第21話~灯
文字数 4,805文字
言ってアルフォードが手を叩き「以上!」と話を打ち切った。
「え?それからの事は?」
僕の問いにアルフォードがイタズラな笑みを浮かべ「いつか。気が向いたらな」と答えて立ち上がる。
「それで俺が心配しても"大丈夫"って言ってたのか」
隣でカインが呟く。
「今回アルは腕を失った。骨組みの部分を治せたら、後はヨクト細胞が勝手に皮膚を形成するの?」
「確かにヨクト細胞が増殖して治すが、それでも限界は有るから、新しいヨクト細胞を使用する事になる。だから、腕の形になるまで時間が掛かるんだ」
僕の問いに、アルフォードはすっかり元に戻った腕を見せて答える。
「調整のされていないヨクト細胞?」
「いや、もう裏ルートを使っても調整されていないヨクト細胞を入手する事は出来ない。だから、調整されたヨクト細胞を使用するんだ。そうすると、元から有るヨクト細胞が勝手に制御を解除して本来の状態に戻し、今回みたいに、こうして元に戻す」
便利なのか不便なのか解らない。
「アルは暴走した人と戦った事が有るんだよね…」
「そうだな」
平然と頷く。
そのように軽く頷けてしまうほどの年月が流れたという事なのだろう。
僕を見てアルフォードが「どうしてお前がそんな顔するんだ?」と苦笑した。
今、自分がどんな表情をしているかなど解らない。けれど、心が苦しい。
辛いのだ。
彼が手を掛けた、そうするしか無かったと解っていても、辛い選択をした時の記憶を平然とした表情で頷いた事が…。
「目的地付近になるとのんびりする事は出来ない。今の内に羽を伸ばしておけ」
言ってアルフォードが歩き出し談話室を出て行ってしまった。
「あいつの"いつか"は長いぞ~」
溜息混じりにクオーレが言ってだらしなく椅子に座り直す。
「まぁ、後は気が向いた時にしよう」
言ってヴィントがアルフォードの座っていた場所に座る。
「まだ知りたい事が有るんですけど」
僕の言葉にヴィントが「ん?」と訊き返す。
「肉体を失っても義体で生き続けている事についてはアル自身も解っていないので訊きません。けど、僕等アンドロイドの躯と同じく、義体にも使用可能年数は有ると思うんです。アンドロイドは大体、損傷などを踏まえても500年です。義体化実験に関して残っているデータには使用年数に関して書かれていませんが、恐らくアンドロイドよりも短いと思うんです。それなのに、彼はどうやってあの義体のまま生きて来られたのか解らない」
僕の話にクオーレとヴィントが顔を見合わせ、クオーレが小さく息を吐き「あいつの義体には使用可能年数が存在しない」と言った。
「存在しない?」
驚き訊き返した僕の隣で、カイルも「そんなまさか」と驚きの声を漏らした。
「どうして俺達アンドロイドに使用可能年数が有るのか解るか?」
クオーレの問いに、僕はカイル達と顔を見合わせた。
今まで考えた事も無い。
「内部の部品が劣化するから…ですか?」
言ったのはノエルだった。
ノエルの言葉にクオーレが「違う」と即答する。
「俺達の中には、心臓の代わりとなって動いている"核"が存在する。これの稼働限界年数がだいたい500年なんだよ。だから、500年に一度、俺達は今使っている躯から新しい躯に移らないとならない」
「そうだったのか…。てっきり部品交換が面倒臭いからだとばかり」
カイルが独り言のように呟く。
「確かにそれも一理有る。核が動かなくなり始めると、ヨクト細胞も腐敗し始めて、内部に影響が出始める。骨組みが腐り始めるんだよ。だから、躯を取り替える事になるんだ」
ヴィントがカイルの呟きに返す。
「つまり、ヨクト細胞が内部の腐敗を遅らせているという事ですね?」
ミクが訊き返し、ヴィントが「そうだ」と頷く。
「俺達アンドロイドは核のエネルギーによってヨクト細胞や躯が動いている。だが、あいつの場合は逆なんだよ。ヨクト細胞が生み出す熱によって核にもエネルギーが送られ躯が起動している。1つでもヨクト細胞が残っていれば生き続けられる。理論上はな」
