第25話
文字数 2,967文字
これ程必死になったのはいつぶりだっただろう。
外に出て、仲間の運んでくれたタイヤの付いたボート型の水陸両用車両に乗り込む。
通信回線は復旧している。
それなのにカルーへ向かったグレイクの部隊の反応だけが無い。
ルーファへ向かった部隊からは状況の終了と、これから帰還するというメッセージが届いた。
グレイスはこういう時、メッセージを送るよりも直接連絡を寄越す。
それが嫌な予感を確実なモノに思わせる。
[あぁ…アル?]
通信が入り、相手の名前が表示される。
グレイクの仲間の一人で、それなりに交流がある男だ。
[ケイ?あいつ…グレイクはどうした?]
[あいつは…いや、あいつとアカネさんは―]
移動している間の時間がとても長く感じた。
到着すると、そこには巨大なクレーターが存在し、流れ込んだ海水によって沈んでいた。
仲間の戦艦がそこに停泊している。
「ケイ」
座り込んでいる人物にそう声を掛けると、相手はそっと顔を上げた。
「黒くて…巨大な化物が現れたんだ。いや…違うな…あれは、周りの残骸を飲み込んで大きくなったんだ」
ケイが消え入りそうな声で話し始める。
「銃弾は利かなくて、ミサイルを撃ち込んでも駄目で…」
そう言うとケイは泣き出してしまった。
[その時の映像を送ってくれるか?]
出来るだけ囁くように、優しく言うと、ケイはただ頷き返した。
送られて来たデータを再生する。
そこには全てが記録されていた。
離れているせいで二人の姿はハッキリと解らなかったが、最後まで一緒に居たのは解った。
アンドロイドに使用されているヨクト細胞は制限を掛けられているだけで、全く暴走しないとは言えない。
「その映像、俺にも見せてくれ」
隣に来たクオーレが小声で言う。
小さく頷き返し、データを送信する。
「ナイト。先に仲間と戻ってろ」
「え?」
意味が解らないというように目を丸くしていたが、何も言わずに歩き出す。
終わってしまえばあっという間だ。
どんなに大切なモノを守ろうとしても、守れない時が有る。
もう少し早く終わらせていれば間に合っただろうか。
あそこで男に遭遇しなければ、ヨクト細胞の大半を使用していなければ、ヴァイスの言い訳を無視して速攻終わらせていれば。
色々と考えたところで現実は変わらない。
「慣れないな…」
光に照らされて煌めく水面。
先程までの事が夢だったかのように穏やかな風が吹く。
あの施設に入る前、違和感がしていた。
その時に訊けばよかった。
「すっかり忘れてた。お前が嘘吐きだって事…。すっかり騙されてたな」
きっとアカネには話していたのだろう。
戦闘用アンドロイドが一番多いのはこっちだと。
それをアルフォードには話さなかった。
生身の人間だった頃よりも、義体の今の方が様々な経験をしている。
そして、誰かとの別れは、本当に慣れない。
船の方から向かって来ているボートの上で誰かが手を振る。
その人物に手を振り返す。
守った明日が有る。けれど、忘れてはならないのだ。
守る代わりに失う事を…。
失ったモノを…。
「ナイト…」
1人離れた場所へ行ってしまったアルフォードを目で追っているとノエルに声を掛けられた。
「ノエルは見た?アカネさんと…」
そこで言葉を切ったけれど、ノエルはそれだけでちゃんと理解してくれて、小さく「はい」と頷き返した。
「僕等はそんなに話した事が無いけど…それでも…なんか…寂しいね」
「…そうですね」
慌ただしく過ぎた時間が急に穏やかになると、何も考えたくなくなる。
撤収作業をしている人達も、皆が寂しさを抱えているだろう。
こんな時に勝利宣言をするような者はいない。
映画とかでは隊長らしき人物が声を張り〝我々は勝った〟だとか云々と語るだろう。
あれを異常だと思うのは僕だけかもしれない。
自分達がした事は正しいのだと、何も悪く無いという言葉を、前の自分なら信じ、別の戦場に向かっていただろう。
けれど今ならあの異常さが解る。
狂信、盲信に近い。
その言葉を受け入れてしまえば、罪悪感など忘れられる。
本当は忘れてはならない。
例え相手に意思が無くても、何の為に戦って、壊したのか…。
「…帰ろう」
言ってノエルを見る。
「はい」
静かに頷き返した彼女が背を向けて歩き出す。
失う事が怖い。
それなら戦わなければ良いと言われても、きっと僕は戦わない生き方なんて出来ない。
遠くの争いに直ぐ駆け付けて助けるなんて出来ない。それでも、近くの争いを何もせず見ているだけなんてしたくない。
全てを守って助けるなんて出来ないけれど…。
近くの大切なモノは…守りたい。
「あ」
ある事を想い出して思わず声を出すと、ノエルが振り向いて「ん?」と首を傾げた。
「アルを殴るの忘れてた」
僕の言葉にノエルは目を丸くし、数秒後弾かれたように笑った。そして、息を整える。
「そうだね…。それじゃあ、もう少し落ち着いたら話をしに行こう!」
明るく言う彼女に笑みを返し「うん」と頷き歩き出す。
隣に誰かがいてくれるのが、こんなにも暖かな事なのだ。
これをきっと〝幸せ〟と言うのだろう…。
崩すまでは長く、一か所突破すれば崩壊するまで時間は掛からなかった。
「お疲れ様」
声に振り返り「貴方もお疲れ様」と返す。
数分前、戦闘機が一機合流したのは知っていた。
それに乗って来たのがヴィントだ。
今までこの船に乗っていたのは彼のもう一つの躰。
裏で動かなくてはならない時は今回のように予備の躰を使って行動する。
ライラは今まで予備の躰を同時に操作した事など無いのでどういう感じなのか知らない。
やってみるかと言われたら、疲れそうなのでお断りだ。
「1人?」
ライラの問いにヴィントが苦笑して外を指さす。
しれだけで解った。
「こういう時にこそってやつね」
「どうだろうな」
「貴方は会いたい人はいないの?」
「嫌味か」
「違うわよ」
そんな軽口を叩きながら仲間達が帰還するのを待つ。
お互い、こういう時に会いたくなる存在などいない。
ただ、仲間が無事に戻って来てくれる事だけを考える。
根っからの軍人だと思う。
それでも大切な事は忘れていないつもりだ。
たとえ機能が停止する時が来ても、その時は戦場に立っていたい。
最後まで戦い続けていたい。
死んで逝った多くの仲間達が願い、望んでいた未来が此処に在ると信じているから。
離れたとしても、貰った証を見れば想い出せる。
「これからどうする?」
ライラの問いにヴィントが頭を掻く。
「さぁ。あいつが入隊するって言うなら続けるかもな」
「あはははは!100%無いわよ」
「だろうな」
これから軍に戻ったら事の成り行きと結果を伝令した後、間違い無く自分達は軍法会議に掛けられる。
自分達を落としたくて仕方の無かった者達は今喜んでいるだろう。
後悔などしていないから、どんな結果になったとしても受け入れるだけだ。
「終わってしまえばあっという間だな」
「そうね」
なぜ生身の人間が少なくなったこの世界で、自分達は争い、戦い、憎しみ合うのだろう。
それはきっと、意思を持ってしまったが故の〝罪と罰〟なのだ…。
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