俺は何も言わなかったが、リアナは何かを察して微笑む。
 傍観する事が出来ない性格だと解っているのだ。
 リアナが外へのドアを開ける。
「私は此処で待ってる。何かあったらちゃんと逃げるから。その時は後で合流しよう」
「ああ」
 頷いて歩き出す。
「行ってらっしゃい」
 外へ出た時、後ろから言われた。
 メディスの養護施設で暮らしていた時も、リアナはこうして見送っていた。
 あの頃と同じように、振り返らずに「行って来る」と応えて駆け出す。
[場所は此処から1時の方向。距離1528]
 脳内にリアナの声がし、マップが送られて来た。
 赤色と黄色の点が蠢いている。
 人間とアンドロイドの集団という事は直ぐに察した。
 銃声と悲鳴が微かに聞こえる。
 道の先に、小さいが幾つもの人影が走って行くのが見えた。
 近付くに連れて銃声と悲鳴が大きくなる。
 次の分かれ道を左へ曲がり、正面に見えた壁を飛び越える。
 目下に座り込んでいる人物に銃口を向けている人影が見えた。
[アル!]
 リアナの止めようとする声を無視し、着地と同時に銃を構えていた人物を蹴り飛ばす。
「クソッ!」
 周囲にいた者達が俺に向かって銃口を向け、容赦無く引金を引く。
 後方で座り込んでいる人物の襟首を掴んで物陰に放り投げ、自分も近くの壁の陰に飛び込む。
 銃声が止むのと同時に飛び出し、何かを投げようとしていた人物を殴り飛ばす。
 横から振り下ろされたナイフを受け止めると、それを手にした人物が「お前は」と言った。
 見ると、食事をした喫茶店にいた、腕にバンダナをしていた男だった。
 あの時とは違い、鋭い視線で俺を睨む。
「どうして邪魔をする」
 恨みの籠もった低い声。
「そこを退け!」
 後ろから声がし、振り返るよりも先に「撃つな!」と叫んでいた。
 目の前の男を押される力を利用して体勢を前へ傾けさせ、そのまま受け流して足払いをし、左に立つ者の銃を奪って殴り、正面と右の者達を銃身で薙ぎ払う。
「お前…アンドロイドか」
 始めに足払いをした男が屈んだまま下から睨みつつ問う。
「だとしたら?」
 俺の答えに、男がハンドガンを取り出し、銃口を向け「倒す」と言う。
「どうして」
「お前がアンドロイドだからだ」
 それしか返って来ない。
「AIに意思は無いのか?」
 俺の呟きに、男が不思議そうな顔をし「は?」と訊き返す。
「AI機能は…確かにプログラムによって構築されている。けれど、そこから生まれる感情や意思は命だ。生身の人間と何も変わらない。違うのは躯だけだろ」
 先程やって来たアンドロイド達も驚いた表情で俺を見ている。
「人間と何も変わらないんだよ。感情が有って、痛みを感じて、大切なモノを護りたくて、生きたいと願って…。それの何が人間と違うんだ?」
 誰に届くかも解らない。
 それでも、何度でも言おう。
「人間だって人間同士で争うだろ。犯罪を犯す奴だっている。其奴らの事はどうでも良いのか?」
「そっちは警察が対処するさ」
「自分達には関係無いから何もしないんだろ」
「そうじゃない!」
「そういう事だろ!」
 怒鳴り返した俺を、リーダーの男が睨むも、先程とは違い、その目には迷いが見える。
 不思議だ。
 怒りが込み上げているのに、思考は冷静になっていく。
「アンドロイドと人間の争いに関しては、関係を悪化させているのは人間だ。アンドロイド側から攻撃しているとしても、それには理由が有る。それこそ、人間を傷付けてはならないっていうプログラムが有るからだ。そのプログラムに反して攻撃するのは、人間が自分達を攻撃して良いのに、どうして自分達は攻撃してはダメなのかっていう矛盾が生じたからだ。こっちから手を出さなければ…殺さなければ、此奴らは何もしないんだよ」
「俺達は其奴らに大切なモノを奪われたんだ!赦せるわけが「奪ったのは此奴らじゃない!」
