第26話 戦いの後に
文字数 3,381文字
小さな画面の中で、見知った顔の女性が言う。
海軍将校、ライラだ。
[長年に渡り、各地で起きていたアンドロイドの暴走。それを彼等が起こしていたのではという噂も有りますが]
記者が問う。
[それに関しては事実確認をしている最中です。ですが、忘れないで頂きたいのは、暴走ではなく、自らの意思で、自由の為に戦っていた人達がいたという事を]
答えるライラの付けている金色の鳥が光を反射して煌めく。
[今回、陸海空、それぞれの将校が独断で部隊を動かしたと聞きました。それに関し、軍内部ではどのような話になっているんですか?軍法会議は行われたんですよね?]
[そうですね。確かに将校という立場の私達が戦場に出るのは異例でしょう。今回のきっかけとなった事件も、本来なら私達が現地に向かう必要も無かった…]
言ってライラは俯いたが、直ぐに顔を上げ、真っ直ぐ前を向いた。
[軍人として、軽率な行動をしたと言われても仕方が有りません。何が起き、どうしてこのような行動をしたのかは軍法会議の席で話しました]
[その内容について何も開示されないのは何故ですか?]
[そう決定したのは私達ではありません]
何故彼等は会議の内容を隠すのか。
その理由は何となく解る。
今回ライラ達は個人的な考え、想いで部隊を動かした。
ヴァイスの作った兵器が脅威となるからというのが大きいが、一番の理由は、仲間であるアルフォードが狙われたからだろう。
もし攻撃をされたのがアルフォードでなかったら動かなかったかもしれない。
[今回の件で辞任されるというのは本当ですか?]
それは初耳だ。
[そうですね…。長く将校として勤めて来たので―]
そこで画面にノイズが入り、映像が切れてしまった。
「こんな時に」
助手席に座っていたノエルが呆れて溜息を吐く。
「まぁまぁ。昔の車だからこうなるかもって店主も言ってたじゃないか」
苦笑して小さなテレビの電源を切ると、車内にはガソリンエンジン特有の音が流れた。
「…静かで…良い場所」
ノエルが窓の外を眺めて言う。
「そうだね」
横目で外を見る。
北側に湖が在り、小高い丘が点在する大きなカルデラは、慌ただしい日々を忘れさせてくれるほど綺麗だ。
あの後、アルフォードだけがエレノアではなく、エレノアの姉妹艦であるアニマに乗船し、帰湾した時にはもう姿が無かった。
クオーレの話では、途中で戦闘機で別の場所へ行ってしまったらしい。
文句くらい言ってやりたかったけれど、回線が閉じられていて繋ぐ事が出来なかった。
もやもやしているとクオーレに「少しゆっくりさせてやれ」と言われ、渋々暫く連絡をしないようにした。
そうした結果、漸く連絡が取れたのはあの戦いから一か月後だった。
その間にライラ達将校は軍法会議に掛けられ、噂で辞任するのではと言われている。
クオーレの話によれば虚偽の報告はしていないらしい。
それならば警告だけで済みそうなものだが、今後の事を考えるとそうもいかないのだろう。
連絡を取れているのがクオーレだけなので真相は解らない。
辞退するのかどうかの事実はクオーレも教えてくれない。
何がどうなるのか全く解らない。
自分達がこれからどうなるのかも…。
今のところ何の宣告もされていないが、それが逆に怖くもある。
そしてクオーレから[座標を送るから来い]と、半ば命令のメッセージが届いた。
なぜ場所をハッキリ言わなかったのかは解らないが、ナイトとノエルは送られて来た座標の場所を今目指している。
こんな大きなカルデラを今まで見た事が無かった。
いや、あまり気にせず生きていたと言った方が正しいかもしれない。
殆ど戦ってばかりの日常だ。
楽しみと言える事も無かった。
「あそこ」
丘を上って行くと、協会のような建物と、大きな一本の木が見えた。
建物の周りを白くて低めの柵が囲んでいる。
近くで車を止めて降りる。
穏やかな風が吹く。
建物の裏手は広目の庭になっており、そこで子供達が楽しそうに駆け回っていた。
「ん?」
ふと1人の子供がナイトとノエルに気付いた。
「あ…えっと、訊きたい事が「わー!」