クオーレの説明に僕は「理論上?」と訊き返した。
「俺が知っている限りでは、ほぼ全てのヨクト細胞を失った状況を見た事が無いんだよ。お前もだろ?」
言ってクオーレが隣のヴィントを見る。
「あぁ。俺も見た事が無い。多分、誰も見た事が無いだろうな」
「僕等と違ってヨクト細胞が核という事ですか?」
「簡単に言えばそうだな」
僕の問い掛けにクオーレが答える。
「理論上は解りました。けど、それでも内部に関しては限界が有る筈です。話を聞く限り、彼や貴方達は1300年以上生きている。貴方達は僕等と同じアンドロイドだから、躯を変えて生きて来たのは解ります。でも、彼は義体です。いくら保有しているヨクト細胞が特殊な物でも、1300年以上も生きていられているなんて信じられないですよ」
言ったのはカイルだが、それは僕も考えた。
内部に使用されている部品だって全く交換しない訳にはいかないだろう。
見た限り、アルフォードの義体には腕や足など、関節部分に取り外し可能部が存在しない。
だとすると、簡単に交換も出来ない筈だ。
「それに関しては何とも言えないな」
クオーレがそう言った後、ヴィントが「俺達だってあいつの事を何でも知っている訳ではない」と続け、皆が黙った事で重い空気が流れた。
それを「さてと、お前等も少し自由にすれば良い」とクオーレが止める。
「はい」
ノエルが答えて僕を見る。
僕は小さく頷き返し「失礼します」と言って軽く会釈をしてからその場を離れた。
「ホント…謎が多い人だな」
通路に出るとカイルが呟いた。
僕もそう思う。
いくら制限の掛かっていないヨクト細胞を保有しているからといっても、あまりにも長生きし過ぎている気がする。
もし本当に彼の保有しているヨクト細胞が半永久的に生き続けられるほどの物なら欲しがる者達がいてもおかしくはない。
「…ごめん。少し一人になりたい」
僕の言葉にノエル達は「解った」と頷いてくれた。
1人歩き出した僕を、誰も止めはしなかった。
階段を上がり、あの人が行きそうな場所を目指す。
甲板に出る鉄のドアを開けると、少し強い風が吹き込んで来た。
こんなにも月明りは明るいのかと思う。
外へ出て辺りを見渡すと、すぐそこに彼はいた。
両腕を手すりに置いていたけれど、振り向いて「どうした?」と僕に問う。
恐らくドアを開けた音で気付いたのだ。
「まだ…もう少し話がしたくて」
言いながら歩み寄ってアルフォードの隣に立つ。
「…何が訊きたいんだ?」
言ってアルフォードが胸ポケットから煙草、ズボンのポケットから小袋のような物を取り出す。
「それ」
僕の呟きにアルフォードが「これか?」と言って小袋を見せる。
「携帯灰皿。吸殻を海には捨てれないからな」
簡単に説明をしてアルフォードは煙草に火を点ける。
「…アルは…長く生きて来たんだよね?1500年も…どうやって?」
「唐突だな」
言ってアルフォードは笑う。
「僕だったら…多分堪えられないと思うんだ」
水面が月明りで輝く。
「何が?」
隣でアルフォードが穏やかな声で訊き返す。
「生きていれば…出逢いが有って、勿論別れも有るでしょ?僕は多分…何度も別れるのは…」
最後まで言えなかったけれどアルフォードには伝わったらしく、息と共に白い煙を吐き「確かにな」と呟いた。
「…クオーレ達と行動を共にするようになってからも、各地を巡って、自分達と同じように人間とアンドロイドの戦いを終わらせようとしている者達と手を組み、次第に〝仲間″と呼べる奴等が増えた。そして、次第に戦争は終わりに近づいたけれど、時を同じくしてもう一つの問題が起きた」
「問題?」
僕の問い掛けにアルフォードは煙と共に息を吐き出してから「戦争を続けようとする奴等から狙われ始めたんだ」と答えた。