 誰かの言葉を遮る。
 どうして話しがそうなる。
「此処にいる誰かが、お前等の大切なモノを奪う所を見たのか?誰が奪った?」
 問い掛けに男達が動揺し、横目で仲間を見る。
 つまり、今この場にいるアンドロイドが誰かの大切なモノを奪った事など無いのだ。
「其奴らには仲間が殺されたんだ!」
 誰かの言葉に、他の者達が「そうだ」と口々に言う。
「それはお前等が攻めて来るからだ!」
 後方のアンドロイドが言い返す。
「お前等が攻めて来るから、俺達だって戦うしかないだろ!俺達だって…死にたくはない!」
「死ぬ?笑わせるな!お前等はただの機械だ!その躯を失うだけで、すぐ別の躯で戻って来るだろ!」
「違う!俺達だって…この躯だけなんだよ!メモリーも…バックアップをしたって、次に目を覚ました時はもう自分じゃないんだ!」
「は?」
 人間はアンドロイドの事を殆ど知らない。
 殺したってメモリーが残っていれば何度でも蘇ると思っている。
 そんな訳がない。
「お前達の言葉なんか信じるか!」
 人間側のリーダーの男が言って銃を構え、仲間達がそれに続く。
 何を言っても無駄なのか。
「あんた等は他の所の防衛に向かえ」
 言って身構えた俺に、アンドロイドの誰かが「これは俺達の戦いだ!」と言う。
「君には仲間を助けて貰った恩が有る。けど、俺達の問題とは無関係だろ」
 確かに俺には関係無い。
 話しだけして、無駄だと思うなら去ればいい。それでも、そうしないのは、世界がこうなってしまったのは、少なからず自分のせいでも有るからだ。
 あの日、施設を抜け出さなければ”アンドロイドの暴走”というニュースは流されなかった。
 それによってアンドロイドに対して人間が恐怖を抱き、争う事も無かったのだ。
 恨まれるべきは彼等ではない。
-お前は…そのままの自分で
 いつだったかメディスに言われた言葉が、迷いそうになる度に背中を押す。
「理由が必要なのか?」
 俺の問い掛けに、後方で「え?」と声が訊き返す。
「この世界に存在しているから。それが…理由だ!」
 答えて左手で右腰の銃を抜き、右手で左腰のナイフを抜く。
 全身の細胞が稼働するのを感じる。
「行け!」
 言うのと同時に駆け出す。
 向けられた銃口から弾丸が放たれる。
 システムの補正によって飛来する銃弾がスローに見える。
 直撃する物だけ銃身とナイフの柄で防ぎ、銃を構え、直ぐには躱せない屈んでいる者達に向かって引金を引く。
 放った銃弾は相手の手にしている銃を弾き、跳弾となって肩や足に被弾する。
「撃たれた!」
「あぁあああ!」
 痛々しい声が辺りに響くが、だからといって止める事は出来ない。
 後方のアンドロイド達の反応は離れて行っている。
 別の場所に向かったのだ。
「このっ!」
 声がし、前から何か投げられた物が足下に転がり、飛び退くのと同時に爆発した。
 着地のために右手のナイフを仕舞う。
 爆風によって飛ばされながら、躯を回転させつつ、数人の足を撃つ。
「化け物が!」
 何度も言われた。
 着地する場にまたグレネードが投げられる。
 躯を回転させてブレーキを掛けた瞬間、グレネードが爆発した。
 爆発に巻き込まれた躯が地面に叩き付けられる。
「よし!直撃だ!」
 誰かの声がした。
 片腕で地を押して飛び起き、前を見た視界に赤い影が映される。
 爆煙に包まれたまま銃を構え、見えている影に向かって引金を引く。
「あっ…あぁあああ!」
「クソッ!まだ動くのか!」
「どんだけ硬いんだよ!」
 普通のアンドロイドなら今の一撃で破損していただろう。
 破けた服の間から覗く皮膚は微かに銀色に変色していた。
 一瞬だけ全身の細胞が金属に変化させたのだ。
 それによって破損は免れた。
 けれど、何度も変化させる事は出来ない。
 視界が晴れる前に駆け出す。
「全弾撃ち込め!」