ナイトの言葉を子供の叫び声が掻き消し、他の数人も二人を見て叫び出す。
「知らない人!知らない人来たー!」
1人が庭に面したドアに向かって駆け出す。
「金なんて無いぞ!」
数人が二人の前に立ち、睨みながら言う。
「え?」
訳が解らずナイトとノエルが困っていても、何やら怒っている子供達は二人を睨み「ずっと前に諦めたと思ってたのに」と言う。
「待って!私達は「こっち!」
ノエルが止めようとした時、また子供の声が。
「少しは落ち着けって」
声がした方を見る。
子供に手を引かれてやって来る人物を見て、ナイトは驚いた。
それは間違い無く、一か月近く音信不通になっていたアルフォードだったのだ。
「え?」
アルフォードも二人に気付いて目を丸くする。
「お前等、どうして此処に?」
「僕等はクオーレさんに此処へ来るように言われて来たの」
それを聞いてアルフォードが呆れたような顔をして「あいつ」と呟いた時、再びドアが開いた。
「お!来たか!」
そう言って手を振る人物はクオーレだ。
愉快そうに笑っている。
「おい!こいつ等を呼んだなんて聞いてないぞ?」
アルフォードがずっと手を引っ張っていた子供を抱き上げてクオーレに問う。
「先に言ったら怒るだろ」
笑いながらクオーレが答える。
「当たり前だろ!こっちにだって色々と有るんだ!」
そう言ってアルフォードが溜息を吐く。
「色々と訊きたい事が有るんだけど…。来たらまずかった?」
ナイトの問いにアルフォードが少し慌てて「いや、そんな事は無い」と言って抱き抱えていた子供を下す。
「先に中に入ってろ」
と優しく言うと、子供達は「はーい」と素直に返事をし、クオーレと共に建物の中へと戻って行った。
「えっと…アル。取り敢えず良いかな?」
「は?」
アルフォードが振り向くよりも先にナイトの右手は動いていた。
脇を絞め、右拳に軽く力を込め、右下から左上へと振り上げる。
彼がナイトを見た時には拳が顎にヒットしていた。
よろめき、数歩下がって踏み止まったアルフォードが「いきなり何すんだ」と、自分の顎に触れながら言う。
「あの時、殴ろうと思っていたけど殴れなかったから」
「は?あの時?」
ナイトの言葉にアルフォードは首を傾げ、数秒していつの時の事か想い出したらしく「あ~」と呟いた。
「今後、どんな状況だろうと1人で無茶しないでね」
「…悪かった」
本当に悪かったと思っているのだろう。
謝り、少し暗い表情になってしまったアルフォードに「僕もごめん」と言って、和解の意を込めて右手を差し出した。
その手を見てアルフォードが苦笑し、右手を差し出して掴んだ。
「それで」
言いながらナイトは手を離し「此処は?」と訊いた。
「昔の話をしたのは覚えているか?」
「うん」
その話を聞くまで、彼の事を自分達と同じアンドロイドだと思っていた。
今も彼が使っているのが義体だとは信じられない。
こうも長く動く事が出来るとは。
それを可能にしているのも、彼の持つ、制限の掛けられていないヨクト細胞なのだ。
「あの時話した、メディス達と一緒に暮らしていた場所だよ」
アルフォードが建物を見詰めて言う。
それを聞いてもあまり驚かなかった。
ただ「そうなんだ」と返す。
穏やかで、奇麗な丘の上に建つこの場所は、初めて来たのにとても落ち着く。
「どうして一か月も連絡が取れなかったの?」
ナイトの問いに、アルフォードがそっと右腕の袖をまくった。
腕に点々と黒い物が浮かんでいる。
「少し回復に時間が掛かっていて、影響が内部にもあってさ。通信機能の回復に時間が掛かったんだ。それで、ちゃんと使用出来るか試すのにクオーレに連絡をしたら〝会いに行く〟ってしつこくて」
「それで承諾したら僕等まで来たって?」
ナイトの問いにアルフォードが「正解!」と笑った。
「何それ」
何故か可笑しくなってナイトも笑ってしまった。
そんな二人をノエルが不思議そうに首を傾げて見ていた。
笑い合った後、ナイトとノエルはアルフォードと共に家の中へと入った。
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