「狙って来るのは俺とクオーレ達だけだった。だから、俺達は暫く身を潜める事にした。そうすれば他の仲間を巻き込む事も無いと考えたから。それから俺は仲間の研究所にこの義体を預けて、意識だけネット内に移して…。そこでリアナと過ごしていた。クオーレ達とは滅多に連絡は取らなかったな。そして、俺達の事を知っている奴がいなくなっただろう時に義体に戻った。義体の状態が良いままだったのは俺も驚いたよ」
言ってアルフォードが自分の手を見つめる。
「義体になってから、時間の流れみたいな物は…解らないな」
「時間の流れ?」
僕の問いに「なんて言えば良いかなぁ」と言いながらまた一本取り出す。
1日に何本吸っているのか。
「人間は基本的には1日三食食べるんだよ。俺は不規則だったけど」
「まぁ、不健康だった事は想像出来る」
「もしかして煙草の事を言ってるのか?」
「そうだよ」
「正直だな」
アルフォードが笑って言う。
「こういうタイプの煙草ってレアなんだぞ?だからそんなに吸っていない」
「本当?」
「ホント」
そんな風には見えない。
「義体やアンドロイドは腹が空く事が無いから、腹が減ったから何か食おうっていう感覚にならない。太陽が昇っても朝だって思いはしても、まるで映像を見ているだけの感じだし、こうして見ている景色も…」
「全てただの映像だ…と?」
問いにアルフォードは少し間を空けて「たまにそんな感じはするな」と答えた。
「時間の感覚に関しては説明出来ないな。…悪かった。変な話をして」
そう言ってアルフォードは話を終わらせようとする。
けれど、僕はこのまま終わらせたくなくて「僕には解らないけど」と無理矢理続けた。
アルフォードの方を向くと、彼も僕の方を向いた。
「僕には、本当の感覚は解らない。全てシステムが感知してるだけだから。こうして吹いている風、見ている景色は、僕にとってはただの映像にしか過ぎないけど…でも、他の人達も見ている世界だから偽りだなんて…ただの映像だなんて思わない。そう思う事が出来るようになったのはアルに出逢えたからなんだ」
僕の言葉にアルは一瞬驚いたような顔をしたけれど、苦笑して「どうしてそうなる」と言う。
「君は僕に答えをくれた。自分という存在を証明する方法を」
「なんだそれ」
「今なら解る気がするんだ。出逢った時に君が言っていた言葉の意味が」
「……そうか」
視線を逸らし苦笑して言ったアルの心は解らない。
それでも、彼も同じような事を考えていた頃が有るのだろう。
だからこそあの時、考える事を止めようとしていた僕に"考える事をやめるな"と言ったのだ。
そして僕は答えを見付けた。
感謝していると言ったらアルに"大袈裟だ"と言われてしまうかもしれないから言わない。それでも、少しはアルの仕舞い込んでいる重いモノを軽く出来たらと思うから…。
「アルは…どうして昔の話をしたくないの?」
僕の問いに、アルが小さく溜息を吐き、また海の方へ視線を向け「話したくないわけじゃない」と言う。
「詮索されるのは好きじゃない。話したい気分の時は話すさ」
「それじゃあ、今まで話す気分じゃなかったって事?」
「そうだな」
「そうなんだ」
何故か納得してしまった。
「お前は訊かれたら何でも答えるか?」
「ん~」
考えてみれば秘密にする事も有るかもしれない。
「ははははは!」
考え込む僕を見てアルが笑う。
「え?何?急に笑い出して。面白い事?」
「ははは…」
息を整えながら笑うのを止めてアルが僕を真っ直ぐ見る。
「いや…。悪い…。本当に人らしい顔をするようになったなと思って」
「僕はアンドロイドだよ?」
「解ってるさ。けど、お前はただのアンドロイドじゃない。お前だけじゃなく…他の奴等も」
アルが手摺りから体を離す。
「さて!日も沈むし、中に戻るぞ」
言ってアルが歩き出し、僕は「うん」と頷いて後に続いた。
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