 声と共に再び無数の銃弾が放たれる。
 同じ攻撃しか出来ないのか。
 先程と同じ方法で弾幕を切り抜ける。
 向かって来る銃弾に恐怖を感じなくなったのはいつからだろう。
 自分が死ぬ事よりも、信じているモノの為に進む事を選ぶようになったのはいつだ。
 あの施設を出た時から、俺の生きる意味は変わったのだと思う。
 一部が壊れた壁の裏から狙っている人影に向かって引金を引き、当たったか確かめずに視線を前に戻す。
 アンドロイド側にも、人間側にもこれ以上被害を出さない為にも長引かせる訳にはいかない。
 迷わず、それでも気付かれないよう辺りの者達を相手にしながら徐々にリーダーの男へ近付く。
「クソッ!…ぐっ!」
 吐き捨てたリーダーの男の懐に滑り込み、首を掴んで持ち上げる。
「ヴライト!」
「テメェ!ヴライトを放せ!」
 周囲の者達が俺を取り囲んで銃口を向ける。
「…はぁ」
 男を持ち上げたまま小さく溜息を吐く。
[リアナ。他の場所はどうなってる?]
[なんとか収りつつあるけど、負傷者が結構出てる]
[…そうか]
 戦闘を長引かせるつもりは無い。
「そのまま撃ったら、お前等のリーダーが死ぬぞ?放して欲しいなら銃を下ろせ」
 俺の言葉に男達が顔を見合わせる。
「じゅ…う…をお…ろせ…」
 首を掴まれたままリーダーの男が言う。
 苦しげに俺の腕を掴んで足をばたつかせている。
 俺は手に力を入れていない。
 暴れるから苦しくなっている事に気付いていないのか。
 リーダーの命令に男達が銃を下ろす。
 それを確認してリーダーの男を解放すると、下ろされた男は地面に座り込んだ。
「ゴホッ!ゴホッ!」
「ヴライト!」
「大丈夫か!」
 咳き込む男に数人が駆け寄り、残った者達がまた俺に銃口を向ける。
「まだやり合うつもりか?別に…俺は構わないけどな」
 言いながら再びナイフを取り出し、代わりに銃を仕舞う。
「けどそうすると、お前等はまた全てアンドロイドの所為にして攻撃するんだろう?」
「だから……俺達は!…お前等が人間を殺すから「どうしてそこに戻る」
 息を整えつつ言い返して来たリーダーの言葉を遮る。
「お前等はあの事件が起きる前、アンドロイドが誰かを殺すのを見たのか?ニュースを見たのか?」
「それは…」
 俺の問い掛けにリーダーの男が口ごもる。
「無いんだろ?それなのにどうしてあのニュースだけで全てのアンドロイドを敵視するんだよ」
 こんな事を言うのは、俺が元々生身の人間だったからかもしれない。
 アンドロイドとして生まれていたら、こうして止めようとする事は無かっただろう。
 けれど、人間だからとか関係無い。
 自分の考えが正しいと信じたい。
 あの施設から逃がすために戦ってくれた人達の為にも、俺は戦うしか恩を返す術が解らないから。
「アンドロイドに殺される恐怖を植え付けて、戦う道を選ばせたのは人間だ。人間が攻撃しなければ、アンドロイドが誰かを殺す事なんて無かったんだよ」
 何処からか微かに銃声がしている。
 まだ戦いは続いているのだ。
「感情を持ったアンドロイドが誰も殺さないなんて俺には言い切れない。けど…全てのアンドロイドを敵視するのは間違っていると思う。この戦いを始めたのはお前達だ。終わらせるのも」
「今更…止める事なんて出来ない」
 リーダーの男が呟く。
「直ぐには終わらないかもな。今アンドロイド達にとってアンタ等は復讐の対象だから」
「そうだ…。だから…俺達は戦い続けるしかないんだ」
 堂々巡りの会話に溜息が出る。
「そうじゃないだろ…」
 呆れる俺を男が弱々しい目で見て来る。
「このまま戦い続けたいのか?」
「そんな訳あるか!俺達だって、戦わないで良いならそうしてる!」
「けど、彼奴らが攻撃して来るから-」
「はぁ…。話しが堂々巡りになっている事に気付かないか?」
 呆れて話し合うのも嫌になってくる。
「兎に角、今はこの状況を終わらせる。リーダーのアンタが撤退命令を出せば済むだろ」
 俺の言葉に、リーダーの男が「どうだろうな」と答えて立ち上がる。
「命令に従わない奴もいるかもしれない」
「その場合は俺が其奴らの相手をする」
「本気か?…お前みたいな奴…初めてだ」
 そう言ってリーダーの男が微かに笑い、気合いを入れるように一息吐いて「撤退だ」と言った。
「おい!正気か?コイツの言う事を信じるのかよ!」
「聞いて無かったのか?撤退だ。それに、コイツは自分が死ぬかもしれないなんて考えてない。俺達を止める為なら手足が無くなるまで戦うって目だ。そんな奴を相手にしたら俺達の方がやられる」
 男の言葉に仲間達が口ごもる。
 それを横目に男が無線機を取り出し「全部隊に告ぐ。今すぐ戦闘を止め撤退しろ。繰り返す。撤退だ」と告げ、仲間からの返信を無視して無線機を仕舞い俺を見た。
 微かに聞こえていた銃声が聞こえなくなる。
[リアナ。強制的にアンドロイド達との回線を開いてくれ]
[え?まさか…アルが話すの!?
 リアナが驚いた声で訊き返す。
[強制的に撤退させる事も出来るけど、それじゃあダメだからな]
[……解った]
 戸惑ったような声音でリアナが頷き、少しして[繋いだよ]と言った。
[この通信が届いている全てのアンドロイド達に告げます。人間側は撤退します。これ以上戦う必要は有りません。追撃せず、貴方達も撤退して下さい]
[ハッキングして来て勝手な事を]
 誰かが返して来た。
 声からして、あの廃工場で話しをした男だ。
[これ以上戦うなら俺が貴方達と戦う事になる]
 俺の言葉を男が鼻で笑う。
[撤退するさ。お前達は敵に回すと厄介らしいからな]
 その言葉を最後に通信は切られた。
「どうした?」
 黙り込んでいた俺に、人間側のリーダーが問う。
「……何でも無い。アンドロイド達にも撤退するように頼んでいただけだ」
「あ~。お前等は頭の中に有る回線で話せるんだったな」
 男が言って溜息を吐き、何か考えながら頭を掻き毟り、仲間達に「撤収!」と言う。
 仲間達は何か言いたそうな顔をしつつも命令に従い、重い足取りで歩き出した。
 1人残ったリーダーの男がまた俺を見る。
「お前…何者なんだ?」
「さぁ…何者だろうな」
 濁そうとしたが、男が「お前の話し方は、アンドロイドとは思えない」と終わらせなかった。
「彼奴らと同じアンドロイドの筈なのに人間みたいな話し方をしていた。お前自身が人間みたいな…。アンドロイドとは違う感じがする。まるで…俺達と同じ人間と話しているみたいな…」
 その言葉に、俺は何も返す事が出来なかった。
 確かに俺は元々生身の人間だ。しかし、この躯になってから何かを確かに失った。
 擬似的だが怪我をすれば痛みが生じる。
 物を食べれば味だって解る。
 具体的に何を失ったのかは解らない。けれど、確かに何かを失っている。
 それでも俺が"俺"でいられるのは…。
「近々、アンドロイド側と話しをしようと思う。その時は……仲介役として立ち会ってくれないか?」
「は?どうして!?
「お前が一緒なら彼奴らも話しを聞いてくれると思ったんだ。現に、お前の通信でアンドロイド達は撤退したみたいだからな」
「それは-」
「つう事で…頼むな!」
 言って男が俺の肩を叩いて駆け出す。
「あっ!おい!」
 呼び止める為に伸ばした右手が何も触れず固まる。
 俺は追い掛ける事も忘れ、その姿が見えなくなるまで呆然としていた。
[アル?どうしたの?終わったんだよね?]
 心配しているリアナの声に、数秒間を空けて[あぁ。終わった…けど]と答えた。
[アンドロイドの人達は戻って来てるのに、アルが来ないんだもん!]
[悪い。今戻る]
 そう返して廃工場へ向かって歩き出す。
 それが良い方へ向かうかどうか、その時の俺には解らなかった。




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登場人物紹介

【ナイト】

・最新の戦闘用アンドロイド

・製造の過程で同じ顔にならないようAIが計算し製造しているが、似た顔は存在している。


【ノエル・エレナルド】

・衛生兵

・ナイトと同じアンドロイドのようだが…


【カイル・ディーウェル】

・アンドロイド

・明るい性格

・頭の回転が速い。というより勘が鋭い。

・女癖が悪いと言われているが…


【ミク・ラズリー】

・軍用アンドロイド

・軍の事務員

・4年前から以前の記憶を失っている

・カイルにしつこくされ迷惑をしているようだが…


【グレン・フィナークス】

・アンドロイドだが見た目50歳ほど

・軍人

・階級[大佐]

・独自の考えで部隊を動かす事があるため、軍や政府の一部には嫌われている

・ナイト達はグレンの直轄部隊員


【ユラ】

・アンドロイド

・グレンと同じく指揮権を持っている

・階級[大佐]

・時折何処かに支援物資を送っているようだが…


【グレイク】

・レジスタンスリーダー

・弱々しい性格

・10年前にアカネと出逢う


【アカネ】

・グレイクにリーダーを任せた女レジスタンス

・男勝りな性格のせいか口調も男みたいだが…


【クオーレ・クレアソール】

・見た目40代半ば

・アンドロイド

・軍人(制服を着崩しているため、軍人というよりも海賊や盗賊に見える)

・陸軍将校


【ヴィント・アミーネ】

・見た目30代

・アンドロイド

・軍人

・空軍将校


【ライラ・エルスターニア】

・インド人風の肌、長い黒髪、琥珀色の目をしている

・元々は飲み屋で働く普通のAI型アンドロイドだった

・見た目20代後半

・軍人

・海軍将校


【アルフォード】

・見た目20代

・レジスタンス

・仲間の数人には「アル」と呼ばれている


【ウォルス】

・見た目40代のアンドロイド

・レジスタンス

・厳つい顔をしているが優しい(初対面の子供には必ず泣かれる)

・左目の上に切り傷がある


【フェアル】

・見た目20代

・アンドロイド

・戦闘要員として前線に立つ事も有るが、本業は医師


【ルーダ】

・医療班リーダー

・明るく優しい性格だが怒ると怖い

・アルフォードだけが負傷しても見せてくれないため、無茶をして怪我しないか心配している


【リアナ】

・AIアンドロイド

・見た目は20代

・白銀の髪、緑色の目の中心は黄色に近い

【クロイツ】

・本名ではない

・いつも髪はボサボサ

・柔らかく優しい声音で話す

・メガネを掛けているが、伊達なので意味が無い

・雑貨、食品などを売っている

・一見天然そうなイメージだが…

【ヴァイス】

・中性的な面持ち

・メガネを掛けている

・見た目30代のアンドロイド

・何か目的があるようだが…

【メディス】

・身長は高め

・見た目30~40代

・元軍用施設の職員だったが、後に養護施設を開設する

・享年86歳


【ネスト】

・淡いオレンジ色の髪と目をした青年

・身長180㎝

・普通の人間と変わらない見た目をしているが…

*フィリアとは双子のような姿


【フィリア】

・身長162㎝

・淡いオレンジ色の髪と目

・長い髪を2つに分けて束ねている

・ネストとは姉弟のような関係

 自分がお姉さんだ言っているが、本当は妹でも良いと思っている

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